514話 「『マキ VS JB』 その3」


 バチィンッ! バチィンッ!


 JBの縄がムチのように動き回り、マキを攻撃していく。


 この黒縄は彼が自在に長さを調整できるため、突然伸びたり縮んだりすることも間合いが掴めない要因であった。


 伸縮自在なムチ。


 一般人が使っても音速に達するのがムチである。


 それを武人であるJBが操れば、もはや肉眼で捉えることは難しいレベルの速度になってしまう。


 ただしその分だけ威力は低いので、直撃を受けても大きなダメージにならないのが不幸中の幸いだろうか。



「くくく、じわじわといたぶってやろう」



 サディストであるJBらしい発言だが、けっして油断していないことがわかる。


 黒紐の威力はさらに上げることができるのだが、そうすると今度は速度が遅くなってマキを捕捉できなくなる。


 JBも彼女の直線的な動きを警戒しているのだ。


 その直線の動きを防ぐために、このような戦術を選んでいるのである。


 JBは真性のヤバイやつだが、戦闘技術は極めて高い。


 彼によって数多くの武人が殺されてきた。


 ラブヘイアが言う通り、広域破壊に頼らずとも彼は強いのである。




(こいつ、案外ちゃんと考えて動いているじゃないの! この攻撃も私の動きを封じるためのもの。こっちが本当の戦い方というわけね。見た目に騙されたわ! その知能を勤労に生かせばいいものを!)



 マキも現状を正しく認識していた。


 JBの巨躯からパワータイプなのかと思っていたが、彼の最大の武器は【多角的】な攻撃にあった。


 変幻自在の紐による多段攻撃を多用することから、完全に一対多数を想定していることがうかがえる。


 こういうタイプは視野も広く、手数を出させると厄介になるものだ。


 屈強な防御タイプの戦士ならば、耐久力を生かして活路を見い出せるが、自分の体力では長くはもたない。


 ここで彼女が選んだのは、相手が調子に乗る前に叩くという、いつもの戦法である。



「はぁああああ!」



 マキは多少の被弾を覚悟して、突っ込む。


 そこに紐の一撃。


 バチィン バチイイインッ!



(これくらいなら、まだ耐えられる!)



 防御の戦気を展開していてもダメージを受けてしまう。そのたびに皮膚が破れ、血が吹き滲む。


 美しい肌が傷つくのは女としてつらいところだが、武人の戦いでは仕方がないことだ。



 被弾を覚悟したおかげで、マキが再度接近に成功。


 JBは、またよけない。



(余裕しゃくしゃくね! 私の攻撃なら耐えられるって言いたいの!? いいわ! 連続攻撃で駄目なら、力を一点に集中するだけよ!!)



 自身の最大の連撃である紅蓮裂火撃で倒しきれなかったのならば、考え方を変えるしかない。



 ボオオオオッ ボゴオオオオオオッ



 マキの右拳に戦気が集まり、集まり、さらに集まる。


 もともと彼女の戦気は洗練されて美しい赤色をしているが、集まるごとに不純物がなくなり、より純粋な真紅になっていく。



 その拳を―――JBに叩きつけた。



 ドゴオオオオオオオッ



 全力で放った一撃なのだから、これ単体で相当な威力を持つのは当然だ。


 しかもそれだけにとどまらず、力はさらに集中し、集中し、集中され。



 ぎゅるるるるるっ



 戦気が圧縮され、拳の大きさの二倍程度の小さな球体状の炎が生まれたと思ったら、それが周囲の空気を吸い取って一気に肥大化。





―――大爆発





 ドオオオオーーーーーーーーンッ!!!




 JBの腹を中心にして、凄まじい爆発が発生。


 今までの爆発とは質が違う。周囲にあった石畳も、焼き焦げるどころか完全に溶解して消え去っていく。


 ただしすべての力は向こう側、JB側のみに発生しているのでマキに被害は及ばない。



 覇王技、赤覇・烈火塵拳れっかじんけん


 紅蓮裂火撃の力を一点に集中させた技で、一点破壊攻撃としては因子レベル3の中でも火系最強レベルの一撃である。


 因子レベル3の技といっても侮ってはいけない。威力だけならば因子レベル5以上にも匹敵するものも多いのだ。


 この赤覇・烈火塵拳も、威力だけならばアンシュラオンの風神掌並みである。


 第七階級のマキが、第三階級と同じパワーを出せると考えれば、その凄さがわかるだろう。



 ちなみにこの技を使うには、サナが苦手としている戦気の『集中』が必須となるのも特徴だ。


 しかも相手の攻撃を受けながら致命傷を避けつつ、技の発動条件を満たす必要があるため、非常に高度な動きが求められる。


 基本の戦気術がいかに大事かが、これでよくわかる。どんな強い攻撃も、厳しい条件下で使えなくては意味がないのだ。


 いくらジュエルで強くなっても、まだまだサナには数多くの課題があることを、先輩のお姉さんは如実に証明してくれたのである。(サナは見てないが)




(直撃!! なめているからよ!!)



 使っているエネルギーは同じでも、連続攻撃と一点集中攻撃は違う。


 マシンガンと大砲の弾が違うのと同じだ。合計の質量が同じでも、一発の威力は相当異なる。


 彼女が普段この技を使わないのは、外れた時のリスクが大きいからだ。


 マシンガンならば十発や二十発外れても問題ないが、大砲がよけられれば、そこで終わってしまう。


 この技も疲労度では紅蓮裂火撃と同じだ。多用していればすぐにスタミナが切れるだろう。


 だから、これが彼女のとっておき。


 一撃必殺用の技である。



 それを受けたのだから、JBも無事では済まない。



「………」



 JBは無言だった。


 彼の腹は今の一撃で完全に破壊され、焼け爛れてしまっている。


 普通の武人ならば腹ごとなくなっているはずなので、そうならないだけでも彼が優れた武人であることを示していた。



 決まった。



 マキも観衆も、誰もがそう思った。




 クロスライルたち以外は。




「あのお嬢ちゃん、本当に強いな。JBの野郎をあそこまで傷つけるとはな」


「ええ、レクタウニードスでさえ、彼に満足にダメージを与えることはできませんでした。それと比べれば圧倒的に強いです」


「だな。たいしたもんだよ。ふぅううう。あー、うまい」



 クロスライルは、JBがそんな状態でもタバコを堪能する。


 余裕だ。まったくもって心配もしていない。


 なぜならば、『この程度』で彼が倒れることがないことを知っているからだ。



「JBに賭けたやつは三割か。親元で二割引いても、まあ十分ってところか。賭けとしては成立したな」


「私はともかく、あなたはどうしてJBに賭けなかったのですか? 勝つことはわかっていたでしょう?」


「そりゃ兄さん、それじゃ面白くねえからさ。波乱が起こったほうが面白いだろう? 穴馬を狙うのが正しい競馬のやり方だぜ」


「そんなものですか? …ところで競馬とは?」


「オレの故郷には、そういうくだらねぇもんがあるのさ。動物愛護団体の皆様にゃ不興だがね。カカカッ!」



 クロスライルは、JBの勝利を知っていた。


 それでも賭けないところに美学があるのだろう。なかなか変わった男だ。



 そんなクロスライルを不思議そうに一瞥しつつ、ラブヘイアは真面目な顔でマキを見る。



(キシィルナ門番長は『優れた武人』です。しかし、【怖い武人】ではないのです。そこの差が出たといえるでしょうか)



 格闘技でもスポーツでもよくいわれるが、「優れている」と「怖い」の差である。


 どんなにテクニックやスピードを持っていても、ゴールに直結しなければ怖い攻撃にはならない。


 マキの突進力と攻撃力は極めて優れているのだが、門番の衛士という性質上、相手を滅することに徹しきれないでいる。


 やりすぎたと反省するシーンなども、まさにその象徴だ。


 できるだけ相手を殺さずに制圧することを目的としているのだから、それも仕方がない。



 しかし一方、JBは『武人専門の殺し屋』である。



 戦罪者と同じく、相手を殺すことだけに特化した武人。


 その中でさらに『殺害』に特化した者なのだ。




 ぼろぼろっ ぼちゃっ ぼちゃちゃっ



 最初、その音は臓器が落ちたものかと思われた。


 赤覇・烈火塵拳の名の通り、攻撃した相手を「塵」にするような技である。


 そんな一撃を受けたのだ。多くは炭化しているだろうが、内部もきっとボロボロだろう。


 そう思って、マキが落ちたものを見ると―――



 にょろにょろっ



「ひっ」



 落ちた物体が動いている。


 ニョロニョロと奇妙な動きで蠢いている。



 ぼちゃ ぼちゃぼちゃぼちゃっ ぼちゃちゃちゃ



 それからもJBの腹から、大量の謎の物体が落ちていく。


 それはしばらく動いていたものの、切り離されてから時間が経つと次第に動きが鈍くなり、完全に動かなくなった。



「なに…これ?」


「ふぅぅ…すっきりしたな。これも古くなっていたからな。どうせ交換の時期だった。ちょうどよかった」



 ずるんっ にょろにょろっ



「うひっ!」



 崩れ落ちたJBの腹から、細かい紐が大量に出てきた。


 見たままを述べれば、大量のミミズが絡まっている光景、あるいは釣りの餌で使うイソメやゴカイが集まった「あのウネウネ」した光景に似ているだろうか。


 それが集まって彼の腹を再構築していく。


 紐と紐が絡まって結び目となり、さらにそこの上に紐が覆い被さり、何重にもなって頑強になっていく。


 そして、紐が溶け出して混じり合い、もとの形になっていく。


 より正しく言えば、この紐こそが彼の身体そのものなのかもしれない。


 彼は破損して不要になった部分を切り捨て、新しい部位を『創造』したのである。



「な、なんなの…こいつは……! どうして今の一撃で倒れないの!? なんでお腹が…」



 JBにとっては当たり前でも、マキにしてみれば奇妙で珍妙な現象だ。


 困惑するのも致し方ない。




「お前の攻撃は終わりか? 拍子抜けだったな。ならば次は私の番だ」



 ずるずるずるずるっ


 身体から八本の紐が出現。



(八本、こんなに出せるの!!)



 三本でも苦戦していた紐である。


 それが八本ともなれば、これから何が起こるのかを想像できないわけがない。



「青ざめたな。いい顔だ!」



 恐怖を抱いたマキの表情を見て、JBの中に不快ではない感情が芽生える。


 力を得るために多くの感情と感覚を失った彼にとっては、他者の痛みと恐怖こそが唯一の快楽なのである。



「もっともっと、私に与えろ!!」



 ヒュンッ!! ヒュヒュンッ!!



 三本の黒紐が襲いかかる。



 バジイイイイインッ!!



「くっ!!」



 マキは防御の態勢に入っていたが、そのガードをもってしても防ぎきることはできなかった。


 腕が痺れるのはもちろん、手甲にも大きな傷痕が残っている。


 核剛金と原常環によって強化し、さらに戦気によって覆った篭手であっても、この攻撃の前には絶対の防御にはならない。



 ヒュンッ!! ヒュヒュンッ!!

 ヒュンッ!! ヒュヒュンッ!!

 ヒュンッ!! ヒュヒュンッ!!


 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!



 変幻自在の黒紐が襲いかかる。


 マキはそれを避けられない。かろうじていなすだけで精一杯だ。



(紐が先回りしている! 動きを読まれているわ!)



 マキは速い。マキは強い。


 しかし、その力を出しきるには直線での間合いが必要だ。


 JBはこれまでの戦いで彼女の戦い方を把握した。


 あれだけ攻撃を受ければ、状況認識能力が低くても能力を理解することができる。


 逆にいえば、ああして攻撃を受け続けるのも、感覚がないという自身の弱点をカバーするためといえるだろう。


 相手の攻撃を身体に染み込ませて覚えるのだ。



 ヒュンッ!! ヒュヒュンッ!!

 ヒュンッ!! ヒュヒュンッ!!

 ヒュンッ!! ヒュヒュンッ!!


 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!



 黒紐が巧みに動き、マキを封じ込める。


 さらにいやらしいのが、これだ。



(抜けられる!)



 マキが黒紐の隙を見つけて安全地帯に逃げようとする。


 だが、そこにはすでに黄色い紐が待ち伏せており、雷撃を放射。


 バチバチバチバチッ



「きゃあああ!!」



 雷撃で動きが止まったマキに―――



 ヒュンッ!! ヒュヒュンッ!!

 ヒュンッ!! ヒュヒュンッ!!

 ヒュンッ!! ヒュヒュンッ!!


 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!

 バジイイイイインッ!!



 多数の黒紐が襲いかかり、めった打ちにする。


 そう、こうしてわざと隙を生み出して誘ってきたりするのだ。



「いいぞ! いいぞ!! ふはははは!! もっと苦しめ!!」



 JBは意図的にマキを仕留めない。


 自分の能力が一撃必殺でないことを知っているせいもあってか、こうしてじわじわ弱らせる攻撃を好むのだ。(特に女、子供をなぶる時は)



 そして、ついに門にまで後退を余儀なくされる。



 ドンッ



 マキの背中が門に密着した。



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