534話 「戦罪者たちの死闘狂演乱舞 その1」


 ソイドビッグが館に突入した頃である。


 外にいた殲滅隊のメンバーは、地雷を処理しながら事務所に接近していた。


 これが良かったのだろう。周囲の安全の確保のために徐々に四方に散ることになり、結果的に事務所を包囲する形が出来ていた。


 ビッグを追った者たち以外は、館から敵が出てきてもいいように銃を構える。


 彼が中で暴れれば館に何かしらの動きが出る。ラブヘイアも追っているため、自分たちは逃げ出した戦罪者たちを排除しようと考える。


 その考えは正しい。


 すでに館は燃え始めている。爆炎弾等の銃撃は続いているので、いつ崩壊してもおかしくはない。


 敵は袋のネズミだ。




―――逃げ場などはない




 狩る側がそう考えるのは当然だ。


 ハンターが獲物を追い詰めた場合、火を付けて待っていれば、相手は巣穴から勝手に出てくるものだ。


 しかし、ここに大きな【思い違い】が存在する。



 もし立場が逆だったらどうだろう?



 もし【相手が狩る側】であり、【自分たちが狩られる側】だとすれば?



 そうなれば物の見方はまったく異なる。


 相手から見れば、獲物のほうからわざわざやってきてくれたことを意味するからだ。




 ぼごん




 一人、消える。



 これだけの暗闇だ。


 周囲の視界はそこまで明るくないし、この場にいたすべての人々の視線は事務所に釘付けである。


 意識が一定方向に向いていると、自分の周りのことには気付かないものだ。



 ぼごんっ


 ぼごんっ



 その小さな音が響くたびに、殲滅隊のメンバーが一人、また一人と消えていく。


 なんとも異様な光景だが、誰もそれに気付かないことのほうが異様かもしれない。



 この現象に気付いたのは、【規制線の外側】にいた一人の見物客だ。



 ハングラス派閥の商人である男は、南から西側の高級双眼鏡を仕入れており、それで今夜の見世物を楽しもうと考えていた。


 男も火が付いた事務所に意識が集中していたのだが、興奮しすぎたせいか、手を滑らせて双眼鏡を落としてしまった。


 再び拾い、倍率を再調整しようとしていた時だ。



 ふと視界に入った、数百メートル先にいた男が―――消えた。



 まるで地面に吸い込まれたかのように、すぽんと落ちていったのだ。


 落とし穴のバラエティ番組を見ると、なかなか綺麗に落ちると消えたように見えるが、まさにあれと同じように、ぱっと消えたのである。


 目の錯覚だと思って改めて周囲を見回すも、また視界から人が消えていった。



 困惑。



 何が起こっているのかまったく理解できなかった。


 こうして全派閥が集まっていることだけでも夢のような状況なので、自分の心理状態が正常ではない可能性もある。


 もしかしたら幻を見ているのかもしれない。男はそう思った。



 しかし、次の瞬間―――男も消えた。



 これこそ完全なる油断といえるだろう。

 

 数百メートル先で起きていることが、まさか自分の身に起こるとは誰も考えない。


 津波でも土石流でも、迫ってくるのがわかっても、少しは逃げる時間があると思うものだ。(実際は相当な速度なので、逃げる暇もないが)


 それが突然、自分の身に降りかかるとは思いもしないだろう。こればかりは仕方がない。



 これと同じ現象は、他の場所でも起こっていた。



 マングラス派閥の人間も、ジングラス派閥の人間も、時を同じくして消えた。


 彼らがどうなったのかを語る必要はないだろう。


 今頃は【地面の中】で、ぐちゃぐちゃの死体になっているのだから。




 周囲がこの緊急事態に本格的に気付いたのは、大きな爆発が起きた時であった。




 どーーーーんっ!!



 どんどんどーーーーーんっ!!




 規制線の外で大きな爆発が起き、人々が吹っ飛んでいく。


 ばしゃばしゃっ


 傍で座っていた女性の顔に、べちゃっと何かが引っ付いた。


 何かと思って慌てて手に取ってみると、それは『腸』。


 今の爆発で吹き飛んでバラバラになった人間の腸が、ミミズのように顔に張り付いていたのだ。



「ひっ…ひゃあああああああああああ―――っぶひゃっ!?」



 女性の叫び声も最後まで続かなかった。


 その直後には、彼女の首と胴体が切り離されていたからだ。


 彼女が最期に見た光景は、ポン刀を持った仮面の男の姿。



 男は―――笑っていた。



 仮面で顔は見えないが、明らかに笑っているのがわかった。


 そして、仮面のバイザーから光る目。


 戦うことを欲し、人を殺すことを楽しめる男が持つ目の輝きだ。



「な、なんで…! 何が―――ぎゃっ!!」



 ズバッ!!


 その隣にいた男も、状況を理解する前に切り伏せられる。


 縦に斬られて、真っ二つ。


 武人の攻撃を普通の人間がくらえばどうなるのかが、はっきりとわかるシーンだろうか。


 現れたのはポン刀の男だけではない。


 他の戦罪者も二名ほどおり、即座に彼と同じく周囲の者たちに攻撃を開始していた。


 ただ斬るだけではつまらない。


 服の中に大納魔射津を投げ入れ、慌てふためいている男を蹴っぱぐって、前の観客席に落とす。



 ボーーーーンッ!!



 その爆発でも数十人が吹っ飛ぶ。



「ぐああああ! 腕があああああ!!!」


「お父さん! お父さん!!」



 親子連れで見物に来ていたのだろう。


 咄嗟に子を庇った父親の腕が吹っ飛んで血塗れになり、子供は必死にしがみついて泣き叫ぶ。


 その姿を見てポン刀の男、ヤキチは笑う。



「ひゃははははは!! 子供連れで人殺しを見物かぁ? いい趣味だなぁ!!! どうせならよ、てめぇも舞台に上がってみろや。そっちのほうが楽しいぜえええええ!!」



 ブスッ!!


 うずくまっていた父親の心臓を、背中からポン刀で突き刺す。


 ちょっとだけ場所をずらして即死はさせない。



「がはっ…! ぐううっ、に、にげ……ろ!」


「安心しろ。ガキもすぐに地獄に送ってやるからよぉ!」


「この…人殺し…が……」


「てめぇらよりは、おらぁたちのほうがましだぜ。タマ張って、ガチンコでやりあってんだからよ!!」



 ズバッ!!



「っ―――!」



 刀を振り払って、父親を殺害。



「お、お父さん!! はっ、はっ、はっ!!」


「どうしたよ、ガキがぁ。来いよ。父親の仇を討たなくていいのかぁ?」



 ぽいっ ガラン



 ヤキチがナイフを落とす。


 たまたまさっき殺した男が護身用に持っていたものだ。



「それを使え。一発なら好きにぶっ刺されてやらぁ。それで駄目なら、次はてめぇが死ぬ番だがな」


「はぁはぁはぁっ! う、うわぁああああ!」


「へっ! 逃がすかよ!」



 ザクッ!!


 逃げようとした子供の喉にポン刀を突き刺す。



「かぁっ…はっ…はっ―――! ひゅーーーひゅーーー!」



 子供は刺されたショックで動けない。


 呼吸困難になって苦しそうにするだけだ。目にも怯えの感情しかなかった。



 それで―――興醒め



「なんでぇ、つまらねぇ。オヤジが連れてきたガキのほうが根性があったな。さっさと死ねや」



 ぼんっ


 剣気を膨張させると、子供の首から頭部が吹き飛ぶ。


 ぶしゃーーーーっ


 目的地を失った血流が、夜空に舞い散り、椅子にぶち当たって赤く美しいいろどりを与える。


 血の華。


 おそらくいかなる絵具を使っても、これに匹敵する色は生み出せないだろう。


 血に染まるポン刀の刃も実に美しい。また一つ、刀が血を吸って喜んでいる。




「さあ! おらぁたちと遊ぼうぜ!!」



 ズバッ! ザクッ!!!



「ぎゃあーーーーー!」


「た、助けてえぇえええ!」


「死にたくねええよおおおお!!」



 突然現れた戦罪者たちに、場は完全にパニックに陥る。


 その事態に対して、ハングラスの第二警備商隊が駆けつけた。



「貴様!! なぜ戦罪者がここに!? 事務所にいるのではないのか!?」


「ああん? どうして外に出たらいけねぇんだよ。なぁ? おらぁたちにもよ、外の空気を吸う権利くらいはあるよなぁ!」


「ふざけるな! 貴様らには生きる価値も資格もない! こうなれば我々の手で殺してやる! 隊長たちの無念を思い知れ!」


「無念だ? ただ弱かっただけだろうが!! おらよ!」



 ヤキチが近くにいた一般人の負傷者を隊員に投げつける。



「ぐっ!」



 隊員は、それをキャッチ。


 彼らはハングラスの人間なので、同じ派閥の人間を見捨てることはできない。


 だが、それこそが―――弱さ。


 ヤキチは一気に間合いを詰めると、ポン刀一閃。


 ズババッ!


 一刀のもとに隊員と負傷者を切り捨てる。



「ごふっ…狂人……め。がほっ…」


「ぎゃははは!! 狂人で結構! いくぞ、てめぇら!! 祭りの開始だ!! 手当たり次第に殺せぇええええ! オヤジにでっけぇ花火を見せてやろうぜ!」


「おおお! ありったけの術具を使ってやるぜ!!」



 ボンボンボーーーンッ!!



