521話 「グラス・ギースを守る者 その1」


 ソイドビッグ、まさかの活躍。


 さまざまな条件が重なったとはいえ、JBという存在を押さえつけてみせた。



 これからビッグの時代がやってくるのか?


 まさかの覚醒か!?



 そんな期待を抱かせるが、いずれ夢は醒めるもの。


 エバーマインドが生み出した力の流出も、そう長くは続かない。



 領域が―――消える



 ぐぐぐ ぐぐぐぐぐっ



「むっ…おっ?」



 思想の力が収縮して元の状態に収まってしまえば、表現できる力は本来のものとになる。


 そうなればビッグがJBに勝てる道理はなくなるのだ。



「いつまで…そうやっている!!!」



 ぐぐぐ びょーーーんっ!!


 突然効力が切れたものだから、引っ張られたゴムが引き離されたように、JBが一気に宙に飛び上がった。



「おおおお!」



 ズドンッ ゴンッ


 その勢いに圧されてビッグも真後ろにすっ転び、頭を打ち付ける。


 なんとも締まらない状況だが、これでこそビッグなのだから、いつもの状態に戻っただけともいえるだろう。


 そして、これを契機に戻ったのはビッグだけではない。



「ううう! ううううう!! うおおおお!! なぜだああああ! なぜネイジアは私を見捨てるのだ!! 馬鹿なぁあ! こんな馬鹿なああああ!」



 JBの口調も戻っていた。


 所詮、造られた人格などは簡単に剥がされるものだ。



「ううおお!! おおおおお!」



 ドスン ドスン ドスン!


 狂ったように地団太を踏んでいる姿は、まるで駄々っ子である。


 表面だけ綺麗に見えても、彼の中身は何も変わっていない。


 彼の中に眠っている暴力性が偽りの人格をあっさりと壊し、粗暴で傲慢な側面を浮き彫りにさせる。



「お、おい、落ち着けよ。一応詫びは済んだんだ。あとは畑で働いて誠意を見せようぜ」



 立ち上がったビッグが、再度JBに近寄る。



「うるさい、馬鹿が!!」


「え? 馬鹿って…俺のことか?」


「貴様しかいないだろうが! なんたる馬鹿だ!! こんな馬鹿になぜ!!」



 一番許せないのが、自らの力の源であるエバーマインドが一時的とはいえ、こんな『馬鹿』に味方したことである。


 そのことはJBにとって極めてショックなことなのだ。


 たとえれば、ずっと味方だと信じていた家族や恋人が、突然手の平を返したように他人側につくのと同じである。


 いや、これでも表現としては足りない。


 なにせJBにとってエバーマインドは『神』なのだ。ネイジア・ファルネシオから分け与えられた神の一部なのだ。


 だからこそ、神に見捨てられたようなショックを受けてしかるべきだろう。




 さて、このような場合、人はどうするだろうか?




 自分が愚かだったと反省する?


 自分が傲慢だったと自己嫌悪する?


 自分が勉強不足だったと勤勉になる?



 否。



 多くの人間は―――




「認めん!! 認めぬ!! このようなことは認めぬ!! ネイジアは私だけのものであるべきだ!!」




 ずるるるるっ にょろろ


 JBの身体から何十という紐が生み出され、周囲に展開される。


 どくんどくん どくんどくん


 そこに大量の力が集められていく。




「ふふふ…ふはははは!! そうだ! 無くなればいいのだ! 私以外のものは死ね!!!」




―――【否定】するのである。




 自己防衛本能が働き、自己が自己であるために反発を開始する。


 最近の若者はちょっと注意したくらいですぐにキレると嘆かれるが、基本的に人間は自尊心を守るために、自己を否定されると攻撃的になるものだ。


 そして、宗教家や個性的で独創的な人間ほど、その傾向が強くなる。


 それが人生のすべてになっているからこそ、揺らぐことをけっして許さないのだ。




 JBが―――【広域破壊】の準備に入った。




 完全に我を忘れて、怒りと排他だけに意識が向いてしまっているのだ。



 まずい。極めて危険な状況だ。


 では、これに対してビッグがどう対応したかといえば―――



「人の話を聞いてなかったのかよ。しょうがねぇな」



 再びJBに近寄る。


 その顔に危機感はないどころか、むしろ若干にやけている。


 「また俺の出番が来たな」と言わんばかりの表情で、周囲に視線を送りながらゆっくりと近づいていく。


 何かおかしい。どうしてこんな顔をしているのだろうか?


 あれ? これはもしかして、もしかすると…



「ほんと、俺がいなかったらと思うと怖くなるぜ。いやー、俺がいてよかったよな!! ソイドファミリーの長男がいてさ!!!!」



 独り言にしては大きな声を出しながら近づく。


 無意識なのか、両手を広げて観客を煽るようなパフォーマンスさえしている。


 まるでプロレスラーの入場シーンだ。


 「これから俺がリングに上がって大活躍だぜ!」といった歩き方である。



 ………


 ……… ………


 ……… ……… ………



 うそやだほんと?



 これは間違いないわ。





 ビッグさんったら【勘違い】しちゃってるううううううううううう!!!





 この男はまだ気付いていない。


 もう夢の時間が終わっていることを知らない。


 こうやって迂闊に近寄れるのも、さきほど自らの優位性を確認したからである。



 つまりビッグは、『JBを格下』だと思っているのだ。



 あれだけ手玉に取ったのだから仕方ないが、馬鹿とはここまで素敵な存在なのだろうか。


 意気揚々と向かう姿は、清々しいの一言だ。


 そして、JBが出した紐をおもむろに掴む。



「だからさ、こんな紐はさっさとしまえって。…いいのかい? しまわないなら強引に引っ張っちゃうぜ? 俺が本気になっちゃうぜ? こうやって……こうやって………あれ? 案外しっかりと地面についてるな、これ。うぬううう! んぐぐぐぐっ!! あれ? おかしいなぁ」



 紐を引っ張るが、まったくもってびくともしない。


 すでに思想はJBの中だけのものになっているため、ビッグには何の力も付与されないのだ。


 こうなればもうビッグが勝てる道理も理由も存在しない。



 ぐいぐいぐいっ ぐいぐいぐいっ



 いくら引っ張っても何も変わらない。


 当たり前の現実が戻ってきたのだ。



「あれー? なんか力が出ないぜ。衰えたか?」



 数十秒で衰える程度のものならば、最初からなかったのと同じであることに気付いてほしい。


 さすがビッグ。まったく現状を理解していない。




「くくく!! ネイジアは私だけのものだ! そうだ! 私がネイジアだ!!!」




 そのうえJBの言葉もかなり危なくなっている。


 人間とは愚かなもので、本来ならば誰のものでもない真理を自分の都合で書き換え、あまつさえ自分自身が真理だと思うようになる。


 JBもまた救いがたい馬鹿であることは間違いない。


 馬鹿と馬鹿。ある意味でお似合いなのかもしれない。



 ちなみに、このままJBが広域破壊をしたらどうなるのか、という興味も少し湧く。


 彼の広域破壊は、普通の都市ならば地表部を吹っ飛ばすだけの力がある。


 完全に更地には難しくても、多くの建物は瓦解し、崩壊するに違いない。


 一方で、グラス・ギースには城壁と防護結界が張られている。


 結界は主に城壁上部に張られているが、厚さ千メートル以上に及ぶ城壁そのものもそれなりに強固だ。


 JBが力を解放したら、門も吹き飛ぶのだろうか?


 城壁をどれくらい壊せるのだろうか?


 結界は持ちこたえられるのだろうか?


 そういった要素があるため、この両者の対決はなかなかにして興味深い。


 観客としてはこのまま見たいという欲求に駆られてしまうのだが、やはりそれは自分には関係ない他人事だからだろう。


 実際にそんなことをされれば、ここにいる人間すべてが死に絶えてしまうのだから大惨事だ。




 そんな時である。




 ぱんぱんぱんっ




 乾いた音が響いた。



 それと同時に発射された弾丸が、JBの頭を―――



 ドガドガドガッ ぼぼんっ



 破壊。



 着弾した銃弾は頭の中にとどまり、戦気によって膨張して爆発を引き起こした。


 それによってJBの頭部が粉々に吹き飛ぶ。



「っ…! え!? 俺、何もしてないぞ!!」



 いきなり目の前で頭部が破裂したものだから、ビッグは激しく狼狽する。


 もちろん彼がやったわけではないし、何かできるだけの実力もない。



 やったのはライダースーツの男、クロスライル。



 いつの間にか近づいていたクロスライルは、片手に『ガンソード(リボルバーに銃剣が付いたもの)』を構えていた。


 西部劇に出てくるカウボーイのように、くるくるとガンソードを回しながら、ゆっくりとこちらに歩いてくる。



「世話焼かせんなよ、イカ野郎。それは駄目だっつったろーが。そろそろ覚えろ」



 ぼしゅうううう



 頭部が爆発した結果、水風船に穴が開いたように力が抜けていった。


 このおかげで、いきなり爆発、という事態にはならないだろう。


 クロスライルの手慣れている様子から、これが緊急手段として正しい対処方法であることがわかる。


 大技は力を溜めるのに時間がかかるのが相場だ。


 やる場合は万全の準備と『護衛』が必要となる。その護衛は暴発を防ぐ役割も担っているのだ。




 こうしてクロスライルによって、破壊は止められた。


 だが、脅威が完全に去ったわけではない。



(…彼、強い。このニートと同等…いや、それ以上の強さだわ)



