528話 「制裁の夜 その1」


 昼間の最終勧告が終わった。


 結果は当然ながら、勧告拒否。


 彼らは退去および、無条件完全降伏を聞き入れずに抵抗することを選んだ。


 ただ、これは形式上のことであり、仮に彼らが勧告を受け入れたとしても、待ち受けるのは死以外にはありえない。


 あくまで対外的に「一応は警告しましたよ」という図式が欲しかったにすぎない。




 時刻は夜の二十二時過ぎ。




 ホワイト商会の事務所を囲う規制線の外側には、数多くの人間がいた。



 まずは、治安維持部隊としてのマングラスの兵士たちがいる。


 すでに彼らの管轄になっているので我が物顔で警備を担当しており、規制線にネズミ一匹紛れ込まないように厳重に見張っている。


 昼間に信者を鎮圧した重武装兵士たちもいるが、大半は衛士と同じような通常軽武装をした者たちで占められていた。


 DBDおよび独自に入手した最新武器には限りがあるので、それらは元傭兵やハンターといった者たちに回され、その他大勢の労働者階級の人間やスレイブには通常武装が配られて配置されている。


 彼らが対峙するのは武人ではないので、これくらいで十分なのである。



 その外側には、マングラスに警察権を奪われた衛士隊が派遣されている。


 衛士隊のふがいなさが目立つ案件も多かったが、グラス・ギースを守ってきたのは間違いなく彼らである。


 さぞや悔しい気持ちで一杯だろうし、この状況を生み出した領主に対する恨み節も所々で聞かれる。


 一方で、ホワイト商会と対峙しないで済むことに安堵している者たちもいる。


 正直、衛士隊の戦力でどうこうできる相手ではないのだ。肝心のマキはアンシュラオン側だし、ファテロナも気まぐれなので戦力としては計算しづらい。


 もともと中立なのだから、これくらいの距離感でもかまわないと考える者も多いのだ。



 ちなみに領主はいない。


 彼にとってホワイト商会などというものは、たいしたものではないという認識のままだ。


 せいぜいが娘に危害を与えた馬鹿者の一味、といった感覚だろうか。


 また、マングラスが主導して金と戦力を出している以上、領主がでしゃばるのは得策とはいえない。


 娘の借りを返しつつ、治安維持の費用まで出してくれるのならば、そのほうが得とも考えているだろう。


 案外そうしたところは、したたかである。だからこそ大きな失策もなく都市運営を行えてきたのだろう。(アンシュラオンを軽視するという大失策を犯してもいるが、それ以外は無難な対応に終始しているといえる)



 それ以外にも、各派閥からさまざまな人間が集まっていた。


 ゼイシルこそいないものの、ハングラスからは第二以下の警備商隊のメンバーも集まり、万一にそなえている。


 制裁後のことも踏まえて、財務処理を担当する商人まで派遣されているので、彼らとしても奪われた資源を少しでも取り戻そうと躍起なのが見て取れる。(ほとんどがソブカが管理あるいは売却済みなので、大半が戻ってはこないが)



