536話 「戦罪者たちの死闘狂演乱舞 その3『不死鳥の御旗の下に』」


 『火の鳥』はラングラスの象徴である。


 旗に描かれた不死鳥の如く、何度でも立ち上がって戦う姿がイメージされたものだ。


 ソブカの戦気が不死鳥の形を取ったのは、ラングラスに対する思い入れが尋常ではないからだ。


 かつての彼ならば、ここまでの気概を発することはなかっただろう。内に秘めた想いを外に出すことはなかった。



 しかし、アンシュラオンが焚き付けた。



 あの男は、まるで宝石。


 周りの人間の欲望を引き出す魔性の光だ。


 あのような自由奔放な純粋な輝きを見たら、誰だって羨ましくなってしまう。


 自分を出さずにはいられない!!



 ぶわっ ボォオオオオオオオ!!!



 ソブカの戦気が、火の鳥が翼を広げるように展開され、彼に力を与えていく。


 もし霊視能力を持つマザーがこの場にいれば、ソブカに火の精霊が集まっていく光景が見られるに違いない。


 火は、火を呼ぶ。同種の存在に引き寄せられる。


 ただし、火は本来は破壊の力。



 彼の激情を―――加速させる。




「ウオオオオオオオオオオ!」




 強い火の力に後押しされたソブカが、戦罪者に駆ける。


 フェイントなどもしない。まっすぐに突っ込む。



「おおおお! 死ねや!!」



 ぶんっ!!


 少し離れていたため、戦罪者がソブカに拳衝を放った。


 ホワイト商会はソブカと組んでいるので、てっきり手加減するかと思いきや、戦罪者は完全に殺すつもりで攻撃を仕掛けてきた。



 これには二つばかり事情がある。



 一つは、この戦罪者は新たに補充された『新参者』だということ。


 アンシュラオンが収監砦に入ってから、外に出たときに新たに仕入れた者なので、ソブカのことは詳しく教えられていない。


 彼らが知っているのは、アンシュラオンが主人に相応しいほど怖ろしい存在であるということだけだ。



 二つ目の事情は、たがが外れた戦罪者にとって、相手が誰であるかは関係ないということ。


 アンシュラオンの命令は、相手が誰であっても攻撃されたら反撃して殺せ、というものだ。


 よって、それがソブカであっても同じことである。


 以前から述べているように、このあたりのアンシュラオンとソブカの関係は複雑だ。


 彼らは『共犯者』でありながらも『お仲間』ではない。ソブカは便利な男だが、死んでもそこまでアンシュラオンが困ることはない。


 また、ソブカにしてもアンシュラオンのすべてを信用しているわけではない。


 信頼など簡単には芽生えないし、信じることも簡単にすべきではない。互いが互いを利用し合う関係にすぎないのだ。


 お互いにそれで納得しているのだから、そこは問題ないのである。普通の人間には理解できない関係、とでもいうべきか。



 だからこそ、これは本気の一撃だ。



 それをソブカは―――よけない。



 ドゴンッ!!



 拳衝は左肩に当たる。


 ソブカは日々鍛練していることからレベルも高く、剣士としての技量はそこらの傭兵以上であるが、耐久力に優れているわけではない。


 今も他の組長に配慮して普通のスーツを着ている。内部に薄型の防弾チョッキくらいは仕込んであるが、武人の一撃は銃弾を遙かに上回る。



 その一撃が直撃すれば―――へし折れる。



 バキンッ


 ソブカの肩が外れ、鎖骨の尖端がへし折れる。


 鎖骨はかなり重要なパーツで、折れると腕が満足に動かせないほどのダメージを受けるが、何事もなかったかのようにソブカは突っ込んでいく。


 痛みなどない、というように。


 怖れるものなどない、というように。



 この命すら―――天命のままに!!!




「はああああああああ!!」


「このやろぉおおおおおおおお!!」



 戦罪者は構えるが、真っ直ぐに突っ込んできたソブカのほうが速かった。


 間合いに入ると、火聯一閃。



 ズバッ!!



 迷いのない一撃が戦罪者の胸を切り裂く。


 骨を断ち切り、心臓の半分にまで刃は達した。


 戦罪者は強い武人なので、本来ならばこれくらいではまだ死なない。



 が―――燃える



 ボオオオオオ!



 燃やす。燃やす。燃やす。


 身体の表面ではなく内部に入り込み、業火が体内を焼き尽くす。



「ぐぎゃああああああ!!」



 火聯が発した炎も、鳥が翼を広げた姿をしていた。


 ソブカの戦気の影響を受けて『進化』したのだ。


 周囲の火の精霊の力すら吸収し、爆炎。



 ドボオオオオオオオオン!!



 爆発にも似た業炎が発生し、一瞬で戦罪者を蒸発させた。



 ジュウウウウウッ ぼろぼろぼろ



 最後に残ったのは、真っ黒な人型の炭だけだった。



(ソブカのやつ…なんて覚悟だ!)



 それにはソイドダディーも唖然とする。


 武人としての技量は文句なしにダディーのほうが上だが、武人という存在は精神エネルギーによって強化できるから怖ろしいのだ。


 ソブカから発せられたエネルギーは、ダディーすら超える迫力に満ちていた。


 今の彼ならば、弱気になっているダディーにだって勝てるかもしれない。そう思わせる存在感がある。




「ラングラスを傷つける者は、誰一人として許すわけにはいかない。焼き滅ぼすのみ!」



 外れた肩などまったく気にせず、もう一人の戦罪者に火聯を突きつける。



「ちっ!!」



 ダディーに胸を陥没させられた戦罪者は、不利と見たのか大本営のテントから逃げ出す。



「貴様!! そこで何をしている!!」


「ちっ、新手か!」



 だが、駆けつけていたファレアスティと遭遇。


 彼女も迷うことなく水の準魔剣を抜くと、一閃。



 スパッ!



 ソブカとは違う鋭く冷静な一撃は、戦罪者の腕を的確に切り裂く。



 バリリリッ



 切り裂かれた腕が凍る。彼が持っていた武器まで一緒に凍らせる。


 準魔剣、水聯すいれん


 特に説明はされていなかったが、火聯と対を成す水の準魔剣の一つであり、水の上位属性である『凍気』まで力を昇華することができる。


 遠くから水気を強化して放つこともできるので、これ一本あれば中距離までカバーできる優れものだ。


 ただ、威力としては火聯のほうが上なので、それだけで致命傷には至らない。



「ちいいっ!! クソ女がぁああああ!!」



 武器を凍らされても動じないのは、さすが戦罪者であろうか。彼らもまた死闘に対する心構えが普通ではない。


 しかし、単独ではどうしても限界がある。



「だったらあんたは、クソ男だねええええ!!」


「っ!!」


「クソならクソらしく、さっさと潰れな!!」



 背後に迫っていたベ・ヴェルが、暴剣グルングルムを振り下ろす。


 十分加速をつけ、数十倍の重さになった術式剣が炸裂。



 戦罪者を―――叩き潰す。



 どごーーーーーーーーーんっ!! ぶちゃ!!!



