537話 「戦罪者と対峙する者たち その1『成長する火』」


 ラングラスの大本営に掲げられた旗が、燃えている。


 その鳳旗ほうきは、どんなに燃やしても燃え尽きることがない。


 旗を握る者が燃え尽きない限り、不屈の炎が宿っている限り、けっして消えはしないのだ。



 人々が救いを求めて旗に集まっていく。



 今はあの旗だけが頼りなのだ。自分が生き延びられる可能性なのだと必死にすがる。


 火の英霊を崇拝するソブカは、彼らを見捨てない。自身が火の英霊となるために彼の志を継ぐ必要があるからだ。



 そして、その旗を目指す者が、もう一人いた。




「はぁはぁ!! なんだありゃ!? 火の…鳥? この感覚は…ソブカのやつなのかよ!!」



 事務所から大本営に走っているソイドビッグである。


 マタゾーとの戦いをラブヘイアに任せ、自身は混乱のさなかにある規制線の外に急いでいたのだ。


 今までずっと論じてきたが、集団のリーダーとは極めて重要な存在だ。


 今回の戦いにおける最大の注目株はソイドビッグだった。ホワイト商会壊滅の旗印だった。


 彼が外にいることで誰もが安心する―――はずだったのだが、人々の視線は誰もビッグに向いていなかった。


 誰もがソブカが発する炎の気質に惹かれていたのだ。


 せっかく急いで戻ってきたのに、いきなり状況が変わっているとはさすがに哀れだ。



「俺だって目立とうと思っていたわけじゃないが…またあいつかよ!! 俺はあいつに届かないのかよ!! くそ! こんなに大きな炎を見せられたら、誰だって認めるしかねえだろうが!! あいつのほうが上だってよ! あいつのほうが相応しいってよ!!」



 ソブカの炎は、まさにラングラスの象徴だった。


 彼ほどラングラスを想い、ラングラスを再興したいと願っている者はいないだろう。


 あれだけの人材がいながら、なぜ現状のままかといえば、本家筋の人間がだらしないからだ。


 ソイドダディーは外から来た人間なので仕方ないが、ソイドビッグという存在が頼りないからだ。自分がなさけないからだ。


 しかし、そんなことはわかっている。



「今俺にできることは、走ることだけだ!! 前に向かってよおおおお!」



 走る、走る、走る。


 心の中に宿る嫉妬の炎を隠すように、ただ走る。


 そうやって何も考えずに走っていたからだろうか。




 マサゴロウと―――遭遇




 ぶんっ! ぐちゃっ!!



「ぎゃああああああああ! ぶへええ!」



 ラングラス側に出現したマサゴロウが、戻ってきた殲滅隊のメンバーを叩き潰していた。


 全身鎧を着ている男も捕まり、その大きな手で握られる。



 ぎゅうううっ ばきばきばきっ



「ぐごごごっ!! や、やめて…ぐっえ……ぶぎゃっ!!」



 ぶちゅっ ぶしゃーーーー!



 鎧ごと身体を半分に引き裂かれた傭兵が絶命。


 マサゴロウの握力にかかれば、この程度の鎧などあってないようなものだった。



「…ん? 何か来たな」



 ここでマサゴロウもビッグに気付いた。



 両者の視線が交わる。




「て、てめぇええええ! 何してやがる!! ここは俺のシマだぞおお!!!」




 ソイドビッグが、叫ぶ。


 マフィアが自分のテリトリーを侵された時のように凄んだ。


 しかし、ここで言う台詞にしては少しピントがずれているので、動揺しているのは明白だ。


 それ以前に、マサゴロウにそんな脅しが効くわけもない。


 マサゴロウは少し首を傾げたあと、思い出したように手を叩く。



「ああ…オヤジの玩具の『豚』か。忘れていた」



 彼らにとって、ソイドビッグなどは『豚』にすぎない。


 アンシュラオンの遊び道具の一つにすぎない。


 これが現実。ラングラスの本家筋の正当な評価なのだ。



「誰が豚だ!! 俺はもう、てめぇらの道具じゃねえ!!」


「…馬鹿だな、お前」


「なんだと!? 俺より馬鹿そうなお前に言われたくないぞ!!」


「オヤジからすれば、すべてが玩具だ。おれらも同じだ。それがわからないなら…馬鹿だ」


「馬鹿はそっちだ!! そういうのは、もううんざりなんだよ!! お前らも頭がおかしいんだ! どうしてあいつの言いなりになってやがる!!」


「………」


「言葉くらいわかんだろうが!! 理解しろよ!! 俺は―――人間だぞおおおおおお!!」



 ブオオオオオッ


 ビッグから戦気が湧き上がる。


 マタゾーに揉まれて馴染んだのがよかったのだろう。彼にしては、なかなか張りのある戦気である。



「オヤジを…怖れないか。すごいな、お前」



 馬鹿の凄いところは、一度こうと決めたら突っ走るところだ。


 後先なんて考えない。勢いだけで目的を決めてしまう。


 だからビッグは、もう完全に腹を決めていた。




「てめぇら全員、ぶっ殺す!!!」




 ビッグが駆ける。


 その熱い戦気を込めた鉤爪を一閃!!


 ざくっ!!


 鉤爪がマサゴロウの無防備な胸に突き刺さる。


 突き刺さる。


 突き刺さる。


 突き刺さ…る?



「………」


「………」


「…あれ? なんとも…ないすか?」


「…うん」


「…なるほど」



 また「なるほど」が出てしまった。


 あまり多用するとマンネリ化するのでやめてほしいが、実際にそう言うしかない状況だから仕方がない。


 ビッグの攻撃は決まった。


 決まったのだが、残念ながら効いていない。


 鉤爪が数センチ程度、胸を抉ったくらいでマサゴロウは死なないし、マサゴロウだからこれくらいの被害で済んでいるともいえる。


 考えてみれば当然だ。攻撃力が「B」のマキが、紅蓮裂火撃を何発も叩き込んでようやく圧せるような相手である。


 豚の爪が、ちょこっと当たったくらいで動じるわけもないのだ。



 ぶーーーんっ ぼごん!!



「ぶぎゃっ!!」



 マサゴロウの反撃。


 張り手がビッグを吹き飛ばす。


 ごろごろと転がりながら大地で呻く姿は、なんともなさけない。


 ソブカとは大違いだ。本家筋がこのざまだからラングラスは弱いのだ。


 だが、彼はまだ諦めない。



「くううっ!! うおおおおおおお!!」



 気合を入れて立ち上がる。


 ただ、無傷とはいえない。今の衝撃で左肩が外れてしまっている。


 奇しくもソブカと負傷した箇所が同じだが、二人は別人であり、互いに特徴も違う。


 ぐぐぐ がごんっ!!



「いってぇえええ!! いてぇが、まだ動くぞ!!」



 肩を強引にはめ込むと、軽く回して動くことを確認。


 肉体の強度という意味で、ビッグとソブカには大きな違いがある。この馬鹿は、とことん頑丈なのだ。


 強い精神力を持つソブカと、肉体に優れるビッグ。


 二人の要素が一つになればラングラスの未来も明るいが、天は二物を与えず。


 ビッグは馬鹿のままだ。



「オヤジの玩具を壊す…か。悪くない」



 今の一撃を受けて死ななかったビッグに触発されたのだろう。


 マサゴロウの戦気が燃え上がる。



(ちくしょう! どうして俺と対峙するやつは、みんなやる気になるんだよ!!)



 豚だから美味しく見えるのだろうか。


 なぶり甲斐があると思われるのかもしれない。



 どちらにせよ、これは―――まずい!




(どうする? どうする? 普通に戦って勝てる相手じゃないぞ!)



 今の一撃でダメージをたいして与えられていない以上、普通に戦っても勝ち目は薄い。


 それでもビッグに逃げるという選択肢はなかった。



(ここで逃げたら、俺は一生あいつに追いつけない! 俺だってラングラスを背負っているんだ! 背負いたいんだよ! 背負わないといけないんだ! だったら、気持ちで負けてたまるか!! そして、気持ちだけじゃ駄目だ!! 立ち向かう知恵を絞り出せ!)



 戦気が激しくも静かに燃える。


 昔のビッグならば、ただがむしゃらに突っ込むことしか能がなかったが、今は違う。


 地雷を回避した時と同じく、意識を集中させてマサゴロウの全身をくまなく観察する。


 どんな武人にも弱点があるものだ。それを見逃さないように、じっと見つめる。



(俺にできることを探せ。欲張るな。俺は弱いんだ。弱いやつは弱いなりに戦えばいい。生き残るために何でもやるんだ!)



 これも皮肉なのだが、こうした考え方はアンシュラオンから教わったことだ。


 あの男と出会う前までは、ダディーに甘やかされて育ったために反骨精神が足りなかった。


 あの頃のビッグなら、マサゴロウと対峙した瞬間に絶望しか湧かなかっただろう。


 それがこの成長ぶり。


 ソブカの戦気に憧れと嫉妬を抱いているが、彼もまた成長の道程を歩いているのだ。



 考える。考える。考える。



 ひたすら考えた末、ビッグが選んだのは―――銃。



 倒れた時、さきほどマサゴロウに潰された殲滅隊のメンバーが持っていた銃を見つけていた。


 ダダダッ! がしっ


 迷うことなくそれを拾い、マサゴロウに向けると―――


 どんっ


 銃弾を放つ。



「そんなものは効かん」



 マサゴロウは動かない。


 体力と防御力に絶対の自信があるのだ。よける必要性は感じられない。


 だが、そんなことはビッグも理解している。


 もし銃程度でなんとかできるものならば、ホワイト商会はこれほど怖れられなかったのだから。


 だからこそ、これは囮にすぎない。



 銃弾がマサゴロウに命中。



 どーーーんっ ブオオオオッ!



 激突と同時に爆炎が広がる。


 館を焼いた爆炎弾が装填されていたため、激しい炎が吹き上がった。


 防御の戦気を展開しているマサゴロウには通じない。爆炎よりも強い戦気で身体を覆っているし、ちょっと触れたくらいでは彼の肉体は傷つかない。


 しかし、それによって視界が塞がったのは事実。


 その間にビッグは駆けていた。



「小細工を」



 ぶーーーんっ!! さっ!



 マサゴロウの張り手が飛んできたが、それをかわす。


 視界が塞がれているので、彼も正確にビッグの位置を特定できなかったのだろう。


 そして、これによってビッグは相手の弱点を確信する。



(やっぱりだ! こいつの攻撃は精密性に欠けるんだ! 考えてみりゃ当然だ。こんだけ大きければ動きが鈍くなる。今の一撃だって師匠には及ばないぜ!)



 ヤドイガニ師匠の一撃はシャコのパンチのように速かったが、マサゴロウのものは、それと比べるとかなり遅い。


 この弱点は、アンシュラオンと対峙した際にも出ていたものだ。彼はパワーにも優れるが、力を溜めてから出すまでが遅い。


 通常の武人くらいならば捉えられるものの、高速戦闘になるとどうしても隙が生まれる。


 ビッグでもこうして目を眩ませれば、攻撃をよけることができるレベルになってしまうのだ。



 この間に一気に接近。



 ぶーーーんっ!! さっ!



 返しの一撃も回避し、ついに懐に潜り込む。


 そこに鉤爪による渾身の一撃。


 ザクッ!!


 鉤爪は再び胸に突き刺さるが、やはり心臓には届かない。


 彼の戦気によって大部分が防がれてしまう。



(いいんだ。これでいい!! こいつの弱点はもう一つある!!)



 がちゃんっ


 ビッグの鉤爪が、外れる。


 実は走りながら少し緩めておいたのだ。こうして思いきり叩き付ければ外れるようにしておいた。


 マサゴロウの意識は胸に集中している。


 まだ爆炎は続いているので視野は完全に確保されていない。


 その状況ならば、防御の戦気にも『穴』が生まれる。



「うおおおおおおお!」



 ビッグが跳躍。


 彼も大きな身体をしているが、それよりさらに大きなマサゴロウの顔面に向かって跳んだ。


 ボオオオオッ


 拳に集めた戦気が燃える。




「このやろおおおおおおおおおおお!!」




 それをマサゴロウに―――ぶちかます!!!



 どごおおおおおおっ!! バーーーンッ!!



 強烈なアッパーカットが炸裂。


 身長差があるため、正しくいえば真上に突いたストレートパンチだが、全身全霊を込めた拳が顎を貫いた。



「むっ…!!」



 ぐらぐら


 衝撃でマサゴロウの身体が揺れる。


 たかがビッグの攻撃である。普通に考えれば、この男を動じさせることは不可能だ。


 もしビッグの拳が普通のものだったら、の場合であるが。



(なんだ今の感じ? 俺はただ、あの時と同じようにやろうしただけだが…あれ? あれって手を開いていたか?)



 ビッグは裂火掌を使おうとしていた。


 因子レベル1で使える覇王技であり、基礎技がゆえに極めれば強烈な一撃になるものだ。


 ヤドイガニ先生を倒した時のように、その技を使おうとしていた。


 ただ、焦ってしまったのか拳は握ったままだった。鉤爪を外した直後だったので混乱してしまったのだろう。



 ごおおおおお



 だが、ビッグの拳が激しく燃えている。今まで以上の火気をまとっている。


 覇王技、炎竜拳えんりゅうけん


 拳に火気をまとわせて攻撃する技で、打撃と同時に防御無視の追加ダメージを与える爆発を引き起こす。


 多少異なる点もあるが、マキが使った紅蓮裂火撃は、この炎竜拳を連打するものと思っていいだろう。


 彼女の一撃も防御無視の追加ダメージを与えたので、強固な相手にも安定した戦いができる。


 これを掌から放射するのが、ダディーやレイオンが使った炎龍掌えんろんしょうである。


 大きな爆炎を生み出して、広範囲を焼き尽くす際は後者のほうが効果的だが、単体への攻撃では一点に集めた炎竜拳のほうが強い。



 ただし、もっとも重要なことは、これが【因子レベル2】の技であることだ。



 裂火掌でさえ覚えたばかりのビッグの因子レベルは、1だった。



 1―――【だった】



 かつては『1』だったが、今が1であるとは限らない。




―――『男子、三日会わざれば刮目して見よ』




 彼のデータは、アンシュラオンが初めて出会った時に公開されたものだ。


 それからビッグは、強い武人や魔獣と戦うことを余儀なくされた。



 ならば



 ならば



 ならば!!!






 今の彼は―――にぃいいいいいいいいいいいいい!!






 因子レベル2!!!!





(なんだか知らねぇが、力が湧いてくる! 俺は、俺は、成長しているうううううううう!!)



 知らずのうちに彼の血は活性化していた。


 陽禅流鍛練法を甘く見てはいけない。あの覇王が長年研究して、ようやくたどり着いた答えなのだ。


 武人は、追い詰められればられるほど強くなる。


 今、彼は肉体的にも精神的にも激しく追い詰められていながら、それに立ち向かおうとしている。


 戦罪者でさえ、アンシュラオンに立ち向かうことができないのだ。


 いや、死ぬだけならばできる。死んでもいいと思って殺されることはできる。


 が、彼のように生き永らえながら倒す、という気概を持った馬鹿は、さすがの戦罪者の中にもいないのだ。



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