 戦罪者たちが、持っていた大納魔射津を無造作に投げつける。


 周囲は全員敵である。どこに投げても誰かしらが巻き添えになるのだから、これほど面白い遊びはないだろう。





 当然、現れたのはヤキチだけではない。




 次に発生したのが―――【毒】




 マングラスの観客席の大地から、大量の毒煙が発生したのだ。


 これはもう火事の煙のレベルを超えている。


 火山の噴火の如く、濃厚な紫色の煙が地面から噴き出し、その場にいた人々を襲う。



「ごほっ! げほげほっ…ぶはっ!!」


「うううううっ…おええええ!」



 咳をした紳士が吐血。


 嗚咽を漏らした中年の男も、吐瀉物と一緒に大量の血を吐き出す。


 ここにいる観客たちは防毒マスクをしていないため、毒の被害を防ぐことができない。


 毒とは人間にとって一番怖ろしいものだ。一度体内に取り入れてしまえば、もはや耐性がなければ生き残ることは不可能である。


 どさ どさどさどさっ


 大勢の観客が倒れ、びくびくと痙攣している。



「ふふふ…サイッコウ!!! ですね!!」



 そして、それを見て興奮している男、ハンベエがいた。


 仮面で顔は隠れているが、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべて恍惚としているのがわかる。


 彼の楽しみは、徐々に弱っていく姿を見ること。人でも魔獣でも、その過程を観察することが楽しくてしょうがないのだ。


 だから、こういった場を与えてくれたアンシュラオンには感謝しかない。



「オヤジさん、最高ですよ!! なんてステキな、よるうう!! ああ、素晴らしい! さあ、もっと吸って!! 身体の中が真っ黒になるほど吸ってぇえええええ!」



 ぶしゅうううっ もくもくもくっ


 ハンベエの身体から真っ黒な毒が噴き出る。


 夜の闇よりも濃い毒が人々を包み込み、次々と毒で汚染していった。



「くそっ!! 警備班、すぐに来い! 毒使いの戦罪者が現れたぞ!!」


「おや、遅いお出ましですね。重役出勤は出世してからのほうがいいですよ。クケケ」


「貴様の毒は通じないぞ! 覚悟しろ!」



 マングラスの治安維持部隊が駆けつける。


 防毒マスクはマングラスが提供したものなので、治安維持部隊にも万一にそなえて支給されている。


 駆けつけた男もマスクをつけているので、毒は通じない―――と思っている。


 それを見たハンベエが、にやりと笑った。



「あなたたちは愚かですね。私が同じことをすると思います? そんなもので防げるとでも?」


「強がりを! ここで射殺……うぐっ…ううううっ! ごぼっ!!」



 兵士が口から吐血。


 マスクの中に血が飛び散る。



「馬鹿な…! な、なにが……がはっ…ぐううう!」


「たかがマスク程度で、私の毒が防げるものでしょうか。呼吸器だけではないのですよ。皮膚に少しでも触れれば終わりですからねぇ」


「ぐっ…はーーはーーーー! っ―――!!! っ!!」



 どさっ


 倒れた兵士は顔を真っ青にして、口をパクパクさせて悶絶する。


 毒煙玉は呼吸器に強い影響を与える毒だが、ハンベエの体内で生成される特殊毒は、『毒無効』すら貫通する恐るべきものだ。


 多少口をマスクで覆ったくらいでは対応できない。少しでも吸い込めば一瞬で昏倒してしまうし、皮膚に触れただけでも死に至る。



 どさどさどさっ



 駆けつけようとした兵士たちも、特殊毒によって次々と倒れていった。


 中には身体全体が覆われた重装備の兵士もいたが、酸素ボンベ式の完全密閉型ではないので、どうしても毒に触れてしまう。


 毒を吸い込んだ男たちは、すでに身体機能を失って痙攣。


 ハンベエは、わざわざマスクやヘルメットを外して、その顔を観察する。



「あはははは! いいですねぇ! いい顔ですよ!! さあ、そのまま苦悶の表情を浮かべて、いって、イッテ、逝ってくださいねぇえええええ!!! あひゃひゃひゃっ!! くけけけえけけけけけえええっ!!」




 狂っている。


 完全に狂っている。


 人を殺すことを楽しんでいる。実に伸び伸びとしていて楽しそうである。


 だが、これが戦罪者たちなのだ。彼らの本性なのだ。


 主人であるアンシュラオンによって、彼らの特性が最大限に表現されていた。



 規制線の外が安全だと、誰が決めたのか?


 自分たちが見る側で、殲滅隊が狩る側で、ホワイト商会が狩られる側だなんて、誰が決めたのだろうか?


 それは完全なる思い込みである。


 彼らに敵の区別などはない。この場にいるすべてが敵であり、殺してもよい対象物であり、惨殺してもかまわないと命令されているのだ。


 ならば、彼らは喜々として楽しむだろう。


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