518話 「ストリング・エバーマインド〈救済思想の組紐〉」


「はぁはぁ…はぁ……」



 ふらふら がた


 マキがふらつき、地面に片膝をつく。



(久々にやったけれど…きついわ! 身体中の細胞がバラバラになりそう! これじゃ戦気の放出も難しいかも…)



 『鉄鋼拳』を発動させている間は、強制的に細胞分裂を加速させている状態になる。


 アーブスラットが死痕拳を多用しないのは、細胞に深刻なダメージを与えてしまうことを考慮してのことだ。


 戦気の根源である生体磁気は、細胞の力によって引き起こされるものでもあるので、細胞へのダメージは武人にとって致命的である。


 アーブスラットが『寿命戦闘力転化』スキルを使った際も、瞬く間に老化が進んでいた。


 この技の系統は強力な一方、自分自身を犠牲にしなければならない諸刃の剣なのである。


 ただ、幸いなことにマキは『寿命戦闘力転化』を使うことができないので、短時間の鉄鋼拳の使用ならば老化までには至らないだろう。


 それでも消耗度は普通の技の比ではない。一度使っただけで動くのもやっとの状態に陥る。



(私にこの技を使わせるなんて、とんでもないやつだったわ。でも、仕方ないわよね。こうでもしなければ止められなかったもの)



 鉄となり、バラバラに砕け散った「元JBだった物」を見る。


 落ちている物体のサイズはバラバラだ。


 数十センチ大の塊もあれば、粉々になっている箇所もあり、頭部に至っては原形をとどめて転がっている。


 それを見ると、人を殺したという多少の罪悪感は残るが、JBは危険な男だった。


 あのまま放置していたら都市の害悪になっていただろう。


 マキも致し方のないことだと自分を納得させるしかない。



(それにしても、こいつは何だったの? 都市への来襲が目的だったのかしら? そういえば、あいつに話しかけている人がいたような…彼らも仲間?)



 マキが、少し離れた場所にいる二人の男に視線を移す。


 ライダースーツの中年男もこちらを見ているが、そこに敵意といったものはなかった。


 ただタバコを吹かしながら、じっと見ているだけだ。


 もう一人の長髪の若い男も、静かな視線でこちらを見ている。彼にも敵意はない。



(あら? あの若い男の人って…どこかで見たことがあるような…? 気のせいかしら?)



 人間の印象を決めるのは「全体の雰囲気」である。


 ラブヘイアの面影は残っている。姿かたちに大きな変化はない。


 だが、彼から放たれる静かで強いオーラは、今までのものとは大きく異なっていた。


 従来の彼は、自信の無さや将来への不安から目立たないようにしていたが、今は内部に確固たる自信を持っている。



 その中に「神」を持っているのだ。



 全能なる神、無限なる神、世界のすべてを構成するのは神以外にはありえない。


 それを見つけた時から、彼は変わった。中身はまったくの別人になった。


 そういった事情もあり、マキがわからないのも致し方ないだろう。(もともとたまに見かける程度で、仲良くないことも大きな要因である)




