526話 「最終勧告 その2」


 信者たちは、ついに聖戦を宣言。


 診察所を守るために武力蜂起に出た。


 衛士たちにも被害が出たため、衛士隊の班長は発砲を許可する。



 パンッ パンッ



 しかし、衛士が銃を発砲するものの銃弾は逸れていく。


 この煙の中では、ばらけた相手を正確に狙うのは非常に難しい。


 ただ、ここは民衆が密集している場所でもあるため―――



「ぐえっ」



 銃弾は非武装の民衆に当たる。


 いわゆる「肉の壁」「人間の盾」として配置されていた者たちだ。



「オババッ!! 犠牲者が出たぞおおおおおおお!!」


「ついにやりおったなああ!!! 弔い合戦じゃあああああああ! 刺し違えても殺せぇえええええ!」


「おおおおおおおおおお!」


「何を言っている! 自分たちから当たりに来たくせに!!」



 衛士側から見ればこれが真実であるが、ストライクゾーンに身体を乗り出して得たものであれ、死球は死球だ。


 ホワイト教(狂)の信者にあえて犠牲を出させることで、戦意高揚を狙うという戦術である。


 これも「ザ・ハッピー」に書かれている立派な教えである。戦場での戦意がいかに重要かも説かれているのだ。


 ただしハッピーになるのは教祖だけ、という真実は書かれていないので、やはり悪徳商法でしかないが。



 ともあれ、一度狂ったものは簡単には戻らない。



 ドドドドドドドッ



 満足な武器を持っていない民衆も、ついに波となって押し寄せてきた。


 こうなると衛士隊も身の危険を感じるため、相手を気遣う余裕などはない。



「く、来るな!!」



 パンパンッ


 衛士が発砲。



「ぎゃっ!」


「うげっ!」



 撃たれた民衆が倒れていく。


 いくら衛士隊の銃の威力が近代兵器より劣るとはいえ、木の板くらいは簡単に貫通する。


 彼らが身につけている「まな板」程度では、銃弾を止めることは不可能だ。



「無抵抗の者を撃って楽しいか! この鬼畜が!」


「どこが無抵抗だ!! 思いきり抵抗しているだろうが!」


「うるせええええ! よくもやったなあああああ!」


「くそっ! わらわらと!!」



 パンパンッ バタバタッ


 銃を撃つたびに誰かに当たり、負傷者が続出する。


 衛士は所詮、領主の命令で動いているだけなので、彼らが悪いわけではない。


 職務を遂行しつつ身を守るためには、一般人への射撃も正当防衛になる。


 が、普通ならば犠牲者が出れば逃げるのだが、そんな程度で彼らの勢いは止まらない。



 ドドドドドドッ



 撃たれても撃たれても湧いて出てきては、衛士に向かって突撃する。



「こいつら!! 撃たれるのが怖くないのか!! うわあああああ!!!」



 多くの人々を犠牲にしつつ、衛士たちが民衆に呑み込まれていく。


 強引に押し倒され、殴る蹴る、あるいは踏むという暴行に加え、武器で攻撃されるという事態に陥る。


 やはり数の暴力は怖ろしい。


 人々が本当に犠牲を厭わなくなれば、そこらの政権くらいは簡単に覆すことができる良い事例だろう。


 極論を言ってしまえば、すべての人間が銃や爆弾を抱えて、敵に突っ込めばいいのだ。


 仮にそれが失敗しても、住人すべてが死に絶えてしまえば、その国は終わりである。


 誰も人がいない場所は、国とは呼ばないのだから。




 人が本気になれば、これだけの力を出せることを信者たちは示した。


 このままでは後ろにいる班長も危うい。



「くっ、本格的にやるしかないのか!!」



 残された手段は、二つ。


 一つは撤退だが、衛士たちがここで引くわけにはいかない。


 これは正式な命令に基づいているのだ。領主の沽券に関わる問題になる。


 よって、唯一にして最後の選択肢として『強制排除』が挙げられる。


 すでに戦闘は発生しているが、この強制排除とは本格的な武装をもって対処することを意味する。


 だが、一般人を弾圧することは自殺行為に等しい。すでに述べたように、人がいない場所は国でも都市でもなくなる。


 そう、人こそが力なのだ。


 人がいる場所だけに活気と繁栄と幸せが訪れる。




 だからこそ、それを重視する者たちが干渉すべきであり、実際にすでに干渉を開始していた。




 ひゅーーーーん




 何かが彼らの頭上、五十メートルあたりに飛んできた。


 ばちばちばちっ


 その『球体』は、しばらく上空で放電を続け、臨界にまで達した瞬間―――



 ボーーーーーンッ!



