532話 「走れ、ソイドビッグ! その3」


 ソイドビッグは、かろうじて左腕を使って防御することに成功。


 アームガードが破壊され、肉が裂け、骨が砕けるが、それによって槍は止まった。



 ガシッ!!



 左腕に突き刺さった槍をビッグが掴む。



「なめるなよ、この野郎!! 一度掴んだら絶対に離さないからな!!」



 ビッグは身体ごと槍を押さえ込む。


 かなり不恰好かつ、相手に大きな隙を晒すことになるが、こればかりは致し方ないことだ。



(やべぇ、こいつはやべぇ! 今のはたまたま反射でよけたが、次はかわせる自信がない!! マジで見えなかった!! 威力もヤバイ!!)



 直感だけでギリギリかわせたのが実情だ。


 ビッグの実力では、マタゾーの槍を見切ることは不可能である。防ぐことも難しい。


 今の一撃も、多少距離があったことで命拾いしたにすぎない。


 完全に間合いに入った一撃だったならば、腕ごと頭を貫かれて終わっていたはずだ。


 この槍が再び引き戻された瞬間、自分の命はないかもしれないのだ。必死に掴むのは当然である。



(だが、掴んだ! 槍ってのは掴めばこっちのもんだぜ!)



 剣士にとって武器は、命の次に大事なものである。これがなくては剣気が出せず、戦闘力は激減する。


 なかなか生粋の剣士と対峙する機会は少ないが、ビッグもそれくらいは知っていた。


 彼に残された道は、槍を掴んだままなんとか自分の間合いに持ち込むこと。戦士が本来得意としている接近戦に引きずり込むことだ。


 これはアーブスラットも実践していたことなので、戦法としては正しい。




「一つ問おう。貴殿は本気でオヤジ殿と戦うつもりであるのか?」



 圧倒的な実力差を感じても闘志が揺るがないビッグに興味を持ったのだろう。マタゾーが語りかける。


 すでに戦闘状態、戦場に突入しているので、生粋の武人である彼がこういう態度に出るのは珍しいことである。



「貴殿は、所詮は役者。舞台から飛び出れば、ろくな目には遭わないでござろうに」


「いまさら…いまさら何を言ってやがる! これが演技だとでも思うのかよ! 男の本気を侮るんじゃねえ! 俺はな、本気の本気で臨んでいるんだぜ!! 俺らはあいつの道具じゃない!! あいつの妹の玩具でもない!! これからそれを証明してやる!!」


「なるほど、げに怖ろしきは『馬鹿』なのでござるな。拙僧たちより狂っているとは見事よ」


「うるせぇ!!! やってやる! やってやるぞ!! てめぇなんぞ、力づくで捻じ伏せてやんよ!」



 やんよ!


 ボオオオオオオッ!!


 戦気が燃える。ビッグの心が燃えている。それが身体中に力を与えていく。



 しかし、戦気は口ほどに物を言う。



 その色合いを見れば、彼がどのような状況にあるかはすぐにわかるのだ。


 緊張、虚勢、葛藤、狼狽。


 見た目とは裏腹に激しく追い込まれていた。


 いきなりこれほどの強敵と対峙したのだ。無理もないだろう。


 当然マタゾーもそれを見透かしている。



「青年、腕力には自信があるか?」


「もちろんだ!! それだけが売りだからな!」


「よかろう。ならば、止めてみせよ」


「なにを言ってやがる! そんな細身で俺の腕力に―――」



 ぶわっ



「…え?」



 身体に感じる浮遊感に、ビッグの目が点になる。


 今自分は全力で槍を握っていた。


 火事場の馬鹿力と言われるように、命がかかっていれば人間は底力を出すものである。


 追い詰められているビッグは、限界以上のパワーで槍を押さえ込もうとしていたのだが―――




―――浮く




 自分より遙かに背の低い僧侶が、槍を使って軽々と持ち上げていたのだ。


 これだけ見事に上がるということは、ある意味ではビッグの腕力が強いことの証明でもあるのだが、それ以上にマタゾーがやっていることのほうが凄かった。



「な、なんだぁああああ! なんでこうなった!?!」


「オヤジ殿しかり。身体が小さいからといって、力が弱いわけではない。勉強になったでござろう、青年よ」



 マタゾーの腕力は、武人の中では弱いほうだ。


 筋力が衰え始めていたアーブスラットにも負けていたほどだ。戦士と剣士では肉体能力に差があるのは仕方がない。


 が、ビッグはアーブスラットではない。


 レベルを限界まで上げた剣士と、まだまだ成長途上の『ヒヨっこ』であるビッグとでは、成熟度があまりに違いすぎる。


 現段階ではマタゾーのほうが腕力でも上なのだ。



「くっ、くっそ! くおおおお!! ど、どうすりゃ…!! や、槍だけは絶対に放さないからな! こんちくしょうめえええええ!」



 彼にできることは、ただただ無様に槍にしがみつくことだけ。


 多少格好良いところは見せたが、やはりビッグはビッグだ。


 これ以上を望むのは厳しいといったところだろうか。



「放さぬのならば、それでよかろう。だが、すでに腕力で負けているのだ。正しい選択ではないでござるぞ」



 ぶんっ!!



 マタゾーが槍を振り回し―――



 どがんっ!!



 床に叩きつける。



「ぐはっ!!」




 ぶーーーんっ どがんっ!


 ぶーーーんっ どがんっ!


 ぶーーーんっ どがんっ!




「げほっ!! ぐはっ!! ぐえっ!!」




 槍にしがみついているだけなのだから、こうなるのは当然だ。


 何度も何度も床や壁に叩き付けられては、その場所が壊れるほどの衝撃を受ける。


 この絶望的な状況で唯一幸いだったのが、壁より彼の身体のほうが頑丈だったことだろう。


 逆に壊れたことで緩衝材になり、ダメージは致命傷には至らないで済んでいた。


 だが、このままではまずい。



 ぶーーーんっ どがんっ!


 ぶーーーんっ どがんっ!


 ぶーーーんっ どがんっ!



 軽々と振り回され、周囲の壁という壁が原形を失うほど破壊されていく。


 気分はまるで暴走したジェットコースターだ。


 次々と視界が流れては何かにぶつかっていく。何が起こっているのか正確に把握できない。


 だが、槍を放したが最後。


 自分は即座に貫かれて死ぬことは確定しているので、必死にしがみつくことしかできない。


 すぐ死ぬか、じわじわと死ぬか、その選択しか残されていないのだ。




(強ぇ!! なんでこんなに強ぇんだ!! 俺より強いやつらが、どうしてこんんなにいるんだよ!! ふざけるなよ!!)



 ビッグは、ただただマタゾーの強さに畏怖していた。


 マタゾーの実力は高い。特殊な能力こそないが、単純に攻撃の質が高いので安定した強さを発揮することができる。


 ユニークスキルを使わないマキと同格といってよいだろう。


 攻撃力だけならば彼女すら上回るので、目の前にいるのは各派閥の最強の武人と同格の存在だと思ったほうがいい。


 自分が勝てる相手ではない。能力も経験も違いすぎる。


 しかし、もっと怖ろしいことは、こんな連中を簡単に配下にしてしまうアンシュラオンである。


 あの男はこの場にいない。いる必要もないと思っているはずだ。


 なぜならば彼にとっては、戦罪者たちなど【道具】にすぎないからだ。



「使い捨てにされてよ! あんたらはそれで満足なのかよ!!! あいつはてめぇらのことなんて、何とも思ってないぜ!!」


「愚問。武人に戦う以外の道は無い。その場所を与えてくれるオヤジ殿は理想的な主人よ」


「あんたらはそれでよくても、周りに迷惑がかかってんだよ!! 俺はそんなことは認めねぇ!! どんなやつにだって生きる意味はあるんだ! それをてめぇだけの欲求で壊す権利なんて、あるわけないだろうが!!」


「人間など自己のためだけに生きるもの。貴殿も他人のことは言えまい。むしろ、さまざまなものを着せられて苦しそうに見えるでござる」


「ああ、そうだよ!! ラングラスって名前も重いし、組の若頭であることも面倒なだけだ! 麻薬作りだって嫌なことばかりだ! 俺はよ、本当はリンダと一緒に農家でもやっているのが性に合うって、ずっと思ってたさ!! だが、だがよ!! 背負っちまったもんは、しょうがねえだろうがあああああああ!!」



 ボオオオオオオオッ!!