「なんだぁ! あいつ、負けちまったぞ!!」


「門番の姉ちゃんのほうが強かったか!!」


「ってことは、賭けは…俺の勝ちってことか! やったぜ! おい、支払いを頼むぜ!!」


「………」


「おい、聞いてるのか?」



 マキに賭けた男が、クロスライルに支払いを求める。


 だが、彼はタバコを吹かしたまま黙っていた。



「なんだ? なんで黙ってるんだ。早く金を出せよ」


「…あ? まだ終わってねぇだろうが」


「あんた、何言ってんだ。もう終わっただろう?」


「そっちこそ何を言ってんだ。それともこっちの地域じゃ、勝負ってのは先に倒れたほうが負けなのか? ただの『ダウン』じゃねえか。もうちょっと待てよ」


「ダウンってそんな…死んでるじゃないか」


「ああ? …あー、あー。そうかそうか。カカカッ、悪いねぇ。あんたらは知らなかったんだな。知らないなら、しょうがねぇなぁ」


「…何のことだ?」


「いいから、もうちょっと待ってろよ」


「待てって言われても…」


「いいからいいから。待ってなって。ぼったくりゃしねえよ」


「…どうする?」


「いや、どうするって言われてもな…待つのか?」


「うーん、どう見ても死んでるんだがな…」



 クロスライルに持ち逃げする様子がなかったため、男たちも互いに顔を見合わせて困惑する。


 誰がどう見ても勝負は終わっている。


 身体が粉々に砕け散ったのだ。人間ならばもう死んでいるはずだ。




 それが普通の―――人間ならば。




「まあしかしだ、あのイカ野郎も油断しすぎだぜ。こういう能力者だっているんだ。遊びが過ぎたな。が、ちょうど脳みそも腐っていたから、リフレッシュにはちょうどいいか」





 ごとっ ごとんっ




「…え?」



 誰もが動きを止めている中、マキの視界に動くものがあった。


 一瞬それが何かわからなかった。


 まず動くとは思えないものだったことも大きな要因だろう。



 それは―――足



 JBの『左足』。



 その足だけは鉄化しておらず、肉のままだった。


 マキの攻撃は上半身に集中していたため、足まで鉄化が及ばなかったのだろう。


 それが上半身がバラバラになった影響で切り離されたと思われる。



 彼女も、そこに注意など払わない。



 足は人体にとって重要な部位だが、所詮は付属品にすぎない。


 人間の身体の主要部分は、頭部や胸、腹、股間に集中している。


 足は病気や事故においても、他の部位に悪影響を及ぼすとわかれば、わりと簡単に切り捨てられることが多いパーツである。


 武人も最悪はアル先生がやったように『義体術』でカバーすることも可能なため、必須という部分ではないだろう。


 かの天覇公も、手がなくても放出系の技を極めることで大成したのだ。


 だから彼女が、JBの足にそこまで気を取られる必要はなかった。



 だが、武人の世界においては、すべての可能性を捨てるべきではない。



 足が動き―――



 にょろろろ にょろろろっ



 切断部分から、いくつもの紫の紐が出現する。



 にょろろろ にょろろろっ


 にょろろろ にょろろろっ

 にょろろろ にょろろろっ


 にょろろろ にょろろろっ

 にょろろろ にょろろろっ

 にょろろろ にょろろろっ


 にょろろろ にょろろろっ

 にょろろろ にょろろろっ

 にょろろろ にょろろろっ

 にょろろろ にょろろろっ



 最初は数本だったものが、一秒ごとに二倍の数になって増殖していく。


 その紐は「編み物」のように急速に絡まり合い、結合し、縫い合わされ、あっという間に足の付け根の部分まで『創造』してしまった。


 それからは速い。


 画像ソフトでコピーと反転をしたように、もう片方の足が生まれつつ、根元となる腰の部分が生まれ、腹が生まれ、胸まで出来上がる。


 人間にとって重要なパーツである心臓も、この紐によって簡単に編まれていく。


 他の部位よりは時間がかかったが、それでもたった三秒という驚異的な速度で「創造」されていった。



(何なの…これは)



 マキも異様な光景に絶句する。


 そうして絶句している間も胸から上が紡がれ、腕にまで伸びている。



 もはや―――「工作」である。



 造物主は、塵から人を造ったという。


 「そんな馬鹿なことを誰が信じるか」と思うかもしれないが、今目の前で起こっていることは、まさにその状況と一致する。


 思えば人を含めた生物そのものも、受精卵の状態から母体の栄養だけで成長する驚異的なものといえる。


 あんな小さなものから、プロレスラーやラガーマンになる屈強な男たちも生まれているのだ。


 我々が意識しないだけで、世の中は実に怖ろしいシステムで成り立っているのかもしれない。




 にょろにょろにょろ



 ぐっ ぐっ ぐっ




 そして、JBの頭部まですべてが編まれ、全身が完成した。




 顔立ちはモンゴル系力士とでも言おうか。


 思った通り特に美男子ではないが、ブサイクというカテゴリーにも入らない。


 「まあ、こういう顔なんだな」といった程度である。そこはどうでもいいポイントだろう。



(…あっ! 『あそこ』が…無いわ)



 マキも年頃の女性だ。


 相手が誰であれ、いきなり裸の男が出現したとなれば、自然と股間に目が向いてしまうのも仕方がない。


 だが、そこには何も無かった。


 男を象徴とする「例のもの」がまったく見当たらない。


 アンシュラオンがやったように、戦闘中は邪魔になるので肉体操作で隠すことが一般的だが、JBの場合は最初から存在しないのだ。


 なぜならば、この身体は人間社会で活動しやすいように便宜的に造られただけであって、そもそも必須のものではないからだ。


 彼は他者あるいは異性を必要としない。


 それ単体として、すでに完成されている。




(さすがは『生体兵器』。普通の方法では殺せないというわけですか)



 『工作』を見ていたラブヘイアも、JBという存在を改めて認識する。


 彼は元人間であって、今は一般的な「ヒト」と呼べる存在ではないのだ。


 彼は【救済】を成すためにその身を捧げ、兵器となった者。


 その中に「神」がある限り、彼が死に絶えることはない。


 ラブヘイアも荒野でJBと戦ったが、あのまま続けていたら終わらない戦いに消耗していたことだろう。(JBも干からびるが死にはしない)


