545話 「ハンベエの死  その1」


 ドクリンが両手でナイフを構える。



 そこから―――剣衝二閃



 一本の剣から放つ二閃ではなく、片方一つずつ放つ二刀流バージョンだ。


 前者のほうがテクニカルではあるが、二刀流も両手が器用でなくては放てないので、こちらもなかなか技術が必要である。


 ハンベエは横っ飛びして回避。


 ズバ ズバッ


 通り過ぎた剣衝が地面を切り裂いていく。


 それなりに大きい剣衝であり、当たれば人間一人くらいは真っ二つだろう。


 威力だけならばファテロナのものより強いはずだ。



「やれやれ、最近多いですね。こういうの。情報を知られていると大変ですよ」



 ハンベエは、腰に下げていた鎖鎌を装備。


 今回はすでに決戦なので、押入れ君には入れずに普通に出していたのだ。



 ブーーーンッ!!



 ドクリンに向かって鎖鎌を投げつける。


 通常の鎖鎌は、せいぜい二メートルから三メートルが有効射程だろうが、ハンベエのものは鎖が長く作られており、武人の腕力で投げつけるので十メートルは軽く飛ぶ。


 ドクリンは間合いを取って後退するも、それを鎖鎌がさらに伸びて追撃していく。


 ドクリンは迎撃のために再び剣衝を放つ。



 シュシュッ ガキンッ



 剣衝は鎖鎌に当たり、勢いが落ちて落ちそうになる。



「まだまだ!!」



 ぐぐっ ブーーーンッ


 だが、鎖鎌は地面に落ちることなく軌道を変化させ、ドクリンに迫っていく。


 ハンベエの遠隔操作だ。



「っ!!」



 ガキンッ


 ドクリンは咄嗟にナイフで鎌を弾き、バック転しながら距離を取る。


 そしてまたナイフを構えるが、急いで前には出なかった。


 防御を固めながら、じりじりと間合いを詰めるにとどまる。



(怒っていたわりには、かなり警戒していますね。鎌の情報も知っているということですか)



