515話 「『マキ VS JB』 その4【鉄壁の門】」


 マキが門を背にする。


 もう逃げ道はなくなった。



「くくく、鬼ごっこは終わりか? ならばそこで朽ちるがよい。少しずつ削り取ってやろう!」



 ヒュンッ!! ヒュヒュンッ!!

 ヒュンッ!! ヒュヒュンッ!!

 ヒュンッ!! ヒュヒュンッ!!



 黒紐は彼女の周囲を覆うように展開され、さらに逃げ道を塞ぐ。



(さぁ、来るか? いいぞ。来たらまた楽しませてやろう)



 実はこれ、JBの『罠』である。


 マキの戦い方を知ったJBは、こうして黒紐を分散させることで相手を誘っているのだ。


 周囲に展開すればするほど紐自体の『密度』は低くなる。


 となれば相手は一発逆転をかけて、再度一点突破を狙ってくるに違いない。


 そこで待ち受けるのが電撃と火炎だ。


 JBはもっとも攻撃力が高い電撃と火炎の両方を操れる。数多くの敵を滅するために生み出されたからだ。


 待ち伏せで一気に最大火力を浴びせる。これが彼の狙いである。



(くくく…くはあーあーーーーーーははは!! たのしい…! そうだ、これが【愉しい】という感情だ!! ハハハハハハ!! 思い出す! 人であった頃を思い出すぞおおおお!!)



 美しい彼女が焼け爛れ、苦痛の中で死んでいくさまを見るのが愉しみでならない。


 ラブヘイアも言っていたが、他者の不幸がなければ自己を確立できないという意味では、非常に哀れな存在であるといえるだろう。


 彼は求める。


 他人の痛みを。



 ヒュンッ!! ヒュヒュンッ!!

 ヒュンッ!! ヒュヒュンッ!!

 ヒュンッ!! ヒュヒュンッ!!



 黒紐がマキに襲いかかる。



 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!



 マキは防御。


 前面に防御の戦気を集中させて耐え凌ぐ。


 後ろが門であるため、前にだけ意識を集中させればいいので防御はしやすいだろう。


 受けるダメージも前より減っているようだ。



 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!



 マキはまた防御。


 来る方向がわかっていれば防御もしやすい。


 体力の低い彼女であっても、まだ耐えられる。



(さあ、早く来い! 私を愉しませるのだ!!)



 JBは誘うように黒紐を操る。


 決死の覚悟で向かってくる彼女の顔が歪む光景を欲しているのだ。


 まったくもってド変態である。こんな人間がいると思うだけで気色悪いし、世間の皆様方の迷惑になるだろう。



 だが、強い。



 強いことはもっとも重要だ。


 強さこそが荒野における最大の権威!! ヒエラルキー! 名誉会長!!


 強さに支払う貨幣は、強さ以外にはありえない。


 図書カードや商品券では税金が払えないのと同じで、実際の力に対抗するには実際の力をぶつけるしかない。


 その力がないのならば蹂躙されるしかないのだ! ないのである!



 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!


 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!



 マキの身体に傷が付いていく。


 額や頬に傷が生まれ、腕や肩が破れ、太ももが抉られる。


 力なき者は、こうしていたぶられることも甘受せねばならない。


 ただ、彼女には抵抗する力がある。まだ力を残している。




 その最後の一撃を愉しみにしているわけだが―――動かない。




(…なぜだ? このまま死ぬつもりか?)



 いくら誘っても門から離れる様子がない。


 たしかに攻撃が来る方向がわかれば防御はしやすいが、ただそれだけだ。


 こうやってダメージが蓄積して、いつかは倒れてしまうだろう。



「………」



 それでもマキは動かなかった。


 ただ前を見て、じっと耐えている。



(門を守っているとでも言いたいのか? それが自分の責務だと言いたいのか? くだらん! どうでもいいいいいいい! 早く、早く、早くこいいいいいいい!!)



 早く快感を得たいJBが、焦れる。



 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!


 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!



 それによって黒紐の軌道も甘くなっていく。付け入る隙が生まれていく。


 絶好のチャンスだ。今こそが突撃の機会だ!!



 されど―――動かない。



 マキは依然としてアクションを起こさなかった。




「ううううっ…きさまぁあああああああ!! なぜこないいいいいい!」




 ここでJBが逆ギレ。


 達したくてうずうずしている人間が暴力的な衝動に駆られるように、せっかく地面の中に隠して配置していた黄色い縄と赤い縄を出してしまう。


 そして、門に向かって雷撃と炎を吐き出す。



 ボオオオオオオオッ


 バチバチバチバチッ



 火と雷が混じり合い、強力な破壊のエネルギーが発生。


 これはさすがに避けるだろうと思ったが―――



 ジュオオオオッ バチンバチンッ



 動かないマキは、それを真正面から受けてしまう。


 肌が焼け焦げ、雷撃の中で血が踊る。


 見るも痛々しい光景だ。だがやはり、マキは動かない。



「くだらん! くだらん! そのまま死ぬのならば、それでもいいだろう!! 死ねぇえええええ!!」



 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!


 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!


 ボオオオオオオオッ

 ボオオオオオオオッ

 ボオオオオオオオッ


 バチバチバチバチッ

 バチバチバチバチッ

 バチバチバチバチッ



 黒紐の中に炎と雷撃まで交じり、もはや属性の判別さえ難しい状況になる。


 同じレベル帯としてはHPと防御の低いマキは、きっともう耐えられない。


 それでも門を最期まで守ったことは語り継がれ、伝説になるかもしれない。


 女門番長よ、あなたのことは忘れません。


 あなたの気高い心と都市を愛する気持ちは、永遠に記憶され、遺され、称賛されることでしょう。



 称賛されることでしょう。


 称賛されることでしょう。


 称賛されることでしょう。



 称賛される…




 ギロリ




 だが、激しい攻撃に晒されながらも、マキの目は死んでいなかった。


 鋭い視線は常にJBを見据えている。防御の構えもまだ解いていない。


 この目の光は、いまだに勝利を求めている者だけが宿すことが許されている尊い輝きである。


 けっして誰かに称賛されたいとか、語り継がれたいという欲求などは―――ない!!



 断じてない!!




 そこで―――気付く。




(美しい髪だ…)



 ふと、ラブヘイアはマキの髪の毛に見惚れる。


 この男がどんなに強くなろうとも、生粋の髪の毛好きであることはまったく変わらない。


 いかなる場合においても髪の毛を凝視する癖があるのだ。(マジ変態ですわ)


 そんな彼だからこそ、マキの髪の毛が依然として綺麗なままであることに気付いたのだ。


 他の者が苛烈な攻撃に圧倒される中で、そのことに気付いた者が何人いただろうか。


 ラブヘイアの観察眼もなかなかのものである。



(肌も傷ついてはいるが、まだ綺麗だ。あれだけの攻撃を受けているにもかかわらず原形をとどめている。…ダメージを受けていない? …いや、違う。JBの攻撃は命中しているし被害を受けている。ならば、【回復】しているのか?)



 これだけの攻撃である。


 アンシュラオンほどの防御性能を持つのならばともかく、防御力が低い彼女がダメージを受けないなんてことはありえない。


 事実、受けている。


 肌や筋肉、骨に至るまで深刻なダメージを受けつつある。


 されど、それと同じくらいの速度で彼女の怪我が【回復】しているのだ。


 だが、彼女のスキルに『自己修復』は存在しなかった。


 存在しないものは、どんなにがんばっても機能するはずがない。



 とすれば、彼女の中にある『何かしらの力』を使っていることになるだろう。




(反撃しないからって、好き勝手やってくれちゃって。ほんと最低のクズね)



 マキはじっと攻撃に耐えていた。


 忘れそうになるが、彼女は激しい自己嫌悪で怒りに満ち溢れているのだ。


 攻撃を受けるたびに怒りはさらに増大していく。


 その怒りに反応して戦気も増していく。ただし、それだけが要因ではない。



 では、そろそろ種明かしをしよう。



 彼女が持ちこたえられている理由は、『ユニークスキル』にある。


 アンシュラオンが情報公開を使ったので、彼女にユニークスキルがあることはわかっていたことだ。



 スキル『鉄壁門てっぺきもん』。



 このスキルの内容は、『背後にある対象物を守る』というものだ。


 文字だけ見て判断すれば、門に関連するスキルに感じられるだろうが、たまたま彼女が門番だったからこの名が付いただけであり、門に限らず発動が可能となっている。(このスキルがあるから門番になったともいえるが)


 より細かくスキルを解説すれば、背後に【守護対象物】がある限り、物理耐性、術耐性、毒耐性等々の全耐性を与え、『貫通無効』の防御力二倍効果に加え、『自己修復』能力を付与するというものだ。


 どこかで聞いたことがある内容だとは思わないだろうか?


 そう、これはアーブスラットが所有していたユニークスキル『美癌門』に酷似しているのだ。


 彼のスキルも防御に特化したスキルであり、いざというときに発動して命拾いすることも多い極めて強力なものであった。


 しかし、いくらマキが彼の弟子であっても、ユニークスキルまで教えることはできないはずだ。


 当然、その通りである。


 仮にアンシュラオンがどんなにがんばっても、彼のデルタ・ブライト〈完全なる光〉を他人に教えることはできない。



 だからこそ、これには【特殊な事情】が関連している。



 マキが幼少期からアーブスラットに指南しているのは、すでに述べた通りだが、その過程で『事故』が起きた。


 野外訓練で彼女が大怪我を負ってしまったのだ。


 アーブスラットも武人であり、生粋の武闘者である。若い頃は今よりももっと激しい鍛練を好んでいた。


 マキが才能豊かであったからこそ、なまじ指導に熱が入ったといえるだろう。


 よくスポーツ業界でもパワハラや暴力事件が絶えないが、一部のものを除き、その根幹には相手を強くしてあげたいという欲求があるものだ。


 その熱が入りすぎた結果、アーブスラットもマキに厳しい指導をし、命に関わる大怪我をさせてしまった。


 普通の回復術符でも効果は薄く、重い後遺症が残るとわかったため、その際に致し方なくアーブスラットは




―――【自分の細胞をマキに移植】した。




 能力を発動させて増殖した細胞で、欠損部分を補おうとしたのだ。


 極めて危険な行為であったが、命を取り留めるにはこの方法しかなかった。


 また、彼にもそれなりの算段があってのことでもある。


 アンシュラオンがサナと常に一緒にいて、自身の戦気に馴染ませていったように、アーブスラットとマキも修行を重ねていくうちに『同化』現象が起こっていたのである。


 二人が同じタイプの武人であったこと、戦い方も人間としての傾向性も似通っていたこと等々、非常に特殊な事例が重なったからこそ起こった『奇跡』でもある。



 それによってマキは、新たなユニークスキルを得ることに成功した。



 彼女は才能豊かであったが、もしアーブスラットに師事しなければ、きっと今の領域にまで到達することは不可能だっただろう。


 今こうしてJBの攻撃に耐えていられるのも、まさに彼の能力を受け継いだからにほかならない。



(攻撃が比較的弱いから助かったわ。もし強力な一撃を打ち込んでこられたら、きっともたなかったでしょうね。こいつが真性の変質者で助かったわね)



 かなり有用なスキルであるが、これが美癌門の『亜種』であることを考えれば、デメリットがあってしかるべきだ。


 美癌門の弱点は、技が使えなくなることだった。



 では、『鉄壁門』のデメリットは何かと問われれば、【動けない】ことである。



 このスキルの発動条件は、背後に守る対象がいなければならない、という点だ。


 現在は門を指定しているので、当然ながら動くことができない。これは非常に致命的だ。


 美癌門は技は使えなかったが、自分で動くこともできるし、放出以外の打撃は普通に可能であった。


 それと比べると非常に大きなマイナス点であるといえるだろう。



 また、美癌門が『完全自己修復』と同等の効果があるのに対し、マキのものは普通の『自己修復』と同程度である。回復量は圧倒的に劣る。


 それでも凌げるのは、やはりJBの攻撃が弱かったから、というしかない。


 かなり苛烈に見えるが全部が多段攻撃である性質上、一発一発は極めて軽い攻撃なのだ。


 火炎や雷撃は強力だが、あれは不意打ちだからこそ真価を発揮する。


 我々とて突然静電気が発生するから驚くのであって、くるとわかっていれば心の準備ができるものだ。(それでも嫌だが、わからないよりはいいだろう)


 JBのサディスティックな性癖も重なった結果、運よく耐えているにすぎない状況といえる。



 ここで、守護対象物は物でなくてもいいのか? という疑問も湧くだろう。



 たとえば「人」でもいいのか、と。



 肯定である。この対象物は人でも可能だ。


 ただし、生物が対象の場合「自力で動けないほど弱っている場合のみ」という制限もある。


 そうなると結局動けないので、条件としてはあまり変わらないものとなるだろう。


 どうしてこんな条件があるかといえば、彼女の『母性本能』が影響を与えているからだ。


 この力が発動したきっかけは、弱いものを守りたいという欲求が極限にまで高まった時なのだ。


 最終的な力の根源は、精神エネルギーに起因する。


 彼女の燃え盛る情熱が、何かを愛したいと願う心が、守りたいという母性が、この力を支える原動力なのである。



 彼女が門番になったのは、ただただ守るため。



 攻撃だけでは守れない時にのみ、彼女はこの力を使うだろう。


 攻撃型戦士である彼女とは相反する性質のスキルであるので、普段はお目にかかれないが、一度発動すればまさに『鉄壁』。


 彼女の弱点を一時的に埋める役割を果たしてくれるのだ。


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