 それを思えば、何も知らないマキに同情すら感じてしまう。


 「普通に戦えば」、まず勝ち目がないからだ。





「んん…んん……」



 ばきん ごきん


 JBが生まれたばかりの首を回す。


 それからしばらく周囲をじっと見つめていた。



「………」



 ボケッとしている。


 虚ろな目は、まだ何も映してはいない。


 おそらくだが、脳もまだ造られたばかりで正しく機能していないのだろう。


 PCを初期化したら、最初に起動するまでの準備が必要なのと同じだ。



(まずいわ。これは…まずい)



 マキの表情が強張る。


 鉄鋼拳は、彼女にとって奥の手だ。最終攻撃手段だ。


 無茶な細胞増殖によって、見た目ではわからない深刻なダメージを受けている。


 これ以上の戦闘継続は致命的な後遺症を残すことになるだろう。それ以前にもう力が出ない。



 それと比べ、JBの力はほとんど減っていない。


 創造作業で多少の力は使ったが、彼の肉体のコストはそこまで高くはない。


 むしろ高いのは紐から出すエネルギーのほうだ。炎や雷といったもののほうが高くつく。


 言ってしまえば、最近のプリンターのようなものだろうか。本体よりもインク代金のほうが高い、という現象に酷似している。


 そのインクの燃料も、まだ多くの力を残していた。




「はぁあ…【思想】が…満ちる。ネイジア…わが神よ」




 裸のJBは両手を広げて天を見上げ、涙を流す。


 このエネルギーはどこから生まれるのだろう?


 まず、それが最大の疑問点である。



 その答えは、何度も言っているように彼の『思想』から生まれるのだ。



 考え方、傾向性、行動規範。


 精神エネルギーが一定の流れを得て、形が定まったものを【思想】と呼ぶ。


 思想とは、怖ろしい力だ。


 資本主義、共産主義、博愛主義、あらゆる主義の根幹にあるものが思想だ。


 我々が「当たり前」と思うことすべてが、思想によってかたちづくられている。


 思想が違えば男女が一緒にいることも禁忌になるかもしれないし、朝お腹が空いていてもご飯を食べられない習慣があるかもしれない。


 そういったすべてのものが思想によって成り立つわけだ。


 大学を卒業したら就職しなければいけない、老後は年金をもらわないといけない、というのも一つの思想(思い込み)である。(制度でもあるが、それも思想によって成り立つ)


 こうして世界各国の多様性を鑑みれば、思想は無数に存在するにもかかわらず、特定の思想は非常に強固でしぶとく、なかなか消えない。


 JBの力の根源も、まさにそうした想いの力なのだ。



 彼の中にある『ストリング・エバーマインド〈救済思想の組紐〉』が、純粋なまでの思想に反応して力を生み出し続けるのだ。



 ああ、美しきかな、偉大なる思想よ。


 思想こそ、人が人たりうる資質。


 思想なくして、何も得ず、何も成し得ず。




 だがしかし、それは他者にとって最悪最低の思想でもある。



 じろっ



 ついに目覚めたJBが、マキを発見。



 どす どす どす



 そして、ゆっくりと近寄る。



「くっ…」



(駄目だわ。動けない…!)



 マキのダメージは、思った以上に大きい。


 このままではなぶり殺しにされてしまうに違いない。


 結局のところ、これは攻撃力と持久力の勝負でもあったわけだ。


 マキの攻撃は火力が高く、殺傷力も高い反面、倒しきれなければ一転してピンチに陥ってしまう。


 それで相手に深刻なダメージを与えられればいいが、今回は相手が悪かった。


 なにせ身体を粉々にしても死なないような『兵器』だ。


 突然の出会いなので不運としか言いようがないだろう。



 JBの手が伸びる。



 マキに向かって伸びる。



 異様な状況に誰も動けない。


 観衆はもちろん、衛士たちの足も止まってしまっている。


 普通の感性の持ち主ならば、どうあってもこの場に立ち入るという発想自体が浮かばないだろう。



 そう、普通の感性の持ち主ならば。



 とことことこ



 がしっ



 だがしかし、その場に特殊な感性を持っている人間が、ただ一人だけいた。


 その人物は見えない壁を簡単に突破し、とことこと歩くと、無造作にJBの腕を掴んだ。



 そして、睨みつける。






「何してんだ、あんた?」






 そこには、麦藁帽子を被った―――ソイドビッグがいた。






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