517話 「『マキ VS JB』 その6【美しい顔】」


 JBが怒っていたのは、マキの顔だった。


 女性の顔にとやかく文句をつけるなんて、まったくもって最低の男だ。


 信じられない。許せない。こんな男は死んでいい。


 その思いに間違いはない。


 ただし、今回に限っては彼の言葉にも一理ある。




 なぜならば、マキの顔は―――




「ほんと、婚期を逃しちゃうわよね。こんな顔じゃ」




 マキは自虐的に笑う。


 笑おうとしているが、顔はまったく動いていない。




―――【鉄に覆われていた】




 からだ。



 腕に侵食した鉄がさらに伸び、肩を伝い、顔にまで到達している。


 見れば、鉄の侵食は全身にまで及びつつあった。体表の約七割以上が、すでに鉄化しているではないか。


 その色合いは、炎を受けて赤白く変色していたため、石膏(胸像等の素材)で出来た像と見間違えそうなほどだ。


 そのせいで表情も固まっており、恐怖とは程遠い無機質なものになっていた。



 マキはアーブスラットと似ている武人ではあるが、細胞操作は繊細な作業と持続力が求められる能力であり、単に忍耐力に長けているからといって扱えるものではない。


 アーブスラットの素養の高さは、波動円の扱いの上手さを見てもわかるだろう。


 一方、マキの波動円の性能は一般的だ。


 これは彼女のほうが、維持よりも放出に長けていることを示してもいる。


 火力だけならばマキのほうが上だが、細かい動作はアーブスラットに敵わない、といったところだろうか。



 よって、彼女自身で増殖を止めることができない。



 戦気の放出を止めれば増殖も止まるが、戦闘中にそんなことはできない。


 だからこそ変質するままに任せて、少ない時間制限の中で短期決戦を挑むしかないのである。




「貴様…! もっと怯えろぉおおおお!! なんだ、なんだ、その顔はぁあああああああああああああああ!!」




 それがJBには気に入らない。


 彼女の表情が鉄によって固められているからだ。


 彼が求めていたものではないからだ。



 彼は、その顔をこう評する。




「それが人間的なものだといえるのか!! 【醜い顔】めえええええ!」




 人間とは、感情があるもの。


 人間の魂は、本来感情的で反応的なものである。


 怯え、竦み、逃げ惑う。そういったマイナスの面があるからこそ美しいのだ。


 JBはその中に美を見い出していたようであるが、マキからすれば大きなお世話だ。



「勝手にあなたの価値観を押し付けないでちょうだい。ほんと、まったくもって迷惑な人ね。そして、哀れな人だわ。そんなことでしか人の価値を判断できないなんてね」


「貴様! 蔑むか!! この私を!! そんな資格が貴様にあるものかああ!!」


「蔑む? そんなことはもうしないわ。本当なら同情してあげなくもなかったけれど、あなたはやりすぎたのよ。調子に乗りすぎたの」


「調子に乗っているのは貴様だ! この程度で私を殺せると思うなよ! はははは! こんなもので…!! こんな……ぬぐうっ!!」



 JBは、たかだか腹に腕が突き刺さったくらいでは死なない。


 マキもそれくらいのことはわかっている。


 しかし、これまた忘れてはいけないことがある。


 死痕拳とは、そもそもどのような攻撃手段だったか?


 打撃技だろうか? 貫通技だろうか? 衝撃技だろうか?



 否。



 否、否。



 これは、これは、これは―――!!




 ズズズズズッ バキバキバキバキッ!!




「なんだ…!! 腹が……【硬い】!!!」




 JBが、腹に『しこり』を感じる。


 彼の紐は血管なので、硬いとは言いがたい。


 黒紐も攻撃手段の一つだが、しなやかでむしろ柔らかいものといえるだろう。


 だからこそ彼の身体に硬い部分など存在はしないはずだった。


 しかし、腹に感じた『しこり』の違和感は、どんどん広がっていく。




 ズズズズズッ バキバキバキバキッ!!


 ズズズズズッ バキバキバキバキッ!!


 ズズズズズッ バキバキバキバキッ!!




