512話 「『マキ VS JB』 その1」


「ん? あなた誰?」



 マキは、今になってようやくJBの存在に気付く。


 それ以前に彼を殴ったことすら覚えていない。


 激しく苛立っていたため、八つ当たりで門を殴ろうとしたところ、たまたまJBがいて顔面をぶん殴ってしまった、というだけのことだ。


 扉が開く様子にも気付かないあたり、彼女も目の前が見えていなかったのであろう。


 そのうえ八つ当たりしたにもかかわらず、まだ機嫌は直っていない。


 JBに対して不審そうな視線を向ける。(事実、不審である)



「あなた、部外者ね。まだ扉を開ける時間ではないでしょう? ほら、早くあっちに戻りなさい」


「女! この私に…! ネイジアの加護を受けた私に、貴様のような穢らわしい者が触れるとは!! 万死に値する!」


「は?」


「くくく、女を切り刻むのも嫌いではないからな! 八つ裂きにしてくれる!」


「あー、あーなるほど。そういうことね」



 このやり取りだけで、マキはJBの本質を理解した。



「あなた、【変質者】でしょ?」


「なに?」


「それとも真性の馬鹿かしら? いるのよね、こういうやつって。もうすぐ涼しくなる季節だっていうのに、平然と湧いて出てくるから怖ろしいわ。ほんと、どこから来るのかしら。ほら、しっしっ、みんなの迷惑になるからあっち行きなさい」



 野良犬を追い払うように手を動かす。


 かなり失礼かつ乱雑な対応であるが、門番をやっていると変な輩は山ほど来るのだ。


 そんな馬鹿どもの相手をいちいちしていたらきりがない。さっさと追い出すのが一番である。



 改めて言うが、マキは苛立っている。



 ここ何日間の鬱憤が溜まりに溜まっている。


 真面目な性格かつ強い自制心で己を抑えているが、内心ではアンシュラオンへの想いで一杯なのだ。


 一度たがが外れたら見境がなくなるタイプだ。


 恋をすると熱中して、平気で彼氏のために借金をしてしまいそうで心配になる。


 それはともかく、もう一度言おう。



 彼女は苛立っている。




「このような恥辱! 女などに受けるとは!!」



 当然、そんな扱いを受ければJBは激怒する。


 自分が最初に他人を見下したくせに、見下されると怒るとは、なんと人間が出来ていないのだろう。



「はぁ? なにこいつ? 変質者なだけでなく差別主義者なの? あー、もううんざり! こっちが下手したてに出ていると、どこまでもつけ上がるし、ほんと最低ね。力づくで追い出されたくなければ、早くあっちに行きなさい」



「もう許さん!! 痛みと恐怖で悶え―――」




 バンッ


 JBが前に出ようと一歩を踏み出した時には、マキはもう力強く地面を蹴っていた。


 柔軟かつ引き締まった足によって疾風のように運ばれた身体が、一気にJBの懐に入り込む。



 バキャンッ!!



 そこからさらに踏み込んだ足が、石畳を破壊。



 それと同時に繰り出された右拳が、JBを―――



 ドーーーーーーーンッ



 吹き飛ばす。




 ドガドガドガッ バゴオオオンッ




 彼の身体は再びピンポン玉のごとく飛ばされ、検問ゲートを突き破り、三十メートル後方にまで転がっていった。


 転がるということは、それだけ力が逃げていることを示してもいる。


 だが、JBが自分で背後に跳んだわけではないし、マキの拳が弱いわけでもない。


 彼女が意図的に破壊的な攻撃を控え、衝撃で弾き飛ばす手法を選んだからである。


 彼女の役目は門番。相手を滅することも重要だが、まずは相手を門から遠ざけるのが仕事である。その職務をまっとうしただけだ。



「追い出したわよ。さっさと門を閉めなさい」


「…き、キシィルナさん!! き、来てくれたんですか!」


「まったく、あなたたちは何をしているの。こんな変質者を通すなんて門番失格よ」


「も、申し訳ありません!! 銃も効かなくて…」


「はぁ…やっぱり職場が悪いのかもしれないわ。こんなところにいたら婚期も逃すわよね。早くアンシュラオン君に会いたいわ…。ほら、さっさと閉める!」


「は、はい!!」



 ズズズッ ズズズッ がごんっ


 マキに命令された衛士たちが、十人がかりで門を閉める。


 門番長…というより、マキが来たせいか、彼らの表情も劇的に明るくなっている。


 この門には必ず彼女がいる。その安心感が伝播しているのだ。


 アンシュラオンが周囲に絶対の安心を与えるように、マキもまた門番たちの拠り所なのだ。



 だが、JBは軽々と立ち上がる。



 この攻撃でも彼はダメージを受けていない。



「…ふん。不快な」


「あら、頑丈なのね。手加減の必要はなかったかしら」


「手加減? くくく、この私に手加減? くくく、はははははは!!」



 JBのフードが、ぐねぐねと動く。


 風も吹いていないのに、内部で何かが蠢いているように跳ね回る。



「万死!! その身に万の傷を付けてから殺してやろう!! わが力の前にひれ伏せ!!」


「うわ、本当にやばいやつなのね。その恰好も変だし、何かイッちゃってる感があるわ。私も門番暦が長いからわかるのよね。あんたは…そうね……【中二病】? 自己陶酔のナルシストで妄想癖があるわね。病院行ったら?」



 グサッ!!


 いたたたたたっ!!


 マキの言葉を聞いた一般人の男性数名が、その場でうずくまる。


 彼らの心に容赦なく鋭い刃を突き立てるとは、実に怖ろしい女性だ。


 マキは言ってしまえば「キャリアウーマン」であり、社会的に自立している立派な女性である。


 そんな女性の冷たい視線は、オタク男にとっては恐怖でしかないだろう。


 フードを深々と被って顔と身体を隠し、「俺は特別臭」を出しているJBは、彼女から見れば中二病のニートでしかない。



「早く自立しなさい。いつまでも親御さんは元気じゃないんだから、現実を見ないと痛い目に遭うわよ。そんな大きな身体があれば工事現場でいくらでも働けるでしょう? 仕事を紹介してあげましょうか?」



 いたたたたた!!


 やめたげてよ!! それ以上、抉らないでよ!!!


 思えば、マキの言葉は相当辛辣である。


 これも苛立っているので八つ当たりしているだけだが、事実でもあるので痛さは変わらない。



「んぐうううう!! あの男といい、この都市の人間は生きる価値もない!!」


「そうやって自分が駄目なのを他人のせいにするから、どんどん駄目になるのよ。駄目なのはあなたであって、どこかの誰かじゃないのよ」


「うるさい!! その顔をぐちゃぐちゃにしてやるわ!!」


「はぁ? 最低の発想ね。まさにコンプレックスの塊だわ。それが格好良いとでも思っているの? 単純にダサいだけよ」


「貴様…死ね!!」



 JBが駆ける。


 この大きな身体が一気に加速し、マキに向かっていく。


 今度は本気のダッシュだ。加速度が違う。


 レクタウニードス〈重磁大海象〉との戦いを見てもわかるが、JBはけっして鈍重ではない。


 拳の速度、身体の移動速度は平均的な武人の数段上だろう。第七階級の達験級と比べても遜色はない。



 ただし、それが普通の達験級の武人ならばだ。



 JBが駆けてトップスピードに入る前に、マキはすでに駆けており、拳を打ち出す態勢に入っていた。


 JBがいくら平均以上の力を持っていたとしても、同階級帯で踏み込みの速度がトップクラスのマキからすれば、それは「ノロい」のだ。



「遅いわ!」



 JBが拳を引き絞る間に、マキは拳を放つ。


 ドゴンッ


 マキの一撃が、JBの胸に直撃。


 今回はJBも前に出ていたので、門での一撃のように簡単には飛ばされないつもりでいた。



「ちぃいい!」



 しかも相手のほうが速いと見ると、咄嗟に身体を丸めて防御の構えに入ったのだ。


 このあたりは、さすが武人専門の殺し屋。高い技量を持っている。



 しかし―――圧す



 マキの拳の特徴は、『真っ直ぐ』であるところだ。


 完全に垂直に真っ直ぐになったものは、極めて硬く、極めて強固になる。


 彼女の一撃もそれと同じで、身体を真っ直ぐ、拳を直線的に相手に打ち出すからこそ、速くて強くなる。



 ぐぐぐぐっ ドゴンッ



 圧縮された貫通力が、臨界を突破して爆発。



 JBの巨躯に激しい衝撃が発生し―――飛ぶ。




 どひゅーーーーんっ




 その衝撃の前では、防御も無意味。


 JBは簡単に押し出され、遙か遠くの駐車場にまで飛ばされ、停めてあったクルマに激突!!



 ぼごーーーんっ



 クルマのドアを破壊しながら、中に突っ込んでいった。


 球場の屋外駐車場にあった車に、場外ホームランのボールが当たる光景に似ているかもしれない。


 あの巨体が、それほど景気よく飛んでいったということだ。




 ビッグフライ! JBサーーーーンッ!




 また、相手も直線で向かってきてくれたので、反発力が生まれて衝撃がさらに高まったのだ。


 同じ直線同士ならば、より強固で強いほうが勝つ。その意味においてマキの拳は強かった。



「一昨日来なさい。というか、さっさと働きなさい」



 パンパンと手をはたき、門の前に立ち塞がる姿は女傑の名に相応しい。


 グラス・ギースの門には、必ず彼女がいる。



「おおおお! キシィルナ門番長!! かっこいいいい!」


「やっぱり俺たちのアイドルは、あの人しかいないぜ!!」


「ひゅー、ひゅー、女衛士さん、すごいぜーー!」



 JBに横入りされた人々は、誰もがマキを応援したことだろう。


 盛大に飛ばされた姿にスカッとしたはずだ。



 ただ、その姿に爽快感を抱いているのは、なにも部外者だけではない。



「ぎゃはははは!! やられてやんの、あいつ!! あー、腹いてー! ふっ飛ばされちゃってよ! はずかしーー!! なんだったんだ、あの自信はよ! ぎゃはははは!!」



 その光景に腹を抱えて笑うクロスライル。


 意気揚々と出て行ったのに即座に返り討ちにされるのだ。完全に笑い話である。


 そして、JBが突っ込んだクルマに近寄ると、冷やかしの言葉を浴びせる。



「おいおい、JBさんよ、代わってやろうかぁ? オンバーン姐さんのファンになってCJ購入の手伝いをするなら、ちょっくらお手伝いしてやってもいいぜぇ?」


「…ふざけるな」



 がごんっ


 めり込んだJBが、ゆっくりと身体を起こして這い出てくる。



「大丈夫かぁ?」


「ふん、心配などしていないのに白々しい。おおかた、この失態を報告して私を貶める腹積もりだろう」


「あ、バレた? そりゃ、お前のお目付け役だしな。言っちゃうよ。口軽いしさ。だって本当だもんな。あんな可愛いお嬢ちゃんによ、ぷぷぷ。はずかしー!」


「次に何かほざいたら、お前の口から叩き潰してやる。黙っていろ!」


「へいへい、お気をつけて」


「あの女…もはや許さん!」


「いやお前、それ完全に負けフラグじゃね?」


「黙っていろと言ったぞ!!」



 ボオオオオッ ドバババッン


 JBの身体から巨大な戦気が噴出し、クルマが粉々に吹き飛ぶ。


 戦気はその人間の状態を示すものでもある。


 彼は強い信仰心から『白い戦気』を持っていたが、今は怒りに満ちているのか、とても真っ赤な色合いをしていた。



「言っておくけどよ、キレて『アレ』はやるなよ」


「あのような小物に使うか」


「んなこと言ってよ、つい先日やったばかりだろうが。てめぇは困ると、いつもあればかりやる。今回はやめとけよ。ファルネシオに言っちまうぞ」


「ぐううううっ! 貴様も軽々しくネイジアの名を出すな! 余計な真似をしたら、ただでは済まさんぞ! おとなしく下がっていろ!」


「はいはい。行ってらっしゃーい」


「ふんっ! 不快だ!! 極めて不快だ!!」



 JBは再び門に向かっていく。


 やられたまま済ますほど人間が出来ているわけもない。まだ修羅場は続くだろう。




「あーあ、大丈夫かね、あいつ。キレなきゃいいけどな」


「アレがなくても彼は強いですよ」


「おっ、持ち上げるねぇ。それとも、持ち上げてから落とすかい? オレのほうがつえーみたいなよ」


「そういうつもりではありません。本当にJBは強い武人です。少し前の私ならば、手も足も出なかったと思います。仮に広域破壊を封じられても、彼は紛れもなく強いのです」


「だが、あのお嬢ちゃんも強いぜ。JBを弾き飛ばすなんて、並じゃねえな」


「それは仕方ありません。なにせ彼女も、少し前ならば私が絶対に勝てない相手だったのですから」


「へー、兄さんのお墨付きか。それなら面白い。なぁ、賭けようぜ。どっちが勝つと思う?」


「不謹慎ですね。仲間でしょう?」


「こんな面白い話、賭けなきゃつまらんだろう?」


「では、私は彼女に」


「おいおい、それじゃ賭けにならねぇな」


「おや? あなたも彼女に賭けるつもりだったのですか?」


「そりゃな。あんなイカれたヤバいやつを応援なんかしたくねぇし」


「酷いですね。少しは応援してあげてください。どのみち私は地元の人間を応援しますよ」


「ちっ、しょうがねぇ。こうなったら周りを巻き込むか。おーい! そこのやつら、暇してるかー! 賭けをしようぜ!! あの大男と門番の姉ちゃん、どっちが勝つかだ!!」


「なにぃいい! 面白そうじゃねえか! 乗った!!」


「なんだ、なんだ!? なにやろうってんだ!」



 クロスライルが並んでいた者たちに声をかけると、思った以上の人々が集まってきた。



「さあ、賭けた。賭けた!!」


「俺はやっぱり、あの姉ちゃんだな。胸がでかい!」


「馬鹿たれが。戦いでは邪魔になるじゃろう。わしは、あの変なやつじゃな。何か隠し玉がありそうじゃよ」


「断然、あのお姉さんです!!」


「見ろよ、あいつ。全然ダメージ受けてねえぞ。おれはあの男だな!!」



 あれよあれよという間に賭けが成立していく。


 賭け試合が好きなのは収監砦だけではない。荒野全体からしても数少ない娯楽なのだ。


 しかも収監砦とは違い、荒野での戦いは互いの死に直結することが多いので白熱する。


 サッカーが盛んな南米では、まったく専門家ではない酒場のおっちゃんが、やたらテクニカルな話をしてくることがあるが、それだけ文化が浸透していることを示してもいるわけだ。



 今のところ賭け具合は、マキ七割、JB三割といったところだろうか。



 女性は華があるし、単純にマキが強いことは初めて見る者にも明らかだ。


 その点で人気が出ているのだろう。


 しかし、JBはただの武人ではない。



(彼女が強いことは知っていました。私もかつてはボコボコにされましたからね。入院までしましたし…。ですが、彼もまた強い。どうなるかはまだわかりませんね)



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