533話 「走れ、ソイドビッグ! その4」


「こんなもんで俺がやられると思ってんのかああああ!! 本気で来ているって言ってんだろうがああああああああ!」



 ぼおおおっ


 ビッグが気合を入れると戦気が燃え上がる。


 受けたダメージが大きいので、生体磁気を生み出して、少しでも自然治癒能力を高めようとしているのだ。


 彼がいちいち大声を上げるのはうるさいが、これは許してあげてほしい。


 人間の身体は自分自身の力で傷つかないようにリミッターを設けてしまうので、火事場の馬鹿力を出すには大声を上げる必要があるといわれている。


 いわゆるシャウト効果というやつだ。


 ハンマー投げの選手やテニスの選手が、インパクトの瞬間に叫ぶのはこのためだ。そのほうが力が入るからである。


 しかしながら、気合だけでなんとかなるレベルを超えている。


 ビッグの実力を考えれば、声を上げることもできないほどのダメージを負ってしかるべきだ。


 なればこそ、彼が生き残った『理由』があるのだ。



 ぽちゃん



 ビッグの足下に水滴が落ちたのが見えた。


 少し粘り気のある水だが、これは彼の汗ではないし、危ない体液でもない。



 身体が―――『濡れていた』



 ここには水場などないので、水気や水の術符でも使わない限りは、水が発生することはない。


 ビッグに水の性質はない。生粋のラングラスなので、彼が持っている属性は「火」である。


 術符を使った形跡もない。熟練の符術士ならばともかく、彼が隠れて術符を使おうとしてもすぐにバレるだろう。


 だが、この水こそが、彼を救った最大の要因なのだ。



 ばちばちばちっ



 流れ出た水が床で帯電している。


 マタゾーが放った雷気を受け止めて床に流したのだ。


 アンシュラオンがガンプドルフの雷気を逃したように、アーブスラットが水気で同じように対処したように、雷気を防ぐには水がもっとも効果的だ。


 しかも、これはただの水気ではない。



 ずずずずっ じゅうううううう



 水が意思を持っているように動き、火傷を負ったビッグの肉体に染み入っていく。


 焼け焦げた右手にも染み入り、急速に傷を癒していった。



(オヤジ殿の命気? いや、似ているが違う。異質な力を感じるでござるな。この者の背後には違う存在がいる、ということでござるか。それもよし。それもまた力よ)



 これはセイリュウの力。


 表向きは支援しないと公言しているが、朝の段階で清龍の力をビッグに仕込んでおいたのだ。


 清龍の力は、癒しの力。


 アンシュラオンの命気と同様の効果がある強力なものだ。


 そうだ。ビッグは独りで戦っているわけではない。全派閥の支援を受けてこの場に立っているのだ。


 サナだって常に命気で守られているのだから、これはけっして卑怯ではない。


 ただ単に、敵も同じやり方をしてきただけのこと。今度は立場が逆になったにすぎないのだ。




「よかろう!! それでこそ面白いというものよ!!」


「放さないって言っただろうが!!」


「槍の世界は奥が深いでござるぞ」



 ぎゅるるるっ


 マタゾーが槍を高速回転させる。


 ビッグも握力を込めて必死に押さえようとするが、日々鍛練を続けてきたマタゾーの技は卓越していた。



「ぬっ…ぐうっ!!」


「さらに角度を加える!」



 回転を防ごうと力を込めたビッグに対して、マタゾーは自身が移動することで角度をつける。


 それによってビッグの手首と肘関節を追い込み―――


 ぎゅるるるっ バチンッ!!


 槍を手から放すことに成功する。



「あっちっ!!」



 摩擦で手の皮が磨り減ったビッグが熱いのは当然だ。


 だが、槍が放れた以上、もっとも危険な状態が生まれてしまった。


 彼に熱がっている暇などはない。


 すっ シュンッ


 マタゾーが構え、槍を放つ。


 それはまさに閃光。高速の突きである。



「ちいいいっ!」



 バギャァアッ ズブウウウッ!!



