541話 「戦罪者と対峙する者たち その5『その男、無頼者につき』」


 地面に吸い込まれたビッグが気になるところだが、話は少しだけ戻る。


 この戦場で戦っているのは彼らだけではない。何人もの武人が入り乱れて戦っているのだ。


 ソイドビッグがマサゴロウと戦っていた頃。



「おらよっ!!」



 ズババッ!! ズバズバッ!!



「ぎゃっーーーー!」


「ぐぁあっ!」



 ハングラス側に出現したヤキチが、第二警備商隊の面々を次々と切り捨てていく。


 彼のポン刀に込められた剣気をもってすれば、全身鎧だろうが関係ない。鎧ごと真っ二つだ。


 強い武人が出現すれば、通常装備では対応できないことが、これではっきりと証明されただろう。



「どうした、どうした!! こんなもんかい!! だらしねぇな!! あの時はもっと歯応えがあったぜ! おらぁを失望させるなよ!!」



 ぶしゃーーーー! バシャバシャ


 大量の返り血を浴びて真っ赤に染まる。


 彼はすでに、警備商隊員だけでも二十人以上を切り裂いていた。


 以前第一警備商隊と出会った時は苦戦していたが、あれは彼らが万全の態勢で待ち受けていたことと、グランハムという強力なリーダーがいてこその劣勢である。(アンシュラオンの『統率』が最悪なことも影響している)


 今回は彼の得意な奇襲であり、条件が大きく異なっているため、この結果も不思議ではない。


 相手はまだ態勢が整っていないし、一般人が巻き込まれているのでパニックも大きく、誤射を恐れて術式弾も満足に扱えていない。


 剣士の中でも対人近接戦闘に特化している彼が、いきなり敵陣に出現すれば独壇場になるのは決まっている。


 現にヤキチは過去において、完全装備の騎士団を襲って百人あまりの騎士を斬殺している。


 騎士団といっても戦力がまちまちだが、少なくとも西側の騎士団は、東側の傭兵団の数段上の実力を持っているだろう。


 それを一人で打ち倒すのだから、奇襲がいかに効果的かがうかがい知れる。


 寝込みを襲われれば、どんなに強い格闘家でも一般人で殺傷が可能なのと同じだ。



 そのうえ今回のヤキチは、気概が違った。



 彼もマサゴロウと同様に、死ぬ覚悟でこの戦いに身を投じている。


 大人数で公開処刑(リンチ)するつもりだった五大派閥側とは、心構えがまったく違うのだ。


 その覚悟、その気迫が彼を強くしてきた。


 しかし、そうして強くなってきたのはヤキチだけではない。




 どん どんっ どんどんどん




 一人の男が、逃げ惑う一般人とぶつかりながら、のろのろと歩いてきた。



「おっとおっと、すまんね。ちょっと急いでるんでね。自分のためじゃないぜー。みんなのためだぜー。はいはい、通りますよー。ご協力くださいねー。はい、ごめんねごめんね」



 この返り血が飛び散る修羅場において、彼はひどく落ち着いてのんびりしていた。



「すううううーーーーー! はぁーーーーー!」



 さらには深呼吸するまでの余裕がある。


 思いきり鼻から息を吸うと、なんともいえぬ鉄臭さが鼻腔に染み渡る。


 とてもとても落ち着く香りだ。何度嗅いでも飽きることはない。


 そして、その臭いをもっとも強く発している男に目を向ける。



「におうねぇ。臭い、臭い。なんて血生臭い。あんたからは血の臭いがプンプンするぜ。こんだけ斬っても全然足りないって顔だ」




 その男―――クロスライルが、ヤキチの前に立つ。



 クロスライル。


 すでにご存知、JBと同じくネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉の一員である殲滅者である。