 ビッグの戦気が強くなる。


 今までのゆらゆら揺らいでいたものとは違う、もっとしっかり芯が入ったものに変化していく。



「こんな俺でもよ、誰かが期待してくれんだぁ!! 放り出すわけにゃ、いかねえんだよ!!」


「いい気迫よ。ようやく乗ってきたでござるな」



 ダメージを受けたことがよかったのか、ビッグから緊張がなくなっていた。


 当人は本番に弱いと言っているが、どうやらスロースターターらしい。


 サッカーの試合でたとえれば、試合開始十五分は身体が硬く、一気に三点入れられて勝負が決まってしまう悪癖があった。


 しかし、そこをかろうじて耐え凌げば、身体が温まってきて動きが少しずつ良くなるのだろう。


 マタゾーも、どうせ狩るのならば本気のビッグのほうが面白い。そんな欲求があったからこそ、すぐに勝負を決めなかったのだ。



「温まったのならば遠慮は不要。オヤジ殿からも、手加減はするなと言われているでござる」



 彼らに下された命令は、たった一つ。


 攻撃されたのならば徹底的に反撃しろ。すべての敵をいかなる手段をもってしても殺せ。


 ただそれだけだ。


 今回は相手から攻撃してきてくれたので、まったくもって遠慮する必要性はない。


 役者であったビッグであろうとも、それは同じこと。殺す対象でしかない。



「そのように迂闊に掴んでいると危険でござるぞ」



 ばちんっ!!!


 マタゾーの身体から雷気が迸る。


 ばちんばちん バチバチバチバチッ!!


 雷気は柄を伝って、槍全体を包み込んだ。


 こうした長い得物を使う以上、掴まれることも想定の範囲内である。それならばそれで、こうして【焼き殺せば】いいのだ。



 雷気が―――ビッグを襲う。



 バチバチバチバチッ!!


 バチバチバチバチッ!!


 バチバチバチバチッ!!



「ぐおおおおおおおおお!!!」



 激しい雷撃が迸るごとに、ビッグの身体ががっくんがっくん揺れている。


 電気というのは怖ろしいものだ。


 よく事故映像を特集しているテレビ番組でも、電柱に登ってショートする現場が放映されるが、あれだけ安全対策をしていても死んでしまうほどの威力を持っている。


 この雷気はさらに攻撃的な気質で、最初から相手を殺すためだけに存在しているので、その威力も一般家庭で使われる電流の比ではない。



 バチバチバチバチッ!!


 バチバチバチバチッ!!


 ブシューーーーッ!!!



 ビッグの身体から煙が上がった。


 身体全体に大きな変化はないが、握っていた掌の表面は完全に焼け焦げているので、体内にまで影響が及んでいると思われる。



 がくんっ



 ビッグから力が抜け、首が垂れる。



 豚の丸焼き。


 なんとも香ばしい響きだが、マタゾーが雷気を発しただけでビッグには致命傷となる。


 勢いや気持ちだけで勝負には勝てない。


 これが現実。


 哀しいほどに現実!!



「これも武人の宿命。出会ったからには殺さねばならぬ。それだけの人生だったということよ。安らかに逝くがよいでござる」



 一応は僧侶である。殺した相手のことも看取ってやるべきだろう。


 それがアンシュラオンが好んだ道具への、彼なりの礼節であった。


 やはりビッグはビッグ。これまでか。


 役者は役者として舞台で踊っていればよかったものを。いっぱしの武人気取りで、しゃしゃり出るからこうなるのだ。


 そんな声がどこからともなく聴こえそうだが―――




 彼が死んだなどと―――誰が決めたのか!!




 勝手に―――決めるなぁあああああああああああ!!




 ぐっ


 ぐぐ ぐぐうううう



「むっ…?」



 マタゾーの槍が、かすかに押される。


 最初は雷気によって神経が刺激され、腕が勝手に動いただけかと思った。


 されど、少しずつ強くなる力には、間違いなく【意思】が宿っていたのだ。



「…ざ……けるな…」



 ぐぐぐぐ ぐううううううっ!!!


 力が、入る。


 それは人が人である証。


 生きようと、立ち向かおうとしている証。



 絶対に負けられないとする男の―――あかし!!!!



 ビッグは―――




「おおおおおおおおおおおお!!!」




 立ち上がる!!!


 ぐいんっと首に力が入り、目に光が宿る。


 彼は生きていた。それどころか、まだ力を入れて引っ張るだけの余力がある。



「なんと…これは意外な…」



 マタゾーが発した雷気は、本気のものだった。


 彼は忖度そんたくなどできない性分なので、ビッグを殺すつもりで放っていた。


 普通の武人、そこらの傭兵ならば確実に死んでいた一撃だ。


 ビッグも特に雷対策などしていないので、致命傷になると思われていた。(対策をしないあたりが脳筋の証拠である)


 だが、負けない。彼は負けられない。




「こんなもんが、なんだってんだぁああああああああ!」




 ぼおおおっ


 気合を入れると戦気が燃え上がる。


 彼はまだ死んでいない。戦う意思を宿している。



 ソイドビッグは―――



 まだまだ死んでいないぞおおおおおおおおおおおおお!!



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