540話 「戦罪者と対峙する者たち その4『魔人の思想、具現化する思想たち』」


 JBはマサゴロウを一蹴。


 ホワイト商会を倒すために呼ばれた以上、凄腕なのはわかっているが、まさに殺しのプロフェッショナルであった。


 多少名が売れていても、そこらの戦罪者では『ネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉』のメンバーに勝つことは不可能だ。


 彼らは特殊な人間たちであり、レベルもパワーも段違いである。


 しかしながらホワイト商会の戦罪者もまた、普通の武人ではない。



「………」



 むくり


 マサゴロウが無言で立ち上がった。


 身体の表面は、ビッグの炎竜拳とJBの六震圧硝によって、見るも無残な状態になっているが―――



 じゅううう



 それが少しずつ回復している。


 彼らもまた回復術式を仕込んでおり、身代わり人形も持っているので簡単には死なない。


 これは総力戦。命をかけた真剣勝負。


 彼らに二度目など存在しない。今この瞬間こそがすべてだ。



 その証拠に、マサゴロウが死を―――受け入れる。




「あぁ…オヤジ、おれはここで死ぬことにしよう。あんたと出会えて、楽しかったよ。そして、オヤジのために、おれがおれらしくあるために、最期まで戦って…死ぬ!」




 マサゴロウが、笑う。


 その目は死を怖れないどころか、死することを楽しみにするような感情を宿していた。


 実際、彼はとても幸せだったのだ。


 最期にアンシュラオンという存在と出会えて、彼のために死ぬことができるなど、戦罪者にとっては最高の人生である。


 彼が死を受け入れたと同時に、戦気の質も大幅に変化。



 ズオオオオオオオッ ゴオオオオオオオオ!!!



 黒く、ドス黒く、錆付いた赤黒い戦気が大量に噴き出す。


 覚えているだろうか。アーブスラットと戦った戦罪者は、サナを守るためにすべてを出し尽くした。実力以上の力を発揮した。


 マキでさえ、死を覚悟した彼らの気概に恐怖を覚えたくらいだ。


 戦罪者が怖ろしいのは、まさにこの瞬間からなのである。


 死を受け入れ、愛し、求めるからこそ、彼らは最期の最期まで力を捻出する。


 ただただ相手を滅することだけを考え、自身を燃焼させることを願う。


 それは自分のためだけではない。主人となった者のために戦うからこそ強いのだ。



 悪人には悪人の流儀がある。



 悪には、悪の【華】がある。



 ソブカがアンシュラオンに魅入られ、自己の力を強化したように、彼らも同じように強化される。



 燃える。燃える。燃える。



 彼らの戦気が―――燃焼していく!!!



 噴き上がった戦気が、ビッグが発した炎気のように形を成していく。


 黒い戦気が蠢き、こねくり回され、徐々に本性を見せていく。



 それは―――【鬼】というべきか。



 そこまでリアルな造詣ではないが、デフォルメされた鬼のような顔に変化していく。


 世の中を睨みつけ、反抗し、抵抗する気概に満ちた者の目。


 自分の流儀と道義を押し通すために、自己を鬼にした者の姿。



 鬼が―――咆える!!!





 ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!