 マタゾーの槍がビッグを貫く。


 ヤドイガニ先生によって鍛えられた『刹那の危機回避』によって心臓は避けたが、腹にぶっすりと突き刺さってしまう。


 マタゾーの槍が怖ろしいのは、ここからだ。



 腹に―――雷気



 バチバチバチバチッ!!



「ががががががっ!!!」



 今度は身体を内部から焼くという鬼畜な攻撃に出る。


 外からの感電とは比べ物にならない衝撃と威力がビッグを襲う。


 じゅううううっ


 セイリュウの水が雷気を流し、傷を癒していくが、さすがにすべてをカバーしきれない。


 ついついセイリュウの能力をアンシュラオンと比較してしまうが、やはりセイリュウの技量はアンシュラオンに数段劣る。


 特に遠隔操作の技術に関してアンシュラオンは、陽禅公の次に優れた技術を持っているのだ。


 覇王に次ぐ能力。これだけで世界トップレベルにあることがすぐにわかる。


 この点に関してのみ、アンシュラオンはパミエルキに対抗できるといえるだろう。


 残念ながらセイリュウには、そこまでの技量はない。


 よって、本体から離れた水では、ビッグを完全に癒しきれないのだ。




 ソイドビッグ、またもやピンチである。




 がしかし、何度も言うが彼は独りで戦っているわけではない。


 ボロボロボロッ


 プロテクターの内部に張られてあった回復術符と、彼の知らないところで埋め込まれていた『身代わり人形』が発動。


 彼を即死から守り、身体を癒していく。



(ああ、そうか。ゼイシルの兄さんかよ。ありがてぇな)



 セイリュウが仕込んだ水のことはわからなかったが、術符が発動したことは感覚で理解できた。


 このプロテクターはハングラスから送られたものなので、その際にさまざまな仕掛けを施してくれたのだろう。


 核剛金や原常環だけではなく、こうした回復術符まで付けてくれたのだ。


 さらに一定以上のダメージを受けたことで防御機能が発動。無限盾の術符が大量に展開される。



「ぬんっ!!」



 ザクザクザクザクザクッ!


 バリンバリンバリンバリンバリンッ!


 無限盾はマタゾーの三蛇勢さんじゃせいによって簡単に破壊されるが、それでも一瞬の間を生み出せたことは大きい。


 ビッグは腰にあった鉤爪を装備すると、一気に間合いを詰める。



「おらあああああああ!」



 強烈なダッシュから、鉤爪一閃。


 ネコ科の猛獣の動きそのものだ。エジルジャガーが家紋であることを思い出させる光景である。


 ただし、目の前にいるのは『人間』。


 そういったものと対峙するために日々武を磨き続けた、人間!!



 くるくるくるっ ガキンッ



 マタゾーは槍を回転させて鉤爪を弾くと、その反動を利用して石突きでビッグの顔面を強打。



 バゴンッ!!



「ぐえっ!」



 いい音がした。


 ビッグは突進したこともあってか、石突きの攻撃をかわすことができなかった。


 完全なる直撃である。一瞬視界が揺らぎ、意識を失いそうになる。



(まずい! ここで気を失ったら死ぬ!)



 ここでもヤドイガニ先生の鍛練を思い出す。


 戦場で意識を失ったら、死あるのみ。


 それは痛いほど理解したので、ぐわんぐわん回転する世界の中で理性をなんとか勝ち取り、身体を丸めて防御の態勢を取る。



 そこに―――槍の連打。



 ドドドドドドドッ!!


 ブスブスブスブスブスッ!!!



