529話 「制裁の夜 その2」


 規制線の手前にある一区画は完全に人払いがなされ、どの派閥の人間の立ち入りも許されていなかった。


 そこに集まった三十人の人間以外は。



 彼らは―――【殲滅隊】のメンバー。



 ホワイト商会壊滅のために選ばれた者たちである。



 まず大注目なのは、もちろん『ネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉』の三人だ。


 クロスライルとJB・ゴーンの二人は、外から来た武人専門の殺し屋として、他者とは明らかに雰囲気が違った。


 こうして普通の武人たちに交ざると、その異様さが際立つのだ。


 今まで数多くの作戦に参加し、ただただ殲滅を担当してきた彼らは、圧倒的なまでに洗練されている。


 殺しが日常的になった者たちとは、これほどまでに異質なのかと驚くほどに。


 そんな彼らでさえ、荒野では苦戦を強いられるのだから、逆に未開の大地がいかに怖ろしいかを痛感するというものだ。



 そして、グラス・ギースではそこそこ有名人のラブヘイアが殲滅隊にいることにも、各派閥の人間から驚きの声が上がっていた。



 彼が有名なのはハンターとしてであり、けっして裏稼業での話ではなかったのだ。


 その腕前から何度かマフィアから勧誘を受けているが、『剣の在り方』を探していた彼にとっては魅力的ではなかった。


 荒野を駆け抜け、自然と密接に過ごし、人が届かぬ天地を見ながら、彼はただただ考えていた。


 人とはどうあるべきか、自分が求めるのは何か、を。


 そんな孤高の剣士である彼が、大幅に雰囲気を変えてここにいることには誰もが驚いていたものである。




「なんだ、こいつらもメンバーなのか? こんなにいらなくね? たいして強くもなさそうだしよ」



 クロスライルは、てっきり自分たちだけだと思っていたので、予想外のメンバーの多さに若干の戸惑いを覚えていた。


 彼らはラングラス派閥が集めた武人たちである。


 武闘派と名高いソイドファミリーだけではない。イニジャーンやモゴナオンガたちも人材集めに奔走して、腕の立つ者たちを用意したのだ。


 マングラスの手を借りるわけにもいかないので、自前で集める苦労は相当なものだったに違いない。


 ソブカに資金提供されたことも、彼らの発奮を促すことに繋がったのだろう。


 他派閥同士で日常的に争いがあるように、同派閥内部でも権力闘争があってしかるべきだ。


 血縁で結ばれている間柄といっても油断はできない。


 なにせマングラスの一件を考えても、傀儡士のような異端の人間が生まれ、のちに本家を乗っ取るような真似をしでかす者もいるのだ。


 ソブカも同種の存在だと警戒されているため、その金で雇った殺し屋だけを使うわけにはいかない。


 当然ここに集まっている他のメンバーは、クロスライルたちには遠く及ばない。


 ソイドファミリーの中級構成員も入っているが、その中でも上級であったバッジョーがファテロナに秒殺されたように、一流の武人から見れば小物に等しい。


 それでも、その場にいるだけで価値がある。



「セイリュウ殿も言われた通り、これは面子の問題なのです。ラングラスが生き残るための戦いでありながらも、他派閥に対する『接待』でもあるわけです」



 グラス・ギースに詳しいラブヘイアが、クロスライルをなだめる。



「相変わらず組織ってやつは面倒だねぇ。力だけがすべてじゃない世界は苦手だぜ」


「我々の組織が緩すぎるだけかもしれませんね。それに慣れると義理と筋道の世界は息苦しいのでしょう」



 ネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉は怪しい組織に思えるし、実際にJBのような危ない人間も多いが、実力主義という面では極めて健全に機能しているといえる。


 二人のネイジアが最上位にいるのは、人間性が優れているとか魅力があるだけではない。



 単純に―――強いからだ。



 その圧倒的なまでの力があるからこそ、彼の下に集う者たちが従うのである。



 JBがたびたび言っている『ネイジアの思想』とは何か?



 彼によってかなり着色されていてわかりにくいが、実際は【実力主義】のことなのである。


 その中でも「武力をもちいて、即座に東大地を統一統合すべき」という強引で即効性のある思想であるため、より強硬寄りのものといえる。


 ただし、これは西側の入植が一気に拡大したことへの危機感の表れでもある。


 ネイジアの思想とは、『堕落した西側文化』の浸透を阻止することを念頭に置かれた考えなのである。


 未開の大地を新たに切り開き、今度こそ正しい文明を築き上げるのが彼らの目的といえる。


 西側のような貴族主義ではなく、健全な実力主義による国家の樹立を促しているのだ。


 それと比べると、イニジャーンたちのような義理人情の世界は堅苦しく思えるのだろう。


 とはいえ、彼はこの状況を楽しんでもいた。



「ははは、これだけ観客がいるってのは初めての経験だが、悪いもんじゃねえな。隠したい反面、見せたい気持ちもあるのが武人ってもんだ。大いに結構! 縛りプレイを楽しもうじゃねえか」