 彼は肩から完全に力を抜いて、だらんとしている。


 自然体といえば聴こえはいいが、完全にリラックスしているだけである。



 なんと豪胆。なんと傲慢。



 彼はいつだって自分自身を見失わない。



 クロスライルは、見た目は無精髭を生やした四十歳前後の長髪の男である。


 人種としては若干アラブ系が入っており、ユダヤ人っぽい特徴がいくつか見受けられる。


 『ユダヤ人』は信仰によって決まるので、厳密な意味では正しい表現ではないが、なんとなくそのあたりをイメージするとわかりやすいかもしれない、ということだ。


 砂漠や荒野が似合いそうな外見、と思えばいいだろう。


 ライダースーツを着ていることからも、アメリカでハーレーダビットソンに乗っていても、まったく不思議ではない様相だ。


 それだけでもそこそこ威圧感はあるのだが、ポン刀を握ったヤキチの威圧感に比べれば可愛いものだ。


 そもそもポン刀を持った仮面のヤバイやつを前にすれば、誰だって正面に立つだけで怯えて死を覚悟するものだからだ。



「………」



 だが、クロスライルを見たヤキチが―――止まる。



 敵集団に狙われることを避けるために、常時動いて攻撃を続けてきた彼が、そのリスクを受け入れても止まることを選んだ。


 なぜならば、その男が発する気配もまた同質のものだったからだ。



 いや、血の臭いを超えた―――【死臭】がする。



 クロスライルの周りでは、常に死が当たり前のようにあった。


 彼と出会えば誰かが死なねばならなかった。愛した人でも死なねばならなかった。親や友人も死なねばならなかった。


 彼にとって死は当たり前に存在し、常に受け入れるものなのだ。


 なんて奥深く、それでいて雄大で自然なのだろう。


 動物が死ぬ時、死ぬ覚悟を決めるだろうか。ライオンに狩られるシマウマが、いちいち死生観について語るだろうか。


 逆にシマウマを食い殺すライオンが、毎回懺悔をするだろうか。神に赦しを請うだろうか。



 否―――断じて否!!



 彼が生きる場所は、荒野。いつだって荒野。


 砂嵐が舞い、一寸先も闇に包まれた世界では、死を死として覚悟する必要もないのだ。


 そして、彼がその死を運ぶ存在だとすれば、なおさら気にする必要はない。



「この感覚…てめぇ、【無頼者ぶらいしゃ】か。何が血生臭ぇだ。てめぇのほうが、よほど臭ぇくせによ。おらぁたちより、たちが悪い。てめぇらには矜持ってもんがねぇからな」


「ははは、違いない。いやー、あんたらは立派だよ。なにせ忠義者だからねぇ。オレとはまったく違う」



 ヤキチは、クロスライルを『無頼者』と呼ぶ。


 無頼。誰にも頼らず、何者にも屈せず、わが道を歩む者。


 今述べたように彼らは荒野に生きるがゆえに、誰かのために尽くすということを知らない。


 それと比べれば、主人のために身を滅ぼすことも辞さない戦罪者は、立派な忠義者なのだ。


 彼らは自分が自分であるために、誰かのために役に立とうとしている。


 それはつまり、誰かに【依存】しているということでもある。


 サムライが主君に忠義を示すことも、システムへの依存を示す。全体のために死ぬとは、その全体に依存することを意味するのだ。


 そんなヤキチをクロスライルは、こう評する。




「あんたらは、【かわいい】ねぇ」




 可愛い。愛らしい。


 無頼者からすれば、戦罪者は子供と同じなのだ。父親を捜す迷子の少女のようなものに見える。


 この様子から、クロスライルがヤキチたちを「なめくさっている」のがわかるだろ。




「えーと、『ポン刀のヤキチ』だったか。資料は見たぜ。どうだい? オレはあんたが殺した連中より骨がありそうかい?」


「へっ、へへへ。やべぇな、てめぇ。おらぁより人を殺してやがるぜ!!」


「そりゃお仕事だもの。殺すぜ。生きるためにな」


「ハイエナ野郎が!! 金の臭いに釣られるようじゃ、おしめぇだぜ!」


「じゃあ、お前さんはなんで戦うのよ? こんな負けが決まっている戦いに身を投じるなんて、オレには到底理解できんね」


「そりゃ無頼者には理解できねぇだろうよ!! 俺はな、ずっと死に場所を探してきたんだよ。全力を出してな!! ぶつかる場所をな!! てめぇも斬り捨ててやるぜええええええええ!!」



 ヤキチが駆ける。



 ダダダダッ ブンッ!!



 一気に間合いを詰めてからの、ポン刀での袈裟斬り。


 彼は迷わない。


 すべては一瞬、この一瞬だけにすべてをかけてきた男だからこそ、最初から全力で斬りかかる。


 どんなぬかるんだ場所でも、その速度は変わらない。


 短い距離を瞬時に駆ける脚力、振り下ろす腕力によって、ポン刀が勢いよく落ちてくる。


 アンシュラオンという化け物にはまったく通じなかった一撃も、相手が普通の武人ならば通用する。


 今さっき警備隊員を殺したように圧倒的に通用する。



 しかしながら、相手が普通の武人でなかったらどうだろう。



 ガキンッ!



「ひゅー! 思ったより速いね!! まるで風だ」



 と言いながらも、ポン刀を軽々と受け止める。


 クロスライルは、その手に剣を持っていた。日本刀のような曲線がない直線的なフォルムの剣だ。


 ただし、それはラブヘイアが使うような直剣ではない。



 彼が持っているのは―――銃。



 何度か説明に出ているように、拳銃に長めの剣を装着した『ガンソード〈銃剣〉』という武装である。


 ファンタジーの世界では、剣と銃が合体した武器がたまに出てくる。


 剣に銃が付いているものや、銃に剣が付いているもの、どちらが主体かによって用途は異なるだろうが、ひとまずここでは「ガンソード」あるいは「銃剣」と表記しておこう。



 なかなか珍しい武器なので、少し改めて説明したい。



 クロスライルが両手に持っていたのは、リボルバータイプの拳銃が二挺にちょうだ。


 今までは一挺しか使っていなかったが、彼は両手に二挺の銃剣を持つのが本来の戦闘スタイルである。


 使う必要性がないので一挺だけの使用だったにすぎない。


 しかも衛士が持っているような木製ではなく、本物の【金属製】である。


 彼は南から来たので、西側の支配域では金属製の銃も手に入る。


 グラス・ギースでもDBD製の金属銃が散見されるようになってきたので、その存在自体はさして珍しいものではないが、やはり銃剣を付けているハンドガンサイズの銃は極めて稀少だろう。


 この銃剣というものはライフルのような長物に付けることが多く、かつて銃の性能が低かった頃は接近戦で猛威を振るったといわれている。


 現代ではアサルトライフルやマシンガンが普及し、すでに骨董品としての価値しかないものの、武人の世界ではいまだ現役で生き残っている武装である。


 一流の武人の高速戦闘において銃だけでは対応できないが、銃剣を付けることであらゆる戦況でも戦えるようになるのだ。



 次に剣についての説明だ。


 ハンドガンタイプのものに付けるとすれば、たいていは短いナイフなのだが、クロスライルのものはもっと長いタイプの直剣である。


 加えて左右の銃剣はそれぞれ長さが異なり、右は刃渡り九十センチの青い刀身の剣、左は六十センチの赤い刀身の剣が付いている。


 そのため腰にあるホルスターは、銃をしまうというよりは、剣の鞘に近い長い形状をしていた。


 銃剣は専用の固定具でしっかりと引っ付いているため、簡単に外れるような構造ではない。



 彼はその二つの銃剣をクロスさせ、ポン刀の一撃を止めていたのである。




(強ぇな。こいつ)



 ヤキチはその一回の手合わせで、相手が強いことを悟る。


 まず何よりも反射神経が並外れている。


 彼は寸前まで、だらんと肩の力を抜いていた。その状態から一瞬でヤキチの速度に対応したのだ。


 さらに腕力も強い。


 ギリギリギリッ!!


 ヤキチが押し込もうとするが、クロスライルは飄々と受け止めている。


 銃を押さえている手がまったくぶれない。


 上段からの打ち下ろしをしっかりとガードしている段階で、見た目以上に力が強いことがわかる。


 もしかしたらJBよりも強いかもしれないので、腕力の強さは体格に比例しないことも証明している。



「若いくせに、いい腕してるじゃねえか!」


「おっ、そう言われるのは嫌いじゃないぜ。ただこう見えても、あまり若いってわけじゃないけどな」


「はっ! 抜かしやがる!! だが、この距離はおらぁの間合いだぜ!!」



 ヤキチはクロスライルの腹に前蹴りを放つ。


 それで相手がよろめいた隙に、再び必殺の一撃を見舞うつもりだった。


 さすが近距離戦闘を磨いてきた男だ。まったくノーモーションで、いきなり前蹴りを放つ。



 ぶんっ スカッ



 しかし、足裏に感触はなかった。


 なぜならばその瞬間には、クロスライルはその場にいなかったからだ。


 ふわりっ


 ポン刀と銃剣の刃を合わせたまま、体勢を入れ替えるようにクロスライルは宙に跳んでいた。


 これがビッグ等の鈍重な武人であったならば、浮いている間は無防備となり、恰好の的になっていただろう。


 ヤキチほどの猛者ならば、この体勢からでも追撃は可能だ。



 だが、クロスライルにとってそれは回避ではなく―――【攻撃】



 銃剣の本領は、剣だけではない。


 その【銃】の部分が合わさってこそ、真価を発揮するのだ。



 銃弾を―――発射



 バババンッ



 ポン刀を剣で押さえたまま銃口を向け、至近距離から銃弾が発射される。


 当然ながらその銃弾は、赤い輝きを宿している【戦気弾丸】である。


 戦気はそれそのものが強化物質である。剣気には及ばないが、まとわせるだけで威力が激増する。


 ただでさえ打ち出す力が強い銃弾なのだ。戦気が加われば、威力は数十倍。


 人体どころか、厚さ二メートルの鉄板すら貫通する威力を持つ。



「ちいいっ!!」



 ヤキチは咄嗟に避けるが、至近距離での銃弾をかわしきれず―――足に被弾。



 ばすばすばす ぶしゃーーっ



 銃弾は貫通。


 太ももに穴が穿たれ、血が噴き出す。



「へへ、あったりー!!」


「てめぇえ!! 調子にのりやがってぇえええ!」


「おっと!」



 ぐぐぐっ!! バチンンッ!


 ヤキチがポン刀を強く引き斬ることで、空中にいるクロスライルの体勢を崩して地面に叩きつけようとする。


 しかし、クロスライルは見事なバランス感覚で、くるくると宙で回転して着地―――すると同時に、そのまま銃撃。



 バババババンッ! ババババンッ!!



 リボルバーは、トリガーを連続して押すことで連射ができる。


 それでも普通は単発に似た速度なのだが、高速で動くことが可能な武人が行えば、それはもうマシンガンだ。


 各六発入りの二挺のリボルバーの全弾を、一瞬にして撃ち尽くす。



「うおおおおお!」



 ブンブンブンッ ガキガキンッ!


 ヤキチは、剣気をまとったポン刀を振り回し、銃弾を切り裂いてガード。


 だが、これだけの銃弾をすべてはよけられない。



 バスバスバスッ ぶしゃっ



 転がりながら剣を振り払ったものの、右肩に強い衝撃。


 これまた三発の銃弾が命中し、貫通していく。


 貫通した弾丸は背後に突き抜け、地面に当たると―――



 ボンッ ボボンッ!



 大地を大きく抉り、爆発するように三メートル大の穴が生まれた。


 銃弾の大きさが一センチ強と考えれば、極めて強い衝撃力といえる。


 しかも銃弾は止まることなく、さらに大地の中を加速して動いている。


 そのうちどこかで止まるのだろうが、銃の使い勝手を考えれば凄まじい破壊力といえるだろう。



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