 鎖鎌にも、ハンベエが生み出した特殊毒がたっぷり塗られている。


 ただしドクリンはカビの力によって、毒を吸着中和できるはずである。


 そうであるにもかかわらず、彼女の戦い方は極めて慎重だ。激高しながらも、けっして迂闊に前には出てこない。



 なぜならば―――【当たれば死ぬ】かもしれないからだ。



 『毒浄化』は、『毒無効』ではないことが重要だ。


 たしかにどんな毒でも中和や浄化は可能だが、それには時間がかかるし、カビに寄生されているだけであって身体の大部分は人間のままだ。


 カビが処理する速度よりも早く毒が回ってしまえば、カビは大丈夫でも宿主が死ぬ可能性がある。


 だから安全面を考えて簡単には近寄らない。これも毒の知識があるからだ。



 その後少しの間、ドクリンは剣衝を使いながら様子をうかがい、ハンベエもまた近寄らせないように鎖鎌を振り回すという構図が続く。



 この数度の攻防を見た限りでいえば、ドクリンの近接戦闘能力はハンベエよりは上のようだ。


 毒の脅威がなければ、彼女独りでもハンベエを圧倒できるだろう。さすが改造人間であり、青劉隊の一員である。


 そして、青劉隊として活動するのならば、彼女は独りではない。



 パパパパパパパンッ



 連続した乾いた音が響く。



「とと!!」



 ドクリンと拮抗した勝負を続けていたハンベエが、その『銃撃』によって体勢が崩れた。


 そこにドクリンが迫る。



「やらせませんよ!」



 ぶーーーんっ! ばしゃっ


 鎖鎌を操作しつつ、余剰に分泌した毒液を撒き散らす。



「くっ! 邪魔!」



 近づこうとしたドクリンはカビを使って浄化するも、一旦下がってくれたことで助かった。


 彼女にしても特殊毒は厄介なのだろう。


 自身がいなくなれば毒の処理ができないこともあり、極力触れないようにしているようだ。


 それにしても今のはかなり危ないシーンだった。


 もし銃弾を受けていれば、鎖鎌の操作にも支障が出ていたはずだ。



「新手…ですか。困りましたねぇ」



 ハンベエが(仮面だが)うんざりした表情で銃撃が起こった場所を見ると、そこには青い外套に身を包んだ者たちが二人いた。


 カラスではない。


 彼はハンベエが生み出す毒素が風に流されて拡散しないように、少し離れた場所で自分の仕事に従事している。


 であれば、この二人は青劉隊の他のメンバーであると思われる。


 当然、彼らも普通とは違った。



 ドス ドス ドス



 無造作に死毒の中に入り込んでくる。


 ドクリンによって毒が薄まっているといっても、何の影響もないということはないし、多少は躊躇うものだろう。


 しかしながら彼らはまったく動じることなく、遠慮なく足を踏み入れてきた。



「それならそれで、一人ひとり殺すだけですけどね!!」



 ブーーンッ


 ハンベエが鎖鎌で、中に入ってきた大柄な外套の人物に攻撃。


 その人物は、まったくよけなかった。



 ガキィンンッ



 それどころか鎖鎌を片手で受け止める。


 それ自体は、そこまで驚くべきことではない。


 ハンベエは暗殺者タイプで腕力が強いわけではないので、マサゴロウくらいならば簡単に片手で受け止めることができるだろう。


 それより問題は、その【音】だ。


 まるで金属と金属がぶつかるような音がしたのだ。



(腕に何か仕込んでいる? でも、まだまだですね!!)



 ぐぐぐっ ズバッ


 ハンベエが遠隔操作で鎖鎌を動かし、首筋に攻撃を当てる。


 毒が付いているので、ちょっとした掠り傷でよいのだ。それくらいの芸当ならば簡単なものだ。


 だが―――



 ガチンッ



 そこでもまた同じ音がした。



(首まで金属…? ですが、この感触はもしかしたら…)



 パパパパパンッ



 外套に隠れて見えない手の部分から、マシンガンのように小さな弾丸が発射される。


 ハンベエはそれをよけながら、さらに鎖鎌を使って外套を切り裂く。



 ズバッ ばさぁああ



 すっぱりと切られた外套によって、その人物の身体が大きく露出した。


 一見すると人体によく似せられたものであったが、こうして実際に攻撃してみると明らかなる相違が見て取れた。



 身体全体が―――金属



 腕の部分が銃の武器腕になっている『人形』であった。




「まさか本当に人ではないとは…! さすがにこれは参りましたね」



 傀儡士が、大量の人形を操っていたことを覚えているだろうか。


 あの当時、彼は記憶を失うほど没入していたわけだが、その技術体系はすでにグマシカたちにも受け継がれている。


 そもそもグマシカは大災厄期の人間だ。


 改造人間として再生された詳しい時期や経緯は不明でも、その当時の傀儡士はまだ記憶を失っておらず、自分の技術をある程度は伝えていた。


 それによってグマシカたちも『人形』を生み出すことができ、青劉隊の改造人間が幹部だとすれば、彼ら人形は『兵隊』としての役割を果たす。


 今まで出てこなかったのは、あまり人目に触れさせたくなかったことと、傀儡士が操るほどの性能が発揮できないからだ。


 現在は自律モードで動いているため判断力も鈍く、動きも素早い武人には対応できないほど遅い。


 せいぜいドクリンの軽いサポートくらいしかできないだろう。


 ただし、毒が効かない、という点ではドクリンと同じく厄介だ。


 タンパク質を持ち合わせない人形の身体には、最初から毒は意味がないのだ。



 人形二体が、銃を構える。



 パパパパパパパンッ

 パパパパパパパンッ


 パパパパパパパンッ

 パパパパパパパンッ

 パパパパパパパンッ


 パパパパパパパンッ

 パパパパパパパンッ

 パパパパパパパンッ

 パパパパパパパンッ




 連射が利く銃弾が、ハンベエに襲いかかった。



 ハンベエは暗殺者だが、ファテロナのように素早くはないため―――



 カンカンカンカンッ ばしゅばしゅっ



 銃弾が仮面に当たって削られ、身体に当たって抉られる。


 カスオが使っていた銃に酷似した構造なので、口径は小さく威力も低めで、かろうじて耐えられるが、連続して攻撃されると余裕もなくなる。


 反対側に逃げても、もう一体の人形が迫ってくる。


 それを嫌って背後に逃げれば、ドクリンが間合いを詰めてくる。


 その間にも左右からの銃撃は続けられ、少しずつ傷が増えていった。




 徐々にハンベエの動きが鈍くなる。




(ま、こんなもんですよね。私の能力なんて)



