516話 「『マキ VS JB』 その5【鉄の痣】」


 マキがユニークスキル『鉄壁門』を発動させる。


 かなり条件が厳しいが、一度発動すればまさに鉄壁だ。


 いくらJBとて、そうそう簡単に破れるものではない。



 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!


 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!


 ボオオオオオオオッ

 ボオオオオオオオッ

 ボオオオオオオオッ


 バチバチバチバチッ

 バチバチバチバチッ

 バチバチバチバチッ



 期待通り、苛烈な攻撃をすべて受け止める。


 だが、物事には限界がある。



 バキンッ ぼろろ



 マキの手甲にヒビが入り、破片が零れ落ちた。


 ダメージは軽減しているが、所詮軽減にすぎない。


 本来ならばこのまま攻め疲れを待ちたいところであるも、JBの攻撃が減衰することはまったくなかった。


 これだけの攻撃を続けていても体力が減っていない。それだけでも怖ろしいことである。


 都市の地表部を丸々更地にするだけの燃料が積まれているのだから、これくらいの出力はたいしたものではないのだろう。


 魔獣のほうが数も多く、体力も高かったために広域破壊を使ったが、マキ一人が相手ならばスタミナ切れの心配もない。


 このままの持久戦ではマキに勝ち目はないだろう。



 また、スキルにも発動時間があるので悠長にはしていられない。


 特にこの力は他人から移植されたスキルであるため、長時間の使用は細胞にダメージを与えることになる。


 この点はアーブスラットの弱点と似ているところがあるだろう。


 そして、この技を完全に扱うためには、細胞操作を完璧にこなさねばならない。


 これも普通の武人にできるわけがない。素養があったアーブスラットだからこそできたのだ。


 あるいはコウリュウやJBのように、特殊な措置を受けた者でなければ不可能なことだ。


 JBの攻撃もますます威力が上がっていくため、もうじき耐えられなくなるだろう。


 マキにとっては悪い状況が続く。



 しかしながら、忘れてはいけない。



 アーブスラットが持っていたユニークスキルは、一つではない。




(そう…ね。そうよね。もう【外しちゃっても】…いいわよね。外れちゃうんだから、しょうがないわよね。あーあ、外れちゃうんだ…)



 バキッ バキバキッ


 手甲へのダメージが蓄積し、ついに限界に達する。


 バリンッ ゴトゴトッ


 真っ二つに割れた篭手が落ちると、マキの腕が露わになる。


 彼女は普段から篭手を外さない。人前で外すことはないだろう。


 同僚の門番も付けていないところを見た者はいないに違いない。




 その理由は―――【痣】




 露わになったマキの手、その腕の一部には大きな痣があった。


 これはアーブスラットから細胞を移植された時、どうしても消すことができなかった【傷痕】だ。


 皮膚ガンや重度の火傷の跡と同じように、醜い染みが腕に広がっている。



(相変わらず、気持ち悪いわね)



 女性ならばコンプレックスになってしまうのも仕方がない。


 マキ自身も、この傷を見るたびに複雑な心境になる。


 あの篭手を常時付けているのは、これを隠すためでもあったのだ。



 しかし、彼女はただ恥ずかしいからという理由で、この痣を【封じて】いたわけではない。



 ドクンッ ドクンドクンッ


 鉄で出来た篭手を外した瞬間、痣が疼き始めた。


 ずずず ずずずずずっ


 黒ずんでいた痣がマキの戦気を吸い、さらに大きく広がっていく。


 瞬く間に広がった痣は、両手の指先から肘まで【侵食】を開始していく。



 マキの腕が―――黒に染まる。



 これも見覚えがある。




 これは―――死痕拳しこんけん




 アーブスラットが持つ最大の力にして、できれば使いたくなかった最終攻撃手段である。


 その威力は知っての通り、戦罪者であっても一撃で葬れる力を持っている。


 死痕拳も美癌門と原理は同じなので、美癌門が使えるということは死痕拳も使えるということだ。


 ただし、彼女のものは本家のものとは違った。



 美癌門が鉄壁門になったように―――



 ビキビキビキッ!!



 黒ずんだ手が、燃えるような戦気を吸収し【鉄】になっていく。


 細胞が変質を起こし、人の手から鉄の手へと変化していく。



 比喩ではない。そのままの意味で【鉄化】しているのだ。



 こうなった理由と原因はまったくの不明だ。


 もともと無理があった移植なので、拒絶反応が起きて変質したのかもしれない。


 あるいは彼女の傾向性に合わせようとした結果、細胞が自発的に進化を選んだのかもしれない。


 ともあれ、痣を放置しておくと戦気を吸収し続けて全身にまで広がっていく。


 そうなれば長時間戦えないどころか日常生活にも支障が出るので、最初はショックを受けたものだ。



 唯一の解決策は、同じ鉄と接触させると増殖が収まることである。



 同種のものには干渉しない性質があるのか、鉄製の篭手を付けていると戦気を吸わなくなり、腕を侵食することもなくなった。


 栄養が足りなくなれば痩せ細るように、無くなることはないものの、放っておけば次第に小さくなっていくのだ。


 だから彼女は、普段から篭手を身に付けているわけだ。



(【殺してもいい】わよね。もう殺すしかないのなら、殺すしかないのよ)