 稀に殺しの現場を見たいというクライアントもいるので、そういった面では慣れているが、ここまで多くの見物客がいることは想定外である。


 武人は各々が他人に知られたくない技を持っているがゆえに、公衆の面前で戦うことを嫌うものだが、それもまた「縛りプレイ」だと思えば面白い。



「あんまり早く終わらせるのもつまらねぇよな。ちょっとは見せ場を作ったほうがいいのかね?」


「さて、敵がそこまで甘ければよいのですが…油断は禁物です」


「データは見ているぜ。えーと、『ポン刀のヤキチ』に『身体割りのマサゴロウ』に『雷槍のマタゾー』、『味方殺しの毒撒きハンベエ』か。せいぜいCランクってところか? 小遣い稼ぎくらいにしかならねぇな」


「もしかして、賞金を狙ってます?」


「あ? そりゃそうだろう。賞金首だしな。出るんだろう?」


「賞金は出ないらしいですよ」


「ええええ!!? なんでよ!!」


「彼らの死体…あるいは部位はすべて依頼者に渡します。我々はすでに多額の金銭を受領していますからね。出ないでしょう」


「おかしいだろう! それは組織への金であって、オレらの金じゃねえぞ!」


「そんなことを言われても困りますよ。一応、私たちもネイジアの組織の一員ですからね」


「なんでぇ、ちくしょう! やる気が失せたな、おい! Cランクが相手で、どうやる気を出せってんだよ!」



 賞金首にも、それぞれSSS~Fまでのランクがある。


 ヤキチたちは、Cランク。


 はっきり言えば、そこまでたいした者たちではない。


 アンシュラオンとの戦いを見る限りでも、手加減しても秒殺レベルの存在だ。


 クロスライルほどの達人から見ても同じ。Cランクなど、たかが知れている。


 個別に出る賞金だけが楽しみだったのだが、それらも没収となればやる気が出ないのも当然だ。



「つーか、JBの野郎が静かだな。こういうときこそ『ネイジアの思想を伝えねば!』とか言って騒ぐのによ」


「ああ、JBは『彼ら』に夢中みたいですよ」


「ああん? ああ、あのカラスって野郎どもか。類は友を呼ぶってのは本当だな。あいつらも同じってことだよな?」


「そのようですね。グラス・ギースにも同じような技術があることに驚いてはいます」



 JBがおとなしいと思っていたら、マングラスの立会人であるカラスたちと談笑していたりする。


 あんな狂った男に普通の会話ができるのか? と疑いたくもなるが、そこは同じ『改造人間』同士。意外と盛り上がっているようである。


 JBがクロスライルと普通に会話するのと同じだ。


 強い者同士は互いに尊敬し合えるものなのだ。それこそがネイジアの思想でもあるのだから。



「JBもやる気があまりなさそうだ。オレもない。兄さんは?」


「私はまだ修行中ですから、どんな敵との戦いも勉強になります」


「カァア、それだけの力があるんだ。少しは増長したっていいんだぜ?」


「人間など弱い生き物です。弱者が弱者であることを忘れた日から、さらなる衰退が襲いかかります。届かないとはわかっていても、私は少しでも天に近づかねばならないのです」


「あんたも真面目だねぇ。ってことは、楽しみは『あの兄さん』しかいないか」



 クロスライルの視線が、一人の男に向けられる。



 そう、この中でもっとも目立っている男は、クロスライルでもラブヘイアでもない。



 揺らめく『鳳旗ほうき』の下にいる大きな身体をした男―――ソイドビッグ。



 多くの人々は彼に視線を向けている。


 なにせ彼は、ホワイト商会の打倒をいの一番に訴えた人物だからだ。


 誰もが制裁を渋る中で、自分こそがホワイトを倒すのだと言い張った。


 口で言うだけならば誰でも簡単にできる。実際にやるから難しいのだ。



 そして彼は、自ら戦場に立つことを決意した。



 父親のダディーが出られないこともあってか、『次世代のラングラス最強』の器はどれほどかと、他派閥からの視線も熱いものとなっている。


 ついつい忘れそうになるが、彼はラングラスの本家筋。


 この『鳳旗』を受け継ぐことが決定している男なのだ。


 今回の彼は胸や腹をプロテクターで覆った戦闘用の鎧を身にまとっており、腕にもアームガードを装備している。


 普段はなかなか使う機会がないが、ファテロナが戦闘用の装備を別途持っていたように、ビッグにも同じようなものがあるのだ。


 ダディーから借り受けた鉤爪もあるので、それを装備すれば父親と瓜二つになるだろう。


 さすがに大きな体躯をしているため、他の人間よりも強そうに見える。


 ただ、彼は自分の弱さをよく知っていた。



(俺はこの中で…五番目か六番目ってところか)



