538話 「戦罪者と対峙する者たち その2『怒れる虎の子』」


「俺は、俺は!! 強くなってるぞおおおお!」



 自分が強くなったことを実感するのは、楽しいものである。


 スポーツだろうが、ゲームだろうが勉学だろうが、成長していくことに人は快感と充実感を覚えるものだ。


 ビッグがこうして叫ぶ気持ちもわかる。


 彼はたしかに強くなったのだろう。



 ただし―――



「ふん…」



 ガゴンッ


 マサゴロウが外れた顎をはめ込むと、再び構える。


 それを見たビッグの目が点になる。



「…え? なんともないすか?」


「いいパンチを持っている」


「…感想はそれだけ?」


「…うん」


「…なるほど」



 安易に「なるほど」を使うな!!!


 ピピー!


 ビッグには厳重注意のイエローカードを提示である。


 もう一枚出されてレッドになると、ケツから血を出す罰が与えられます。(それは痔である)




(なんだぁ!? 効いてないのかよ!! 嘘だろう!? 全力の一撃だぞ!)



 彼にとっては渾身の一撃だったので、驚愕するのも無理はない。


 だが、これもよくよく考えてみれば当然である。


 まずアンシュラオンの鍛練によって、因子レベルが2になったのは事実かもしれないが、因子が2あっても完全に引き出すにはそれなりの修練が必要だ。


 ゲームのように、レベルアップした直後からフルパワーが発揮されるわけでもない。


 このことから、次のレベルに至るまでの間が「因子の充足期」と考えることができる。


 つまりは、1から2になるまでの間に、因子レベル1の力が徐々に発揮されていくと思えばいい。


 技は因子があれば発動できるのだが、ビッグが放った炎竜拳は、2の中でも「下の下」の威力した伴わないものだった、ということだ。



 そして、もう一つの決定的な要素がある。



 ゆらゆら ボッボッ



 ビッグの手に宿った炎が、不安定に揺らめいて消えそうになる。


 これは技が『不完全』だったからだ。


 技を放つには一定の動作と特定の戦気術の操作が必要となる。多少の幅はあるが、そこから逸脱すると技が成立しない。


 ビッグは直感(因子の感性)によって技を使っただけなので、すべてが我流になっている。


 このまま突き詰めれば独自の型として完成するのだろうが、初めて使ったばかりなので非常に不安定な状態であった。


 本来の炎竜拳はその名の通り、拳に宿った炎が龍の形状に変化するという特徴がある。


 それが拳打の威力とともに相手をぶち破り、爆発するから強力になる。


 が、不完全な技ならば、少しばかりぐらつかせるのが精一杯だろう。




「今度はこちらの番だな」



 ぐるんっ! ぐぐぐっ!


 マサゴロウが身体を捻り、拳に戦気を溜める。


 溜まる、溜まる、戦気が溜まっていく。



「いや、ちょっとこれは…!! 無理…かも!」



 こうして対峙しているだけでも、手に集まった力は尋常ではない。


 アンシュラオンから見れば隙だらけで雑な攻撃でしかないが、普通の人間からしたら、目の前でバットを持った大男が思いきり振りかぶっているようなものだ。


 これは、怖い。怖すぎる。


 ビッグには、攻撃して妨害するという選択肢はない。どうせ効かないのだから、逆に敵の間合いに入るだけの危険な行動になるだろう。



 そして、拳が放たれる。



 この巨体から繰り出されるのは、虎破。


 爆炎弾でさえダメージを負わない戦気を圧縮した、一撃必殺の技だ。



「やべぇえ! ぐおおおおっ!!」



 ずざざざっ!!


 ビッグは、無我夢中で地面にダイブ。


 よけるほうも必死だ。地面を抉りながら下に回避。



 ぶおーーーーーんっ!! ばしゅんっ!!



 放たれた虎破がビッグの頭の上を通っていく。


 拳から噴出した戦気の余波で、その射線上にあった草木が蒸発した。


 地面も多少蒸発したので、その際にビッグの髪の毛がちょっとなくなったりもしたが、これくらいで済んだのは幸いだろう。



(や、やべぇえ! くらったら、さすがに死んでいたぜ!!)



