531話 「走れ、ソイドビッグ! その2」


 ドンドンドンッ ドバーーーンッ



 至る所で地雷が爆発する音が聴こえる。


 どうやら地雷は相当数仕掛けられているようで、事務所の周囲は完全なる地雷原に変貌しているようだ。


 ただし、それによって受けた被害は極めて軽微であった。


 偶発的に引っかかった者もおり、足に傷を負ったこともあるにはあったが、大半の者は被害に遭わずに済んでいた。


 ビッグが走り抜けたことで、地雷があることがあらかじめわかったからだ。


 それによって警戒を強めた殲滅隊は、ビッグが通ったルートを中心に動き、さらに地雷を破壊することで安全地帯を広げていった。


 その作業を妨害するために事務所からの銃撃が続けられていたものの、これもビッグが突っ走ったことで彼に攻撃が集中したため、他の者への負担はかなり減っていたといえる。



 しかしもちろん、罠はこれだけではない。



 ぼぼんっ もくもくもく



 地雷の中には煙玉も含まれていた。


 信者が使ったような、ただの煙玉ではない。こちらは紫色の煙をした『毒煙玉』だ。


 周囲から明かりが放射されて多少明るいとはいえど、夜の闇の中で暗い色の煙を視認するのは難しい。


 本来ならば多数の犠牲者が出るはずだったが―――



「毒だ! マスクを忘れるな!」



 殲滅隊のメンバーたちは、即座に防毒マスクを被る。


 この防毒マスクというものは、それぞれの毒に適した除去フィルターを使わないと意味がないが、ハンベエが今まで毒殺した人間を調べることで成分を特定することができた。


 さらに特殊な浄化装置(清めの水を使ったもの)を組み込んであるので、効果は抜群。毒で倒れる者は誰一人としていなかった。


 こちらはマングラスからの提供品となったが、毒対策くらいならばと受け入れた次第だ。


 唯一煙で視界が塞がれることが問題だったが、それも風系の術符を使って吹き飛ばす等で対処ができていた。


 地雷で多少の被害が出たのは、その時のことである。それもたいした被害ではない。




 また、煙状の毒である性質上、風に流されて見物人たちの方角にも向かったが、そちらも問題はない。



「皆様方、お下がりください」



 青劉隊から派遣されていたカラスが、両手を広げる。



 ずうううう ズオオオオオオオオオッ



 彼の掌には穴があいており、次々とそこに毒煙が吸い込まれていく。


 数メートル先どころか、数百メートル離れた場所に舞った煙までも吸い上げていく。


 まるで掃除機。ダイ〇ンも驚きの吸引力である。


 彼の身体の一部には機械人形の部品も使われているため、こうした芸当も可能となっていた。



「ドクリン、あなたもお願いします。万一お客様に何かあれば、セイリュウ様に叱られてしまいますからね」


「はい」



 カラスと同じく青い外套の人物が前に出る。


 フードをめくると、そこに現れたのは一人の少女だった。


 ダークレッドの長い髪の毛をロールヘアにしており、見た目だけならば十代後半の美少女といえる。


 だがもちろん、彼女も特殊な改造を施された人間である。



 キラキラキラッ ぶおおおお



 彼女の身体から白い粒子が流れ出ると、今度は自ら空気の放出を開始したカラスによって周囲一帯に広まっていく。


 白い粒子が毒煙と接触した瞬間―――紫が白に変化。


 一瞬で無害化される。



 彼女の特殊能力『毒中和』スキルだ。



 彼女の能力は、たったこれだけ。


 基礎能力は並の武人以上に高いが、はっきり言えばこれ以外の長所はない。戦闘力では青劉隊で最弱だろう。


 しかし、これだけで十分なのだ。


 これは毒の種類を問わずに中和できる極めて稀有な能力であり、いざ都市が毒素に汚染された有事の際に活躍できれば、それだけで彼女は造られた価値があるといえる。


 たとえばデアンカ・ギースは毒を持っているので、四大悪獣への対策でもあるわけだ。


 災厄から身を守ることを主眼において造られたことがよくわかる。



 こうしてカラスとドクリンによって、毒は規制線を越えることはなかった。



 すでに―――対策済み。



 ホワイト商会の面々の情報は、すでに知れ渡っているのだ。


 抗争の序盤で彼らが優勢だったのは、まだ情報が完全に漏洩していなかったからにほかならない。


 ビッグの暴走だけが唯一の想定外だったが、それもまたプラスに作用している。


 こうした一見するとミスに映る行動がプラスの結果になる時は、流れが来ている証拠である。


 いける。いけそうだ。


 メンバーにもだいぶ余裕が生まれてきていた。



「若頭を援護しろ!!」



 バンバンバン



 彼らも鉄製の銃を構えて、術式弾である『爆炎弾』を事務所に向かって撃ち込む。


 これは衛士隊から借り受けたDBD製の銃であり、工場制圧にも使われた銃火器である。


 衛士隊と交戦したソイドファミリーが、彼らの武器を使う。


 なんとも奇妙だが、縁を感じる一幕でもあるだろう。


 これもまたマングラスの仲介によって、ディングラスとラングラスの和解を象徴するために意図的に仕込まれたものだ。


 改めて全派閥が手を組んで、ホワイト商会打倒に向かっていることがうかがえる。



 爆炎弾が事務所に迫る。



 何発かは迎撃されたが、これだけの数をすべて防御することは不可能だ。



 ぼんっ ぼおおおおおおおっ



 事務所の屋根や診察所にも当たり、爆炎が広がっていく。


 さすが術式弾である。ガソリンに引火するよりも一気に炎が広がり、それによって目標が暗闇の中にはっきりと映し出された。


 幻想的であり、儚い光景だ。


 どんなに栄華を誇っていても、どんなに調子に乗っていても、地上にあるすべての存在はいつかは必ず滅びる定めにある。



 ホワイト商会が燃えている。



 彼らの『悪行』には相応しい末路なのかもしれない。


 ホワイト商会の時代は、もうすぐ終わるのだ。





「見えた!! もうすぐだ!!」



 ビッグは屋根が燃えた事務所に突っ走る。


 もう目と鼻の先だ。


 後ろからの援護のおかげか相手からの攻撃も減り、後半は比較的安全に事務所にまで到達することができた。



(どうする!? 考えもなく、ここまでやってきたが…どうすればいい!?)



 とりあえず事務所までやってくることはできた。


 ただ、完全にノープランだ。


 中には十人以上、おそらく補充した面子を含めれば十五人近くの戦罪者が待ち構えているはずなので、仲間が到着するまで自分独りで対応しなくてはならない。


 ビッグも戦罪者のことは知っている。


 クロスライルたちよりは弱いが、自分よりは強い者たちであることは間違いない。



(俺独りでやれるのか!? あいつらと戦えるのか!? …ええい! いまさら何を焦ってやがる!! 俺はやるしかないんだよ!! やってやる! やってやるさ!! 根性を見せてやるよ!!!)



 最後に頼るのは、やはり根性論である。


 どのみち立ち往生しても的になるだけなので、速度を緩めることはできない。


 いくつかの選択肢が頭をよぎるも、もはや迷っている暇はなかった。



 ばーーーーーんっ!!




 そのままの勢いで壁にぶち当たり―――突き破る。




 事務所自体は大工が普通に造っただけなので、核剛金で強化されているといっても、たかが知れている。


 ビッグの体格とパワーがあれば、壊すのはそう難しくはないだろう。



 ごろごろごろっ どんっ!!



 事務所の壁をふっ飛ばし、転げるように中に侵入。



(きっと囲まれるだろうが、手当たり次第に暴れてやるぜ!! かちこみと同じ要領だ!!)



「うおおおおお!! 来るならこいやああああ!」



 ぶんっぶんぶんっ!!



 ビッグは起き上がった瞬間に、拳を振り回す。


 周囲は全員敵である。誰かに当たればいいと思っていた。



 しかし―――



 スカッスカスカッ!!



 空振り。


 その拳は誰にも当たることはなかった。



「なっ…!!」



 ビッグは驚きのあまり、無防備な体勢で周囲を見回す。


 てっきりリンチにされると思っていたからだ。


 あるいは周囲から次々と銃弾が飛んでくることも覚悟していた。


 だが、そんなことは起こらない。起こりえない。




 なぜならば―――空白。




 そこには【誰もいなかった】のだ。




(あれ…? 違う部屋に…いるのか? だが、ここは一番広い部屋だったはずだけど…さっきもここから銃撃があったよな!? 俺の勘違いか!?)



 実際にこの近くの窓から銃撃があったはずだ。射手も目撃している。


 それにもかかわらず、ここには誰もいなかった。


 いや、それは正しい情報ではない。


 より正確に言えば、一人はいたのだ。


 だがそれは、ビッグにとっては最悪の一人であるといえるだろう。




「単独で乗り込むとは、その心意気や良し」




 ぴしぴしっ ぼんっ


 壁に亀裂が入った瞬間、粉々になって吹き飛んだ。


 パラパラと壁の破片が仮面に当たって散らばっていく。



 そこにいたのは―――マタゾー



 仮面を被った槍使いの僧侶、雷槍のマタゾーが隣の部屋からやってきたのだ。



「いた! 敵がいたぞ!! だが…他の連中はどうした!?」



 一人とはいえ戦罪者がいたことと、大勢の敵に囲まれなかった安心感がビッグを包む。


 されど、目の前にいる男は極めて危険な相手だ。そんな緩んだ気配を彼が見逃すはずがない。



 ぐっ シュンッ



 マタゾーが無言で槍を構え、放つ。


 その速度は素早く的確で、頭部に向かって放たれた。



「っ―――!!」



 一瞬、世界が止まって見えた。


 なんて美しい姿勢で放たれる綺麗な突きなのだろうか。


 毎日何万と繰り返し放ってきた一撃だからこそ、そこには美が宿っていた。


 それを前にして、何かを考えている暇などない。


 ビッグは反射的に左腕で頭をガードしながら、倒れ込むように崩れ落ちる。




 槍が―――貫く。




 ブスウウウウッ




 アームガードを破壊し、左腕に突き刺さった。



「ぐっ!! 防具なんて意味ないじゃねえか! くそが!!」



 ビッグも油断などしていない。


 防御の戦気を展開していたが、攻撃力に特化しているマタゾーの一撃にとっては、あってないようなものだったにすぎない。


 いとも簡単に防具もろとも突き破る。


 しかし、頭にまで届いていない。腕だけでとどまっている。



「吹き飛ばなかったか。見事でござるな。その身体をくれた親御さんに感謝するとよかろう」



 マタゾーの一撃は突き刺すだけではない。


 宿っている戦気が強いので、突き刺したと同時に破壊もするのだ。


 もしビッグが単純な岩と同レベルであれば、腕が粉々に吹き飛んでいた可能性すらある。


 これもまたダディーからもらった身体の強さによって助けられたパターンだ。


 だが、身体の強さだけでマタゾーの攻撃を防げるわけではない。


 死を伴うような強い攻撃、ヤドイガニ先生の修練を経験してこそである。


 アンシュラオンが施した緊迫した陽禅流鍛練法が、ビッグを強くしているのだ。



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