 ジングラス派閥の者もいる。


 プライリーラを失って(現在捜索中)動揺が走っていても、序列ではマングラスに次ぐ大勢力である。


 マングラスが一気に台頭してきた以上、彼らも黙っているわけにはいかない。


 外に出ていた者たちを掻き集め、見栄であっても数をそろえることで勢力の強さを顕示しようと努力していた。


 しかし、象徴を失っているためか、派閥の者たちの表情は暗いままだ。


 プライリーラの父親であるログラスの側近であった老人たちが中心となり、組織が瓦解しないように支えているのだが、はっきり言えば【華】がない。


 戦獣乙女が持っていた若さや美、誇り高さといった【張り】がないので、どうしても見栄えしない。


 まさに羽を奪われた馬、といった状態であろうか。



 こうして、領主を含む四つの派閥が顔を並べる。



 この作戦はマングラスの提案が通り、『全派閥共同』で行われるため、さまざまな感情や思惑はあれど、形式だけでも集まっておく必要があるのだ。


 これだけの作戦ともなれば、派閥以外の人間も多い。


 グラス・ギースの夜は早く、夜八時には就寝する者もいるくらいだが、今日ばかりは一般人の野次馬の姿も見受けられる。


 兵士や衛士が多くて現場には近寄れないが、これから何かが起きることはわかるのだろう。


 期待と不安の眼差しで事務所の方角を見つめている。




 そして、忘れてはならないことがある。




 全派閥が集まるということは、五つの派閥が集まるということだ。


 ディングラス、マングラス、ジングラス、ハングラスが集まったのならば、もう一つの派閥を忘れてはいけない。


 すべては彼らから始まったことなれば、幕を下ろすのも彼らの責務であるはずだ。


 四つの派閥が見つめるは、このためだけに設置された【大本営】である。


 もっと身近にいえば『対策本部』というべき場所だろうか。野外に仮設置された大きなテントが彼らの『見物席』となっていた。




 大本営に掲げられるは―――【不死鳥の旗】。




 赤地に金の刺繍で逞しい鳳凰が描かれている旗が、ばっさばっさと揺れていた。


 それによって不死鳥が再び羽ばたこうとしているように見える。



 その『鳳旗ほうき』の旗の下には―――




「いい眺めじゃねぇか。他派閥の連中の視線を釘付けだ。今までこんなことがあったか?」




 ラングラス派閥、イイシ商会の組長、イニジャーン。


 ツーバが療養中の今、実質的なラングラスのリーダーともいえる初老の男だ。


 葉巻を咥えて堂々と椅子に座る姿は、まさにマフィアのボスといった迫力と貫禄がある。



「なんだその恰好は。目立ちすぎだ」


「せっかくの晴れ舞台なんだ。これくらいはいいだろうが」


「あまりはしゃぐな。恥ずかしいだろう」


「ははは、今日ばかりはお前も小さく見えるぜ。俺みたいに堂々としていればいいんだよ」


「まったく…浮かれやがって」



 ソイドダディーが、久々に表舞台に出て浮かれているイニジャーンを見て、なんとも言えぬ表情を浮かべる。


 イニジャーンは、今日のためにオレンジ色のスーツを仕立ててきた。当然、目立つためである。


 似合っていなくはないが、昼間着るには派手すぎるし、夜になれば実は白やライトブルーのほうがよく見えるという研究結果もあるので、視認性という意味ではそこまで効果があるわけではない。


 ただ、気持ちもわかる。



(今までずっと落ち目だったんだ。いくらてめぇの尻を拭くっていう、なさけない作業とはいえ、うちらがここまで目立つことはなかった。イニジャーンは、今までずっと耐えてきた。今日くらいは仕方ない)



 はっきり言えば、これは『ラングラスのみそぎ』である。


 迂闊にホワイト商会に関わってしまったがゆえに誤解され、数多くの犠牲を出してしまったことに対する『詫び』だ。


 しかし、本来は恥部なのだが、アンシュラオンがあまりに他派閥に被害を出したことによって、注目度は近年稀に見る大事おおごとになってしまった。



 それはいつしか―――『見世物〈ショー〉』となる。



 人間とは不思議なものだ。


 自分たちにとって重要な問題であるにもかかわらず、心のどこかでは『祭り』を求めている。


 気分の高揚を欲している。いつもとは違う刺激を欲している。


 湧き上がる感情を爆発させ、興奮し、快楽を満たしたいと願ってしまうのだ。


 今までやられた分があるからこそ、その想いや期待も強くなる。



 彼らが求めているのは―――『公開処刑』を楽しむこと。



 ホワイト商会という共通の敵を、圧倒的な力で排除することを期待しているのだ。


 だからこそラングラスは、発端でありながらも主役になれるのである。


 今日くらいはいいだろう。こんな晴れ舞台くらいは、多少浮かれたっていい。


 ただ、そんなイニジャーンの顔も、すぐに真剣なものになる。



「ソイドよ、本当にいいのか? 今ならまだ間に合う。ビッグを参加させなくてもいいんじゃねえのか?」


「あいつが求めたことだ。俺が出られない以上は、誰かが出るしかねぇ。全部殺し屋に任せきりじゃ、うちの面子が潰れちまう。ほかに適任がいるか? 武人の家系は俺らだけなんだぜ」


「だが…まだ子供だ。大事な跡取りだろうが。やっぱりよ…心配だぜ」


「そりゃ、俺だって同じ気持ちだ。今すぐにでも代わりたいくらいだ。それでもあいつがやるって言ってんなら、父親としては見守るしかねぇだろう」


「俺はあいつが心配でならねぇ。お調子者だし、おっちょこちょいだし、十二歳までおねしょまでしてただろう? 根は小心者なんだと思うぜ」



 やめたげて!!