 これだけの威力の虎破をくらえば、清龍の力を受けたビッグでも生き延びられるかは怪しい。


 マサゴロウの攻撃が大雑把だったことで助かった。まさに命拾いだ。



 しかし、現状は何も変わらない。



 ビッグ単独では、どうしても勝てない。


 ただ、彼は独りで戦っているわけではない。



「若頭!!」



 そこにビッグを捜していたソイドファミリーの構成員三人がやってきた。



「こいつ! 若頭から離れろ!!」



 即座に状況を理解した彼らが、銃撃を開始。


 バンバンバンッ ぼんぼんぼんっ!!


 爆炎弾を打ち込み、マサゴロウの動きを止めようとする。



「馬鹿野郎! 来るんじゃねえ! 死ぬぞ!!」


「水臭いことを言わないでください! 俺らは若頭に命を預けますぜ!! 一緒に戦います!!」


「そんなレベルじゃねえんだよ! こいつはやばいんだ! 今の俺ならわかるんだよ!!」


「俺らだって役に立ちますよ! いくぞ! 若頭を援護しろ!!」


「おおおおお!」



「ふんっ、雑魚が。死ね」




「逃げろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」




 マサゴロウが拳に戦気を溜める。


 その時間、およそ二秒たらず。


 一般人からすれば二秒は短いが、武人の世界では相当長い時間になる。これがマサゴロウの弱点だ。


 ただし、彼はこれを『対集団戦闘』に生かすことで解決している。



 マサゴロウの大きな掌から―――戦気掌。



 集めた力を一点ではなく、広範囲に広げることで、大人数の敵に対応するようにしたのだ。


 これによって遅さを気にせずに力を溜めることができる。


 部位を狙うのではなく、範囲に放てばいいので正確な攻撃が必要なくなるからだ。



 戦気掌が―――構成員を呑み込む。




 ザザザーーーーーー!! ボンボンボンッ!!




 熱風に晒された構成員たちが、電子レンジで温められた「ゆで卵」のように、ぼんっと爆発していった。


 表面も当然焼け焦げているが、相手の防御の戦気を貫通して内部に染み込んだ戦気が行き場を失い、膨張して爆発したのだ。


 アンシュラオンが使う戦気掌は、威力が高すぎて消し炭になるが、マサゴロウが使うものだと、こういった現象が起こるわけだ。



 こうして中級構成員たちは、あっという間に戦死。



 バッジョーが攻撃力の低いファテロナにも秒殺されたことを考えれば、この結果も致し方がない。


 マサゴロウが強いのだ。



「あっ…あぁ……」


「弱いな。まったくもって弱い。これでオヤジと戦うとは…馬鹿は死ななければわからない、か」


「………」


「どうした? 絶望したか? …それもいい。それが普通だ」



 強い力に出会えば、誰だって絶望する。


 人間が裸で本気で飢えた猛獣と出会えば、その気持ちがよくわかるだろう。


 「俺は猛獣と出会っても平気だぜ。目を狙えばいいんだろう?」と粋がる若者もいそうだが、身体の構造自体が違うので戦闘能力そのものが違う。


 無邪気に向かったその者は、腕を噛み切られ、最悪の場合はそのまま餌になるだろう。


 無情な世界なのだ。慈悲や癒しとは正反対の荒野である。


 そんな場所でアンシュラオンや、彼の部下である戦罪者と出会えば絶望するしかない。



「………」



 ビッグは黙っている。


 ただただ黙って見ていた。


 目の前には仲間の死体。爆破した肉片が転がっている。


 こんな惨状を見れば、もう戦う気などなくすだろう。




 だが、だが、だが。




「はーー、はーーーー、はーーーーー!!」




 ビッグの呼吸が荒くなる。


 出撃前も恐怖で過呼吸に陥っていたので、それが再発したのかとも思われた。




「はーーーーはーーーーーはーーーーーーーー!!!」




 呼吸をする。


 息を吸う。息を吐く。



 吸う。吐く。


 吸う。吐く。吸う。吐く。


 吸う。吐く。吸う。吐く。吸う。吐く。吸う。吐く。


 吸う。吐く。吸う。吐く。吸う。吐く。吸う。吐く。吸う。吐く。吸う。吐く。吸う。吐く。吸う。吐く。吸う。吐く。吸う。吐く。吸う。吐く。吸う。吐く。





「はーーーーはーーーーーはーーーーーー!!」





 ボオオオオオッ ボオオオオオオオオッ!!



 呼吸を重ねるごとに、ビッグの身体が燃えていく。


 種火に息を吹きかけるように、燃え盛っていく。


 戦気が、燃え上がっていく。




 これは―――【練気】




 武人が戦気を練るために必須の呼吸法だ。


 練気を使わない武人はいないが、基本の型はあっても各武人によってやり方は異なる。


 これまた師匠がいないビッグは、自己流。


 そのためか、まったくもって効率は悪く、吸った分のすべてが力になっているわけではない。


 そもそも練気の道は長く険しく、アンシュラオンでさえまだ究極には至っていない。陽禅公でも完璧ではない。


 ビッグがこうして無駄に力を使うのは仕方のないことだろう。




 が、不足した分も強引に―――練り出す!!!




 ぼっ! ぼっ!! ぼっ!!!! ぼぼんっ!!



 バイクのエンジンが付かなくて、何度もキックを繰り返すように、執拗なまでに何度も何度も何度も火を入れていく。



「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなよ!!!」



 ギリギリギリ ガキンッ


 あまりに強く歯を噛み締めたせいか、奥歯が欠けてしまった。


 そうなっても彼は、まだ力を込めることをやめない。




 ガキンッ! ガキンッ! ガキンッ!!!




 歯が欠け続けたから、いったいそれが何だというのさ?


 そりゃ痛いよ。それなりにつらいさ。


 だが、それがいったい何だっていうのさ?



 この痛み、この痛み、この痛み!!!



 仲間を、仲間を、仲間を!!!



 殺された痛みに、痛み、痛みに―――




―――比べれば!!!






「俺は、自分で自分がゆるせねぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!」






 ブオオオオオオオオオオ!!



 ビッグの身体から【炎】が噴き上がっていく。


 激しい闘争本能が目覚めていく。


 彼は、彼は、けっして絶望などしていなかった。



 ソイドファミリーの構成員たちは【家族なかま】だ。



 彼らはエジルジャガーを家紋にするくらい集団意識が強く、赤の他人であってもファミリーに入れば、家族同様に接してきた。


 今だって危険を承知で自分を助けようとした結果、死んだ。


 彼らは、自分の意思で結婚すらできないし、あえてしない。


 ファミリー内の秩序を保つために、基本的にはダディーの血筋しか子供を残さないと決めている。


 ソブカを見てもわかるように、派閥内部での血みどろの争いを防ぐためだ。


 そこまで自分に尽くしてくれた者が、死んだ。


 自分がふがいないから、死んだ。



 それが、それが、それが!!!





 ゆるせ―――ないいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!





「おおおおおおおおおおおおおお!」




 怒りが頂点に達し、戦気が爆発。


 燃える、燃える、燃える。


 燃えきった戦気が、さらに燃えて輝きが変わっていく。


 ジュボォオオオオオ!


 同じ赤でも、もっともっと濃度の高い赤にグラデーションのように切り替わる。



「うおおおおおおおおお!!」



 その炎をまとい、ビッグがマサゴロウに向かっていき、拳を放つ。


 がむしゃらの一撃だ。何も考えていない。


 だからこそ、この瞬間だけ因子が彼の身体を支配した。


 サナが因子の記憶、『グランド・リズリーン〈偉大因子共鳴〉』によって導かれたのと同じく、彼の身体も適切な流れに沿って勝手に動いていく。


 拳が燃える。


 次第にそれは単なる炎ではなく、【荒れ狂う龍】の形になっていく。


 グオオオオオオオオ!!


 拳にまとった龍が、咆え―――




 炎龍がマサゴロウに―――激突!!!




 ドゴーーーーーンッ!!




「ぬっ! この圧力…は!!」



 ぶわっ



 マサゴロウの足が、地面から離れた。


 ソイドビッグの拳の圧力が強くて、こらえることができなかったのだ。


 そこからさらに爆炎と化した龍が、喰い散らかす!!



 ガブガブガブッ! ボンボンボンッ!!



 炎牙がマサゴロウに喰らいつくと、腹、胸、肩に牙を突き立て、そこで爆発を引き起こす。


 これぞ本当の炎竜拳の姿。


 紅蓮裂火撃と多少違うと言ったのは、こうして爆炎が生きているように襲いかかるからだ。


 そして、この炎竜拳を完全に使うためには、『炎』属性を持っていなければならない。


 初期データのソイドビッグは、『火』属性までしか持っていなかった。


 しかし、人が進化するものならば、属性もまた進化していくもの。


 火の資質があるということは、『炎』の資質を持っているということ。




 火気から―――【炎気えんき】へ。




 火の上位属性へと質が変化していく。



 ジュウウウ ボンボンッ!!


 ジュウウウ ボンボンッ!!


 ジュウウウ ボンボンッ!!



 焼き尽くし、燃やす!


 マサゴロウを燃やす!!




「はーーーはーーーはーーーーー!!」




 ビッグは、荒い呼吸で必死に力を振り絞る。



 ギャオオオオオオオオオオ!!!



 彼がまとう炎気が、獣の叫び声のような音を立てている。


 昇る、昇る、火は昇る。


 温かいものは上昇する。彼の熱気が舞い上がっていく。



 そこに浮かび上がるは―――【虎】



 炎が変質し、ネコ科の動物を模した形へと変わっていく。


 まだまだ未成熟なので、虎と呼ぶのは虎に失礼だ。ここではあえて【虎の子】と呼ぶべきかもしれない。


 まだ幼く、数多くの失敗もするだろう。


 まだ弱く、何度も転んでは危機に遭うだろう。


 しかし、そこには人々を惹き付ける『愛嬌』と必死さがあった。



 鳳旗に集まっていた人々の視線が、少しだけ逸れる。



 空に舞う不死鳥と、大地で必死になって叫ぶ虎の子の二つを、交互に見つめる。


 両者はまったくの正反対だった。


 ソブカの炎は、どこまでも自由を欲し、それでいながら大地をけっして見捨てない崇高さを持ちつつ、敵を滅するための凶悪さも併せ持つ。


 一方でビッグの炎は、不器用で甘ったれで、時には怯えたりしながらも、けっして逃げ出すことはなく、仲間や家族を見捨てない愛情を感じさせる。




「あっ、なんだか…あったかそう」


「近寄っても…いいのか?」


「あれなら…大丈夫そうだ。俺たちも行こう!」




 ソブカの不死鳥が怖いと感じていた者も、ビッグが発する炎虎を見て安心したのか、次々とラングラス側に集まってきていた。


 人間の印象が、そのまま表れているのだ。


 ソブカを見て怖いと思う者も、ビッグを見れば「なんだ、こいつか」と侮る。


 その侮りが安心感となって、人の心に余裕を持たせるのだ。


 それならそれでいい。結果的に人を助ける力になれば、それでいいのだ。



(いいですよ、ソイドビッグ。あなたはそうやって強くなればいい。あなたは私にはなれないし、私もあなたにはなれないのです。私はあなたが羨ましい。そんなに恵まれた身体を持ち、ラングラスの本家である、あなたがね。こうして相手を安心させる、その力が羨ましい)



 ソブカも、ビッグの力を認める。


 いや、知っていた。彼にその可能性があることを、ずっと知っていたのだ。


 現に今まで一度たりとも、ソブカはビッグを馬鹿にしていない。


 アンシュラオンやプライリーラが侮った時も、ソブカだけは彼を擁護し続けていた。




 ソブカが不死鳥となって地面を見下ろせば、ビッグも虎の子となって上を見る。




 炎が燃えている。




 二人は、両者ともに―――ラングラス




 形や傾向性が違っても、火の志を受け継ぐ者なのである。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー