522話 「グラス・ギースを守る者 その2」


 東門に現れたのは、セイリュウだった。


 セイリュウの実力は、性質の違いはあれど双子のコウリュウとほぼ同等。


 コウリュウがアンシュラオンの攻撃を受けても死なず、『転神てんしん』して龍人になったことからも、その戦闘力は人を超えたレベルにある第四階級の魔戯まぎ級に匹敵する。


 ちなみに『転神』とは、人の身の中に宿る『神』を表に出すこと、本性を現すことを意味する。


 かつて母神によって造られた自然神が人に転じた際、本来の力を解放する時にもちいられた『術式』である。


 災厄魔獣である『龍神』をその身に宿したセイリュウは、もはや人間とは別の存在といえる。


 本来の転神には及ばぬ擬似的なものとはいえ、『厄災の清龍』のコピー体である彼は―――強い。


 単独で四大悪獣を退ける力を持っているのは間違いないはずだ。(倒せるかはわからない)



 だが、セイリュウのことを知っている人間が、いったいここにどれだけいるだろうか。


 滅多に姿を現さないマングラスの重鎮なのだ。顔どころか名前すら知らない人間も大勢いるだろう。


 実際にその場にいた観衆の大半は、「この人、誰?」といった顔をしている。衛士たちも誰だかわかっていない様子だ。


 登場の仕方から、なんとなく偉い人なのかな、といった程度の認識である。


 ただし、ここには一人だけ、彼とやや面識のある人物がいた。



「あれ? セイリュウ…さん?」



 ビッグが、突然現れたセイリュウに首を傾げる。


 なんでここにいるんだ? といった表情であるが、明らかに他者とは違う反応だ。



「ああ、これはこれは! ビッグさんではありませんか!」



 ビッグを見つけたセイリュウが、満面の笑顔で近づいてきた。


 そこに敵意といったものはない。あるのは、ただただ好意である。


 好意を向けられれば、人の警戒心は和らぐものだ。


 本来ならばこんな凶悪な存在が近づくだけでも危険なのに、ビッグは簡単にセイリュウを間合いに入れる。相変わらずのガードの甘さである。


 セイリュウは近づくと、真っ先にビッグの手を取った。



「いやぁ、都市の危機にもう対応しておられるとは、さすがソイドビッグさんですね。ラングラスを継ぐ者として相応しい器の大きさと行動力です!」


「え? そ、そうかな? たまたま居合わせただけなんだけど…」


「それこそ運命。天命というもの。あなたがグラス・ギースに求められている証拠です! ほら、見てごらんなさい。皆様方の視線を独占しておりますよ」


「そ、そう? そりゃ、ちょっとはがんばったけどな。いや、けっこうがんばったけどさ。半分は俺のおかげ、みたいな?」


「そうでしょうとも、そうでしょうとも。ほら、ぜひとも手を振ってあげてください」


「手を? それはちょっと恥ずかしいな。いやだってほら、なんか恩着せがましいっつーか、思い上がりっぽくないか?」


「そんなことはありません。ファンに手を振るのはヒーローとしての務めですよ」


「ひ、ヒーロー? 俺がか?」


「都市の危機に対して、その身を犠牲にして守ったのです。誇らしい姿に誰もが感動しておりますよ。まさに英雄ではありませんか。手を振ることで皆様に安心感を与えることになります。たとえばそう、プライリーラ様を思い出していただければよろしいでしょう」


「ぷ、プライリーラを? たしかに…あいつは手を振っていたこともあったな。アイドルだったし」


「ビッグさんの器は、彼女に勝るとも劣らないものです。ぜひ自信を持ってください」


「さ、さすがにそこまでじゃないと思うけど…こ、こんな感じかな?」


「いいですね。もっと大きく振ってみましょうか」


「こ、こう? 大げさじゃない?」


「そんなことはありませんよ。ですが、恥ずかしいというのならば、わたくしも一緒に振りましょう。ほら、一緒ならば恥ずかしくないでしょう?」


「そ、そうだな。ははは。たまにはいいよな」


「ええ、ええ。皆さん、次世代の英雄をどうぞよろしくお願いいたします!」


「セイリュウさん、それはちょっと恥ずかしいって」


「いえいえ、あなたにはその資格がありますからね。どうかご遠慮なさらずに。さあ、皆さん! わたくしことマングラスのセイリュウが、ソイドビッグさんを支えるつもりでおります! これからも、どうぞよろしくお願いいたします!」




―――ざわざわざわ




 観衆のどよめきの中、セイリュウと一緒になって手を振るビッグ。


 彼の顔は少し気恥ずかしそうでありながらも、「やっぱり俺のおかげだよな」という自負さえも垣間見える。


 が、もちろん人々が見ているのはセイリュウのほうだ。


 誰かと思ったら、まさかの『マングラスの双龍』である。


 まさかこんなに若い男だとは思いもしなかっただろう。驚いて当然だ。


 また、移民や外部の人間にとってはまったく知らない名前だが、衛士たちやグラス・ギースの人間がどよめいているので、さぞや有名な人物なのだろうと興味深そうに見ていた。




(この人が…『マングラスの双龍』!! 先生から要注意人物と言われていた人!!)



 マキも他の人間同様、セイリュウを凝視する。


 その目には、クロスライル以上の強い警戒感が宿っていた。


 アーブスラットはマキの師匠兼教師であり、まだ若い彼女にグラス・ギースについても多少の知識を与えていたものだ。


 『マングラスの双龍』と出会ったら戦ってはいけない。


 マキは子供の頃からアーブスラットにそう教えられていた。戦うくらいならば逃げろ、と。


 某達人が言っていたように、真の護身とは危うきに近寄らないことである。


 グラス・ギースにおいてタブー視されていることは、けっして破ってはいけない。なぜならば、最後には必ず『龍』が現れるからだ。


 コウリュウが登場した今、セイリュウ個人の強さを語る必要はないだろう。



 問題は、その【背後にいる者たち】だ。




(全員が青い外套。もしかして、あれが―――『青劉せいりゅう隊』!!)




 青劉隊。


 セイリュウを含めて全員が青色の恰好をしているので、青の文字は頷ける。むしろ青を入れない理由がない。


 だが、その次の文字である『劉』には「殺す」という意味があるらしい。



 直訳すれば、青い抹殺部隊。


 その名が示す通り、彼らは【セイリュウ直属の粛清実行部隊】である。



 グラス・ギースの治安が悪化した際、あるいはマングラス内部のパワーバランスが崩れた際、原因となったものを強制的に除去するための部隊だ。


 存在は知られていても、実際に見たものは非常に少ない。


 なぜならば彼らを見たものは、すべからく全員が死に絶えるからだ。


 マキもこうして対峙しているだけで、彼らからの強い圧力が伝わってくる。



(全員が凄まじい強さだわ。でもなにか…妙な気配がする。彼らも危険だわ。このニートみたいに普通の武人じゃない気がする)



 マキはJBと戦ったことで『人外』には独特の感覚があることに気付いた。


 それはアンシュラオンも感じた「不自然」という感覚と同じだ。


 神経質な人間の近くにいるかのような、妙に尖っている感覚。自然の中に機械が交じっているような、人工的な違和感。


 そうしたものを彼らからも感じるのだ。


 事実セイリュウともども、彼らは肉体改造を受けている者たちだ。力を得るために人をやめた者たちだ。


 ただ、力は力。


 自然であれ人工的であれ、純然たる力に区別は必要ない。



 全員―――強い。



 それこそが真実であり、もっとも重要な点だ。


 万全のマキでも何人倒せるかわからない。数人に囲まれたら苦戦は必至だろう。



(でも、どうしてここにマングラスの実行部隊がいるの? それにソイド商会の息子さんと仲良くしているなんて…。マングラスとラングラス…よね? そんなに仲が良かったかしら?)



 青劉隊が表に出てくることは、まずありえない。


 レイオンがバイラルを助けた際にセイリュウの部下を倒しているが、彼らは青劉隊ではなかった。


 もし青劉隊であったら、レイオンはその段階で死んでいるはずだ。


 バイラルを粛清するわけではなかったため、青劉隊を出す理由がなかったのだ。


 そもそも粛清対象が一人くらいならばセイリュウだけで事足りるし、あるいは青劉隊のメンバーを一人出せば済むことだ。


 相手がマングラス本家だったからこそ、荒っぽくならないようにセイリュウが慎重に対応した結果といえるだろう。



 しかし、今回は粛清部隊が外に出てきた。



 それだけでも異常事態であるが、さらにセイリュウが狡猾なところは、さりげなくビッグと仲が良いことを周囲にアピールしていることだ。



 マングラスとラングラスが―――手を組んだ。



 ちょっと派閥の動向に詳しい人間が見たら、即座にそう思ってしまうだろう。


 これにはいくつか大きな意味がある。


 少し前の話なので忘れているかもしれないが、ラングラスは単独でケジメを付けようとしていた。


 殺し屋を呼んだのも、できるだけマングラスの手を借りないためである。いや、できれば援助はすべて断りたいのが本音だ。


 あまり仲良くしすぎるのは、派閥間のパワーバランスの問題としても好ましくはない。


 ラングラス派閥の組長の一人であるイニジャーンが言っていたように、ラングラスはマングラスを見張る役目があるため、両者がくっつくのは癒着の構図にもなりかねないのだ。(ラングラス側から見れば屈服や従属と同じ)



 また、それ以外にも、もう一つの意味がある。



「キシィルナ門番長ですね?」



 セイリュウが、マキに近寄る。



「は、はい」


「申し遅れました。セイリュウと申します。『マングラスの双龍』だといえば、おわかりになられますか?」


「…はい。存じていますが…私に何か御用ですか?」


「お勤めご苦労様です。あなたは立派に門番としての務めを果たされました。このような不利な状況下で、よく耐えてくださいました。わが主であられるグマシカ様に代わってお礼申し上げます」


「それが役目ですから。お礼を言われることでもありません」


「いえいえ、普通の武人では無理だったでしょう。さすがはアーブスラットさんのお弟子さんです。…さて、急な話で申し訳ありませんが、ここからの対応は私たちに任せていただけますでしょうか?」


「え? あなたに…? それはマングラスに、ということですか? そのような権限は私には…」


「ああ、ご心配には及ばずに。上からお咎めを受けることはございません。すでに領主様および、ミエルアイブ衛士長の許可は取ってあります。これが書状です」



 セイリュウは懐から一枚の書状を取り出し、マキに手渡す。


 紙の表面にはディングラス家の家紋である『金獅子』が描かれていた。


 これが公文書であることの証明である。



「たしかに…そう書いてあるわ。でも、それって問題なんじゃ…」


「大丈夫です。すべてお任せください。あなたがたにご迷惑はおかけしませんので。では、よろしいですね? さっそく引継ぎをさせていただきます」


「………」



 セイリュウは笑顔だが、そこには反論を許さないという無言の圧力があった。



 そこでマキは、すべてを理解する。




(【領主がマングラスに助力を求めた】、というわけね。だから裏側の部隊が堂々と出てきたのね)




 領主にとって、ここ最近の騒動は悩みの種でもある。


 ただでさえDBDとの交渉が難しく、他の地域勢力の動向も気にせねばならないのに、内部で揉めるのは非常に問題だ。


 特に先日の「工場襲撃事件」で直情的になった結果、かなりの被害を出してしまった。


 可愛い娘のためとはいえ、ラングラスに対して強硬になりすぎた面はあったと反省はしていた。(実は強硬になった経緯には、他の理由も関係している)


 これ以上の騒動は御免。


 そう考えた領主は、マングラスの提案を受け入れたのだ。


 だがそれは極めて危険な決断でもあった。



(あの馬鹿領主! 意味がわかっているのかしら! マングラスに許可を出したってことは、彼らに都市の自治権を与えたようなものよ!! 衛士隊の権限まで与えるなんて!!)



 そもそも都市の政策を四大市民に任せている以上、領主の都市内での権限は極めて小さい。


 せいぜいが好きに豪遊できるくらいだろう。(娘にスレイブを買い与えるくらいは簡単であるが、大きな政策は立案できない)


 よって領主にとっては誰が都市を治めようが、さして重要な問題ではないのだ。


 自分の邪魔にならないのならば、あるいは自分にメリットがあるのならばマングラスに任せてしまってもいい、というわけだ。



 ただ、この決定は今までとは違う重大なものだ。



 今まではジングラスがマングラスの増長を防いでいたが、プライリーラの失踪(ある意味で失策)によって権威が一気に落ち込んでしまった。


 ハングラスも第一警備商隊を失い、経済維持に苦慮しているので力を失っている状態にある(これもアンシュラオンが原因だが)。


 ラングラスは最初から弱小勢力なので、あえて説明の必要もないだろう。


 そして、領主であり中立勢力であるはずのディングラスの黙認。


 都市としてはかなり危機的な状況にあるため、マングラスが出てくるのは当然であるが、すでにマングラスは【一強状態】にある。


 現在の日本もそうだが、周辺情勢が不安定になると、国力を増強維持するためにどうしても一強状態になる必要に迫られる。



 マングラスの時代が―――来てしまった。



 今までは影で操っていたが、領主の委任を受けたことで「公に統治」することが可能となったのだ。


 衛士長であるミエルアイブの許可を得たとは、今後は堂々とマングラスの部隊が『警察権』を行使できることを意味する。(従来の『監察権』以上の実行力のある力の行使が可能)


 東門に青劉隊が現れたのは、その一つのパフォーマンスである。


 衛士隊よりも上にいる、ということを周囲に知らしめるためだ。これはすぐに噂になって都市中に知れ渡るだろう。


 また、ここにビッグがいたのはたまたまであろうが、セイリュウがこうしてビッグとつながりがあることを示すことで、工場襲撃事件での和解を強調する目的もあった。


 都市の内紛は終わりを告げたのだとアピールし、その中核にマングラスが存在することを示したのだ。




(ああ、感じる。ついに『大御所様』がお目覚めになられた。マングラスの完全復活の時がやってきたのです)



 セイリュウは、『造物主』の波動を感じていた。


 奇しくもその時、地下では傀儡士が復活を遂げていたのだ。


 彼らが目立たず行動していたのは、『真の主』が目覚めていなかったからだ。


 だが、もはや遠慮することはない。


 これからはマングラスが都市を統治するのだ。



 自分たちこそが、都市を守る者なのだから。



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