535話 「戦罪者たちの死闘狂演乱舞 その2『極悪鳥』」


 戦罪者たちの突然の奇襲で、場はパニックに陥る。


 彼らは完全に勘違いしていた。規制線の中をリングか何かと思っていたのだ。


 だが、戦いにルールがあるわけではない。勝った者が強く、強い者が勝つのだ。



 そして、異変はラングラス側でも起こっていた。



 どーーーーんっ!



 大きな爆発とともに観客が吹っ飛ぶ。



「ううううっ…な、何が……起きて……ひっ!! ば、化けも―――ひぶっ!!」



 爆発に巻き込まれて倒れ込んだ男が、土煙の中で大きな人影を目撃する。


 だが、次の瞬間には彼の頭部は粉々に砕けていた。


 踏み出された大きな足が、まるでトマトかのように簡単に踏み潰したのだ。


 どすん どすんっ


 動くたびに大地が揺れるほどの大きな身体の男、マサゴロウがそこにいた。



「せ、戦罪者!! どうしてここ―――にぎゅ!!」



 大きな手が、その隣にいた男を掴む。


 ぎゅううううううっ



「ふひふひいっ!! そ、そんなに握ったらぁああ!! ひっ、ひっ―――ひぷぎゃっ!?!」



 ぶちゅっ!! じょろろろろ


 大きな身体に見合う大きな手で胴体を握り潰された男は、皮膚と肉が破け、臓物や血を噴き出しながら死亡した。


 どこかで見たことがある光景だと思ったら、ミカンを握り潰してジュースにする映像に似ている。


 あまりに圧力が強かったのか、深海魚が陸に上がったように眼球も飛び出している。


 なかなか壮絶な死にざまだ。こんな死に方は誰もしたくはないだろうが、これも呑気に処刑を見物しようとしていた者への罰なのかもしれない。



「もろい。弱い…な。弱すぎてつまらんが、オヤジの命令は絶対だ。生きることを諦めろ」



 ぶんっ!! ぶちゃっ!!


 ぶんっ!! ぶちゃっ!!


 ぶんっ!! ぶちゃっ!!



「ぎゃっーーーー!!」


「ひぶうっ!!」


「いやだぁあああ! し、しにだく…ぶちゅうっ!!」



 マサゴロウに叩かれた者は、いとも簡単に圧死する。


 勢いが強すぎるのか、胴体に当たったとしても首と足が千切れ飛び、無残な最期を遂げる。



「相手が誰でも気にするな。皆殺しにする」


「おおおおおお!! いくぜ!!」



 マサゴロウと一緒に【穴】から飛び出た戦罪者も、手当たり次第に攻撃を開始。


 一般人であろうが警備隊であろうが、治安維持部隊であろうが関係ない。


 目の前に立ち塞がる者たちをすべて殺していく。





 場は、完全に混沌としていた。




 この場にいる全員が『舞台』に上がってしまったのだ。


 大人であっても普段から鍛えていなければ、柔道やラグビーの試合に出ることは不可能だ。


 それが子供でさえ強制的に上がらされてしまうのだから、悲劇が起こってしかるべきである。



「ふざけるな!!! クソが!!!」



 この事態に怒り狂っている男がいた。


 大本営にいたイニジャーンである。


 彼はあちらこちらで起こる爆発や惨劇に、しばし呆然としていた。あまりに現実感がなくて状況が理解できなかったのだ。


 いっそのこと、これが夢だったらよかったにと思ったのは、一度や二度ではない。


 だが、これが現実。紛れもない事実である。



「なんじゃこりゃ!! 何が起こってやがる!!!」


「完全にやられた。事務所は囮だ。裏をかかれた」



 ソイドダディーも苦々しい表情で惨劇を見つめる。


 ここまで混乱に満ちれば、自分が慌てて駆けつけたとしても状況は変わらない。


 それがあまりに口惜しいのだ。



「馬鹿な!! ずっと見張ってたんだぞ! どうやって出てくる!!」


「…地面の下だ。穴でも掘っていたんだろう。そこから出てきたんだ」


「穴!? んなもん、調査くらいしてんだろうが!!」


「そのはずだぜ。波動円を使って調べてもいた。それで見つけられなかったってことは、相当深く掘ってやがったんだろう。監視があるんだ。一日や二日でやれる作業じゃねえ。やつら、最初から入念に準備してやがったんだよ。あの事務所を建てた時からな!!」



