509話 「医者の正体 後編」


「…はぁああ?」



 若干恥ずかしそうに告白するバイラルに、アンシュラオンが素の対応を返してしまう。


 目の前の男は、もう初老なのだ。驚いてしかるべきだろう。


 しかも顔を赤らめるのはやめていただきたい。



「じいさん、あんた何歳だよ?」


「今は七十だが、当時は六十五だったな」


「あんたが地下に来たのは三年ちょっと前だな。ってことは、それ以前から誘いがあったってことか?」


「うむ。あれ以来、直接グマシカたちと会うことはなかったが、提案自体は毎週のようにあったものよ。あれはしつこかったものだ。乗り気ではなかったからな。だんだんと搦め手まで使うようになってきて、偶然を装って迫ってくることもあった。落し物を拾った女子おなごに誘惑されたりもしたな」


「いやそりゃ…その年齢で子供を作ることもあるけどさ。それ自体はおかしくはないが……いいや、おかしいな!! なんだその提案は!? 訳がわからん!! あいつらの狙いは何だ? いまさら本家の人間なんて邪魔なだけだろう?」


「わしも訳がわからんかった。そもそも本家という自覚などなかったからな。最初は呆然としたものよ。だが、当時はわからなかったが、いろいろと知った今ならばわかる。マングラスの血筋は、すでに【途絶えておる】のだ。だから血を残したかったのであろうな」


「グマシカがいるじゃないか。それに孫か何かがいると聞いたような気がするが…」


「孫?」


「いるんだろう? グマシカに孫か何かが」


「ああ、あの男か」


「あの男…? その言い方は変だな。子供だと聞いていたが?」


「わしとおぬしでは『グマシカ』という名前に対して、若干の認識の違いがあるようじゃな。わしが会ったグマシカは【老人】じゃったよ」


「老人だと? オレが会ったグマシカは子供だったから…あんたが言っているのは『影武者』のほうか? そりゃまあ、あいつがじかに会いに来るわけがないけど…」


「影武者が、その孫じゃよ」


「…は? なんだって?」


「世間でグマシカに孫がいるという話になってはいるが、その者は本物のグマシカの影武者として動いておる」


「じゃあ、プライリーラが会ったジジイってのは…」


「うむ。その人物じゃろうな」


「なんでそんなことをするんだ? あっ、そうか。本物のグマシカが動きやすいようにか。万一表に出てくる時があれば、そういった既成事実があったほうがいいもんな」



 グマシカの身体は子供なので、万一影武者に何かあった際、あるいは当人がどうしても表に出なくてはならない時、無駄な混乱を起こさないために『孫』という身分は便利だろう。


 なるほどなるほど。


 多少驚きではあるが、ここまではいいだろう。



「だが、子供を作るのならば、そいつでもいいじゃないか。まあ、ジジイだからつらいのはわかるが…やれなくはないだろう」


「それは無理だ。あの影武者は『コピー品』でしかないのだからな。持っている能力は転移に必要な最低限の因子だけで、生殖能力はないようだ」


「コピー品だと?」


「複製体よ。グマシカの一部をコピーした可能性もあるが、誰が元になっているのかもわからぬ。ともすれば、まったくの他人に因子を植え込んだだけかもしれぬ。グマシカたちならば人間くらいはいくらでも手に入ろうて」


「そうか。やつらは魔獣の因子も使っていたな。そういう技術を持っているのならば不思議ではないか。なんだ。それができるのなら、マングラスの子供もコピーすればいいんじゃないのか? わざわざあんたを使って子供を作る必要がないじゃないか」


「複製体では駄目なのだろう。グマシカが初代に受け入れられなかったのも、おそらくは本物ではないからだ」


「身体は改造していたようだが、やつは生きていたぞ」


「あれは『傀儡士くぐつし』が造った媒体でしかない。グマシカは災厄時に死んでおる」




 グマシカは―――死んでいる。



 史実上では、グマシカという人物はもう存在しない。




「死んだ…だと?」


「うむ、災厄時…その一年前に、グマシカ・マングラスという人物は死んでおる。あくまで記録上のことだがな」


「まだ生き残っていたということか?」


「死んだのは事実であろう。しかし、まだ生きているのだ。この違いがわかるか?」



 生きているのに死んでいる。


 死んでいるのに生きている。



 一見すれば矛盾している状況であるが―――心当たりがある。



「レイオンと一緒か」


「その通りよ。やつもまた生命の石によって命を長らえさせた者といえる。しかし、レイオンのような半端者ではない。正真正銘の適合者よ。石との相性も極めて良かろうて。そのうえで傀儡士に改造されておるのだろう」


