525話 「最終勧告 その1」


 ホワイト診察所。


 上級街の空き地にぽつんと立つ館であり、診察所兼ホワイト商会の事務所である。


 正直、懐かしい。


 ついこの前までは、シャイナと一緒に「お医者さんごっこ」をやりながら、毎日馬鹿らしく楽しく暮らしていたのだ。懐かしくもなるだろう。


 あの頃は良かった。一番幸せだった。


 だが、楽しい時間はあっという間に過ぎ去る。



 ホワイトという存在は、この都市では異物だった。



 彼が望む望まないにかかわらず、存在そのものが他者と違う以上、いつかは軋轢が起こるものだ。


 そして、どの時代もどの国であっても、裏側の勢力との接触が起こる。


 理想を持って議員になろうが役所に勤めようが、あるいは企業に就職しようが、世に闇が存在する限り「なんでこんな連中が関わってくるんだ?」という疑問を抱くことになるだろう。


 互いが相容れない考えを持つ以上、どのみちいつかはこうなっていた。ただそれだけのことである。




 では、昼間の話からしよう。




 クロスライルたちが都市に入り、だらっだらとしている頃。


 アンシュラオンがグマシカを取り逃し、激しく怒っている頃。


 久しく触れられなかった事務所付近の様子は、どうなっていたのだろうか。




―――がやがやがやがや




 実は、事務所の周りには連日大勢の一般人が集まっていた。


 昼間だろうが夜だろうが駆けつけ、事務所の周りを取り囲んでいたのだ。


 人々は老若男女さまざまで、これほど多様な人間が都市にいるのかと改めて思わせる光景でもある。


 だが、彼らは治療に来たわけでもないし、ホワイト商会に抗議をしに来たわけでもない。



 一人の武器を持った老婆が、叫ぶ。




「衛士隊は出て行けーーーーーー!!」




 齢八十くらいの高齢の女性が、おそらくは農業用であろうピッチフォーク(食器のフォーク状の農具、もともとはこちらが元祖)を掲げる。



「おおおお! 出て行けーーーー!!」



 老婆の掛け声に呼応した民衆も、同じように叫ぶ。


 彼らも同様に農具、または包丁などの料理道具を武器に見立てて掲げる。


 よくよく見れば、中にはクロスボウやメイスやら本物の武器類を持っている者もいた。


 武器屋バランバランの店主が、最近は売り上げが伸びていると言っていたが、こうしたところでも武器は供給されているのである。


 ただ、普通に持ち込むと西門の検査に引っかかるので、バラバラにして持ち込んで組み立てる等の工夫がなされていた。


 そのあたりは店の名に偽りなし。「バラバラ」になっても安心の設計なのだろう。たいしたものである。



 民衆が武器を持って叫んでいる状況。



 そこから想像するのは『決起集会』あるいは『デモ』であろうか。


 普段平和に暮らすことを望む彼らであるが、怒りが頂点に達すれば武器を持って蜂起することもある。


 日本でも『一揆いっき』は有名だろう。(同名で出たゲームソフトも有名)


 そして、民衆が立ち向かうのは、いつだって強権に対してである。



 彼らの前には―――衛士隊



 上級街を防衛する上級衛士隊の姿があった。


 老婆たちは、彼らに向かって叫んでいるのだ。





「まったく、毎日毎日飽きないものだ」



 『ホワイト商会封鎖』を担当している衛士隊の班長が、呆れたような表情で溜息をつく。


 それから隣にいた副班長に話しかける。



「ミエルアイブ衛士長は?」


「はっ、またキシィルナ門番長がやってきたようで、ボコボコにされて療養中であります」


「またか…。衛士長も頑固というかなんというか…もう首謀者は捕らえたんだから、あんな女くらいはどうでもいいのにな。というか、あれだけ殴られても翌日には平然と起き上がってくるのだから、そっちのほうが怖いんだよな…あの人」


「そうですね。なんであんなに頑丈なんですかね」


「さすが衛士長というところかな。それだけタフでなければ、宮仕えなどやっていられないのだろう。領主からの圧力もすごいだろうしな。…衛士長がいないということは、また我々だけで対処するのか?」


「…ええ、そのようですね。定期的に追い払わないと、どんどん増えますし…」


「もう嫌なんだよ、あいつら。近づくとすごい剣幕で怒鳴ってくるし、目なんて血走ってるだろう? 完全にイカれてるって。【反社会勢力】に組するならあいつらも同罪なんだから、さっさと排除すればいいものを」


「はぁ…同感ではありますが、極力民間人には穏便に対処しろと命令が出ておりますので…」


「領主の人気取りだろう? もともと人気がないんだから、これ以上やっても意味がないと思うんだがな…。はぁ、憂鬱だな」



 衛士隊の班長が、さらに深い溜息をつく。



 ここに衛士隊が派遣されている目的は、すでに述べたように「ホワイト商会の封鎖」にある。


 アンシュラオンが収監された段階で、ホワイト商会は都市での活動が認められていない。


 いや、そもそも認可が下りていないので、違法営業を行っている【反社会勢力】という扱いにある。


 今流行りの名称ではあるが、やっていることはそれ以上にあくどいので、もはや『テロ組織』と呼んだほうがしっくりくるだろう。


 ホワイト商会が今まで野放しにされてきたのは、アンシュラオンが強かったからだ。


 そして、それを利用しようとしたプライリーラのような勢力があったからである。



 が、それもまた消えた。



 裏でつながっていたはずのソイド商会にも見限られた以上、もうホワイト商会をかばう者は存在しない。


 ただし、本来ならば鎮圧および強制撤去の流れになるのだが、現状での衛士隊は周囲を取り囲むのが精一杯であった。


 なにせまだ中には戦罪者たちがいるし、こうして毎日『信者』どもが押しかけてくるのだ。


 デモでありがちな光景だが、彼らの要求も日に日に高まっていく。



「ホワイト様を逮捕するなど、なんたる罰当たり者よ! 即刻解放せよ!!」


「解放せよーーーーー!!」


「お前たちの給料は、わしらの税金から出ておるんじゃぞ!! この税金泥棒め!!」


「税金泥棒め!!」


「領主がわしらに何をしてくれた!! ホワイト様のようにお救いになってくれたのかーーー!! このハゲーーーーー!」


「領主のクソ野郎!! 死ねーーー!」


「わしらがいる限り、ホワイト様の居場所を失わせるものか!! 近づいたら攻撃を開始すると心得よ!! 悪には、死あるのみ!」


「死、あるのみ!!」


「死、あるのみ!!」


「死、あるのみ!!」


「死、あるのみ!!」





―――ワァアアアアアアアアアアア!





 ドッドッドッドッ!!!


 ドッドッドッドッ!!!


 ドッドッドッドッ!!!




 民衆が地面に足を叩きつけ、踏み鳴らす。


 地下闘技場の観客すら上回る人々の熱気と激情が、蒸気となって吹き荒れている。


 目が血走っている。口を半開きにして、よだれを垂らしながら叫んでいる。


 明らかにイッている。ヤバイ連中だ。


 だが、もともとは普通の一般人である。一般人だからこそ、生活が苦しい人々は普段から不満を溜め込んでいるものだ。



 そこに現れた救世主、ホワイト。



 白い仮面を被った男は、分け隔てなく人々を救った。(実際は相当選り好みしていたが、全体的にはそう見える)


 少ない金で重い病を治した。(あまり医療に詳しくないので相場を知らず、さらに薄利多売が身についているせいでもある)


 愛情深い言葉をかけて励ましてくれた。(社交辞令が身についている元日本人だから自然に出るだけ。あとは幻聴)


 と、いろいろと問題はあるものの、明らかに領主よりは貢献しているため、多くの人々はアンシュラオン側につくのだ。


 実質的に四大市民が統治している以上、領主を責めるのはお門違いではあるのだが、アンシュラオンを逮捕したのが衛士だったので、彼らに怒りが向くのはしょうがないだろうか。




 それを見た班長は、ますます陰鬱な気分になる。



「はぁ…関わりたくないな」


「残念ですが、そろそろ時間です」


「…そうか。嫌だがやるか。これも仕事だし、今日が最後になるかもしれないしな。それを願ってがんばろう」


「はい」



 衛士隊の数十人が、民衆に向かっていく。


 近づくたびに相手からの敵意の視線を感じるが、こちらも衛士としての誇りがある。


 ある程度まで近寄ったところで、班長が拡声器を使って民衆に呼びかける。



「ここを不法占拠している者たちに告ぐ。ただちに退去しなさい。繰り返す。ただちに退去しなさい」


「ふざけるな! お前たちこそ帰れ!!」


「従わない場合は、強制力を行使することになる。後悔する前に退去したほうが身のためだぞ。これは正式な命令である。ただちに退去しなさい」


「なんだと! 脅しだ! これは脅しだぞ!! 脅しに屈してたまるか!!」


「うわっ、やめろ! 石を投げるな!!」



 アンシュラオン直伝の投石である。


 ホワイト先生は申された。「嫌いなやつには石を投げろ」と。


 実にありがたい教えを彼らは実践しているのだ。



「無駄な抵抗はやめろ! 早く立ち退きなさい!」


「アンシュラオン先生を解放しろ!!」


「こちらは正当な手続きを経て動いている。そんなことは不可能だ。諦めろ」


「なんだと!! どうしてもか!!? こちらの要求は何度も伝えているんだぞ!」


「何度言ったらわかるんだ! 無理だって言っているだろう! そろそろ理解しろ、馬鹿どもが!!」


「なにぃいいいい! 誰が馬鹿だ!!!」


「皆の者、落ち着け!! ここは教えを思い出すのじゃ!!」



 民衆の視線が、リーダーであるオババに集中する。


 ここで普通ならば、「暴力は暴力を生み出すだけです」とか「非暴力こそが愛なのです」という流れになりそうなものだが―――




「教え、その壱!! 敵は滅せよ!!!」




 アンシュラオンがそんな甘い考えを教えるわけがない。


 信者に対して教えていたのは、暴力には暴力で対抗せよ、というもの。


 否。


 「こっちが先に暴力を使って相手を殲滅すれば、争いなどは起こらない理論」である。


 非民主主義国家のような考え方である。実に怖ろしい。


 いや、もっと怖ろしいのはそうした考えを見事に受け入れ、実践してしまう者たちなのかもしれない。



「こうなれば【聖戦】じゃ!! 突撃部隊、行けえええええええ!」


「うおおおおおおおお!」


「なっ、正気か!? やめろ! 武器を捨てろ!!」


「死ねぇええええええ!!」


「班長、やつら本気です!!」


「くそっ!! 狂人どもめ!!! 銃で撃たれたいのか!! やめろ!!」


「やれるものならやってみろ! わしらには聖典の教えがあるのじゃ!!! 聖典、第二章!! 槍は腰を落として、打つべし!!」




「「「  打つべし  」」」




 ザクーーーッ!!