 怒涛の突きがビッグを襲う。


 まったくもって容赦がない。


 肩、腕、腹、足といったさまざまな箇所に突きが叩き込まれる。


 だがしかし、それでも耐える。頭と心臓だけはけっしてやらせない。


 大量に付与された無限盾と回復術符、身代わり人形などが発動しつつ、マタゾーという達人の攻撃に耐え続ける。



「見事!! 恐れ入った!! これぞ弱者の戦いよ!」



 これにはマタゾーも称賛を送る。


 最初に単独で突っ走った姿を見た時は、やはり役者どまりかと見限ったものだが、それもまた彼の男気の象徴として人々を鼓舞した。


 その行動がなければ、地雷はもっと多くのメンバーを傷つけていたに違いない。


 この程度で済んだのは間違いなくビッグの功績である。


 また、今もこうして『弱者の戦い』を貫いている。


 人間が虎ぶっても、やはり虎にはなれない。そのまま戦っても殺されるだけだ。


 万に一つは勝ち目があるかもしれないが、その間に9999回死んでは意味がない。人の命は一つなのだ。


 ならば、自分の力量に見合った戦い方をすべきである。


 どんなに無様であろうが、彼はただただ耐え忍んでいる。


 『豚』、『役立たず』、『でくの坊』だと罵られても、彼は背負うことをやめない。



 それは誇り高い姿。



 人として生きる者の崇高な生き方である。




「ならばよし!! 拙僧の力を見せよう!!」




 ボオオオオオオッ!! バチバチ!!


 マタゾーの戦気が燃え上がり、今まで以上の雷気が生み出される。


 これが本来の彼の雷気。完全戦闘状態である。


 手加減をしていたわけではないが、これだけの数を相手に「勝つつもり」でいたマタゾーは力を温存していた。


 だが、目の前の男は全力を出すに相応しいと判断したのだ。


 それこそが礼儀。武人に対する礼節。



 そうだ。



 マタゾーが―――ビッグを認めた



 のである。



 一人の男として、一人の武人として目の前に立つことを認めた。


 これだけの達人に認められるとは、そうそうないことである。誇っていい。自慢していい。


 されど、彼が本気になったということは、それだけピンチが増したことを意味する。



 マタゾーは数歩下がると、槍を構える。


 バチバチバチバチッ!!


 槍の尖端に強力な雷気が集まり―――



「その想いごと、すべて破壊する!!!」



 バンッ!!


 槍の一撃とともに解き放った。


 剣王技、矢槍雷しそうらい。槍の尖端から雷気を放出する技だ。


 これはアーブスラットの肩すら焼き焦がす強烈な一撃である。


 雷衝といった普通の雷系の放出技よりも貫通力と破壊力が強いため、因子レベル2に該当するものだ。



「死ねるかよおおおおおおおおお!!」



 ビッグは防御の構え。


 なんと、彼は矢槍雷すら防ぐつもりだ。


 だが、これはさすがに無謀である。


 マタゾーが技を使えば、それだけで攻撃力『A』が五割増し、あるいは二倍の威力を持つことになる。


 今までの攻撃でギリギリだったのだ。攻撃力が倍増する技に耐えられる可能性は極めて低い。


 それでも彼は信じていた。



 俺には防げる、と。



 まったく根拠のない自信である。


 こんな現実を理解しない豚など、さっさと死んでしまえばいい。


 心無い人々はそう思うかもしれないし、そうなるのが自然の道理なのかもしれない。


 しかし、こんな男だからこそ『人の道理』は彼を見捨てない。




 矢槍雷がビッグに当たると想われた瞬間―――




 シュバーーッ!! ズバッ!!




 疾風が舞った。




 ハチバチバチッ!! ブオオオオオオ!




 雷と風が互いに反発し合い、激しい爆音を発しながら上昇していく。


 力と力が衝突すれば、より強い力が弱い力を撃ち滅ぼす仕組みになっている。


 それがこうして上昇して絡み合うとすれば、互いの力が【同等】であることを示しているのだ。



「むっ…! これは…風衝二閃!!」



 マタゾーには、はっきりと見えていた。


 放たれた矢槍雷に対して、ビッグの背中の両脇を曲がるようにやってきた風衝があった。


 一発では矢槍雷に対抗できないので、二つに放たれた風衝によって対抗してきた。


 ただ対抗したのではない。矢槍雷を挟み込むような軌道を描き、左右から攻撃することで力の分散を図ったのだ。



(視認できない位置から波動円だけで拙僧の動きを把握し、技の精度まで予測したでござるか。なんと見事な腕よ)