「ぬうううっ!! これは…鉄……だと!!」




 腹が―――【鉄化】していた。



 マキの鉄の拳から入り込んだ『鉄の細胞』が侵食を開始。


 次々とJBの細胞に襲いかかり、喰らい、養分にして増殖していく。


 あっという間に彼の腹から胸、腹から下腹部が黒ずんだ鉄に変質していた。



 そうだ。これが死痕拳の怖さである。



 死痕拳が怖れられるのは、相手に細胞を送り込んで内部から破壊するからだ。


 入り込んだ細胞は周囲の細胞を侵食しながら肥大化し、内部で爆発して食い破る。


 どんなに鱗が厚い魔獣でも体内から破壊されればどうしようもない。実に怖ろしい技だ。


 ただ、マキが持つ亜種は、増殖の過程で鉄化を引き起こすので、体内で爆発するようなことは起こらない。


 その代わり彼女と同じく、全身が鉄になって固まってしまうのだ。


 当然ながら、それは【死】を意味する。もはや人間ではなくなるからだ。




「私の身体に不純物ガガガアアアアアアア!! 排除、排除、排除だぁああああああ!!」



 JBの不快感が最高潮に達する。


 彼にとって自己は「救済の思想」によって生まれている。そこに誇りを抱いている。


 そんな『聖域』に他者の想念(あるいは物質)が入り込むことは、最大の不快として認識されるのだ。


 ずるずるずる ばしゅしゅっ


 JBが紐を出して、マキの腕や侵食された細胞を引き剥がそうとする。



 だが、紐が近づけば―――


 バキバキバキバキッ



 新しい餌がやってきたといわんばかりに喰らいつかれ、侵食されていく。



 ならばと次は赤い紐を取り出し炎を出すが―――


 じゅうううううっ



 鉄は熱を受けて柔らかくはなれど、その形状まで大きく変えるには至らない。


 正しく述べれば、鉄は1500度前後で溶解するので、この鉄化現象も一時的に抑えられなくはない。


 だが、マキの身体が一気に鉄に侵食されたのは、彼女の戦気を吸収して育ったからだ。


 同時にJBが放った爆炎も養分として吸収したからこそ、あの灼熱地獄の中でも生きていけたのである。


 今回も火のエネルギーすら吸収し、溶解する速度よりも速く侵食と増殖を繰り返す。


 だからまったく鉄化の速度は変わらなかった。



 バチバチバチバチッ


 雷を流しても通じない。流されていく。


 今のJBでは鉄化を止めることはできないのだ。




(嫌なものね。誰かを傷つけないと生きていけないなんて、これほど苦しいことがあるかしら。こんな力、望んでなんていなかったのに…でも、それに救われる。皮肉なものね)



 ズズズズズッ


 JBが鉄化していくのに対し、マキの身体から鉄が抜けていき、顔も普段の肉に戻っていく。



 これは自らの鉄化を【JBに押し付けた】のである。



 マキの『鉄鋼拳』スキルは、相手の中に鉄化した細胞を送り込み、侵食して内部から鉄にしてしまう怖ろしい技だ。


 だが、彼女自身では操作が難しいため、デメリットも相当なものである。


 下手をしたら自力で動けない鉄の像になってしまう可能性すらあるのだ。まさに自滅である。


 これを防ぐには戦気の放出をやめて静養するか、鉄製の武具を身につけるしかない。


 ただ、素早い動きを最大の特徴とする彼女は鎧を装備できないし、装備したらしたで鉄鋼拳そのものが使えない。(鉄壁門は内部での作用なので使えるが、動けないことは同じ)


 非常に危うく、非常に扱いづらいスキルといえるだろう。



 しかし、これを打開する唯一の方法がある。



 それが今やっているように、自分の手に負えなくなった無限増殖する鉄化細胞を相手に押し付けることである。


 これこそ死痕拳の性質そのものであり、この技の源流が細胞操作にあることを示すものだ。



 そして、これは皮肉である。



 『鉄壁門』は誰かを守るための力であるが、『鉄鋼拳』は相手を殺すためだけにある。


 うっかり発動してしまえば、誰か(生物)に押し付けない限り発動が止まらない。


 偶発的に得たものなので彼女に責任はないが、生きるために何かを犠牲にしなくてはならないのは苦痛である。


 相反する力を持ったことで、彼女はひどく悩んだ。



 【武】とは何か。武人とは何か。戦うこととは何か。



 武人ならば誰もが一度は悩むであろう「答えが出ない問い」に悩み続けた。


 陽禅流のように相手を滅することが目的だと断言できれば楽だったが、マキは守るために力を得たいと願ったのだから。


 その答えはいまだに出せていない。


 しかし、一つだけ自分自身に約束したことがある。



「だから決めたの。あなたみたいな危ないやつが出た時だけ、これを使うってね。だって、使うしかないじゃない。私が生きるために何かを犠牲にするってことから、目を逸らすわけにはいかないものね」


「惰弱、脆弱!! そのような弱い気勢でぇええええ!! 力を使うとは!! 力とは気高く強いもの!! 美しい思想のもとに扱われるべきものだ!! 弱者め!! 恥を知れ!!」


「恥を知るのはあなたよ! あなたのように無闇やたらに力を振り回すことだけが力じゃないの!! 自分の娯楽のために相手を苦しめるなんて、最低の行いだと知りなさい!!」



 耳の痛い言葉である。


 その話はぜひアンシュラオンにしてあげてほしい。




「それにね……私が一番ムカつくのは―――」






「人の顔を見て―――」








「醜いとか言ってんじゃないわよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」








 ドガドガドガドガドガドガッ!!!