 ハンベエは特化型の武人であり、それがはまった時は絶対的な力を出すものだ。


 逆にそれが封じられれば、まったくの役立たず。


 単純な格闘性能だけならば、普通の戦罪者にも劣る三流の武人に成り下がる。



 よって、これは必然。



 パパパパパパパンッ


 パパパパパパパンッ


 バスバス ぶしゃっ



 銃弾が足を貫いた。


 すでに防御の戦気も激減しており、口径が小さな弾でも対応できなくなっている。



 パパパパパパパンッ

 パパパパパパパンッ


 パパパパパパパンッ

 パパパパパパパンッ

 パパパパパパパンッ



 銃撃はさらに続き、ハンベエの身体に命中。


 まさに蜂の巣といった具合に、全身に銃弾の雨を浴びる。



「ふっっ! ふっ! ふぅううう!」



 それでも立っていられるのが武人という存在だ。


 これだけ撃たれても、ハンベエはまだ生きていた。


 だが、もう抵抗する体力はないようで、立っているのがやっとだった。


 鎖鎌を投げる余裕もなく、腕はだらりと垂れ下がっている。



 相手が弱ったのを見計らって、ドクリンが迫る。




「グマシカ様の邪魔をする者は、死ねええええええええええ!!」




 間合いに入ったドクリンがナイフを―――突き立てる。



 ブスウウウッ! ズブウウウウウッ!!



 力強く振り下ろされたナイフが、ハンベエの胸を貫いた。


 しっかりと心臓にまで突き立てられる。



「ぶふっ…」


「まだだ!! こんなものではユルサレナイ!!」



 ドーーーンッ!


 そのままドクリンがハンベエを押し倒し、マウントポジションを取る。



「死ね死ね死ね死ね死ね!! シネシネシネシネシネシネシネシネシネシネ!!!」



 そこから―――刺す。



 ザクッ! ザクッ! ザクッ!!



 刺す、刺す、刺す、刺す、刺す!!!



 ザクッ! ザクッ! ザクッ!!


 ザクッ! ザクッ! ザクッ!!

 ザクッ! ザクッ! ザクッ!!


 ザクッ! ザクッ! ザクッ!!

 ザクッ! ザクッ! ザクッ!!

 ザクッ! ザクッ! ザクッ!!


 ザクッ! ザクッ! ザクッ!!

 ザクッ! ザクッ! ザクッ!!

 ザクッ! ザクッ! ザクッ!!

 ザクッ! ザクッ! ザクッ!!



 ザシュッーーー! ブシャーーーー!



 容赦なく突き立てられたナイフによって、百に近い刺し傷が生まれる。


 筋肉が断裂する。神経が切れる。臓器が切り裂かれる。


 ハンベエの胸、心臓や肺だけにとどまらず、抵抗しようとした腕、急所の喉を含めてめった刺しにする。


 彼女にとって、グマシカは命。崇拝の対象。


 その邪魔をするハンベエは、絶対に殺すべき敵なのである。



「キャハハハハハッ!! シネェエエエエ!!! あの人のために、シネぇええええええ!! アハハハハハハッ!!」



 精神制御の怖ろしさを改めて思い知るシーンだ。


 彼女は殺人行為も喜々として行っている。それが正しいことだと思っているからだ。


 実際に戦罪者は『悪い人』なので、殺したほうがいいのは事実だが、一般的に考えて、それを喜々として行う者もまた『悪』であろう。




 とくん とくん とくん


 とくん とくん


 とくん




―――ピタ




 そして、ハンベエの心臓が止まる。



 それと同時に、彼の仮面の下の瞳からも光が消えていった。



 この瞬間、ハンベエは死んだのだ。



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