 当然ながら波動円を使って地下の様子も監視していた。


 だが、その際は何事もなかったのだ。空洞も感知できなければ、誰かが潜んでいる気配もなかった。


 しかし、ここにも『落とし穴』があった。


 一度掘ったものを埋めてしまえば、よほど優れた使い手でなければ違いはわからない。


 波動円は基本的に生物を感知するのが目的なので、無機物に関しては事細かに調べることは非常に難しい。


 アーブスラットくらいの使い手ならばそれも可能だったが、普通の武人では探知は不可能だろう。


 事務所建設の時から、あるいはその直後からすでに準備をしていた。


 こうして包囲されることを想定して、迎え撃つために穴を掘っていたのだ。


 ホワイト商会は最初から全面戦争を仕掛けるつもりだった。そのためにまんまと「おびき出された」のである。



「こんなことになって…! くそ!! 俺らが主催した宴だぞ!! どう責任を取りゃいい!!」


「ふふふ、責任…ですか。あなたは変わりませんね」


「ソブカ!!! にやけてんじゃねえぞ! なにが可笑しい!!」



 顔を真っ赤にして激怒している姿はマフィアの組長らしく凄みがあるが、ここが戦場になった以上、何の役にも立たない。


 ソブカにとっても、彼の鼻息で多少の風が生まれたくらいの変化しか感じていないようだ。



「見てわかりませんか? すでに状況が変わったのです。今は責任の取り方ではなく、この事態をどう収めるかが重要ではないでしょうか」


「んなことはわかってんだよ! どうするかって話だろうが!」


「話し合いで物事は解決しませんよ。今必要なのは、相手を打ち砕く力です」


「それもわかってんだよ!! それがすぐにできないから困ってんだろうが! てめえにはできるってのか!」


「私が収める必要はありません。この場には全派閥の人間が集まっているのです。それを束ねればよいだけのことでしょう?」


「それができれば―――」



 ドヒュンッ



 その時である。



 一発の銃弾が飛んできた。



 これは戦罪者が撃ったものではなく、彼らを迎撃するために警備の誰かが撃った流れ弾だと思われる。


 そのため戦気もまとっておらず、危険性もそこまで高いとはいえない。



 しかし、この後の対応の違いが、両者の差を決定付ける。



 銃弾が飛んできた時、イニジャーンは思わず避けた。


 彼も長年マフィアの世界にいる猛者の一人だ。危機察知能力くらいはある。


 だから銃弾が通り過ぎたあとではあったが、咄嗟に身を守ろうとしたのだ。


 これは普通の対応だろう。目の前に何かが飛んできたら避けるのが反射神経というものだ。



 しかしながらソブカは―――微動だにしなかった。



 まだソブカは座っているので、顔の近くに銃弾が飛来した。


 顔から数センチといった場所にまで到達しても、瞬き一つしていない。


 気付いていないのならば仕方ないが、彼は銃弾の存在に気付いていた。


 気付いていながら、そのままなのだ。



 さらに銃弾が迫る。まだソブカは動かない。



 動かない。動かない。




 動か―――ない!!!




 しゅんっ チッ! ばすっ



 銃弾がソブカの耳を掠めて、背後にあったソファーにぶち当たる。


 その段階に至っても、まだ彼は何の反応も見せない。


 ただじっとイニジャーンの目を見つめていただけだ。




 静寂が満ちる。




(…のやろう…!!)



 イニジャーンは、歯軋りをしながら何が起こったのかを悟る。



 自分は「動けなかった」



 一方のソブカは―――「動かなかった」



 たかが銃弾一発。当たることもあれば当たらないこともあり、当たったとしても致命傷になるとは限らない。


 マフィアの人間の中には、撃たれたことを自慢するような馬鹿もいるくらいだ。


 傷は男の勲章というように、傷つくことを怖れないのが筋者の理想像である。


 イニジャーンとて、死ぬことなど怖れていない。組のため、ラングラス派閥のためならば、いつ死んでもいいと思っている。



 だが、ソブカは【異質】だった。



 彼は何も怖れていないどころか、「この状況を楽しんで」いた。


 自分の命を常に天秤にかけていた。当たるのならば勝手に当たればいい。それで死ぬのならば死ねばいい。


 自分の命すら天に任せて、泰然自若の態度でそこにいたのだ。



 否。



 それは悟りでも余裕でもなく―――【狂気】



 戦罪者たちと同じ匂いをさせる危険な色合いなのである。



(こいつは…ヤバイ!! この男はラングラスにとって危険すぎる!)



 イニジャーンは、ここでソブカの真なる危険性を理解した。


 彼がジングラスの領分を侵したと聞いた時も、「また若いやつが粋がってやがる」と思ったのだが、それこそが大きな勘違いだと知った。


 彼は本気で何かを成し遂げようとしているのだ。そういう男の目をしている。


 それがわかるのだ。イニジャーンほどになれば、嫌でもわかってしまうのだ。



「ソブカ、てめぇは!! 何を…」


「話し合いは終わりです。ここも安全ではないようですからね」


「なにっ…!」



 ぼごんっ


 地面に穴があき、中から戦罪者が出てきた。




「大本営に一番乗りだぜえええええええ!!」




 やってきたのは幹部クラスではない普通の戦罪者が二名である。


 しかしながら、ここでほっとしてはいけない。


 強い武人からすれば「モブ戦罪者」にすぎないのであって、一般人や普通の武人からすれば中ボス級の強敵である。


 彼らはさっそく獲物を見つける。



「いいもん着てるじゃねえか!! こいつら、組長クラスだぜ!!」


「いいねぇ! いただきだ!! 俺はあのオレンジをやるぜ!!」


「俺は…俺はなんでもいいや! とりあえず殺す!!」



 二人は戦士タイプと剣士タイプのようで、一人はナックル、もう一人はロングソードを装備していた。


 ロングソードを持った男は、何も考えずに近くにいたソイドダディーに攻撃を仕掛けた。


 だが、これは悪手であった。


 会話を聞いていても頭が悪そうな男は、本当に悪かったのである。



「あまり俺を怒らせるんじゃ…ねぇえええええええええええ!!」



 ぼおおおおおお


 ダディーの身体に戦気が満ちる。


 いくらかつてのレイオンと同じく死んだ身体とはいえ、ダディーに宿っているのは本家の秘宝だ。


 ファテロナとの戦いの直後は、『根』がまだ完全に張っておらず力も出なかったが、この数日で少しずつ身体に馴染んでいた。



 ざくっ!!



 戦罪者の剣が、ダディーの首を斬る。


 だが、刃は一センチ入ったくらいで止まる。


 そうして動きが止まったところに―――



「ふんっ!!」



 ごぎゃっ!!


 ダディーの拳が戦罪者の胸を打ち砕く。ボキボキと骨が砕ける音が聴こえた。



 ひゅーーーーんっ どごん!!