 腕を引き抜いたマキが、怒りの形相でJBを殴りつける。


 まだ戦気を展開しているので、それを吸った鉄の拳は細胞増殖を続けるが、同時に殴りつけた箇所に押し付けていく。



 バキバキバキッ



 JBの肩が、顔が、殴られた箇所が鉄化していく。


 やはりマキは怒っていたらしい。


 それはそうだ。顔を醜いと言われてイラっとしない女性などいないだろう。


 猛攻と呼ぶに相応しい怒涛の連打が襲いかかる。



「これ以上、私の中に入ることは―――許さぬ!!」



 ぼちゃぼちゃぼちゃっ ゴンゴンゴンッ


 JBも鉄化した細胞を切り離し、新しい紐を創造することで対処していくが、殴りつける回数と侵食する速度のほうが速い。



 ドガドガドガドガドガドガッ!!!



 バキンバキンバキンッ



「ぐうぬうう……うううう…っっっ……ばかな……からだが……思想が……うごか……」



 次第にJBの身体が鉄化して動けなくなっていく。


 もはや反撃をする力もない。



「はぁあああああああああ!!」



 勝機を見たマキが、爆発集気。



 ボオオオオオオオオオオオオッ



 火が、燃える。


 凄まじい戦気によって侵食が進み、再度鉄の顔になったマキだが、炎に包まれた姿は無機質どころか、なぜかとても能動的で有機的に見えた。


 人の美しさはどこにあるのか。


 人の気高さはどこで垣間見られるのか。


 この力は、マキにとってもコンプレックスだった。劣等感だった。


 これがあったからこそ、彼女は異性を避けていた面があるだろう。



(これを見たら私のこと、嫌いになっちゃうかな? アンシュラオン君も…)



 JBが言ったように、鉄の顔など醜く薄気味悪いだろう。


 鉄の痣を鉄製の篭手で覆えばいいとはいえ、好き好んでこんな女をもらう者はいない。



 だが、心配ご無用だ。





―――「美しい」





 あの男ならば、そう言うだろう。


 人と違うからこそ価値がある。レアな輝きがある。


 アンシュラオンは、けっして見た目だけですべてを判断しているわけではない。


 彼女が放つ真紅の戦気、その根源たる魂の輝きを見ている。




―――「鉄の拳? いいじゃないか。それこそが君自身だ」



―――「誇れ。そうであることを誇れ!!」



―――「君の顔は、こんなにも美しいのだから」




 鉄化し、真紅の戦気に彩られた女性は、なんと美しいのだろうか。


 悩む姿もまた美しい。


 JBが惰弱だと罵る姿、人の弱さもまた気高さの一つなのだ。


 力にためらい、迷い、怖れる。


 それそのものがマキの強さの根源にあるのならば、大いにそうすればいい!




「あたぁああああ!!」




 ドゴンンンンッ!!!



 爆発集気で威力が増大したマキの拳が、鉄に侵食されたJBの身体を叩く。



 ビキイイイイイイッ



 ヒビ。



 大きな亀裂が縦に入る。




「ほぁったああ!!」




 ドゴンンンンッ!!!



 バリバリバリバリバリッ



 亀裂。


 ヒビはさらに大きく広がる。


 もはやJBは、自力で【部品の交換】を行うことができないでいる。


 完全に鉄の侵食に負けて紐が生み出せない状態だ。





 そして―――とどめ





「もう一度言うから、よーーーーーく、聞きなさい!!!」










「一昨日来なさぃいいいいいいいいいいいいいいいい!!」









 ドガーーーーーーーーンッ!!!



 ありったけの力を込めて、ぶん殴る。



 ビィイイイインッ



 その大きな衝撃で亀裂が限界に達し―――



 JBが―――弾ける。




 ボーーーーーーンッ バラバラバラッ




 それはまさに爆発。


 金属になった身体がバラバラに砕け散り、そこら中に散乱する。


 血も出ない。あの嫌な臓物の臭いもしない。


 ただただ鉄の塊が弾け飛んだにすぎない。



 これが『鉄鋼拳』。



 マキが普段は封じるしかなかった『死痕拳』の亜種である。




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