 そして、これはマキにとって【ストッパー】でもあった。


 普通ならば篭手や手甲は打撃武具(保護武具)の一つだが、ボクサーのグローブのように「相手を守る」ことにも繋がっていたのだ。


 けっして武器のために使っていたわけではない。


 相手を殺さないために使っていたのだ。



 それが―――外れる。



 自分で好きに外したわけではない。そうさせたのは相手だ。だったらしょうがない。


 そんな免罪符もあったのだろう。



 マキの中に【殺意】が芽生える。



 ボオオオオオオッ ジュウオオオオオオオ



 それに伴って戦気の質も変わっていく。


 殺す覚悟を決めた瞬間から、戦気はより強靭に、より鋭く、より【怖く】なっていく。


 ナイフを見せびらかす者は、怖くない。


 ナイフを何も言わずに刺す者こそ、怖いのだ。


 そういった怖さがマキにも宿る。



 JBはクズだ。



 ならば、死んでもいい。





「ようやくその気になったか!! ゴングは鳴っているぞ! こいいいい!」



 マキの戦気の変化を一番喜んだのは、誰よりもJBであった。


 殺し屋の彼にとっては、この状況が普通。


 逆に相手を殺すつもりがない武人は、武人とは呼ばない惰弱な存在だと罵るくらいだ。


 今ようやくにしてマキは、JBの舞台に上がる資格を得たのである。



(ならば大歓迎だ! もてなそうではないか!!)



 ズルズルズルズルズルッ


 JBはマキに見えないように足裏から新たな紐を創造すると、地面の中に隠した。




 それと同時に、マキが駆ける。




 門から離れ、こちらに向かってくる。


 彼女の顔は若干強張っている。おそらく最後の勝負を仕掛けるつもりだろう。


 まったくもって予想通りかつ、期待していた通りだ。


 にやり


 上半身に残っていたフードで顔は見えないが、JBの口元が笑ったのがわかった。



(くくく! 焼き尽くしてくれるわ!)



 最初のプランに戻った、というわけだ。


 腕の変色は気になるが、こちらに到達する前に片はつく。


 その瞬間を待ち遠しく思いながら、マキを誘う。



 ヒュンッ!! ヒュヒュンッ!!

 ヒュンッ!! ヒュヒュンッ!!

 ヒュンッ!! ヒュヒュンッ!!


 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!



 黒紐の攻撃をマキはよけない。


 くらうがままにくらいながらも、足だけは止めずに駆けてくる。



 ボオオオオオオオッ

 ボオオオオオオオッ

 ボオオオオオオオッ


 バチバチバチバチッ

 バチバチバチバチッ

 バチバチバチバチッ



 火炎や雷撃も気にせずくらう。


 腕以外の場所が焼けようが貫かれようが、それにも動じず向かってくる。



 その心―――鉄の如し



 一度決めたら最後までやり抜く覚悟が見られる。



(いいぞ! いいぞ!! それを打ち砕くのが愉しいのだからな!!)



 JBにクズ臭が漂っていることからも想像はつくと思うが、彼はアンシュラオンと似たような傾向性を持っている。


 相手がとことん絶望する顔を見て楽しむ、というゲスの娯楽である。


 こんな男と主人公が同じ趣味なのは大問題な気がするが、当人の性癖の問題なので口を挟むことはできない。


 マキが少しでも勝てると思ってくれているのならば、むしろ大歓迎。


 その自信を完膚なきまで叩き潰し、屈服させるのが最高の瞬間なのである。




 そして、マキが『その場所』に到達。




 ズルズルズルッ!! ボゴンボゴンッ!!



 隠してあった紐が大地から飛び出てくる。


 それは今までの紐と比べて二倍近くの太さがあった。



 どくんどくん どくんどくん



 紐が脈打つ。


 その姿は、もはや紐というより触手か【血管】に近い。



 そう、JBの紐は【血管】なのだ。



 彼の中にある【心臓】から、エネルギー源である血を渡すための通路でしかない。


 心臓から出る力は、ほぼ無色である。それを加工して炎や雷撃に変えているにすぎない。


 実質その可能性は、無限!!




「私の力は!! ネィイイイイジアァアアのもの!! 神の力なのだぁああああ!!!」




 どくんどくんどくんっ!



 ぐぐうううう ドボオオオオオオオッ!!