 断末魔の悲鳴もなく、戦罪者は絶命。


 こうなればもう、ただのミンチだ。潰れた肉塊でしかない。



「やっぱり強いね、これは。ってことは、あっちがおかしかっただけかい」



 プライリーラに防がれ、アーブスラットにかわされたことを思い出すが、やはりあれは相手が強すぎたのだ。


 こうして普通の戦罪者くらいならば、薬で強化して術式剣を持ったベ・ヴェルは十分強い。


 そして、強い武人との戦いは急速な成長をもたらす。彼女のレベルもまた上がっているようだ。




「ソブカ様!! ご無事で!!」



 血相を変えてファレアスティがソブカに近寄る。


 彼女にしては珍しい表情である。それだけ想定外だったのだろう。



「あーあ、乙女だねぇ」


「きっ!!」


「へいへい。あたしゃ黙ってますよ。噛み付かれたくはないからね」



 それを見たベ・ヴェルが素直な感想を述べたが、ファレアスティが本気で睨んできたので逃げる。


 だが、今はベ・ヴェルにかまっている暇はない。



「まさかこのようなことになるとは…! 申し訳ありません! 警備態勢が甘かったようです!」


「いえ、良いタイミングでしたよ。誰もこうなるとはわかりませんからね。仕方ありません」


「あいつら、なんということを…ここまでやるとは…! すぐにご避難を! 護衛いたします」


「イニジャーンさんが優先です。彼はラングラスの責任者ですからねぇ。ここで失うわけにはいきません」


「しかし…ソブカ様のほうが…」


「ファレアスティ、私たちはラングラスの旗を背負っています。ラングラスを生き延びさせるほうが優先ですよ」


「ですが…」



 ファレアスティは渋る。


 ラングラスのことを考えればソブカの言葉は正しいが、彼女にとっては彼以外の者はどうでもいいのである。


 だが、その話を聞いていたイニジャーンが、そんな情けを受けて黙っているはずもない。



「ふざけるなよ、ソブカ!! 俺にこれ以上の恥をかかせるつもりか! 俺は逃げるつもりもねえし、お前に借りを作るつもりもない!!」


「あなたを失うことは、今この場では得策ではありません。他の派閥も見ている前で『総大将』を守れないほど脆弱であることを示すことになります」


「そんなことを言っているんじゃねえよ!! お前がそのナリでよ、そんなことを言うんじゃねえええええ!!」


「では、私があなたの代わりにそうしてもよいと?」


「そうするしかねぇだろうが!! 恥をかかせるな!!」


「…わかりました」



 イニジャーンが何を言っているのかわからないかもしれないが、それが何を意味しているかは、すぐにわかるだろう。



「ソブカ様…よろしいのですか!?」


「今は場の混乱を収めるのが先です。それもまたいいでしょう。護衛は任せましたよ」


「…はい!」




 ソブカはファレアスティを伴って表に出る。



 周囲を見渡せば、そこは激しい混乱の真っ只中にあった。


 なぜ混乱に陥っているのか、理由はいくつかあるだろう。


 当たり前だが相手が奇襲を成功させた段階で、圧倒的にホワイト商会が有利となる。


 歴史でも少数の軍勢が大軍に打ち勝った事例はいくつもあるが、奇襲で総大将の首を獲るのが一般的な手法である。


 彼らも大本営を狙ってきたことから、敵の大将を殺すことで状況を有利にしようとしたのだろう。


 その思惑に反して大将を守ることができた。ならばラングラスは立て直せるはずだ。



 誰もがそう思うのは当然なのだが、ここでまた一つの大きな問題がある。



 総大将であるイニジャーンに、将としての器がないのだ。


 彼はヤクザの組長として筋者をまとめる力はあるが、あくまで弱小派閥のいち組織をまとめるだけの力しかない。


 せいぜいムーバの代役が精一杯だろう。それは当人自らも理解している。


 いや、今この瞬間、ソブカによって理解させられたのだ。


 だから彼は、これ以上自分に恥をかかせるなと言ったのだ。



 つまりそれは―――



 ソブカが『鳳旗ほうき』の下に赴くと、旗の柄を握る。



(ああ、力が湧いてくる。この不死鳥を見るだけで、旗とともにあるだけで、まるで英雄になったような気持ちになる)



 ラングラスになりたかった。


 英雄にずっと憧れていた。


 彼がやってきたこと、彼が目指したもの、彼が助けたかったものすべてを自分も背負いたかった。


 だから、これでいいのだ。


 まだ少し時期は早いが、それもまた天命というものである。




 ソブカは旗から力をもらい―――叫ぶ!!!






「火の英霊は死なず!!」






 ぼおおおおおっ!!!



