524話 「グラス・ギースを守る者 その4」


「で、いつやるんだ? 今すぐでもいいぜ」



 クロスライルがビッグに問う。



「日が出ているうちは人目があるし、うちらも仕事がある。夜だ。今夜、決行する。その前に最終勧告が入ると思うから、それが終わったあとだ」


「そんなに悠長でいいのかい? この都市も思ったより平和だねぇ。まあ、遅れたオレたちが言う台詞でもねぇけどな」


「それがグラス・ギースのルールなのです。ここのやり方に従いましょう」


「郷に入れば郷に従え、か。へいへい、了解だぜ。細かいことはホームの人間に任せるさ」



 ラブヘイアの言葉でクロスライルが納得したのを見て、ビッグも感心する。



「あんた、けっこう馴染んでいるんだな」


「ええ、実力主義の世界ですからね。それはハンターと同じです。JBもいいですね?」


「私に話しかけるな」


「いいそうです」


「勝手に解釈するな。不快だ」


「ここで暴れる危険性は理解しているでしょう? おとなしくしていてください」


「…ふん、自分の古巣に戻ってきたからと強気になるとは、なんともなさけない男だ」


「否定はしませんよ。やはり落ち着くものですから」



 今回はセイリュウたちがいるためか、JBが噛み付くことはなかった。


 だが、それを違う意味に解釈したビッグが、面白い発言をした。



「ところでよ、あんたらで大丈夫なのか?」


「私たちの実力を疑っておられるのですか?」


「だってさ、あんたのことはよく知っているからいいが、そいつは俺にやられるくらいの実力なんだぜ。そんなんでホワイト商会を倒せるのか? けっこう高い金を払っているって聞いたしよ。心配になるよな」


「………」




 一瞬、時間が止まった。



 なんとも気まずく微妙な空気が流れる。


 そうなのだ。ソイドビッグはいまだにJBを格下に見ている。


 圧倒した原因を知らないのだから致し方のないこととはいえ、あまりの発言にラブヘイアも言葉を失っていた。



 それを打ち破ったのは、クロスライル。



「くくく…カカカカッ! ははははは!!」



 大爆笑である。


 まさに「腹を抱えて」笑っている。



「だってよ、JB!! 聞いたか? ねぇねぇ、大丈夫ですかぁ? JBサーン!! 次も失敗したら、このつよーいお兄さんにお仕置きされちまうぜぇ!! ハハハハハッ!!」


「ぐっ…!!! これほどの不快は久々よ!!」


「…? そんなに笑うことなのか? 事実だよな?」


「いやー、退屈しなくて済みそうだぜ。ははは! いやいや、兄さん。あんたの言う通りだ。次はオレもがんばるからよ、少しは期待してくれよな」


「ああ、頼むぜ」


「カカカカッ!!」



 ここまでくると見事だ。馬鹿もこれだけ馬鹿なら、天晴れである。


 こういったところがアンシュラオンやクロスライルに気に入られる点なのだろう。




「ところでアンシュ……ホワイトという人物は、今どこにおられますか?」



 ラブヘイアが一番気になっている点を訊ねた。


 おそらく現状をもっとも理解している彼だからこその発言だ。



(彼がいた場合、状況は最悪になる。なるべく慎重に動かねば…)



 もしアンシュラオンがいれば、この三人であっても秒殺必至だ。


 それにラブヘイアの『目的』からしても、ここでいきなり接触するのは難しい対応を迫られるだろう。


 これが一番の気がかりであったが―――



「ホワイトなら収監砦に捕まっているぜ」


「…収監砦に? どういった事情ですか?」


「ああ、そこまでは知らないか。あんたらに依頼を出したあとだったしな。それを含めて夜までに話すさ」


「では、彼は今は不在、ということでよろしいですか?」


「ああ、そうだ。まずはやつの事務所を叩く。取り巻きがいろいろいるからよ。そいつらを見せしめに倒すのさ」


「そう…ですか。わかりました。例の戦罪者たちですね。それは聞いています」


「油断するなよ。やつらも相当な連中だぜ」


「ええ、わかっています。ちょうどいい練習になりそうです」


「練習? そんなんで大丈夫か?」


「ああ、失礼。仕事はしっかりこなしますから、ご安心ください」


「なんだいなんだい、面白そうな話をしてるじゃねーか! 誰だい、そのホワイトってのは」


「クロスライル、話したはずですよ。今回のターゲットです」


「そうだっけか? いやぁ、だがよラブヘイアの兄さん、この都市は面白そうだな。ビンビン感じるぜ。ここには化け物どもが山ほどいるってよ! ずるいぜ。もっと早く教えてくれてもよかったのによ!」


「それを楽しめるくらいならば、たいしたものですね。私はそこまで楽観的にはなれません」


「兄さんは相変わらずだねぇ。じゃあ、俺らは昼間は観光かね?」


「それをご希望ならば、ぜひとも私たちがご案内いたしましょう。カラス、ご同行してさしあげなさい」


「はは」



 セイリュウに呼ばれ、青劉隊の中で一番背の低い男がやってきた。


 背が低く見えるのは、やたら重度の前傾姿勢(猫背)なのも影響しているだろう。


 また、カラスと呼ばれただけあり、黒い鳥の仮面を被っている。


 見た目は弱そうだが、セイリュウがいない際のまとめ役でもあるので、サブリーダーといった地位にいる男といえる。



「あなたには壊滅作戦の立会いを命じます。万一にそなえて複数人連れていきなさい。ただし、けっして手を出してはいけませんよ。あくまで想定外の事態にそなえてのことです。わかりましたね?」


「はは」


「なんでぇ、おっかない兄さんは参加しないのかい?」


「ええ、私が出ると好ましく思われない方々がおられるのです。面子の戦いでもありますからね」


「ふーん、面倒なことを背負っているもんだね」


「人が生きるうえで面子は重要なものですよ。それにソイドビッグさんがおられるのです。問題はありません」


「お、おう!! ま、任せておけ!」


「ん? こっちの兄さんは参加するか?」


「も、もちろんだぜ! 俺が出ないでどうするってんだよ!! ば、ばっちりだ! 俺だけで倒しちまうくらいなんだからよ!!」



 と言いつつ、足は若干震えている。


 戦罪者が怖いというよりは、アンシュラオンが怖いのだろう。


 そんな姿も滑稽で面白い。



「カカカ! それなら楽しくなりそうだ。期待してるぜ」


「では皆様、何かご所望のものがありましたら、このカラスめにお命じくださいませ。なんなりとご用意してみせましょう」



 やたらダミ声のカラスが、恭しく頭を下げる。


 ただし、その実情は【監視】である。


 青劉隊が付いていれば、彼らも迂闊な真似はできない。


 もし暴れたとしてもカラスたちで時間稼ぎくらいはできるので、その間にセイリュウがやってくるというわけだ。



「へいへい、わかっていますよ」


「安心してください。私も監視しておりますから」


「なんだよ兄さん、いきなりそっち側に付くなよ」


「ここは私の古巣でもありますからね。愛着はありますよ。ヘブ・リング〈低次の腕輪〉はありますか? 何本か貸してください。それが誠意になるでしょう」


「ヘブ・リング?」


「ここにはそういうものがあるのです。キシィルナ門番長、お願いします」


「…え?」


「必要ですよね?」


「…そうね。ここで暴れたことを考えれば、そのほうが安全ね。いくら客人扱いでも限度はあるし…」



 基本的に特定の商会が雇った者たちにリングは付けないが、暴力行為に及ぶ可能性があれば別である。


 特にJBは信用できるような男ではないため、念のために枷を付けることになった。





 ラブヘイアはマキからヘブ・リングを借り受けると、自ら腕にはめた。


 それからクロスライルもはめる。



「へー、こんなもんがあるのか。なかなか抑えてくれるじゃねえか」


「グラス・ギースの錬金術師が作ったものですから、あなたでも簡単には壊せませんよ」


「あーん? なにそれ? オレへの挑戦ってやつかい?」


「そう捉えてもかまいません」


「見てろよ。こんなもん、こんなふうによ…こうして、ああして!! んんんん!!! ぬおおおおおおお!」



 ぼおおおおおお


 クロスライルから戦気が噴出。


 さすがに洗練された良い戦気だが、腕輪もさすがの力で抑え込んでくる。



「ぬううううっ! ぬおおおおおおお!!」



 それを見てムキになったのか、さらにクロスライルが戦気を放出。


 ゴオオオオオオオオッ


 ビキビキッ


 ボオオオオオオオオオオオオ!!


 ビシビシビシッ!!




「おおおおりゃーーーーーー!!!」




 ボオオオオオオオオオオッ!


 バリンッ ゴトンッ


 戦気の放出の勢いに負け、リングが割れて地面に落ちる。



「はーー、はーー! どうだよ! こんなもんで抑えられるかっての」


「息が上がっているぞ。なさけない」


「ああん!? んだとイカ野郎! てめぇにだけは言われたくねぇぞ!! あの兄さんに負けたお前にはな!」


「それだけは二度と言うな!!」



 あの一件は、JBに人生最悪のトラウマを与えてしまったようだ。


 ソイドビッグに負けた男。


 うん、たしかに嫌だ。そんな恥ずかしい噂が流れただけで切腹ものである。



 だがクロスライルは今、とてもすごいことをやったのだ。


 その光景にマキの顔も笑ってはいられない。



(こんなに簡単に腕輪を壊すなんて…笑いながらやること? まるでお遊びだわ)



 この三人は、じゃれ合っているようにも見える。


 そんなやり取りの中で、普通の武人ならば戦気の放出もできなくなる腕輪を、いとも簡単に破壊したのだ。


 彼らにとって、ヘブ・リングなどは些細なものなのだろう。


 アンシュラオンも壊したが、一応は生体磁気が半減される代物だ。


 その状態から破壊するだけの戦気を放出するには、軽く五倍以上の出力が必要となる。


 明らかに普通の武人ではない。



 ということで、追加である。



 がこん がこん がこん


 ラブヘイアによって、クロスライルには片手に三つ、計六つのリングが付けられた。



「なぁ…ちょっと付けすぎじゃね? ねぇ、何かあったらどうするの? いきなり暴漢に襲われたら死んじゃうよ」


「あなたなら平気で対処できますよ。むしろ少ないくらいです。JBはさらに倍ですしね」


「ふん、臆病者が。気の済むまでやればいい」


「はい。臆病者ですからね。遠慮なく付けさせてもらいますよ」


「やれやれ、これじゃまるで連行だぜ。せめて盛大に歓待してくれよな」


「おとなしくしていれば、彼らがそうしてくれますよ」



 ラブヘイアがセイリュウに視線を向けると、相手はにこりと笑いかけてきた。


 しかし表面は笑ってはいるが、その中身は業務用冷蔵庫のように冷たい空気が流れていた。


 かつて同じ都市にいた人間であっても、セイリュウはけっして油断していない。


 そして、彼の警戒感は間違ってはいない。



 ラブヘイアは、実際に裏の事情を知っている。




(私も『あの御方』と出会わなければ、こうした裏側の世界を知ることもなかったのでしょう。マングラスの実態を知ることもなかった。情報通り、たしかにここには『賢者の石』があるようですね。しかし、それを守る者たちがいる。彼らが都市を守っていたのですね)




 ラブヘイアは、グラス・ギースの秘密を知っていた。


 ハンターであった頃は知らなかったので、この二ヶ月の間に知ったのだ。


 それも彼がここに来た目的の一つではあるが、当然そのことは言わない。


 セイリュウたちには、こうして『賢者の石』あるいは『生命の石』の情報を嗅ぎ付ける者を排除する役割があるからだ。


 秘匿性の高いものであるため、特に外部の人間に対しては殺害も厭わない。



(しばらくは様子見…ですかね。彼らが問題を起こさなければいいのですから)



 ラブヘイアが強くなっているとしても、青劉隊とまともに戦うのは危険すぎるし、彼らがその力を悪用しなければ問題はない。


 だが、グラス・ギースが揺れることになれば、力は流出を開始してさまざまな弊害を呼ぶだろう。


 それこそ【災厄】を呼びかねない。



(なにせここは災厄を生み出した地。油断はできない。しかし、ああ…アンシュラオン殿。あなたと私が出会った時、いったいどうなってしまうのか。あなたはどういう反応をするのか…とても気になります。会いたい。でも怖い。まるで恋をする乙女のようですね。ふふふ)



 彼の胸のお守りの中には、アンシュラオンからもらった髪の毛が入っている。


 大切な、とても大切なものだ。


 前に公言したように本当に肌身離さず持っているところが怖い。


 だが、白と白の縁が、近いうちに彼らを惹き付けるに違いない。




 今夜、決行。



 『ホワイト商会、壊滅作戦』が始まろうとしていた。



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