 あの殺し屋二人はもちろん、よく知っているはずのラブヘイアにも遠く及ばない。


 それに身内からも数人、中級構成員が出ているし、必死に掻き集めただけあって、かなり腕の立つ者もいるようだ。(各組長の権限と負担を均一にするために、ソイドファミリーはビッグを含めた四人程度の参戦になっている)



 その彼らと比べれば、自分は―――弱い。



(自惚れとはよく言ったもんだ。周りを見渡せば、強いやつらなんていくらでもいる。ははは。俺は弱いな。そうだ。弱いんだ。だから怖い。怖いからホワイトのやつを殺すしかない。俺はもう…後戻りはできないんだ)



 奇しくもソブカ同様、ソイドビッグも同じ心境にあった。


 やってしまったからには、もう戻れない。


 戻ったところで、あんな惨めな思いをして暮らすのは二度と御免だ。


 ならば、最後までやりきるしかないと覚悟を決めていた。




「よ、兄さん。調子はどうだい?」



 そこに玩具を見つけたクロスライルが近寄ってきて、慣れ慣れしく肩を組む。


 こんな時でもタバコは欠かしていない。



「さすがだな、あんた。全然緊張していないぜ」


「そりゃ修羅場を多く潜ってきたからな。で、まだオレらの実力を心配してるかい?」


「…いや、悪かったよ。今ならよくわかるんだ。あんたたちが、すげぇ強いってよ。本番に強いってのは羨ましいぜ」



 普段ちゃらちゃらしている男が、いざ本番が近づくと凄みを見せるのと同じだ。


 アスリートがいくら練習で結果を出しても、本番で駄目ならば意味がない。


 クロスライルもまた、この戦場が近づくたびに身体全体から威圧感を醸し出していた。



「なんだい、本番に弱いタイプか?」


「…ああ、残念ながらな。いざというときにビビって力を出しきれないんだ。昔からずっとそうだ。ソブカみたいにはできない」


「ソブカ……ああ、あそこにいる『怖い兄ちゃん』か。カカカッ!! ありゃしょうがねぇよ。こっち側の人間だからよ。あんたとは根本が違う」


「そうだよな…わかっているんだ。あいつのほうが本家筋に相応しいってさ。でもな、俺だってダディーの子供だ。マミーの子供だ。じいちゃんたちに期待をかけられたら、がんばるしかないだろう」


「いいねぇ、兄さん。なんつーか、あんたみたいな男を見るとよ、ついつい助けたくなっちまうなぁ。いいんじゃねえか? それって一つの才能よ?」


「そんな才能なんて欲しくないさ。俺が欲しいのは、強さと結果だ」


「カカカ、若いねぇ!!! ならよ、突っ走らないとな」


「突っ走る?」


「そうそう、若い頃はがむしゃらに突っ走るもんだぜ。やるだけやってみてよ、駄目ならしょうがねぇ。最初から駄目だって決め付けるやつよりは、よっぽどいい人生を送れるぜ」


「でも、どっちも駄目になるんじゃないのか?」


「そりゃ兄さん、そこは自分が楽しめるかどうかよ。毎日がつまらないって、うな垂れて生き続けても同じ結果なら、がんばって楽しんで同じ結果になったほうが得だろう? しかも転んで誰かの笑いものになれば、それだけ付加価値があるってことだからよ。何やってもプラスってことよ。わかる?」


「…それも…そうだな。笑いものってところが若干気になるけど…」


「まっ、がんばりな。オレも退屈だからよ、暇があったらサポートしてやるぜ」


「あんた、『教師』みたいだな」


「あ? オレがか?」


「一緒にいると怖いが…どことなくそんな感じがする。なんというか…励まし方とかさ。妙に愛情があるからよ」


「カカカッ! こりゃ面白い!!!」



 バンバンとクロスライルが、プロテクター越しにビッグの背中を叩く。


 軽く叩いているだけなのだろうが、熊にはたかれたような強い衝撃が走るから困ったものだ。



「げほっ! いてて、強いって。なんだよ、いきなり!」


「過去を思い出しただけさ。そうだな。そういう人生も面白かったぜ。だが今は、オレはここで生きている。この星に生まれたからには、毎日をとことん楽しんでやるつもりなのさ」


「楽観的だな」


「それくらいでいいのさ。憧れた荒野だ。思う存分、駆け抜けてやろうぜ。…と、そろそろ時間らしいな」


「いよいよか…。やるぜ。俺は…やってやる!」




 事務所の周囲、三百六十度に張られた規制線の各所から狼煙が上がる。



 作戦開始の時間である。



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