 彼の戦気がさらに倍増し、大きな旗すら超えるものになっていく。


 赤い、とても赤い炎が広がっていく。


 この混乱に満ちた戦場いくさばで傷ついた人々は、目標を見失っていた。


 何か自分が目指すべきものはないか、頼りになるものはないかと右往左往していた。



 その視線が、鳳旗に向けられる。



 旗を持ち、不死鳥の炎を体現しているソブカへと。



 その時人々は、色眼鏡なく物事を見ることができたはずだ。


 ソブカには、「キブカ商会のいけ好かない若い会長」というイメージが定着しているので、普段ならば誰もが先入観をもって彼を見る。


 だが、このような一秒先も見通せない場所において、人は素直に『人を見る』。



 そこにいたのは―――ラングラス



 人の痛みをなくし、苦しみを軽減し、何度でも立ち上がる勇気と力をくれる偉大なる英雄の一人。


 着ているものはスーツだが、そんなものは目に入らない。


 彼から溢れ出る力、新しいものを求める力、人々が頼りたくなるような、くすぐったい何かをそこに感じさせる。




「弱き者よ、ラングラスの御旗の下に集え!! 火は誰も見捨てず、誰も死なせず、誰も隔てない!! 不死鳥の如く、何度でも蘇る!!」



「求めよ! 火を求めよ!! ラングラスは活力の源!! この都市を昇華させる力なり!!」




 ソブカが叫ぶ。


 普段の皮肉に満ちた言葉ではなく、堂々とした力強い声質だ。


 そして、この言葉は彼が考えたものではなく、初代ラングラスの伝記に書かれていた文言の一つである。


 聖書と同じく、編纂した誰かが脚色した可能性は否めないが、現存する唯一の伝記に書かれたものと一致する。



 少し格好悪く言ってしまえば、【モノマネ】である。



 彼が初代のコスプレをしていたように、ソブカには英雄に憧れる側面がある。


 子供が戦隊物のヒーローのモノマネをするように、女の子が魔法少女の台詞を真似るように、大人がやると非常に恥ずかしいものだ。


 コミケでコスプレして叫んでいる大人を見ると、なんともいえない気持ちになるだろう。それと同じだ。(卑猥な意味では称賛されるが)



 だが、覚悟があれば違う。



 本気で英雄を真似て、本気で人々を導こうとする気概があれば、違う!!!



 ぼおおおおおおおおっ!!



 戦気の翼はさらに広がり、夜空の下に輝く圧倒的な導きの星になった。




 戦気が昇華し―――『英気』となる。




 英気を養う、という言葉があるように、英気とは活力の根源にある力だ。



 その声を聴けば、自分が何をすればいいのかがわかる。


 その声を聴けば、疲れた身体に力が湧いてくる。


 その声を聴けば、腕を失っても希望が持てる。



 なぜならば火の英霊がいる限り、何度でも立ち上がることができるからだ。




「ああ…火だ…火があるぞ…」


「あれは…ラングラス……なのか? あれがあれば助かる…」


「待っていろ! 今すぐあそこに運ぶからな! 勝手に死ぬんじゃねえぞ!!」


「お父さん、あそこに行けば助かるよ!!」




 暴れた戦罪者たちによって負傷した人々、怖がっていた人々が、無意識のうちにラングラスを目指す。




 その鳳旗を、ソブカを目指す。




 各派閥にリーダー格が誰もいなかったこともあってか、他派閥の人間も次々と大本営の近く、ラングラス側に集まってきた。


 今この場でもっとも頼りになるのが、彼だったからだ。


 そこに派閥の違いも身分の差もない。



「これが…ソブカ様の光…! そうだ。私たちはソブカ様とともにある…! うおおおおおおおおおおおおおおおお!! ラングラスに栄光あれ!!!」


「うおおおおおおおおおおおお!!」



 ファレアスティを筆頭に、ソブカの部下たちが気勢を上げる。




「…ソブカ……てめぇは……」



 イニジャーンも、ソブカから目が離せないでいた。


 大嫌いな男だが、どうしても目を逸らせない。その存在を見てしまう。


 それだけの魅力と活力があるからだ。危ないとわかっていても引き寄せられる力があるからだ。




 時代は変わろうとしていた。



 それと同時に世代も変わろうとしている。



 下克上の足音がしっかりと聴こえていた。



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