511話 「『使者』の来訪 後編」


 ドスドスドスッ



 JBが門に近寄る。


 門の前にはアンシュラオンも受けた検問ゾーンがあるが、夜中の間は閉まっているので見張りの衛士がいるだけだ。


 ちらり


 衛士は、近寄ってくるJBをじっと見る。


 その視線は、警備員が受付時間外に来た人間を見るものに似ていた。


 「おいおい、閉まっているのは見ればわかるよな? わざわざ確認しに来たのかい?」といった表情である。


 どうせすぐに戻るだろうと一瞥するだけだ。



 しかし、JBの歩みは止まらない。



 ズカズカと衛士たちのスペースに入り込むと、そのまま門まで進もうとする。


 あまりの遠慮のない動きに一瞬呆気に取られたが、門番をしている衛士たちは衛士隊の中でも比較的まともな者が多い。


 すぐに自分の職務を思い出すと、JBの前に立ち塞がる。



「今は時間外だ。夜明けを待て」



 出てきたのは、無手の衛士だった。


 武人といった様子でもないが、その後ろには銃を持った衛士もいるので、警備を怠っているわけではない。


 近づいてきた一般人に注意を促す係なので、できるだけ威圧的にならないようにとの配慮からだ。



「もう夜は明けている。お前たちが見えないだけだ」


「あんた、他の都市から来たのか? だが、この都市では城壁から太陽が見えてからが夜明けだ。わかったなら戻れ」


「そうか。相容れないものだな」


「ん? なんだ…お、おいっ! 止まれ!」



 JBは、衛士の言葉など最初から聞くつもりはなかった。


 クロスライルの言葉さえ無視する男が、どうして一介の衛士の言葉を聞かねばならないのだろうか。


 そのまま歩みを続ける。



「おい、止まれと言っただろう!!」


「………」


「ま、待て! そっちに行くな!」


「………」


「聞いているのか!」



 どんっ


 何度忠告しても止まらないので、仕方なく衛士がJBをどんっと突き飛ばす。


 べつに衛士が苛立って暴力を振るったわけではない。


 これ以上近寄ると銃を向けられる可能性があったからだ。そこで事故が起きれば自分の責任になるので、やむをえずそうしたのである。



 しかしながら、彼の両手が押したのは―――『自分自身』



 全衝撃が自分に跳ね返ってきた衛士は、思わずバランスを崩して倒れる。



「ぐっ…!! なんだこいつ! 重い…!」


「脆弱で惰弱だな」


「と、止まれ! 本当に撃たれるぞ!」


「………」


「ま、待て! だから本当に危な……う、うおおおおっ! なんだこいつは!」



 今度は倒れながらもJBの足に手をかけるが、構わず引きずられる。


 押しても引いても動かないとは、このことだろうか。(JBは自発的に動いているが)



「だ、誰か! 誰か来てくれ!!」



 どうしようもなくなった衛士が大声を上げる。



「なんだなんだ! 出番か! 門番なめんなよ、こら!」


「俺たちだって、やるときはやるぜ!!」


「鍛え上げた筋肉を見せてやるからな!!」



 その窮地に対し、ここが出番とばかりに門番の衛士たちが集まってきた。


 当然ながら門番に抜擢される衛士は、外敵の侵入を阻みつつ身を守る都合上、身体が大きく力自慢の者を選ぶ傾向にある。


 いつもはマキに隠れて目立たないが、日常において門を守っているのは彼らなのである。


 グラス・ギースの一般衛士は公募によって集められるため、その中には傭兵やハンター出身者もいる。


 そういった荒事に慣れた者たちでもあるので、ここぞというときには頼りになる。



「お前ら、やるぞおおお!!」


「うおおおお!!!」


「見てろ!! 許可なく門に近寄るやつらは、こうなるからな!!」



 がしがしがしっ どんっ!


 五人の衛士がラグビーのスクラムばりに肩を組み、JBに身体ごとぶつかる。


 ここでもいきなり武器を使わないだけ良心的といえるだろうか。


 まだ単なる酔っ払いの可能性もあるので、穏便な手法に出ていることがうかがえる。


 一方で、現状を把握しきれていない危機意識の低さが露呈しているわけだが、そこまで求めるのは酷だろうか。



 ドンッ ズズズズズッ



 押す。


 押す。


 押す。




押忍おす!  押忍!  押忍!!」




 若干「おす」の掛け声が違う意味になりつつあるが、着実に押している。




 JBが―――スクラムを




 であるが。




「気合を入れんかぁあああああ!」


「押忍!!」


「圧す!!」


「♂!!」



 ズズズッ ズズズッ!!


 皮肉なことに彼らが声を出すたびに、押されるのは衛士たちのほうである。(約一名、ゲイが混じっている気もするが、それは見なかったことにしよう)


 ラガーマンのような大男五人でさえ、JBの歩みを一歩たりとも妨げることはできないのだ。



 そして、呆気なく瓦解。



 五人の男が崩れ落ちる。


 それでもJBの歩みは止まらないので、何人か思いきり踏まれたりもする。


 ごしゃっ ぐしゃっ



「ぎゃっ!! 足が!!」


「腕が折れたーーー!!」



 鍛えられた肉体であっても、JBが踏めば簡単にへし折れてしまう。




「止まれ!! それ以上来れば、撃つぞ!」



 ついには衛士たちが銃を構えた。


 生身で対応できなければ、やはり銃に頼るしかない。


 門の上部に設置されたやぐらからもしっかりと狙っている。



「………」



 JBは、それらに一切の関心を示さない。


 もう言わずもがな、彼にそんなものは通用しないのだが、彼らがJBを見るのは初めてなので致し方がない対応といえる。


 これでも彼らは必死なのだ。責めてはいけない。



「来るな! 下がれ!!」


「………」


「仕方がない…! 撃て!」



 思ったより衛士たちの決断は早かった。


 普段ならばもう少し事情を確認するところだが、いかんせん都市内部が荒れている時期である。


 こういう時は外部勢力が都市にちょっかいを出すことも多いので、多少強硬であっても対外的に強い姿勢を示さねばならないのだ。


 たった一人の犠牲で抑止力が示されるのならば、それは尊い犠牲である。



 パスパスパスッ



 銃弾が発射される。


 死んでも仕方ないと本気で狙った銃撃だ。



 が、当然ながら―――



 バシュン バシュン バシュンッ



 銃弾はJBに触れる前に、すべて消え去った。


 フードの上に展開された戦気によって圧砕されたのだ。


 本来ならば戦気すら展開する必要性はなかったが、服が破れることを嫌ったようだ。



「惰弱。殺す価値もなし」


「な、なんだ、あいつは!! う、撃て!!」



 バスバスバスッ


 バシュンバシュンバシュンッ



 何度撃っても結果は変わらない。


 平然と歩いてくる。


 そうして衛士たちが弾を込めなおす間に、JBはすでに門にまで到着していた。



 がしっ



 JBは、おもむろに門に手をかける。



 ぐぐっ ズズッ ズズズズッ



 高さ十メートルはありそうな門である。重量も相当なものだろう。


 それを片手一本で押す。


 ズズッ ズズズズッ


 門番の衛士たちが数十人がかりで開く必要がある門を、いともたやすく押す。


 その姿に衛士たちもどよめく。



「あ、あいつ…武人です!! 反応が出ています!!」



 お馴染みというか、久々に登場した蓄音機に似た機械を持った衛士が叫ぶ。


 生体磁気を観測するもので、アンシュラオンもそれによって選別された過去がある。


 だが、わざわざそんな装置を使わずとも、すでに相手が武人であることはわかっていることだ。


 それだけ現場が混乱していることを示してもいた。




 ズズッ ズズズズッ




 門が少しずつ開いていく。



(くだらん。まったくもってくだらん。このような辺境の地など、気高きネイジアが治める必要性を感じぬ。だが、慈悲深きネイジアは、ここにいる虫どもにも愛を与えるのであろう。くくく、ならば私がメイジャ〈救徒〉としての役目を果たそうではないか。この都市を『制圧』するくらいはしてみせねばな)



 怪しげな宗教団体がやることといえば、武力蜂起以外ないだろう。


 彼らが戦力を集めているのも、力による統治を果たすためだ。


 グラス・ギースは辺境の地なので、幸いというべきか彼らの標的には入っていない。


 彼らは主に東大陸中央部以南を制圧し、そこから北に勢力を拡大する予定である。


 しかしながら、後々のために支配力を増しておくことは悪いことではない。


 こうした辺境のいち都市においても、一度徹底的に叩いておくことで反抗の意思をくじけさせることができる。


 強い恐怖と痛みを与えれば、人間は嫌でも屈するからだ。



 さて、すでにご承知の通り、この段階でJBは依頼でやってきたという本来の目的を見失っている。


 ネイジアの計画にグラス・ギースは入っていないし、無駄な争いは彼らの力を消耗させることにもつながるだろう。


 また、制圧する際は一気にやらねば、対抗策や自衛策を講じる時間を与えるので、この段階でグラス・ギースを攻撃するのは極めて非合理的な判断だといえる。


 はっきり言おう。



 JBは頭がおかしい。



 信者になるようなやつなので彼がおかしいのは前からだが、ネイジアによって力を与えられてから、さらにおかしくなっていった。


 時々同じことを二度訊いたり、戻ってきた道をまた行く、フードを忘れてくる、昼飯を三回食う等々、痴呆症のような症状が出ているが、それもまた力を受けた代償である。


 ただし、非常に怖ろしいことに、彼には妄執を実現させる力がある。


 なにせ彼は『都市殲滅型』の武人なので、頭がおかしくても破壊を実行できてしまうのだ。


 また、そうと知りながらも彼をある程度自由にさせていることから、ネイジア・ファルネシオという人物も危険な男であるといえる。




 ズズズズッ ガゴンッ



 門が二十センチほど開いた。


 ここまで開けば、労せずに中に入ることができるだろう。


 クロスライルという枷もなしに、こんな男が中に入れば大惨事である。


 だが、クロスライルは止めない。


 ラブヘイアも黙って見ている。


 クロスライルは自分に不利益がなければ、我関せずを貫く男なので仕方ないが、ラブヘイアの行動はやや意外であった。


 魔獣の生態系にさえ気を配る男だ。多くの一般人が暮らす都市のことを考えないわけがないだろう。





「さあ、この私が、ネイジアの力を見せつけ―――」





 JBが門を開ききる―――




 しゅぼんっ




 前に、少し開いた門の隙間から腕が伸びてきて―――




 ぼんっ




 JBが展開していた戦気を貫き、フードに当たり―――




 ゴリゴリゴリゴオオオオオオオ




 さらにさらに押し込んで―――




 メキメキメキィイイイイッ




 門の先を覗き込もうと、屈んで下がっていたJBの顔を―――






―――ぶん殴る!!!






 門番の男が五人がかりでも引きずられたその身体が、ピンポン玉のように吹っ飛び、転がり―――




 バッターーーーンッ




 大の字に倒れた。




「………」



 JBが空を眺める。


 遙か地平線の彼方では、太陽が少しずつ昇り始めているのだろう。


 東側からかすかに明かりがこぼれ、漆黒の空をわずかに赤く染めようとしている。


 夜と夜明けの中間の時期。



 まさに今が黎明れいめいの時である。



 JBはしばしその光景を見つめる。



(殴られた…のか?)



 JBには一つ大きな欠点がある。


 痛みを感じないせいもあってか、状況認識能力に乏しい側面があるのだ。


 門を開けた瞬間に殴られるとは思わないので、彼でなくても困惑するのが普通だろうが、殴られたと気付くまでに時間がかかる。



(そうか。…殴られた…か)



 ばんっ くるり どんっ



 そして、何が起こったのかを把握したJBは、海老のようにその場で身体を跳ね上げて強引に立ち上がった。


 ダメージは軽微だ。ほぼ無い。


 しかし、顔に残る『不快感』だけは確実に残っている。



 コツコツコツ



 門の内側から一人の人物が歩いてくる。


 この人物こそJBを殴った張本人であるのは間違いない。


 では、誰がこんなことをするかといえば、いちいち考える必要もないだろう。


 グラス・ギースの東門には、いつだって【彼女】がいる。




「…はぁ、ほんと。最低の気分よね」




 現れたのは、マキ・キシィルナ。


 これまた言わずもがな。グラス・ギースの門番といえば、この女性しかいないだろう。


 しかし現在の彼女は、珍しくひどく苛立っていた。


 多少神経質な性格の彼女ではあるが、ここまで不機嫌さを表に出すのは珍しいことといえる。


 その原因は、『例のアレ』だ。



「ああああああ! もう最悪!! なんで私、あそこで逃げなかったのかしら! こんな都市よりも彼のことが大事なのに!! 判断基準を誤ったとしか思えないわ!! もっと早く動いてさえいれば…!! あああああ! 自己嫌悪おおおおおおお!!」



 アンシュラオンの逮捕に関与してしまったことを悔いていたのだ。


 彼と一緒に都市を捨てるべきだった。今でもそんな考えが浮かんでは消えていく。


 だが、今となっては後の祭りである。


 アンシュラオンは収監砦に入ってしまったし、彼から「シャイナ」の保護を頼まれている以上、勝手に動いて事態を混乱させるわけにもいかなかった。



「それにしても、あの髭!! 何が機密よ!! か弱い女の子を人質に取るなんて、最低のクズだわ!! ムカついたから引っこ抜いてやったわ!」



 よくよく見ると、彼女の手には長い髭が握られていた。


 マキはアンシュラオンの投獄後、シャイナ(だと思われているマドカ)を助けに行ったのだが、毎回門前払いされていた。


 言っても「知らん」「機密だ」「門番に言うことではない」とミエルアイブが突っぱねるので、そのたびに殴る蹴るの暴行を加えるのだが、どんなに痛めつけても口を割らないのである。


 衛士としては一番まともな男なのかもしれない。なかなか立派だ。


 ただそんなことよりも、マキに殴られても耐えられる肉体強度のほうがすごい気もする。


 そんなこったで、今日に至っては自慢の髭を引きちぎられるという蛮行を受けても彼は口を割らなかったため、アンシュラオンの役に立てなかったことと、投獄してしまったことへの自責の念でマキは激しく苛立っているのだ。


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