543話 「戦罪者と対峙する者たち その7『ヤキチの意地』」


 ヤキチは爆風に紛れながら、クロスライルに接近することに成功する。


 ちなみにヤキチがクロスライルの場所がわかるのも、ほとんど感覚によるものだ。


 もし暗闇の中で自分も波動円を使ってしまえば、相手の波動と合わさって位置がばれてしまう。


 アンシュラオンのように戦気を極小レベルにまで昇華できれば別だが、一般的に波動円は粒子が粗いので、相手にもバレてしまうのが欠点だ。


 波動円無しで近づけるだけでも、ヤキチの感覚もたいしたものである。



 ただし、クロスライルが動かないことが大前提となる。



 本来ヤキチの暗衝波は、比較的近い距離から放ち、相手が面食らったところを不意打ちするのが目的の技だ。


 なぜならば、その間に相手が移動してしまえば、捉えるのが難しくなるからだ。


 あくまで相手が動かないこと、虚をつかれて驚き戸惑った隙を狙うのである。



 そして、クロスライルは動かなかった。



 その場所からは、一歩たりとも動いていない。


 それが驚きや戸惑いからでないことは、すでにわかっている。


 この男は真正面からヤキチを迎え撃とうとしているのだ。


 そのほうが待ち受ける側からすれば戦いやすいことも事実であるが、豪胆としか言いようがない。



(死ねやぁああああああああ!)



 ヤキチがポン刀を振る。


 右肩が抉られているため、左腕で押さえるように横薙ぎの一撃を打ち込む。


 ここまで来たら、もう何も考える必要はない。ただただ全力で振るだけだ。


 燃える。ヤキチの戦気が燃える。


 戦罪者として武人として全身全霊の一撃を放つ。



「ああ、感じるよ。いつもよ、オレに語りかけてくるやつがいるんだ。『お前は戦うためにこの世界に来たんだ』ってな。ああ、そうだよ。オレはいつだってこういう戦いがしたかったんだ」



 クロスライルもまた戦うために生きている。闘争を欲し、その中で満たされるために戦っている。


 無頼者も戦罪者も、その意味においては同じ存在である。


 だが、両者を分ける決定的な違いがある。



 ガキィィイインッ



 刀と剣が交錯。


 戦気と戦気が衝突して美しい色を生み出す。


 ヤキチの赤黒い剣気でさえ、彼と衝突すると色鮮やかになってしまう。


 それこそ命の輝き。武人が放つ生命の本質。


 彼らの熱く、強く臭うような生き方が凝縮されたエネルギーが、波動となって周囲を美しく染め上げる。



 クロスライルは、まったく視線も合わせずに右手だけを使って銃剣を操り―――



 ギギギギッ ピタッ



 勢いを完全に殺して【片手】で受け止めきる。



 いくら右肩が抉られているとはいえ、ヤキチの全体重、全戦気を込めた強烈な一撃だ。


 最初は二挺銃剣で受けたので、だからこそ簡単に止められたのだと思った。


 違うのだ。


 クロスライルにとってヤキチの攻撃など、最初から片手一本で止められる程度のものだったのだ。


 あえてリスクを負わなかっただけにすぎない。しっかりと防御の態勢を取り、相手の力量を再確認していただけだ。




 結果―――圧倒的有利と判断。




 基本性能が違いすぎた。


 彼は戦士タイプの武人なので肉体能力が根本から違った。


 単純な力比べとなれば、剣士では戦士に勝てないのが道理である。


 また、身体の質も良かった。肉体を構成する物質が、そこらの粗悪品とはまったく異なるのだ。


 経験も違う。


 ヤキチは数多くの相手を殺してきたが、数が多いだけであって上質な相手を正面から倒したことはほとんどない。


 一方のクロスライルは、数も質も上等の相手を滅してきた。だからレベルも違うし、もともとの才能によるレベル上限も大きな差がある。


 この段階でヤキチに勝ち目は薄いが、さらに銃まで使うという万能さがあった。



 すっ



 クロスライルの左の銃が、ヤキチに向けられる。


 片手で受け止めたということは、左手が空いたということだ。



 パパンッ



 銃弾が発射。


 至近距離から放たれた一撃は、暗闇の中でも正確にヤキチの右肘を狙い―――



 ボンッ



 破壊する。


 肘が根元から吹っ飛んだため、そのまま右腕が落ちそうになる。


 右手は刀を持っているので、ここを失ったら完全に負けだ。




「おらぁはなああああ!! 死んだって刀は離さねぇえええ!!」




 ガブッ ガリリッ



 右手がポン刀から離れる瞬間、ヤキチは刀身のむね(刃の反対側、みね)を口で咥える。



 彼はポン刀のヤキチ。



 その代名詞である刀がなければ、彼は彼足り得ない。


 多くの剣士にとってそうであるように、彼にとってポン刀は命なのだ。


 ヤキチの出自は、西側の中堅国家の一つであるレマール王国の移民に連なる者である。


 かの国は小百合の出身国でもあり、地球の日本文化がかなり入り込んでいるので、元日本人の転生者が建国または勃興に関わった可能性が高い。


 そんな国では、やはり日本刀が一番愛される。


 世界の金融をリードするダマスカス共和国でも日本刀は有名だが、レマールの伝統に比べるとまだまだ浅いといわざるをえない。(ダマスカスには『初代剣聖』が降り立ったことで盛り上がったが、レマールはずっと昔から続けている)



(格好良かったんだよ。本当にな…マジで惚れ込んだんだよ)



 日本文化が入り込んだということは、さまざまな娯楽も入り込んだということ。


 その中には『仁侠映画』のようなものまで存在する。


 アンシュラオンが実際にそう思ったように、彼の容姿の元ネタは仁侠映画なのである。



 そして、そこで見た『ポン刀』が忘れられなかった。



 戦国武士やサムライが使っていた日本刀とは、また違う味わいと趣きがあった。


 それを手にすれば、自分も義理人情に厚い格好良い男になれると子供ながらに思っていた。


 だが、人生はまさに多様で予想外だ。


 レマールでは移民に強い締め付けがあったため、彼らが出世することはなく、いつしか道を踏み外してしまった。


 こういった移民剣士は数が多く、剣術が盛んなレマールだからこそ、腕の立つ「ならず者」を生み出すという弊害を引き起こしている。


 どういう因果か、巡り廻って東側の最北端の都市にまで来てしまったが、彼に後悔などはなかった。



「うううううううううううううううう!!」



 歯を食いしばり、しっかりと刃を固定。


 刀さえあればいい。これだけでいい。


 これだけが意地なのだ。けっして離すことはない。


 ヤキチが咥えたポン刀で、クロスライルの首を掻っ切ろうとする。



「たいした根性だ。オレはよ、あんたみたいなやつは嫌いじゃないぜ。何かに一生懸命打ち込む男は、いつだってカッコイイよな。だが―――」



 ヤキチの生きざまは、見事だった。


 戦罪者としていかなる犯罪を犯していようと、彼はこの瞬間、全力で何かを成し遂げようとしているのだ。


 しかし、だがしかし。




「強くなくちゃ、自分の道理も貫けないのさ」




 キュイイーーンッ



 クロスライルの右の銃剣の青い剣が輝くと、周囲の温度が一気に下がっていく。



 バキバキバキッ



 まるで液体窒素のように、ヤキチの身体が一瞬で凍りつく。



 ぐぐぐ ぴた



 ヤキチの動きが止まる。


 どんなに懸命に身体を動かしても、それ以上進むことはなかった。



 クロスライルほどの男が、ただの銃剣を使うわけがない。


 この刀身が九十センチほどある青い剣は、『氷聖剣ヴァルナーク』と呼ばれるもので、なんと【聖剣】のカテゴリーに入る武具である。


 魔剣と聖剣の違いは、使用者に対してリスクを求めるかどうかが最大の相違点となっている。


 そのためガンプドルフの魔剣は、気軽に使用できるものではなく、使い勝手は相当悪いといえる。


 その反面、魔剣のほうが効果が強大で凶悪なことが多いので、リスクを受け入れるのならば実力以上の凄まじい力を得ることができる。


 クロスライルが持っている聖剣は、そこまで凶悪な性能とはいえない。


 聖剣といってもランクがあり、このヴァルナークはぎりぎりAランクに入るかどうかのものだろう。


 ただし、聖剣は聖剣だ。


 扱える能力は『氷』だけであり、ファレアスティの水聯すいれんのように水気を飛ばしたりはできないが、特段のメンテナンスも必要なく氷の技が使えるのは非常に大きなメリットといえる。(水聯は聖剣ではないのでメンテが必要)