 凄まじい圧力に押されて吹っ飛び、戦罪者が大本営から飛び出ていった。


 ただ、相手も普通の武人ではない。


 地面に激突しながらも、その勢いのまま立ち上がる。



「いってぇえな! ぶっ殺す!!」



 胸は大きく陥没してダメージもかなり与えたが、倒すには至らない。


 それを見たダディーが舌打ち。



(ちっ、まだ五割以下ってところか。これじゃ前線には出られねぇな)



 もし万全の状態だったならば、相手の攻撃を完全に防いでいただろうし、今の一撃で仕留めていたはずだ。


 それでもビッグよりは強いのだが、全力を出して同じレベルになるのとは事情が異なる。


 常にバッドコンディションと自覚しながら戦って、良い結果が出るわけもない。



「イニジャーン!! 逃げろ!! ここは俺が食い止める!!」


「なめてんじゃねえぞ!!! 俺はラングラスを背負ってんだ!! 死んでも逃げないからな!!」


「こんなときに意地張ってんじゃねえ!!」


「うるせえ! ガキどもに覚悟見せられて引けるかああああ!」



 ナックルを装備したもう一人の戦罪者がイニジャーンに迫るが、彼は逃げなかった。


 むしろ意気込んで、受けて立とうとしている。


 今しがたのソブカの豪胆な態度を見て触発されたのだろう。ムーバのいない場では彼がリーダーなので、その姿勢も頷ける。


 が、こちらも悪手だ。


 イニジャーンは生粋の武人ではないので、戦闘力はそこまで高くはない。普通に戦えば殺されてしまう。



(ふざけるな! ふざけるな!! 死んでも俺は筋を通すぞ!!)



 イニジャーンがドスを取り出し、構える。



「へへ、死ねや!!」



 相手を見た瞬間に弱いと悟ったのだろう。


 戦罪者は余裕をもって殺しにかかる。


 この時の彼は、どうやって殺そうかと考える暇すらあった。それだけ実力が離れていたのだ。


 そうだ。まずは鼻を潰してやろう。


 戦罪者がそう思って拳を引き絞った瞬間―――



 しゅんっ ズバッ!!



 彼の鼻に熱い感触が宿った。


 まったく皮肉なことに、イニジャーンの鼻を潰そうとした彼の鼻が―――




―――落ちる




 ぼとっ ぼおおおおお



 地面に落ちた戦罪者の鼻は、何の感慨も感情もなく、いともたやすく燃え盛って塵となって消えた。



「ぬぐううっ!! 俺の鼻が…!!!! て、てめぇええええ!! よくもやりやがったなぁああああ!」



 戦罪者が、今しがたまで鼻があった場所を押さえて飛び退く。



 その視線の先には―――剣を持ったソブカがいた。



 準魔剣の火聯ひれんで戦罪者の鼻を切り落としたのだ。


 べつに鼻を狙ったわけではないが、相手が咄嗟にかわそうとしたのでたまたま当たっただけだ。


 この剣は斬ったものを燃やす術式がかけられている。残念ながら、鼻はもう二度と戻ってこないだろう。


 イニジャーンは、自分を守ったであろうソブカを睨みつける。



「ソブカ、てめぇ! 何してやがる! 俺を守ったつもりか!!!」


「………」


「ソブカ、聞いて―――っ!!」



 ソブカの顔を見たイニジャーンが、凍り付いた。


 完全に気圧されて、まったく動けなかった。



 ズオオオオ オォオォオオオオオオオ



 ソブカから赤い戦気が燃え上がっていた。


 戦気は口ほどに物を言うのは、マタゾーと対峙したビッグのところでも述べた通りだ。


 では、今のソブカが出している戦気はどのようなものなのか。


 イニジャーンが畏怖するほどの戦気とは、どのような性質なのか。




―――【極悪鳥ごくあくちょう




 これが単語あるいは比喩として正しいのかは甚だ疑問であるが、ソブカから出ていた戦気は【火の鳥】の形をしていた。


 しかしながら、そこで垣間見えたのは清らかな光でも情熱の光でもない。


 ただただ燃え盛り、相手を喰らい尽くす獰猛で凶悪な波動だったのだ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー