539話 「戦罪者と対峙する者たち その3『殺しのプロフェッショナル』」


 ソイドビッグが覚醒を始める。


 彼の中に眠っていた激しい感情が引き出され、上位属性の炎気が発現した。


 この『炎気』は、熱い情熱と強い闘争本能を持つ人間を好む傾向にある。


 そのため実は、アンシュラオンは扱うことができない気質だったりする。


 あの男は、どんな戦いでも冷静さと頭脳をもって戦うタイプなので、本来の性質である水属性が異様に発達しているのだ。


 『命気』はパミエルキも扱えるが、水に究極特化しているアンシュラオンのほうが勝る。だからこそ彼女の臨気も防御できるというわけだ。


 このあたりは相性もあるので難しい。扱えたほうがいいが、扱えなくても強い武人は強いものだからだ。



 ともあれ、ビッグは【ラングラスの資格】を得た。



 プライリーラも『嵐気』を持っていたように、各派閥の本家あるいは強い血を引き継ぐ者は、それぞれに対応した上位属性を扱えるようだ。


 ソブカも炎属性を持っているため、ビッグもようやく並ぶことになった。



 ただし、これで油断してはいけない。



 がしっ




「…え?」



 炎竜拳が決まって叫んでいたビッグの腕を掴む者がいた。



 それは―――マサゴロウ



 ボーーーンッ! ぶすぶすぶす



 マサゴロウが戦気を爆発させ、身体に燃え移った炎気を弾き飛ばす。


 炎竜拳を受けても、彼はまだ立っていた。やられたとは誰も言っていない。


 マサゴロウは、まだ生きている。



「効かなかった…すか?」


「いいや、効いた」



 見ると、マサゴロウの身体は各所が抉られ、さらに炎気で焼かれてボロボロになっている。


 ビッグの攻撃は効いていた。ダメージを与えていた。


 しかし、マキでさえ倒しきれなかったのだ。彼の耐久力は想像を超えている。


 そして、この一撃が彼を本気にさせる。



「…おもしろい。お前を…敵と認める」



 スウウウ


 マサゴロウの目が、静かで獰猛な色合いを帯びる。


 それと同時に気配が変わった。


 ひどくひどく冷たい感覚だ。炎気によって周囲の温度は激しく上昇しているのに、背筋が凍えそうになる。



(なんて殺気だ…!! これがこいつらの本性かよ!!)



 戦罪者は戦うために生きている者たちだ。


 その本質は、やはり破壊。殺して殺して殺し尽くすのが目的。


 それが享楽のためか、あるいは何かしらの目的や理念のためかは問わない。



 彼らの役割は―――徹底的な殺戮!!




「いいパンチだった。だが、掴んだ」



 掴めばマサゴロウのもの。


 ぎゅううううううっ!!!


 大きな手でビッグの腕を圧迫する。



「ぐおおおおお!! いてててて!! ちくしょう!! なんて力だよ!!」



 ビッグも腕力には優れている。ソイドファミリーでも、ダディーの次に強いはずだ。


 それが、まったく通じない。


 赤子が大人に腕を本気で握られたように、肉が圧され、骨が軋む。



「このやろおおおお!! 放せ、こらああああ!!」



 ドンドンッ! バキッ!!


 殴る、殴る、殴る。


 左手で何度も殴りつけるが、マサゴロウは放さない。


 ジュウウウッ!! ボンボンッ!



 覚えたばかりの炎気を爆発させて燃やそうとするも―――動かない。



 彼は一度握ったものは絶対に放さない。その部位を引き裂くまで。


 だからこその異名、『身体割りのマサゴロウ』の二つ名なのだ。


 マサゴロウが、さらに力を込める。


 ミシミシミシッ!



(やべぇ! もっていかれる!!)



 腕を失っても武人は戦える。技は使える。


 とはいえ腕を失うことは、足技が主力でないビッグにとって戦闘力の激減を意味する。


 その状態でマサゴロウと対峙するのは、そのまま死に直結するだろう。


 なんとか逃げ出そうとしても、もう完全に手詰まりだった。


 達人のアル先生だって、足を自ら捨てたくらいだ。まず優先すべきは命である。


 それはわかる。わかるが、簡単に決断はできない。



「ちくしょうううううううう!! はなせぇええええええ!」



 ビッグは腕を失うことを諦めきれない。ひたすらあがく。


 武人としては失格だ。


 アンシュラオンならば怒るだろう。ダディーだって叱るかもしれない。


 だがしかし、それこそ人間の感情というものだろう。誰だって腕を失いたくはない。


 彼は素直に自身の望みを表現しているだけなのだ。



 だからこそ―――魅力的。



 彼はとても人間らしい人間だった。


 それが強烈な【運気】となって人を引き寄せる。




 バチーーーーーーンッ!!!




「ぬぐっ!」




 バチバチバチバチッ!!


 マサゴロウの動きが、一瞬だけ止まった。


 強く握っていた手も、この瞬間だけは緩んでいる。


 もともとビッグは必死になって引っ張っていたので、ずるりと腕が抜けた。


 ただ、ここはさすがビッグ。


 ゴンッ!


 その勢いのままひっくり返り、後頭部を地面に打ち付ける。



「あたたた…!! なんだ、どうなった!? 腕は…ある!! 腕は無事だ!!」



 まず確認したのが、自分の右腕。


 かなり内出血が見受けられるが、幸いなことに腕は存在していた。


 ぐっと握れば、しっかりと筋肉も膨れ上がる。



「何があったんだ…? いったい何が…」



 自身の力で抜け出せなかった以上、他の何かしらの力が働いたと見るべきだ。


 ビッグにもそれはわかる。今何かが起きたのだ。



 では、何が起こったかといえば―――



 どす どす どすっ



 ビッグの視界、マサゴロウの後ろから一人の男が歩いてきた。


 全身を黒い外套で覆っている大男だ。


 一瞬青劉隊の人間にも見えたが、外套の色が違うので彼らではないだろう。



「あ、あんたは…」



 ビッグはその男に見覚えがある。


 こんな奇妙な男は、物覚えが悪いビッグとて忘れるわけがない。


 なぜならば、この男とは今朝方やりあったばかりだからだ。



「惰弱、脆弱」



 しゅるるっ


 外套の足元から黄色い紐が出ており、まるで生きているかのように動いている。



 その男は―――




「JB!! なんであんたが!」




 JB・ゴーン。


 ネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉の一員にして、いきなりグラス・ギースに攻撃を仕掛ける危ない男だ。


 彼の性格を考えれば、ビッグを助けるような男ではけっしてない。


 だが、現状を見る限り、どう考えても彼の行動によるものだった。


 近寄ってきたJBは、倒れたビッグを見下ろして首を振る。



「理解できん。まったくもって意味不明だ。『ストリング・エバーマインド〈救済思想の組紐〉』は、なぜこんな男を気にかけるのか」



 JBの力の源である、ストリング・エバーマインド〈救済思想の組紐〉。


 思想を糧にして力を生み出す強力な『石』だ。思想さえあれば全身の再生すら難しくはない。


 この存在は、宿主を差し置いて今朝もビッグに力を貸したのだ。


 そして今も、ビッグに対して強い関心を示している。



「なぜ、お前は求められる。なぜだ? なぜなのだ?」



 JBはあの後、ひどく落ち込んでいたものだ。


 クロスライルは観光を楽しんでいたようだが、当然ながら彼は思考の渦の中に取り残されていた。


 今までJBがおとなしかったのは、似た者同士の青劉隊の存在もあったが、本当のところはずっと悩んでいたのだ。


 なぜ、自分よりビッグが好かれるのか。


 どうしてネイジア〈救済者〉は、こんな『豚』に興味を示すのか。


 それが、わからない。


 わからない。わからない。



「いや、なぜって言われても…どうしてなんだろうな?」


「わからぬ。わからぬ。わからぬううううううううううううう!!!」


「お、おい! 今はそんなことを言っている場合じゃ…! 助けてくれたのは嬉しいけどよ…!」


「助けた? …そうだ。私はなぜ、お前を助けたのだ!!」


「ちょ、ちょっと! あああああ、後ろ! 後ろ!!」


「説明できるのか! 貴様にできるのか!!」


「だから、うしろおおおおおおおおおお!」」



 シ〇ラ、後ろ!!!



 ビッグが慌てて指差した方角には、マサゴロウの手。



 がしっ!!



 雷撃から復帰した大男の手が―――JBの頭を掴む!!



「よくもやったな。このまま握り潰す」



 ぐぐぐぐっ みしみしみしっ


 マサゴロウの握力は強い。とんでもなく強い。


 JBの頭が、見る見る間に潰されていく。


 彼は思想がある限り復活できるので、顔が潰れるくらいは問題ないかもしれない。


 しかしながら、それは―――



「不快だ。触れるな」



 しゅるるるっ がしがしっ


 JBから黒い紐が三本出ると、マサゴロウの首と腕と足に絡みつく。


 こちらも負けじと締め付ける。



「なんだ、これは。こんなもの…効くか」



 常人なら一瞬で首がねじり落とされ、武人でも窒息するレベルの圧迫だが、マサゴロウにとってはたいしたものではない。


 やはりマサゴロウは強固だ。耐久力が桁違いである。



「やべえぞ! それは簡単には抜け出せない!! 待ってろ、今助けるからな!!」



 助けられたのだから助けようとするのは、人として当然だ。


 筋者の彼ならば、筋を通して恩を返すべきだ、と考えるのは自然である。


 だが、JBにとっては、それそのものが―――




「この私を心配するとは―――不快!!」




 しゅるるるっ バチンッ


 黄色い紐がマサゴロウに絡みつき、雷撃を放射。


 バチンバチンバチンッ!!



「むっ!!」



 ジュウッ


 雷撃を受けてマサゴロウの皮膚が焦げる。


 身体が頑丈なので、ちょっと火傷をした程度にすぎない。


 JBもデータを見るまでもなく、マサゴロウと対峙した瞬間に彼の特性を見抜いていた。


 これだけ大きな男だ。特徴がわからないほうがおかしいともいえる。


 では、こういう相手には、どのような戦い方が有効なのだろう。


 それをこれからJBが実践する。



「身体が丈夫なのが自慢のようだな。だが、神経はどうにもならぬ」



 しゅるる


 新たに二つの黄色い紐が生まれ、マサゴロウに絡みつく。



 バチンバチンバチンッ!!


 バチンバチンバチンッ!!


 バチバチバチバチッ バチバチバチバチッ

 バチバチバチバチッ バチバチバチバチッ


 バチバチバチバチッ バチバチバチバチッ

 バチバチバチバチッ バチバチバチバチッ

 バチバチバチバチッ バチバチバチバチッ



「ぐううううっ!!」



 雷撃の数と威力が増していくたびに、マサゴロウの手から力が抜ける。


 こればかりは彼にもどうしようもできない。


 人間の筋肉は神経、つまるところは【電気信号】によって操作されている。


 一般人も感電すると身動きが取れなくなるように、武人であってもそれに見合うだけの電流を流してやれば、身体は痙攣して動かなくなる。


 アンシュラオンがよく雷神掌を使う理由がこれだ。


 デアンカ・ギースのような分厚い肉を持っている大型魔獣であっても、雷撃によって神経を麻痺させてしまえば動きが鈍くなる。


 雷属性は単体への攻撃という意味で、極めて優秀な力を持っているのだ。



「そろそろ放せ」



 ぐいっ ずるんっ


 そうして動きが鈍ったマサゴロウの手を紐で強引に剥がすと同時に、黒い紐で彼の身体を固定。


 感電している状態に加えて四肢まで縛ったので、完全に動きを封じる。



「私にはネイジアのみが触れることが許される!!! それ以外の者が触れることは罪としれ!! 罰を受けろ、痴れ者が!!」



 ブオオオオオッ


 JBから凄まじい圧力の戦気が放出される。


 ビッグの炎気もよく燃え上がっていたが、これはそれ以上の炎の煌きであった。


 赤よりも白が強い、彼本来の気質だ。思想が十分に彼に力を与えている証でもある。



「ぬんっ!!」



 JBが構え、拳を叩き込む!!!



 ドドドドドドッ!!


 バーーーーーーーンッ!!



 六震圧硝ろくしんあっしょう


 彼が得意とする拳の連打であり、打撃と同時に衝撃波を生み出す強力な技だ。


 物理耐性のあるマサゴロウに、こうした物理技は通じにくい。


 本来ならば、ビッグが攻撃した時のようにダメージが半減してしまうだろう。


 しかし、雷撃を受けて筋肉が弛緩しているマサゴロウは、万全の状態で受けることができない。


 身体が動かないということは、戦気の放出もかなり弱まっていることを意味するので、防御力はがた落ちの状態にある。


 そこにこれだけの技が叩き込まれれば、今までとは話が違う。



 拳の威力が―――内部にまで浸透。



 みしみしみしっ



「ごふっ」



 マサゴロウが、吐血。


 筋肉が破壊され、臓器が損傷する。


 だが、そこで終わらない。



「はぁああああ! ぬんっぬんっぬんっ!!!」



 ドドドドドドッ!!


 バーーーーーーーンッ!!



 ドドドドドドッ!!


 バーーーーーーーンッ!!



 ドドドドドドッ!!


 バーーーーーーーンッ!!



 動けないマサゴロウに対して、さらにさらにさらに攻撃を加えていく。


 殴る、殴る、殴る!!!


 殴るたびに強い衝撃波が発生し、大地が抉れていく。


 六震圧硝を三回、途切れることなく叩き込む。



 みしみしみしっ ぼんっ!!



 衝撃波が重なり合い、反発し合ったことで、マサゴロウの身体の中で爆発が発生。




「ぶ―――はっ!」




 ぶちぶちっ バチーーーンッ



 身体を押さえつけていた紐が、反動でちぎれるほどの威力が生まれた。


 それによってマサゴロウが吹っ飛び、地面に大の字に崩れ落ちる。



 ぶしゅうーーーー ごぼごぼっ



 これだけの衝撃が発生したのだ。マサゴロウの身体の中はズタボロだろう。


 現に倒れている今も大量の血を口から吐き出し、ビッグが穿った身体の穴からも血がこぼれ出ているほどだ。




「ふん、話にもならぬ。所詮Cランクの賞金首など、この程度のものよ」



 JBが紐を収納し、倒れたマサゴロウを見下す。



「あ、あんた…強いんだな! 俺でも苦戦したんだぜ。すげぇよ!!」


「ぬぐううう!! なんという不快!! 貴様にそんな口を叩かれることが一番の不快だ!!」


「なんだよ、褒めたんじゃねえか」


「それが不快なのだ!! なぜ私が貴様に侮られる!! 調子に乗るな!! 私はネイジアの力を受けた、栄光ある『メイジャ〈救徒〉』なのだぞ!」


「メジャー? 有名だってことか?」


「くううう! 大きく意味が外れていないから憎らしい! この馬鹿が!!」



 JBは、マサゴロウを一蹴。


 しかもただの力押しではなく、雷撃を効果的に使って打ち倒す。


 忘れてはいけない。彼は幾多の戦場で、数多くの猛者を屠ってきた殲滅者である。


 その中には普通の攻撃が通じない強固な武人もいたものだ。マサゴロウより防御と耐久性が高い武人など、世には山ほどいる。


 もしJBがただの頭の悪い狂信者ならば、到底勝ち続けることはできなかっただろう。



 戦闘において―――彼はプロフェッショナル。



 戦罪者を殺すために、ここにやってきた殺しのプロだ。



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