 インジャーンさん、やめたげてよ!!


 ビッグの恥部をさらりと公開するとは、親類とは怖ろしいものである。


 ただ、幼い頃からビッグを見てきたイニジャーンだからこそ、ダディーと同じくらい心配しているのは事実である。



「俺にだってわかるぜ。周りのやつらはとんでもねぇ連中だ。あの中に入って、あいつが何かできるとは思えねえ」



 イニジャーンは、彼らを見た瞬間に久しく感じていなかった『戦場いくさば』の臭いを感じた。


 むせ返るような血の臭い。そこらで死体が転がっているような世界。


 戦罪者のような人間には当たり前でも、普通の人間では絶対に生きてはいけない世界の臭いである。


 彼らは違う。存在そのものが違う。


 マフィアでさえ彼らと関わってはいけないと思わせるほどの圧力を受けたのだ。


 これが普通の感性というものであろう。



「ホワイトや戦罪者を殺すために集めた連中だから当然だが…本当にヤバイ。足手まとい程度ならばまだいいが、そこで何かあったらよ…」


「それはそうだが―――」


「彼を見くびりすぎだと思いますよ」


「っ…!」



 後ろから声がした。


 誰が来たのかと、いちいち振り返って見る必要もない。


 この声を一度聴けば忘れることはないだろう。強く、鋭く、底冷えするように冷静な声だ。



 そこにいたのは―――ソブカ・キブカラン。



 猛禽類を彷彿とさせる『狩る者』の目をした男。


 若さゆえの無鉄砲さという意味ではビッグに似通った面はあるが、彼から放たれる気配は、そもそもの存在が違うと思わせるに十分なものだ。



「てめぇ…ソブカ。のこのこやってきやがって!」


「何か問題でもありますか? 私も組長の一人。参列する資格はあるでしょう?」


「会議には来なかったくせに、美味しいところだけ喰らうつもりか?」


「いろいろと用事があったのです。その代わり資金は提供したはずですよ」


「金の問題じゃねえんだよ! 義理の問題だろうが!! 組織が大変な時に顔も見せないで、よくもまあ堂々と来られたもんだ! どんだけ面の皮が厚いんだ!」


「やめろ、イニジャーン。こいつが金を出したから助っ人を呼べたのは事実だ。金は力だ。そこは認めないといけねえだろうが」


「ふん、これだから最近の若いやつはよ!! いいか、ソブカ! 俺らは身体を張って手本を示さないといけねぇんだ! オヤジだって、動けた時はずっとそうしていた! 高みの見物なんて百年早いんだ! わかったか!」


「今日は随分と張りきっておられますね。あなたがいる限り、まだまだラングラスは安泰でしょう」


「兄貴のことも忘れるんじゃねえ」


「もちろん忘れてはおりませんよ。ムーバさんは来られなかったのですか?」


「兄貴はオヤジの世話があるからな。ここで何かあったら困るだろうが」


「ストレアさんは…血が嫌いでしたね。なんだかんだいって女性には刺激が強すぎますしねぇ。モゴナオンガさんがいない理由は、組織内の統制と他派閥の牽制、といったところですか」