「ぎゃーーーーーーー!!」




 民衆から選ばれた突撃槍部隊が、腰を落とした見事な突きを衛士隊にお見舞いする。


 なかなかの一撃だ。よく訓練されている。


 なぜ彼らがこんな真似ができるのかといえば、聖典の教えに従ったからだ。


 聖典とは、アンシュラオンがマタゾーに書かせた販売用のエッセイ、「ザ・ハッピー」のことである。


 読むだけで幸せになれる効用があるので、売り切れ中の大人気商品だ。


 少数限定販売だったことが彼らに優越感を与えたのか、これが知らずのうちに聖典扱いを受けることになり、信者たちは必死になって熟読したものである。


 内容は「人間の殺し方」が書かれているらしい。


 槍の扱い方も詳しく書かれていたため、日々の鍛練が彼らを強くしたのである。




 そして、暴力を選んだ彼らに訪れるのは、さらなる暴力による混沌だ。




「もう許さんぞ、あいつら!! 忠告はしたからな! 鎮圧開始だ!!」


「班長、いいんですか!? 怪我人が出ますよ!」


「こっちにはもう出ているだろう! こんなやつらに付き合っていられるか!! 正当防衛だ!! 銃を突きつければ怖れをなして逃げるさ!」



 連日に渡ってストレスが溜まっていたところに、槍で突かれるという被害が出た。


 こうなれば衛士隊としても黙っていられない。


 カチャカチャッ


 衛士隊が銃を水平に構えて威圧する。


 が、それで怖気づくほどヤワな連中ではない。


 ここにいる者たちは、ホワイト教の信者なのだ。そのイカれ狂った頭に恫喝はむしろ逆効果だ。



「むっ、銃が来たぞ! 煙玉じゃ!!」


「おお!」



 ぼんっ


 民衆が煙玉を地面に投げつける。



 もくもくもく



 一瞬にして白い煙が周囲を覆い、視界を塞いでいく。


 これはハンベエお手製の煙玉なので、実戦にも使われる高度なものだ。



「なに!? こんなものまで持っているのか!」


「今じゃ! 間合いを詰めるんじゃ!! 左右に散って狙いを逸らすことも忘れるでないぞ! いけええええええ!」


「うおおおおおおお!」



 銃で鎮圧を試みる衛士隊に対し、民衆は間を広げながら周囲にばらける。


 一般的な銃の弱点は直線的になることと、視認し、構え、狙い、撃つ、という四段階の動作が必要になることである。


 しっかりと狙えば当たるには当たるが、それはあくまで練習場で快適に撃つ場合に限られる。


 このような状況になれば、狙うことさえ難しいのが現実である。



「くそっ!! こいつら…! 妙に手慣れてるぞ…!」



 どんっ


 一人の衛士が、煙の中でちょこまか動き回る突撃隊を狙おうとして、背後にいた衛士にぶつかってしまう。



「うおっ! 馬鹿、気をつけろ!!」


「す、すまん!! こんなのは訓練でもやったことなくて…うぎゃっ!!」


「なっ、どうした…ぎゃっ!!!」



 衛士たちが動揺している間に、長槍を持った部隊が突っ込んできた。


 彼らは銃弾に当たらないように背を低くして構え、足を狙って突いてくる。


 外れてもかまわない、といった強い覚悟で向かってきたのと、槍の性質が合わさって衛士の防護アーマーすら貫通するに至る。


 足をやられた衛士たちは倒れ、転げ回った。



「足じゃ! 足を狙え!! 聖典の教え従うのじゃーーー!」



 これもまた聖典の…いや、マタゾーの教えである。



 聖典にはこう書かれてあった。



「人の弱点は、足である。武人ともなればその限りではないが、一般的な人間にとって足こそが最大の弱点である。まずは足を狙うべし!」



「腰を落として打つのが一番ではあるが、常に状況が変化する戦場では、満足な体勢で打てるほうが珍しい。故に、心がけるは一つだけ。常に思いきりよく『叩け』」




 接近した突撃隊が、低い姿勢で槍をぶん回す。


 槍は突くだけがすべてではない。こうして叩きつけることでもダメージを与えることができる。



 ばぎんっ がりりっ



「あぎゃーーー! 足がぁああああ! スネが抉られたぁあああ!」



 骨が剥き出しの部分なのだ。


 いくらレガースがあっても、これだけの質量が思いきり当たれば痛い。


 衛士隊も戦闘用のアーマーではないので、所々に弱点がある。


 そこを的確に攻撃していくのだから、情報分析の面でも信者が上回っていた。



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