「なぁ、さっきから出てきている傀儡士とは…」


「おぬしが見た、あの男のことだ」


「やつのことは知っていたのか?」


「当然、最初は知らなかった。いきなり子作りと言われて、どうしていいものかわからなかったし、しばらく逃げていたからの」


「ふと思ったんだが、なんで受けなかった? たかが子作りだろう。乗り気ではないにしても、相手が自由に選べるなら少しくらい出したって…」


「【立たん】からな」


「え? …あそこが?」


「うむ」


「…ちょっとも?」


「ちょっともじゃ」


「ごめんなさい」



 哀しい理由だった。


 アンシュラオンが思わず素直に謝ってしまうほど、哀しみに溢れた理由である。


 バイ〇グラがあったら提供したいものだが、正常な状態で性行為ができないのならば、無理にやることは危険でもある。


 精神的にも立ち直れなくなるかもしれないので、そこは男として非常に悩むポイントだ。



「じゃあ、あんたは子供もいないんだな」


「そうだな。いまさら欲しいとも思わんよ。やつらにそう言ったら、今度は精子の提供でもかまわないと言ってきた」


「それも断ったということか?」


「むろんじゃ。他人に搾り取られるなんぞ真っ平御免よ。立たずとも、わしにも男としての誇りがあるわ」


「ううーん、コメントできないな。医者といっても男か。しょうがない…のか?」



 医者なのだから、それくらい慣れているかと思いきや、自分がやるのは嫌らしい。


 その点に関してはアンシュラオンも強く言えないので、これ以上は追求しないことにする。




 しかし、バイラルが彼らに協力しなかったのは、それが決定的な理由ではない。


 もしこれだけが理由だったら、今までのシリアスはなんだったのか、ということになってしまうだろう。


 さすがにそれだけでは納得できないし、実際にちゃんとした理由もある。



「わしが連中に協力しなかった最大の理由は、傀儡士の存在よ。グマシカの背後には、あれがいる。それがわかった以上、手を貸す理由はなかろう。わしはこれでも医者だ。都市を愛しているし、人々を平然と貶める者たちに協力するつもりはない」


「あの男か。賢明な判断というか、当然の判断だな」



 災厄を望むような存在である。彼に関わって幸せが訪れるとは思えない。


 悪徳業者が、いくら窓口に見栄えの良い店員を使っても、中身が悪徳であることには変わらないのだ。


 一度関わってしまえば、ずるずると悪の道に引きずり込まれるだろう。


 自己防衛として、そういう連中には最初から関わらないほうがいいのである。



「だが、やつの存在はどうやって知った? 子供グマシカのこともだ。普通に生きていれば知ることはできないだろう? オレだって、今までずっとジジイだと思っていたんだからな」


「名前は言えぬが、わしに協力を申し出てくれている人物がおる。傀儡士やグマシカたちのことを教えてくれたのは、その者よ。災厄の詳細についても、その人物から聞いたのだ」


「…協力者か。そいつが怪しいとは思わないのか? 都市の機密を知っているくらいだ。あんたを利用するつもりかもしれないぞ」


「傀儡士よりはましと判断した」


「実際に見たわけではないのに、どうしてそこまで傀儡士を危険視する?」


「グマシカ当人がどう考えているかはわからんが、すべては傀儡士の思惑通りに進んでおる。直近では奇病のこともそうだし、その原因となっている生命の石を量産していることも、おおよそ福祉のためとは思えん。やつは昔から自分自身の欲望を満たすために、地下から影響力を与えてきたのだ。この都市がやつに牛耳られていることには何ら変わりがない。そして、わしが最後に頼るものは自分の勘よ。やつとは相容れない。そう感じるのだ」



 「あいつは悪いやつだ」「関わらないほうがいい」と聞けば、先入観と思い込みが生まれ、勝手にレッテルを貼ることもあるだろう。


 傀儡士が非常に危ない人間なのは事実としても、伝聞だけで判断するのは危険だ。


 何よりそうやって他人の欠点を吹聴する人物こそ、一番の悪かもしれないからだ。


 しかし老練なバイラルは、ニュートラルな感情こそが、自分を正解に導くことを人生経験で知っていた。



 マングラスの血が―――否定する



 傀儡士という存在を拒絶するのだ。



「勘か。悪くないな。それで決めたのならば後悔はしないだろうな」


「わしは後悔など一度たりともしておらんよ。だが、お前さんたちの話を聞く限り、やつは復活してしまったようだな」


「あいつが何者かはわかっているのか?」


「協力者からもらった史料や情報から、やつがマングラスに関わる人物であったことだけはわかっている。だが、マングラスの血族でありながら、あの男が望むのは都市の発展ではないのだ。【五英雄の敵】とは組めない。それが敵対する理由だ」



(ふむ…けっこう根深い問題がありそうだな。オレには興味がないが、こいつらにとっては『五英雄』という言葉は大切なんだろう。歴史が関わってくると問題は複雑になるからな…面倒なことだ)



 地域紛争でも、たかだか宗教の違いや民族の違いで争いが起きる。


 他人から見れば「たかだか」「そんなことで」と思うかもしれないが、当人たちにとっては重要な問題なのだ。


 この都市では『五英雄』という存在が権力の象徴になっているように、彼らは神聖視されている部分が目立つ。


 プライリーラがアイドルだったのも、彼女が強いこともあるが、それ以上にジングラスであり戦獣乙女だったからだ。


 強さだけではアンシュラオンのほうが圧倒的でも、単に強いだけでは認められない要素があるものだ。


 こうした感情は、グラス・ギースに暮らす人々でなければわからないのだろう。



 それに加えてグラス・タウンから続く歴史上の問題が絡むと、さらに複雑になるから厄介だ。


 たとえば何百年も前の戦犯がいまだに生き続けており、その人物が権力を持ち続けていれば騒動の種となるだろう。


 過去とは、当事者がいないから薄まっていくものであり、まだ生きていれば血の濃さと同様に憎しみも色濃く残るものである。


 バイラルも産まれてからずっとグラス・ギースで暮らす者であり、五英雄が作り上げた都市に愛着を覚えている。


 愛着がなければ、この都市で成功しようとも思わないだろう。医者として都市の発展のために尽力したいという願いがあるのだ。




 バイラルからの情報は、以上である。




 それを聞いたうえで、アンシュラオンは思案する。



(さて、どこまで信用するかだが…少なくとも敵意はないと信じたいな。グマシカに取って代わるといった野心は見られない。もともと医者だったせいかな。マングラスに対する敬意というものはなさそうだ)



 グマシカが「初代様」と言っていたのに対し、バイラルは「初代」と呼び捨てだったし、話し方全般にマングラスへの愛着がないように見える。


 これは仕方のないことだろう。


 彼はもともと普通の医者として過ごしていたため、いきなりマングラスの本家筋と言われてもピンと来ないのだ。


 これがもし若くて実績もない人間ならば、「俺ってやっぱり特別じゃね!?」と喜ぶところだが、若くして医師連合のトップとなり、エリート街道まっしぐらだったバイラルにとっては、むしろ迷惑な話だ。


 おかげで逃亡生活を送らねばならず、医師連合のトップも辞めねばならなかった。踏んだり蹴ったりだ。


 今でもそれは変わっておらず、ただ医者として過ごしたいという願望が見て取れる。



「この一件に片がついたら、あんたはどうする? マングラス本家として振る舞うのか?」


「まったくもって御免こうむるが…五英雄の血筋が途絶えても困る。そのあたりは迷っておるよ」


「もしオレがグマシカたちの財産を手に入れたとしたら、あんたはどう思う?」


「特に何も思わぬよ。グマシカが持っている財産は、地上の運営にとっては必須のものではないだろう。多くは遺跡に関するもののはずよ。おぬしにとって重要なのは、むしろ地上の権限のほうではないかな?」


「やれやれ、そのあたりもお見通しか。どんな噂が流れているのやら」


「一つ訊く。傀儡士を倒せるか?」


「オレはさ、家の中に出たゴキブリは絶対に殺すって決めているんだよ。放っておいたら安心して眠れないだろう? 夜中に顔に飛んできたらトラウマだしさ。あいつは自分のためにも殺すさ」


「…そうか。あくまでわしの権限で動かせる財産があれば、ぬしに提供しよう。それで満足するかはわからぬがな」


「オレが求めるものなんて些細なものさ。あんたがいるおかげで厄介事に巻き込まれないのならば、そのほうが価値がある。あんたの身は守るつもりだから安心していいぞ。それと念のため訊いておくけど、医師連合のトップに返り咲きたい願望はあるのか?」


「今はスラウキンの小僧がトップと聞いておる。医者としては少々問題のある男だが、知識や探究心はわしよりも上だ。いまさら戻ろうとは思わぬが、医者としての活動は続けたい」


「そうか。助かるよ」



(スラウキンとの関係は維持したいしな。バイラルに復帰願望があったら困っていたところだ。オレの診察所もあるし、医者としての活動は……あれ? 診察所? ヤバイな。そういえばそろそろ…)



 いろいろありすぎて、すっかりと自分の診察所のことを忘れていたが、今まさにその診察所に対して新たな動きが始まろうとしているのであった。



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