「ちっ、頭が回りすぎるんだよ、てめぇは」


「ありがとうございます。それでここまでのし上がってきましたからね。しかし、来てよかった。あまり組長格が少ないと侮られますからね」



 今回、ソブカはしっかりとやってきた。


 ラングラスの中でも実質上(経済面)の最大勢力でもあるし、都市内部でも存在感が増してきている。


 その証拠に、ソブカが現れたのを見た他派閥の者の気配が変わる。


 監察するような警戒するような、あるいは威嚇するような不穏なものになっていく。




 空気が―――張り詰める




「お前がやってくると場が荒れるな」



 ソイドダディーも、その気配を敏感に感じ取った。


 ソブカが来ると周囲は妙な緊張感に包まれるのだ。


 それは生物が持つ防衛本能が刺激されるからだろう。


 彼は生来の狩る者、狩る側の人間。


 混乱と恐怖をもたらし、今まであったものを壊してしまえる側の人間だ。


 だからこそアンシュラオンは、ソブカを選んだのだ。同類だからこそパートナーに相応しいと。



「賑やかでいいでしょう? 静かでつまらないよりは」


「平然とそう言えるだけの胆力は見事だよ。で、ビッグが何だって?」


「皆さんどうも、彼のことを過小評価していると思いましてね。聞きましたよ。今朝は殲滅隊の大男を『のした』そうじゃないですか」


「何かのまぐれか、噂に尾ひれが付いただけだろうよ」


「火のないところから煙は立ちません。原因はどうあれ、やったのは事実です。普通の人間には到底不可能なことです」



 たしかに普通の人間にはできない。


 普通ならば、まず近寄ろうという考えすら浮かばないはずだ。


 それができるビッグは、間違いなく『普通』ではない存在といえる。



「何が言いてぇんだ?」


「彼には何かを成す力があるということです。それに期待してしまいます」


「いまさら褒めたって何も出ないぜ。お前が言うと嫌味にしか聞こえないしな」


「彼はラングラスの未来を背負って立つ者です。素直に応援くらいはしたいものですがねぇ。どうやら嫌われているようで哀しい限りです」


「お前が挑発するような態度にばかり出るからだろうが。…だが、俺はお前を評価しているぜ。ビッグとは出来が違いすぎる」


「それはどうも。ダディーさんから言われると嬉しいですよ」


「資金の礼もあるからな。お前の親父さんに代わって俺が言ってやるよ。…ソブカ、これで終わる。余計な野心は捨てろ」


「おやおや、これは意外なお言葉です。私に野心などありませんよ」


「俺にはわかる。お前には自分でも抑えきれない【炎】が眠っている。今回のことでそれに火が付いたのかもしれねぇが、もういいんだ。もう終わるんだ。全派閥が見ている前で、あいつらを潰す。元に戻るんだぜ。今までと同じ平和なグラス・ギースにな。もう波乱は勘弁だ」


「そうしてめでたく他派閥に侮られるラングラスも戻ってきますねぇ。それを見て、ダディーさんたちは何も思わないのですか? なぜラングラスは、ここまで虐げられねばならないのでしょうか? 領主の工場制圧の動きにも、いささか疑問が残ります。彼らは我々を見捨てたのですよ。一番の被害者であるあなたは、なぜもっと声を荒げないのですか?」


「私怨は捨てろ。都市全体の命を繋ぐために、そうした判断も時には必要になるんだよ。それが組織ってやつだ」


「ラングラスが消えてもいいと? 火の英霊の名誉を汚す行為ではないのですか?」



※火の英霊=初代ラングラス。古い言い回しの一つ。



「そんなことは言ってねえし、許すつもりはない。現にこうして生きている。俺たちは存在している。なら、それでいいんだ」


「納得はしかねますねぇ。理解しがたい。ですが、ここで場を荒らすつもりはありませんよ。今は従いましょう」


「クソガキが、おとなしく座ってろ。お前なんぞ、さっさとジングラスにでも婿入りしちまえばよかったんだ。そのほうが都市のためになったのによ」


「イニジャーン、口が過ぎるぞ。誰が聞いているかもしれねぇんだ。気をつけろ」


「…ふん、わかってるさ。だがな、こいつの顔を見ると、どうしてもイライラするのさ。こいつはな、自分が一番頭がいいと思っていやがる。だから人を見下す。その態度が気に入らないのさ」


「最近の若いやつは、だいたいこんなもんだぜ。うちのビッグが馬鹿なだけさ」


「まだ馬鹿のほうが可愛げがあるぜ」



 馬鹿であることを誰も否定しないのがすごい。




「………」



 最後のイニジャーンの言葉は、特に何かを意図したものではない。


 プライリーラがソブカに興味があることを知っているからこその発言だ。他意はない。


 だが、ソブカの心には思った以上に響いていた。



(感傷に浸る暇などはありません。すでに彼女はいない。私が自ら手を下しましたからねぇ。…そう。もう後戻りなどできないのです。私は先に進むしかない)



 その鋭い目が、事務所を静かに見つめていた。



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