 爆発。


 粉々に砕け散った球体が周囲にばら撒かれ、さらにその破片が―――



 ボンボンボンボンッ



 炸裂。


 その爆発は衝撃を伝えるためのものではなかったが、その代わりに激しい音と光を放出した。


 一瞬で、視界が白に染まる。



「っ―――!!」


「うあぁっ!!」



 バタバタバタッ


 光を受けた民衆が、次々と倒れていく。



 人を倒す武器は、何も斬撃や衝撃力だけではない。


 強い光だけでも十分なのだ。それだけで立つことさえ不可能になる。


 原理は、スタングレネードと一緒だ。音で聴力を奪い、光で視力を奪う。


 たった二つの感覚を失うだけで、人は無力になってしまう。


 当然、これは衛士隊にも影響を与えた。


 民衆ともども大多数の衛士が倒れ、地面に転がって悶えている。



「これは…いったい!!」



 唯一、後方にいた班長と副班長だけが難を逃れていたので、次々と人々が倒れる異様な光景を目撃する。



「誰だ! 誰がやった! やつらの仲間か!?」



 狂信者ならば、味方ごと巻き込むことも厭わないだろう。


 また新手かと思って、その光が打ち上げられた場所を見る。



「…!! あれは…!!」



 班長の視線の先には、一枚の『旗』が掲げられていた。


 旗の色は、水色。


 そこに【二匹の龍】が絡み合った美麗な刺繍が施されていた。


 その旗を見た班長が、目を見開く。




「マングラスの…旗だと?」




 龍は、マングラスを象徴するものだ。


 セイリュウとコウリュウは『マングラスの双龍』と呼ばれいるが、マングラスが龍を象徴しているからこそ、彼らもそれになぞらえて呼ばれているにすぎない。


 そのほうが他者に存在を強調できるからだ。


 あまり語られないが各派閥にはそれぞれ旗があり、象徴する動物が描かれている。



 有名なものは、ジングラスの『羽馬』だろう。


 都市の守り手である彼らは、常に羽馬の紋章を見せ付けることで存在をアピールしてきた。


 これは風龍馬を見れば一目瞭然であろうか。戦場を駆け抜ける武力の象徴である。



 ディングラスは、『金獅子』。


 初代ディングラスが金獅子と呼ばれたことが由来であり、権力と力の象徴としては相応しいデザインといえる。



 あまり見ないが、ラングラスは『不死鳥』の旗を持っている。


 ソブカが着ていた臙脂えんじ色のローブは、秘宝である『鳳薬師ほうやくしの天衣』を真似たものだ。そこにも不死鳥が描かれている。


 薬や秘宝の力で何度でも蘇る姿が、不死鳥を連想させたのだろう。長寿の象徴でもある。



 ハングラスは、『狐』。


 狐は親しみと狡猾さの両方を併せ持つことから、商人としての色合いが強い彼らには相応しいシンボルといえるだろう。


 日本でも「稲荷いなり」と聞けば狐を連想させるし、雷は稲にとっても重要な要素だったので、このあたりも日本との関連性があって面白い話題だ。


 たまに眷属としてラクダのような生き物も描かれるが、物資を運ぶ際に使った動物が元になっているそうだ。


 ただ、ゼイシルは狐呼ばわりされるのがあまり好きではないのか、公に旗を使うこと滅多にない。



 そして、マングラスは『龍』。


 マングラスがなぜ龍なのかという議論は酒場でたまに出るが、人と人を繋ぐものは龍なのである。


 龍は、日本でも中国でも神聖視されている存在だ。


 これがなぜかといえば、不思議なことに高級神霊は『竜』の形をしていることが多いからだろう。(いわゆる竜神)


 一説によれば、竜神は人間の霊の祖となった存在ともいわれ、我々の親霊、あるいは中心霊とも呼ばれる存在であるという。


 霊は一つ。人間は一つ。


 そういった概念から考えれば、人をまとめる力を持ったマングラスが、龍を象徴にすることも頷ける話だ。(なぜか海外だと『龍』表記になり、悪の象徴になったりもするが)




 現れたのは―――マングラスの旗だった。



 そこには百人近い武装をした者たちがいた。


 普通の衛士とは違う完全武装で、身体全体を覆うフルアーマーと鉄製の銃火器を持っている。



「あれは…DBDから仕入れた重装甲アーマーか!? 今のもやつらがやったのか!」


「班長、誰かやってきます!!」


「むっ…」



 武装した集団から、四十歳くらいの一人の男が歩いてきた。


 護衛として数名がついているので、それなりの地位にいる者だとわかる。


 その男が班長の前にやってきて、軽く頭を下げた。



「責任者の方ですね。私はルーン・マン商会で筆頭監査官をやっております、レブファトと申します」



 レブファトであった。


 久々の出番なので忘れているかもしれないが、ルアンの父親である。


 その肩書きに若干の変化が見られることから、彼はシミトテッカーが裏切った一件で再評価され、今では筆頭監査官にまで昇進しているようだ。


 監査官だけでも相当な力を持っているのだが、筆頭が付くだけで権限は大幅に増える。


 地上部にいるマングラス勢力の中でも、各商会の組長と同じレベルの権力を持っているといえるだろう。


 なぜ彼がここに来たかといえば、答えは一つだ。



「マングラスの監査官が何か? これはいったいどういうことですか?」


「ここの管轄が我々に移ったことをお伝えしに来たのです」


「…何をおっしゃっておられるのか、よくわかりませんが」


「現時刻をもって、ここはマングラスが引き継ぎます。衛士隊は即座に撤収してください」


「何をいきなり…! 我々にまで被害を出して、どういうつもりだ!」


「そう感情的にならないでいただきたい。あのままでは衛士隊も危険だった。争いを未然に防いだだけです。あなた方に彼らの暴挙を防ぐ力はなかった。違いますか?」


「ぐっ…好きに言ってくれますな。そちらの話は伺っておりますよ。ですが、衛士隊の役割がなくなるわけではありません。それを勘違いしないでもらいたい! この都市を守っているのは、我々衛士隊なのですからね!!」


「重々承知しております。今までありがとうございました」


「今まで…!? くっ!!」



 レブファトの表情は相変わらず、怒っているかのような顔つきだ。


 これが地顔なのだから仕方ないが、それが班長には威圧にも思える。


 実際、圧力をかけているのだから、こういうときには役立つのかもしれない。



「では、皆さん。よろしくお願いいたします。できるだけ穏便にお願いいたします」


「わかりました。おい、取締りの開始だ!!」


「おう!」



 レブファトの合図で、マングラスの治安維持部隊が信者たちの摘発に入る。



「くそっ! 離せ! このやろう!!」



 ガキンッ


 一人の信者が包丁を振り回すが、フルアーマーには通用しない。簡単に弾かれる。



「おとなしくしろ!!」


「ぐあっ!」



 バキッ


 それに対して治安維持部隊の『兵士』は、警棒で思いきり頭をぶん殴った。


 信者は気絶。身体から力が抜ける。


 ちなみにこの治安維持部隊だが、彼らは青劉隊のようにセイリュウ直轄ではない。


 人材のマングラスと言われているように、『普通の傭兵』程度ならば簡単に用意できるのだ。(スレイブも交じっている)




「穏便に、ではなかったのですか?」



 それを見た班長が、嫌味ったらしくレブファトに絡む。


 だが、レブファトも顔色一つ変えずに冷静に言い返す。



「穏便ですよ。殺さないのですから」


「これがマングラスのやり方ですか?」


「あなた方も銃で応戦していたでしょう? 同じことです。ただし、無様に負けるようなことはありません。やるからには勝たねば意味はないのですから」


「…あまり大きな顔をなさらないことです。いつかしっぺ返しが来ますよ」


「よく存じておりますよ。ええ、本当にね。では、早々にお引取りください。規制線を張りますから、その中には誰も入らないようにお願いいたします。なに、たった一晩のことです。すぐに終わりますよ」


「…ふん。おい、引き上げだ!! 負傷者を優先して運べ!! こんな場所から離れられるんだ。ありがたく帰らせてもらうとしよう!」



 衛士隊は、マングラスに引継ぎをして撤退。


 信者たちも抵抗する者は殴られ、それでも暴れるものは網で捕縛される等々、次々と連行されていく。


 そうして綺麗になった事務所周辺には、半径五百メートルに渡って規制線が張られることになった。


 夜はここが戦場になるのだから、これでも狭いくらいかもしれない。



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