523話 「グラス・ギースを守る者 その3」


 東門に青劉隊が登場。


 領主の委任を受けた彼らは、実質的な都市の治安維持部隊として認められ、独自の権限を持つに至る。


 こうなると仮に彼らの不正が発覚しても、衛士隊では簡単に対処できないので厄介だ。


 今までは中立のディングラスが治安維持の権限を持っていたからこそ、都市内部は丸く収まっていたのだが、四大市民の一角が持つには過ぎた力だといえるだろう。


 しかし危機的な状況下では、現状でもっとも力を持つ者が台頭するのは道理である。


 権力という意味でも武力という意味でも、マングラスは突出しているので適任だ。




「さて、改めまして異邦人の皆様方、ようこそグラス・ギースへ。お話は伺っておりますよ。『ネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉』の方々ですね」



 マキに話を通したセイリュウが、今度はクロスライルたちに目を向ける。



「へっ、なるほどな」



 クロスライルは、タバコを吹かしながら事情を察する。


 セイリュウが、この都市でもっとも力を持つ者の一人であることが即座に理解できたのだ。


 彼はグラス・ギースについての知識はまったくない。派閥間の争いについても無知だ。


 他の都市、南部からやってきたので当然だろう。辺境都市の派閥など知る由もない。


 だが、わかるのだ。


 態度を見ていればわかるし、それ以上に今の挨拶にすべてが込められている。



(『ネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉』の名前は表には出てねぇはずだ。表向きはなんだったか…なんたら興業だったか? そんな当たり障りのねぇ名前だったな。ってことはこいつは、オレらの正体を知っているってことだ。それだけの情報力を持っているってことだ)



 他の人間からすれば単なる挨拶に見えても、実際は自分たちへの威圧でもあった。


 この『ネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉』という名前は裏の組織の名前であって、簡単に知ることはできないものだ。


 言ってしまえば『秘密結社』である。知っている人間は知っていても、迂闊に話せば自分の身が危うくなるので口外はしない。


 近隣の人間でさえそうなのだから、ましてやこれほど離れた辺境都市の人間が、この名前を知ることはまずありえない。


 おそらく依頼を出したダディーでさえ、彼らの本当の姿は知らないだろう。単なる殺し屋だと思っているはずだ。


 それだけでも興味深いが、クロスライルはセイリュウの強さにも非常に強い興味を抱いた。



「いいねぇ、あんた。ビンビンきちゃうよ。すごく刺激的だ。いいねぇ、本当にいい」



 クロスライルがセイリュウを観察する。


 一流は一流を知る。


 佇まいだけでも相当な達人であることがわかる。



「その恰好、大陸の出かい?」


「出自はそうです」


「じゃあ、あっちの拳法も学んでいるのか?」


「それなりには。かなり我流ではありますがね」


「へぇ…でもよ、あんたの力はそれだけじゃねえな。その中にすんげぇ『獣』が眠ってやがる。いいねぇ、それがすんごくいいのさ。ああ…惚れ惚れするよ」


「お褒めいただき、ありがとうございます。すべては偉大なる主から与えられたもの。私の力ではございません」


「力の出所なんて、どうだっていいのさ。肝心なことは、あんたが強いってことだ。その目もいいねぇ。人間なんてどうでもいいって目だ。ゾクゾクする」



 クロスライルは、セイリュウの中に眠っている『清龍』の力に気付いた。


 その目が、その瞳が、『人間という種』を下に見ているからだ。


 獰猛な獣としての本能と、神としての自尊心を無意識のうちに醸し出している。


 それが常人にとっては傲慢にも映るし、恐怖にも映るのだろう。



 だが、クロスライルにとっては―――



「あんたを【狩ったら】、さぞや楽しそうだな」


「あなたはハンターなのですか?」


「うーん、改めて訊かれると難しいな。オレはよぉ、楽しいことが好きなのさ。自分が楽しいなら魔獣だって人だって同じさ。区別はしねぇよ。で、あんたはその中でも上等だ」



 クロスライルにとってセイリュウは―――狩りの対象。


 強いものを狩ることを一番の楽しみにしている彼にとって、『清龍』という存在すら狩るべきモンスターにすぎない。



(神を前にしても怖れぬとは…勇気か蛮勇か、それとも傲慢か。…いえ、それこそが人間というもの。神を滅ぼした人に相応しい姿でしょうか)



 セイリュウもまた、クロスライルという存在を認める。


 マキでもセイリュウを前にしたら強張るのに、彼は依然として変わらない。


 単に武力が強いだけではない。その心が圧倒的に【無頼】なのだ。


 何者であっても怖れない心を持つ者。誰にも頼らない者。


 それが無頼者の心意気というものだ。だからセイリュウさえも怖れない。



「あなたは人間らしい人間ですね」


「それ、褒めてんの?」


「ええ、もちろん。この世界でもっとも怖ろしいのは、魔獣でも神々でもなく、人間です。人はこの星さえも荒廃させてしまうのですからね」


「はは、随分と大きい話になってるぜ」


「お好きでしょう? 『異邦人』のあなた方は、こういう話が」


「…ふーん。あんた、どこまで知ってんの?」


「さて、詳しくは存じません。ただ、私の中に眠る力が警戒しているだけのことです。あなた方は、いつも我々を淘汰してきました。その力を外部から持ち込んできました。ですから、私はあなたが怖いのです」


「怖い? …くく、クカカカカッ!! そーか、そーか! 怖いか。はははは!! いいねぇ、あんた。最高だよ。一応訊いておくが、あんたを倒せばゲームクリアってわけじゃないんだろう?」


「もちろんでございます。私など、この都市の中では中間管理職にすぎません。偉大なる主に仕える、ただの小間使いのようなものです」


「これで小間使いねぇ…」



 クロスライルが、セイリュウの後ろにいる青劉隊を見る。


 彼らはいつでも動けるように準備をしていた。


 クロスライルの返答次第では、この場で戦いになる可能性もあるだろう。


 それはそれでまた興味深いが、自分がこの都市にやってきた目的とは異なる。


 クロスライルは、軽く手を上げて降参のポーズを取った。



「おっかないお兄さんたちと戦うつもりは『今のところは』ないぜ」


「今のところは、ですか」


「未来のことは誰にもわからんからねぇ。だよな、JB? とりあえず今はいいよな?」


「………」


「おい、なんとか言えって。誤解されんだろうが」


「………」



 JBは何も語らず、しばらくセイリュウを見ていた。


 彼もまたセイリュウの中にある力に気付いていたのだ。



(この男、普通の人間ではない。私と【同種】の存在か)



 すでに人間をやめたJBは生体兵器だ。


 生殖器もないので自分で増えることもなく、ただ道具として役目を果たすためだけに生きている。


 セイリュウもまた同じ。


 傀儡士の道具として役割を果たすだけの兵器である。そこに妙な親近感を抱くのだ。



「…いいだろう。興味が湧いた。ここで急ぐ理由もない」


「そーそー、素直になると得するもんだぜ。そもそもよ、おめーがいきなり暴れるから誤解されんのよ。オレたちは都市を乗っ取りに来たわけでも、破壊しに来たわけでもないんだぜ。で、あんたがオレらの雇い主?」


「いいえ。あなた方を呼んだのは、こちらのソイドビッグさんです」


「おー、おー、この兄さんかい!! あんたも面白いよな!!」


「え? 呼んだって…何のことだ?」


「カカカ! それマジで言ってんの? カカカッカッ!! いいねぇ! 気に入った!! 気に入ったよ、兄さん!! ハハハハハハッ!! ほんとさ、JBのクソ野郎をぶっ倒した時なんてよ、スカッとしたね! あんた、いい素質持ってるぜ」


「それは…ど、どうも」


「ほら、タバコ吸いねぇ! 遠慮するなって!」


「は、はぁ…」



 馴れ馴れしく肩を組んでくるクロスライルに困惑するビッグ。


 まさか目の前の者たちが、ラングラス自らが呼んだ戦力であることなど、まったく想像もしていないようだ。


 ちょっと考えてみればすぐにわかるだろうに、このあたりはさすがビッグである。


 だが、そんな間抜けさが妙に人を寄せ付けるのも事実。


 少なくともクロスライルは、ソイドビッグのことを気に入ったようである。


 オンバーンという売れない歌手を好むあたり、この男の趣味も変わっているようだ。





「いったいどうなってんだ…? こいつら誰なの?」


「お久しぶりですね。ソイドビッグさん」


「…え? あんた…誰?」


「私ですよ。ラブヘイアです」


「ラブヘイ…ア? あれ? ラブヘイアって…ハンターの?」


「はい。駆け出しの頃はダディーさんにも面倒を見ていただいたことがあります」


「そりゃ俺だってあんたのことは知ってるが…あれ? なんか雰囲気が違くねぇか? こんな顔だったっけ?」



 ラブヘイアが、困惑しているビッグに話しかける。


 だが、雰囲気ががらりと変わっているので、ますます困惑に拍車をかけることになっていた。


 実は、ラブヘイアはソイドビッグと面識がある。


 若い頃にダディーが魔獣狩りをやっていたこともあり、駆け出しの頃はアドバイスをもらったこともあるし、東門から出入りをする関係上、ビッグと出会う頻度も高いのだ。


 第三城壁内部は、たまに魔獣や獣が入り込む可能性もあるので、ソイドファミリー自体が近隣の魔獣駆除を依頼することもあるわけだ。


 アンシュラオンが来るまではラブヘイアはグラス・ギースで最高のハンターだったので、彼個人への依頼もあったものである。


 また、こういった事情が加味された結果、彼がグラス・ギースに派遣されたともいえる。


 実際のところ揉めたのはJBが原因ではあるが、最初からラブヘイアが折衝に出ていれば問題は起こらなかったのだ。


 その意味では、この騒動はラブヘイアが引き起こしたのと同じでもある。


 そうにもかかわらず、まったく素知らぬ顔で平然と挨拶をするあたり、精神的にもかなり鍛えられているようだ。


 ビッグがわからないのも無理はない。たしかに前とは別人だ。



「ご無沙汰しております。このたびはダディーさんからのご依頼で、グラス・ギースにやってまいりました」


「え? んん? ということは…ん? もしかして…」


「はい。私たちが武人専門の殲滅部隊です」


「いやだって、あんた…ハンターじゃ…?」


「故あって転職したのですよ」


「ああ…そうなの? そりゃハンターは自由職でもあるから、いつ転職したっていいけどさ…意外というかなんというか……なんかあんまり実感が湧かなくてな。反応薄くてごめんな」


「いえ、当の私が一番そう思っているのですから当然のことです。人生とは予期せぬ方向に流れるものですよ。…それで、殲滅対象は『ホワイト商会』で間違いありませんか?」


「っ…!! くうっ! はーーはーーーー! そ、そうだ! そうだった! そうなんだよ。あいつを倒さない限り…俺は前に進めないんだ!! はーーーはーーー!」



 ホワイトという名前を聞くだけでショック症状に襲われる。


 激しいトラウマが植えつけられている以上、なんとしても失敗するわけにはいかないのである。


 そのための殺し屋。殲滅部隊だ。


 だが、ラブヘイアは、そんなビッグを見て不思議そうな顔をする。



「あなたはあの白い力を見て、なぜ抵抗しようと思ったのですか?」


「…あ? どういう意味だ?」


「人が天を見て、どうして届くと思えるのですか? 無謀とは思わないのですか?」


「…? 何を言っているのかわからねぇが、俺がやらなきゃ誰がやるってんだ。何があっても屈するわけにはいかねぇんだよ。それが筋ってもんだし、俺が俺であるための生き方だろうが」


「そう…ですか」


「何か不思議か? 誰にだって大切なものを守るために戦わないといけないときがあるはずだぜ。俺も結婚が控えているしな。リンダは俺が守らないといけないんだよ。それだけさ」


「…なるほど。だからあなたは『気に入られた』のですね」


「さっきから何を言ってんだ?」


「いえ、私とあなたの境遇は似ていながら、やはり違う存在だと思ったのです。そして、私はあなたを尊敬します。あの山の頂を見ても、まだ登れると思えること自体が人を超えた発想ですし、それこそが人本来の尊い志というものなのでしょう」


「…??? どういうこと?」


「尊敬しているということです」


「そ、そうなの? それならいいけど…」



 ラブヘイアの言い回しは微妙だったが、ソイドビッグを尊敬しているという言葉に偽りはなかった。


 奇しくも二人は、似ている。


 出会い方は異なるが、アンシュラオンという人智を超えた存在と出会ったことまでは同じなのだ。


 ただ、そこから先が違っただけのこと。


 ビッグはアンシュラオンを怖れた。魔人に恐怖した。


 怖いのならば打ち倒すしかない。人が持つ潜在的な防衛本能が彼を動かしている。



 一方のラブヘイアは、憧れた。


 あの白い力に感動し、涙し、恋焦がれた。


 少しでも近づきたいと願った。愛されたいと思った。


 その差が、現状の違いとして表れているのだ。


 そしてさらに奇妙なことに、そのラブヘイアがホワイト商会との戦いに参加するという縁まで生まれている。


 まさに人生とは奇妙なものである。



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