 膨れ上がった血管から血液、もとい大量の爆炎が放射される。


 これが本来の出力。巨大な岩石でさえ一瞬で溶解する炎。


 こちらが火炎放射器だとすれば、今まで出していた赤い紐の炎はライターに等しい。



 彼女を囲むように出現した紐から、巨大な爆炎がマキに襲いかかる。



 マキは、よけない。



 よけられない。



 炎に突っ込むように、真っ直ぐにこちらに向かってくることしかできない。




「笑止!! 笑止笑止笑止!! 焼死ぃいいいいいいいい!!」




 すべてを溶解させてやる!! してしまえ!!


 それは笑止であり、焼死への道に一直線の道なのだ。



 ぼおおおおおおお


 ぼおおおおおおお


 ぼおおおおおおお



 マキが爆炎に包まれた。


 それによって彼女の動きが止まる。


 炎の勢いは激しく、たとえ抵抗していても圧されるのだ。


 こうなれば、もはや焼け死ぬしかない。


 すべてはJBの思い通り、成すがまま、自由自在。



「ふはははははは!! 燃えろ!! 燃えろ!!!」



 愉快犯の放火魔かのごとき発言をしながら、JBが高笑いをする。


 唯一残念なことは、ちょっと火が強すぎて顔が見えないところだろうか。


 見えるのは、火の中で揺らめく人影だけ。


 今頃中は灼熱地獄だろう。こうなれば骨さえも残るか怪しいレベルだ。



 それもまた致し方ない。


 若い女を焼き殺す瞬間は、いつだって最高である。


 その愉しみを得るためならば多少は我慢しなくてはいけない。


 ステーキに付け合わせはあったほうがいいが、なくてもいいのと同じだ。




 ぼおおおおおおお


 ぼおおおおおおお


 ぼおおおおおおお



 ………



 ぼおおおおおおお


 ぼおおおおおおお


 ぼおおおおおおお



 火は燃え盛り、マキと地面を焼いていく。



 焼いていく。


 焼いていく。


 焼いていく。



 ………



 焼いていく。


 焼いていく。


 焼いていく。




(…まだ影が残っている。死んだまま立っているのか?)



 思ったより、長い。


 かなり炎を放射しているのに、相手が焼け死ぬまでに時間がかかっている。


 今までの経験上、普通ならばもう人影すら残さず、火は昇華されているはずだ。


 だが、いまだ炎の中には人の形をした影が揺らめいている。



(これならば顔が残っているかもしれんな)



 わずかな期待。


 焼け爛れた顔であっても、恐怖に彩られたものならばわかるものだ。


 怒りや憎しみ、恐怖、後悔、さまざまな感情が宿された死に顔は、とても美しい。


 自分が自分であるために、ぜひとも見たい。



「見たい…見たい……見たいぞぉおおおおおお!!」



 そんな欲求に耐えきれず、JBが炎を止める。



 ぼおおおおお じゅうううううう



 炎が消えていく。


 地面は完全に焼け焦げ、溶解し、どろっどろのほっかほかだ。


 もし一般人がうっかり踏んでしまったら、靴ごと足が一瞬でなくなってしまうことだろう。


 そんな場所にマキはいたのだ。


 さぞかし「おいしく焼けました」状態になっているに違いない。




「くくくっ! どれどれ!! 見せてみろおぉぉ!!」




 そうしてJBが近寄った瞬間―――




 ゆらり




 人影が動いた。



 ついに立っていられなくなって倒れる光景かと思って、JBは完全に油断していた。



 そこから―――




 よーーーーい ドンッ!!




 百メートル走のスタートダッシュのように、人影が弾けた。



「っ―――!!」



 JBは動けない。あまりに速かったからだ。


 力を溜めて溜めて溜めて溜めて、引き絞って放たれた矢に対応することなどできない。



 人影が一瞬でJBに接近すると、そのままの勢いで腕を―――突き刺す!!



 ズブウウウウウッ ブチブチブチブチッ!!



 身体を構成している細かい紐をぶち破り―――



 【鉄の拳】が―――身体を貫通する。



 赤覇・烈火塵拳でも貫通までに至らなかったのに、この鉄拳はいとも簡単にJBの身体を破壊したのだ。



「ぬぐうう……貴様!! なんだ……なんだというのだ!! なんだぁああああ! なんだぁああああああああああ!! その…その………!!!」



 JBの顔が怒りに満ちる。


 顔は見えないが、口元が激しい怒りを表現していた。


 これはこれで「怒り」という感情を表現できたので、彼にとってはよかったのかもしれない。


 なにせ同じく感情がないサナでさえ、怒りを覚えるのに相当な時間がかかったのだ。


 彼もまた怒りを思い出すのに苦労したことだろう。


 ただ、彼が怒っているのは身体を破られたことではない。



 では、何に怒っているのかといえば―――





「なんだ!! その―――【顔】はぁあああああ!!」





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