 マタゾーも惚れ惚れする技の冴えだ。


 そんなことがビッグにできるわけがないので、当然ながらやったのは違う人物である。



 コツコツコツ



 風衝によって破壊された壁から、一人の男が歩いてきた。


 コールタールを固めたような光沢の無い漆黒の剣を持ち、目にひどく冷たい光を宿した男。



「無茶をしないでください。人はそこまで頑丈な生き物ではないですよ」




「あんたは―――ラブヘイア!! 来てくれたのか!」




 やってきたのはラブヘイア。


 彼は暴走したビッグを心配して追いかけてきたのだ。


 ただ、彼の速度を考えればやや遅れた感があるが、それにも理由があった。



「ビッグさん、外で少々問題が発生しました。あなたはそちらに向かってください」


「問題? 何かあったのか!?」


「ええ、【奇襲】です。戦罪者たちが規制線の外側に出現して暴れています」



 実はビッグが館に突入したと同時期に、他の戦罪者たちは外に奇襲を仕掛けていた。


 館に篭っているとばかり思っていた外の連中は、完全に虚をつかれてパニックに陥っている。



「な、なんでそんなことに!?」


「これも彼らの策ということです。ラングラスの面子を保つために、あなたは外に出たほうがいいでしょう。旗印がいないと混乱に拍車をかけます」


「わ、わかった。だが、あんたは…」


「私は彼の相手をいたします」


「援軍は? クロスライルは来ないのか?」


「必要ありません。一人で十分です」


「なっ! こ、こいつは強いぞ!! いくらあんただって…」


「ビッグさん、いいのです。だからこそ…いいのです。ふふふ…」


「っ…!」



 ラブヘイアが、笑った。


 グラス・ギースに来てから、いや、クルマで移動している間もJBと戦っている間もまったく笑わなかった彼が、にやりと笑ったのだ。


 なかなか顔立ちの良い男である。


 笑うとイケメンなのだが、その笑い方には妙な迫力と怖さがあった。


 まるで血に飢えた獣のような、この展開を待ち望んでいたような顔つきである。


 それに圧されて、ビッグは頷くしかなかった。



「わ、わかった。ここは任せる! そ、そのために来てくれたんだもんな」


「そうです。さあ、早く行ってください」


「あんたも気をつけてな!」




 ビッグは外に出て行く。



 マタゾーは追わない。


 否、追えない。


 ラブヘイアから強い圧力がかかっていたからだ。


 少しでもビッグに意識を向けようものならば、一瞬で首を刈られてしまっていただろう。



「あなたの相手は、私が務めさせていただきます。ご不満はありますか?」


「あるわけもなし。貴殿から出る圧力、まさに拙僧に相応しい相手。これほどの実力者と対峙できるとは、楽しくなってきたでござるな!!」


「私もあなたのような人と出会えて嬉しいのです。【主人】から命じられた『ノルマの達成』に役立ちます。戻るまでに『達験級以上の武人を十人殺せ』と言われておりましてね。あなたを入れれば、あと二人で達成になります」


「ノルマ…?」


「ええ、ノルマです」



 日本でノルマといえば、かなり厳しい目標に感じられるかもしれないが、本来の意味は「無理せず達成できる作業目標」を示す。


 当たり前の道理だが、どうしても達成できないノルマを課しても、目標が達成されることは永遠にありえないからである。


 となれば、ラブヘイアにとってこの目標は、まさに平然とこなすべき程度のものなのだ。



 自分を前にして、この余裕。



 『狩る側』の立場を鮮明に打ち出した若者に、笑わずにはいられない!!!




「素晴らしい!! 素晴らしい胆力よ!! ならば、やってみせよ!! わが人生、ここにかけるでござるぞ!! 貴殿を殺し、さらに高みに昇らせていただく!」


「ええ、そうしてください。私もあの人に近づくために、あなたを殺します」



 修羅と修羅。


 武闘者同士が相まみえれば、どちらかが生き残って、どちらかが死ぬしかない。



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