「うひいいっ! な、なんだ、こりゃ!!」



 その怒声に似た音に、ビッグが思わずのけぞった。


 バクンバクンと心臓が高鳴って止まらない。なんて怖ろしい音であり、なんて凶悪な気質なのだろうか。


 見ただけで魂が凍りつくような恐怖を感じる。



「このプレッシャーは…この【思想】はなんだ?」



 JBも、マサゴロウから発せられた異質な戦気に気圧される。


 戦気は本質を物語る。その人間を物語る。


 その人間の「背後にいる存在」を如実に物語る。



「これは…ホワイトの……ぐうううっ!! ちくしょう!! 震えちまう!! こんなに暑いのに身体が震えちまう!!」



 ビッグは知っていた。



 これは、アンシュラオンが発する【魔人】の気配。



 あの時少しばかり垣間見た、彼の本性から発せられる圧力だ。


 人間すべてを支配するために存在している魔人。グマシカが言うには、災厄の魔人は【人に罰を与える存在】だという。


 傲慢な人間たちを殴りつけ、屈服させ、支配する。


 自分たちが最上の存在だと勘違いしている者たちに対して、所詮は【奴隷】なのだと教え込むために、世界が生み出した存在、システム。


 人間は、世界や星といった自然のシステム、そのハードウェア上で動く『ソフトウェア』にすぎない。


 その根幹たるシステムが、人間というソフトを監視するための上位のソフトをこしらえた。それが魔人だ。



 言ってしまえば魔人は、【ウィルス滅殺めっさつソフト】のようなものだ。



 ここで『対策ソフト』と言わないのは、魔人という力があまりに強すぎるからだ。


 人間の中で魔人因子を覚醒させた者は、その上位種として下位種を支配する権限が与えられる。


 いや、グマシカの言葉を借りれば、そのためだけに造られた『最高傑作』である。



 つまり魔人側こそが―――種としての絶対上位者であり、正義。



 魔人に従う者たちだけが、人間を打ち滅ぼす『権利と資格』を得たことになる。


 まさにマーダーライセンス〈殺人許可証〉を与えられたのと同じだ。その行いは正しく、正当なのだ。


 その意味で、戦罪者はうってつけの道具であろう。


 なぜアンシュラオンが戦罪者を選ぶのか。彼は何も知らないので無作為で選んだつもりだろうが、実際は世界のシステム上の流れに沿った行動といえる。


 より人間を殺すことに長けた者を選んだ、というわけだ。


 魔人の道具として相応しい者が、自然と選ばれるようになっている。だからシステムなのだ。


 その権利を得た彼らに対して、ビッグが恐怖を抱くのは当然である。


 JBでさえ、彼らの思念に強いプレッシャーを感じているのだから、相当なものなのだろう。




 さて、ここまでは概念的な話であり、種が天敵に感じる潜在的な恐怖について語った。


 では、ここからは、より物的な説明に入ろう。


 なぜマサゴロウが、ここまでの力を引き出せるか、といった話だ。



 魔人の道具にも段階がある。



 一番下位の存在が、間接的に彼を支持する一般人たちだ。


 彼らは無意識のうちに魔人の気配を感じ取り、逆らわないように、あるいは好かれようと努力する。


 アンシュラオンがいろいろな人間と仲良くできるのが、こういった仕様によるものだ。(当初の小百合も、ここに該当していた)



 次に、モヒカンや使い捨ての戦罪者のような者たちが該当する。


 彼らは、直接的にアンシュラオンの配下に加わっている者たちで、彼の影響力の恩恵を多少なりとも受けている。


 モヒカンが、これだけアンシュラオンに肩入れしていても無事なのは、彼からも魔人の気配が漂っているからである。


 それを感じ取った他の人間が対立を避けるので、結果的にこのような状況でも上手く立ち回れるのだ。



 そして、次にマサゴロウのような幹部クラスが該当する。


 同じ戦罪者でも、マサゴロウたち幹部に関しては、他の者たちとは違う事情が存在している。


 彼らは魔人の力を微量ながら【摂取】しているのだ。


 単純に忠誠を誓っていることも影響しているが、彼らはアンシュラオンに挑んで敗北した際、命気によって傷の修復を受けている。



 そうだ。命気だ。



 医師連合のスラウキンが見つけた逸話では、命気には力を伝達する効果がある。


 水が他者と交じり合う性質を持っていることは、人を繋ぐマングラスがすでに示しているだろう。


 また、命気は媒介物にすぎない。


 命気でなくても、直接的な接触あるいは精神的なつながりがあれば、彼の力をわずかながらに摂取できる。


 魔人にもっとも愛されたサナが、これほどの成長を見せていることが何よりの証拠だろう。


 あのペンダントに宿された力だけではなく、彼女自身にも強烈な影響を与えているのだ。


 もちろんサナ自身が特別であるのは間違いないが、ただの『かよわい一般人』がこの短期間で、レイオンと戦うまでに成長する段階で【異常進化】だ。


 では、元から武人であり、元から賞金首の彼らが力を受ければ、進化率という観点ではサナに遠く及ばないものの、それに匹敵するだけのステータスを得るのが道理というものだ。




「オヤジは、この世界を裁く。ふふふ…ハハハハハ!! おれたちは…その尖兵だ! かあちゃん、おれは…ようやく手に入れたぞ!! 自慢できる息子に…なったぞ!!! 今からすべてを壊して、おれは…褒められる!」




 ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!



 マサゴロウに【魔人の思想】が流れ込んでいく。戦気の増大が止まらない。


 もし今の彼を『情報公開』で見たら、驚くべきステータスになっていることがわかるはずだ。



 彼も―――限界を突破している。



 サナがミャンメイの料理を食べて、限界を突破したHPを得ていたように、マサゴロウもレベル上限を振り切って【急速進化】している。


 怖ろしい。まったくもって怖ろしい。


 人間を使って人間に罰を与える魔人が、怖ろしい。


 魔人にとっては、すべての人間は道具であり、単なる駒でしかないのだ。



「ちくしょう…! これがホワイトの力かよ!! 冗談じゃねえぞ!!」


「私にも感じるぞ。ここまで大きな思想が、こんな場所にあろうとはな」


「くそが! あんなやつらに勝てるのかよ!!」


「ふん、惰弱な。だから貴様は馬鹿なのだ」


「んだと!? さっきから人様のことを馬鹿馬鹿言うんじゃねえよ!」


「馬鹿を馬鹿と言って何が悪い。ネイジアが私をここに導いたことは運命だったのだ。…いいだろう。ならばその思想、わがネイジアの思想によって打ち砕いてやるとしよう!!! ネイジアこそが最高の思想だと証明するのだ!」



 ゴゴゴゴゴッ


 JBの戦気も急激に増大。



「ネイジアの偉大なる理想郷を生み出すために、すべての人類が一つになるために、この身を捧げて戦うのみ! それこそがメイジャ〈救徒〉の使命!! そうだ。我らは神徒なのだ!!」