 こうして動きを止めるだけで、彼にとっては十分なのだ。




 そして、動きを止めたら―――【とどめ】だ。




 今度は赤い剣が付いている左の銃剣がまっすぐ伸びる。


 左の銃剣が短いのは、【突く】ためにあるからだ。


 右手の銃剣で切り払い、または動きを止め、その隙に左手の銃剣で突く。


 それが近接戦闘での必殺攻撃パターンである。



 ブスッ



 なんともあっさりと、何の抵抗もなく刃が胸に突き刺さる。


 赤い刃には、剣気が込められていた。


 このことからクロスライルにも、剣士としての素養があることがわかる。


 刃は胸の中央やや上を突き刺した。


 それだけでも致命傷だが、当然これだけでは終わらない。



 赤い刃がヤキチの腕に突き刺さると同時に―――爆発。



 ボンッ ボボボボンッ!



 威力としては大納魔射津より小さい。あれの半分程度だろうか。


 だが、攻撃しながら相手を爆破できるというのは極めて優れた能力だ。


 こちらは『炎聖剣アグニス』。


 インド神話に出てくる神の名を冠した武器であり、ヴェルナークともども古代の遺跡から発掘された聖剣である。


 ネイジア〈救済者〉の組織が急速に発展していく理由に、こうした強力な武具の存在が挙げられるだろう。


 とりわけネイジア・ファルネシオは遺跡の探索にも力を入れており、そこで得た武具を組織の実行部隊に分け与えることで、戦力の拡充を図っている。


 JBが使っているエバーマインドも、その中の一つというわけだ。


 ただでさえ強いのに、さらに特殊な武器を与えられたクロスライルは、もっともっと強かった。




「っ―――」




 ヤキチの意識が飛びそうになる。


 傷口を見ると、筋肉が繊維となって千切れ飛び、骨が丸見えになっていた。


 肺も半分が吹っ飛んでおり、心臓にも大きな損壊が見られる。



 パパンッ



 しかも、そこからさらにゼロ距離射撃。



 どすどす ぼんっ



 銃弾は貫通しながらも、相変わらず強い衝撃力をもってヤキチを粉砕していく。


 刺しながら銃撃できることも銃剣の最大のメリットだ。


 左手の銃剣は銃弾を含め、突き貫く能力に優れているというべきだろうか。


 近遠併せ持ち、どこも穴がない。これがガンソードの戦い方であった。



 もはや胴体が千切れる寸前。



 放っておいても死亡は確定だろう。




 ヤキチは―――敗れたのだ。




 実力差がありすぎた。


 こればかりは彼を責めることはできない。


 よくここまでやったと褒めるべきだ。




(ああ、死ぬ…な。おらぁは死ぬ。んなこたぁ、わかっていたんだよ。そうだよな、オヤジ。そのために…おらぁたちが必要だったんだよなぁ。あんたが…もっともっとでっかくなるためによぉ…!! ならよ…最期に夢を見せてくれよ…おらぁは……どこまでいけるんだぁ? あの高みに届くのかぁ? なぁ、オヤジぃ)




 ヤキチが死を受け入れる。


 普通の武人ならば、そのまま死ぬところだろう。


 しかし、彼が仕えている主人は、ただの人間ではなかった。



 ブワワワワワッ!!



 ヤキチの身体から黒く激しい戦気が吹き荒れる。


 文字通り、すでに死に体であるにもかかわらず、怖ろしいまでの情念が噴出される。



 それは―――魔人の気配



 アンシュラオンの力をわずかながら摂取したヤキチが、本当の意味で主人の【道具】となった瞬間であった。



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