 マキは、近づいてきたクロスライルの実力も即座に見抜く。


 すでにJBは力の解放を始めていた。彼の身体全体にも戦気や強いエネルギーといったものが展開されていたのだ。


 それを貫通するだけでも難しいのに、銃弾を頭部に完璧に当てつつ戦気を操って爆発させた。


 銃の腕前、戦気の維持力、遠隔操作と、どれも凄まじい技量の持ち主である。


 しかし、マキが警戒したのは、単純な強さだけではなかった。


 人間の印象は全体の雰囲気で決まるとは、すでに述べた通りだ。


 では、クロスライルの印象は―――



(何かしら…とても危険な感じがする。まるで荒野にいるような緊張感があるわ)



 一緒にいるだけでほっとするような人、というワードは女性には人気かもしれない。


 誰だって心の平穏を求めているし、優しい男性が好みだろう。



 だが、クロスライルが放つ気配は、真逆。



 一瞬、ここが荒野のど真ん中になったかのような不安と警戒感を抱かせる。


 仲間が誰もいない魔獣だらけの荒野。これほど怖ろしい場所は存在しないだろう。


 それでも彼は独り平然とその場所に立って笑っている。その空気を存分に楽しんでいる。


 そんな危険な香りのする男という印象を受けたのだ。



 この男は―――危険。



 見た瞬間にそれがわかる。


 この男だけでも危ないが、当然ながらJBも健在である。



 しゅるるる あみあみ



 出現した紐によって頭部が編まれて再生していく。


 その瞳は自分を撃った者、クロスライルを睨みつけていた。



「いきなり何をする」


「あぁん? 同じことを言わせんなよ…って、オレが頭部を壊したから聴こえなかったのか。いいからよ、これ以上は揉めるなって。全部吹っ飛んだら賭けどころじゃなくなるからよ」


「なんだと。ネイジアの思想より優先すべきことはない!」


「オレもてめぇにかまいたくはないがよ、これ以上やると『おっかないお兄さん』たちに怒られちまうぜ。カカカッ」


「むっ、この気配は…」



 JBの視線が、マキを越えて門に向けられる。


 彼は門を見たわけではない。


 その中、背後にいる者たちの気配を感じたのだ。




 ギギギギッ ごごごごごごごっ




 視線が集まるのを待っていたように、ゆっくりと門が開いていく。


 まだ薄闇に包まれた世界の中で、門のかがり火(燃料はジュエル)に照らされた者たちがいた。


 その数は二十人といったところだろうか。それなりの人数だ。


 ここは一日何千人と通行する場所なので、それだけならば何ら珍しくもないだろう。


 が、そこにいた人物は、東門では極めて珍しい者であったといえる。




「異邦人の皆様、ようこそグラス・ギースへ」




 青い武術服を着た黒髪の美青年がいた。


 言わずもがな、セイリュウである。


 彼が東門に来ることは非常に珍しい。普段姿を見ることもないため、レア感が半端ない。


 さらにもっとレアなことがある。


 彼の背後には取り巻きの人間が立っていた。


 すべての者たちが、頭まですっぽり覆う青い外套を着ているので、これまた異様な集団に見える。


 しかしながら、その外套よりももっと異様なのが、そのすべてが【仮面】を被っていたことだ。



 仮面。



 仮面と聞けばホワイト商会を思い出すが、なにも彼だけの専売特許ではない。


 素性を隠すのならば、黒マスクや仮面は常套手段だ。実際に狐面たちも使っていた。


 べつにセイリュウたちが使ってはいけない決まりもないだろう。


 だが、そこに異様な気配を感じることも事実だ。


 なぜならばこの大きな門を開けたのは、その中の一人だったからだ。


 一般人が十人がかりで開閉させる門を、たった一人でいともたやすく開けた段階で、この集団が只者ではないことがわかる。



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