 JBの思想をエバーマインドが吸収。肥大化させていく。


 吸う、吸う、吸う。


 人間の魂が発する『想念』の力を吸う。


 人間は女神の分霊であり、女神は母神の分霊である。その母神は宇宙を構成する完全なる力と愛の分霊だ。


 その力の根源は、想念。


 想う力、考える力、かたちづくる力。



 エバーマインドが、JBの思想を―――【具現化】。



 彼の戦気を媒体にして変質させていく。



 その姿は、なんともいえず美麗なものだった。


 二人の男女が絡み合い、混じり合い、融合し、一人の人間となって両手を広げる。


 そこからこぼれ出た光が大地に落ちると、美しい緑が広がっていった。


 動植物たちが静かに生息し、自然は実りを与え、太陽と月によって循環する。


 多くの人々が集まり、崇めている。美しい大地と自然を得たことに歓喜し、祈りを捧げている。



 その中央には、ネイジア〈救済者〉。



 人々の中心となり、人々の力を集め、救世主として降臨する完全なる人間。


 彼によって大陸は統一され、人は真なる統制と平和を取り戻す。


 マサゴロウが発した魔人の思想とは、まるで正反対。


 ネイジアの思想、少なくともJBが感じている思想は、これほどまでに美しかったのだ。




 だが―――




(俺は…夢でも見てんのか?)



 さすがのビッグも、これらの現象には首を傾げるしかない。


 自分の炎気も変な形になるし、マサゴロウもJBも明らかにおかしい。


 彼の違和感は正しい。普通はこんなことは起こりえない。


 いちいちこんな現象が起こっていたら、描写するほうも面倒で仕方ない。


 だからこそこれは、違う力が働いている証だ。



 実は、『エバーマインド』の力が微弱ながら【流出】しているのだ。



 彼が今朝方、グラス・ギースの東門で力を流出させてからしばらく経過するが、完全に元の状態に戻っているとは言い切れない状態にあった。


 普通にしていれば、日常生活に異変が生じるほどの事象は起こらないが、こうして強い精神が集まる場所においては、そんな微弱なものでも巨大な顕現を引き起こしてしまう。


 ソブカやビッグの感情が、あまりに強かったのだ。


 彼らの想いは一般人を遙かに超えている。それだけ強い心を持った魂といえるだろう。



 これらの表現を―――【表象ひょうしょう】と呼ぶ。



 心の形が、実際の力として具現化する現象だ。


 この表象化は、目に見えない領域では常時発生しているので、特別なものではない。


 普段は見えないものが可視化されたらこうなる、という良い見本である。


 人は常に想いの力で生きており、戦っているのだ。



 だから、やることは変わらない。




「やつを殺せばよいだけよ。完全に殺しきればよいのだ」



 JBが悠然とマサゴロウに向かう。


 かなりの強化が行われていても、素の能力は完全にJBが上だ。


 この戦いにおいて、彼の優位性は何も変わらない。



「待てよ! 俺の喧嘩だぜ!!」



 が、ここでしゃしゃり出てくるのが、ビッグという男だ。



「下がっていろ。邪魔だ」


「俺らが始めた喧嘩だ! 逃げるわけにはいかねぇんだよ! あいつの前で無様な姿を見せられるか!!!」



 ビッグが、これだけの圧力の前でも闘争意欲を失わないのは見事だ。


 他の場所では、マサゴロウから発せられた魔人の気配を感じた人々が凍り付いていた。


 断頭台に送られる寸前の人間のように、恐怖のあまりに動けずにいるのだ。



(この馬鹿は、やはりエバーマインドの力を引き出しているのか? それとも、もともと持っていた力なのか? 『あの男』のように…)



 JBの視線が、遠くにいるソブカに向けられる。


 唯一無事なのは、ソブカの鳳旗ほうきの下に集まった人々だけ。


 彼の不死鳥の力が及ぶ範囲は、およそ半径百メートル。その範囲に入った人間だけが、ラングラスの火によって守られている。


 ソブカの火は、魔人の思想すら防いでいる。さすがはアンシュラオンが見込んだ男である。(マサゴロウが発するものは非常に『希薄』でもあるので、ソブカでも防げる。当人が出す『原液』は誰であっても不可能)



(まだまだ成長途上にして、あの火を生み出すか。侮れぬ。あれだけの思想を生み出すとは…やつは何者なのだ?)



「いくぞおおおおおおおおお!!」


「っ…待て!!」



 JBがソブカに気を取られている間に、ビッグがマサゴロウに突っ込む。


 走る、走る、走る。


 ビッグが炎の虎を生み出しながら突っ込んでいく。



 ビッグさんが、燃えている!! 輝いている!!



 あらやだ、カッコイイ! 惚れてまうやろーーーー!!


 と夢を見たいところだが、現実はなかなかにして厳しい。



 ぼごんっ



「…え?」



 ちょうど中間点において、ビッグが足で大地を踏みしめた瞬間、地面に穴があいた。


 そして、意気揚々と走っていたビッグが、【地中】に吸い込まれる。



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