510話 「『使者』の来訪 前編」


 アンシュラオンが地下でグマシカと遭遇していた頃、グラス・ギースに『彼ら』が到着していた。



 ブロロロ



 フロントガラスが壊れたクルマが南門を抜け、ゆっくりと東門に向かっていた。


 明らかに訳ありの様相だが、荒野ではこれくらい当然なので誰も注意を向ける者はいない。



「ひゅー、いい場所じゃねえか。見ろよ。見渡す限りの畑だ」



 クルマの運転手、真っ黒なライダースーツを来た男、クロスライルがタバコを吹かしながら外の景色を眺める。


 今は真夜中なので視界も相当悪いが、彼の目にははっきりと小麦色の畑が見えているらしい。


 ちなみにその中の一部は、麻薬の原材料となるコシシケだったりするが、見た目の綺麗さは変わらないから不思議だ。



「ただの田舎だと、はっきり言えばどうだ」



 その後ろから、くぐもった野太い声が聴こえる。


 フードに身を包んだ大男、JB・ゴーンだ。


 フードはすでにボロボロで、所々に縫って補修した形跡があった。


 縫ったのはもちろん彼自身である。


 魔獣との戦闘で破れたものだが、こういうときのために裁縫セットを持ち歩いているというのだから面白いものだ。


 この大男が自分のフードを縫う姿は滑稽であるも、通常ならば衣服に傷を付けることさえ難しいのだ。


 その意味では、このあたりにいる魔獣の強さが、他の地域よりも格段に上であることがわかるだろう。



「コンクリートジャングルで育つと、こういう田舎に憧れるもんだぜ」


「お前の生まれは荒野の集落だったのではないのか?」


「オレの魂の故郷はコンクリートなのさ。人の心も冷え切った、とっても冷たい場所さ」


「何を言っているのか理解できんな。相変わらず、おかしな男だ。しかし、たかだかこの程度の距離に二日かかることのほうが信じられん。走ればすぐ到達できたものを」



 JBがさらに後ろの座席にいる若い男に、若干の敵意と嫌味を向けて話しかける。



「言ったはずですよ。蛮勇と勇気は違うのです。無駄に危険なルートを通る必要性はありません」



 その若い男、エンヴィス・ラブヘイアは涼しい顔で受け流す。


 彼の左半身には依然として、べったりとコールタールのようなものが張り付いている。


 その夜の闇よりも深い黒のせいで、薄闇の中で見ると右半身しかないようで不気味だ。



「それにしても時間がかかりすぎだ。わざと遠回りをしたのではないのか?」


「元気ですか?」


「…? 何のことだ?」


「力は戻りましたか? とお訊ねしたのです。あなたの力が回復するまでの時間をこうして作ったのですから、むしろ感謝してほしいくらいです。もしこの時間がなければ、あなたは『干からびたまま』だったのですから。それでは足手まといになります」


「貴様…! 言わせておけば…!」


「カカカ!! しなびたミミズみたいになったのは本当のことだろうが。げっそりしやがってよ。干されたイカか、てめーは。調子に乗って力を使いすぎるからだ」


「ふん、あのような魔獣には過ぎた力だったことは認める。だが、お前たちにどうこう言われる筋合いはない。自己管理は万全だ」


「かー、やせ我慢しやがってよ。素直にありがとうって言えや。ここまで楽に来れたのもラブヘイアのおかげだろうが」


「ふざけるな。貴様が止めなければ、この男はもう死んでいたのだ。余計な真似をしたものよ」


「もしクロスライルが止めなければ、荒野で朽ち果てていたのはあなたのほうでしたよ。命拾いしたものですね」


「………」



 JBのフードが、むくりと動く。


 それと同時にラブヘイアの目も鋭くなった。



「おいおい、こんな場所で暴れるなよ。またクルマが吹っ飛ぶのは御免だからよ。つーか、オレのローラちゃんを弁償しろや!!! このクソイカれ野郎!!」


「自然災害だ」


「言うに事欠いて、それはねぇだろう! いいから二度とクルマの中では暴れるなよ! わかったな!!」


「…ふんっ」


「………」



 クロスライルの茶々入れによって、両者の衝突はぎりぎりで回避された。


 ラブヘイアも剣の柄にかけた手を下ろす。


 あの戦いは終わっていない。いつ激突してもおかしくないのである。



(ったくよ、なんでオレがこいつらの面倒を見るんだよ。大の大人が、くだらねぇことで喚きやがってよ。だが、ここがラブヘイアがいた都市か。少し期待しちゃうけどねぇ)



 クロスライルが、バックミラーでラブヘイアを見る。


 素人が見れば、ただぼけっと座っているだけだが、まったく隙がない。


 もう都市内部に入ったというのに、いつでも戦えるように準備している。


 それはJBだけに対する警戒ではない。常時この状態なので、武人としてのレベルが上がったと考えるべきだろう。


 クロスライルやJB・ゴーンといった上級の武人と一緒にいても、違和感どころかまったく遜色がない。



 それは態度にも如実に表れている。



 強さへの自負とは、これほどまでに人を変えるのだろうか。


 (髪の毛以外では)もともと冷静で落ち着いた男ではあったが、今の彼はすっかりと雰囲気が変わってしまっていた。


 そのラブヘイアは、懐かしそうにグラス・ギースの城壁を眺めていた。



(ついに戻ってきた。あの英雄…アンシュラオン殿はまだおられるだろうか。…いや、それこそ無用の心配だろう。彼は必ずこの都市にいる。すべては『あの御方』の御心のままなのだから。そして、私が彼と出会った時に【歴史】が動くのだ。重責だが、このような大任を拝したことを光栄に思うべきだろう。ああ、でもやっぱり…少し胃が痛いなぁ)



 ラブヘイアは、遊びでここに来たわけではない。


 重要な役割を与えられてきたのだ。






 ブロロロ



 彼らが東門に着いたのは、午前四時過ぎくらいだろうか。


 まだ夜明け前なので門は閉まっており、警備の衛士たちの数も多かった。


 これだけ内部が荒れていてもグラス・ギースの出入りは多く、今日も朝一番で都市に入ろうとしている人々が行列を成している。



「ふーん、辺境といっても人は多いんだな」


「ええ、グラス・ギースは、このあたりの人たちの拠り所ですからね」


「どこにいても人間ってやつは群れたがるもんか。えーと、駐車場はあそこか」



 クロスライルは、門の近くに設けられた駐車スペースにクルマを止める。


 そこにはすでに商人たちのクルマが数台止まっていた。


 彼らは荷物のチェックを受けてから、商品を馬車に載せ換えて都市内部へと入るのだ。



「オレらは商人じゃねえから、こいつはこのまま乗り捨ててもいいか。その場合、どうなんの?」


「無許可で数日間放置しておけば、強制的に移動させられますね。それでも異議申し立てがなければ、そのまま接収になることもあります」


「案外しっかりしてんだな」


「無駄を許容できるほど栄えている都市ではないですからね。ところで、このクルマは気に入りませんでしたか?」


「ラジカセがねぇのが気に入らねぇ。オンバーン姐さんのCJ《コピージュエル》も壊れちまったしな。中で売ってるか?」


「残念ですが、無いと思います。CJ自体がまだ普及していませんから」


「カァー! そりゃねぇよ。癒しの歌なしで生きろってか? 人生は歌だぜ? なぁ、わかるだろう? 愛がよ、こう…すぅうーっと心に吸い込まれて、それを一気に吐き出す歌こそが、オレらが生きる意味なんだよ! おお、そうだ。アカペラでいいんだ! 歌ってのは喉があればよ、歌えるんだぜ!! ああ~~~、砂漠のオアシスでえぇええ!」


「うるさい!! 二度と歌うな!! こっちは二日間、お前のへたくそな歌を聴かされ続けて、うんざりしているんだ! 三流歌手のファンなど、さっさと辞めろ!」



 突然歌いだしたクロスライルにJBがキレる。


 CJがあろうとなかろうと歌うのだから始末が悪い。


 だが、この話題絡みとなるとクロスライルも譲らない。



「んだと、てめぇ!! ぶち殺すぞ!! 表に出ろや、こらぁ!!」


「クロスライル、そこであなたがキレないでください。それより、たしか迎えが来ると聞いていましたが…」



 ラブヘイアが外門の周囲を見回すが、特段それらしい者はいなかった。


 彼らは自らの意思で来たわけではない。【依頼】されてやってきたのだ。


 なればこそ【依頼主】がいてしかるべきであろう。



 しかしながら同じ都市内ならばともかく、これが違う都市の組織への依頼となると連絡手段が非常に乏しくなる。


 この荒野に通信ケーブルなどが通っているはずもない。


 荒れ果てた大地には強力な魔獣が跋扈しており、設置するだけでも危険だし、デアンカ・ギースのように地中を移動する大型魔獣もいる。


 現在では比較的安全な交通ルートでさえ、魔獣の気分次第では襲撃される可能性もあるため、ケーブルを渡すのは現実的ではない。


 当然、空が封鎖された世界においては人工衛星も存在しない。


 となれば、あとは電波(無線機)くらいしかないのが実情だ。


 西側くらいの技術レベルと支配力があれば、実際にケーブルを敷くこともできるが、そうではない地域では軍事用の無線を使うことになる。


 ただ、その場合は傍受の危険性も高まるので、極めて慎重な運用が求められるだろう。



 と、こうして通信の話題になったものの、この地域ではどれも存在しないので、都市間同士のやり取りでは誰かが直接赴くか、『手紙』を使うことになる。


 『ネビュエル・ゴース〈死滅の御手〉』は、その親組織の長であるネイジア・ファルネシオの趣味で、手紙によるやり取りを好んでいた。


 今回も手紙によって依頼を受諾し、部隊を派遣するという契約を行っているだけなので、互いの顔も知らない状態で落ち合うことになっている。(安全のため写真は同封しない)


 ずさんである。


 正直、これで商売が成り立つのかと問いたいが、案外どうでもなるのが人間というものだ。


 江戸時代前の日本でも、ふみだけで十分やり取りはできていたので、人との付き合いは電波だけではないのだ。




 しばし待つが、到着が遅れたことと、夜明け前の時間帯ということもあってか進展はなかった。




「しょうがねぇな。門番の兄さんたちに訊いてみるか?」


「それならば私が話を通してきましょう」


「おお、そうだったな。あんたの街なんだからよ、任せるわ」


「ええ、わかりまし…」


「くだらん。このような都市に我らの同志がいるわけもない。さっさと仕事を終わらせて戻るべきだ。中央ではやることが山ほどあるのだからな」



 がちゃっ


 JBがクルマの扉を開けて外に出る。



「おい、何をするつもりだ?」


「都市に入るのに許可など必要あるまい。それになんだ、この城壁は。このようなものがあるから惰弱になる」


「城塞はべつに珍しいものじゃねえだろう。中央の都市だってたまにあるじゃねえか」


「気に入らん。いろいろとな。この男に頼るというのも気に入らん」


「んだよ、それが本音かよ。めんどくせーやつだな。お前な、ちっとは協調性ってやつを…」




 バタンッ



 協調性がないJBは、そもそもクロスライルの話など聞いていない。


 すでに外に出ていた彼は、行列を押しのけるようにズカズカと門に向かっていく。


 この大男が歩いていくと成人男性でさえ子供のように見える。


 その威圧感もあってか、人の行列が自然と左右に散っていった。


 彼らも荒野を移動してきた者たちだ。危ないものには近寄らないのが長生きの秘訣だと知っている。



「あーあ、行っちまった。兄さん、いいのかい?」


「少し様子を見ます」


「意外だな。止めるかと思ってたぜ。あいつがトラブルを起こさないわけがないだろう。絶対に揉めるぜ。人が死ぬかもしれねぇ」


「この都市がその程度で揺らぐようならば、これからの激動に耐えられるわけがないのです。彼は良いテストケースになるでしょう」


「なんだそりゃ? 毒に慣らさせようってのか?」


「面白い表現ですね。ですが、私が思うに…この都市はもっと大きな毒に染まっています」


「ああ? どういうこった? そんなにヤバイ都市なのか? あんたが言っていた『英雄』ってやつのことか?」


「いいえ、あの人は毒ではありません。毒とうそぶいても、やはり毒にはなりきれないのです。白は白にしかなれないのですから。英雄は英雄のままです」


「あんたも相変わらず、よくわからないことを言うねぇ。まっ、あんたがいいなら、オレもわざわざ止めるようなことはしねぇーよ。だりーしな」



 一番止めそうなラブヘイアが、あえてJBを野放しにする。


 そこには明確な狙いがあった。



(今ならばわかる。この都市に渦巻く【意思】が。ここは巨大な力に支配されているのだ)



 ラブヘイアの色が変わった紫の瞳が、都市の気配を読み取る。


 今までの自分は、グラス・ギースという都市に関して何も疑問を抱かなかった。


 主に外で活動するハンターだったこともあり、内部で生活する時間が短かったせいもあるのだろう。


 下手をすれば、ハローワークがある一般街から西には行かないで都市を出て、また長期間野宿をする生活を続けることもある。


 だから内部の派閥争いにも興味がなかったし、グラス・マンサーという存在を意識したことも少なかった。



 しかし今は、はっきりとわかる。



 自分が都市を出る前よりも、遙かに強い想念が都市を覆っていた。


 傀儡士が発する「無邪気な邪気」によるものだ。


 だが、これでもまだ序曲にすぎない。



(これからもっとこの都市は揺れることになる。たかがJBくらいは、簡単に跳ね除けてもらいたいものだ)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー