508話 「医者の正体 前編」


「くそ!!」



 バンッ ドゴンッ



 アンシュラオンは、行き場のない怒りを壁に叩きつける。


 思いきり蹴ったせいか、遺跡の壁が吹き飛んでしまった。


 プライリーラが殴っても壊れない壁なのだ。どれだけ強く蹴ったかがわかるだろう。



 ここは収監砦の地下、ラングラスエリアである。



 アンシュラオンとサナ(+レイオン)はマングラスの聖域から強制退出させられ、地下遺跡の神殿に飛ばされていた。


 今回の場合はランダム転移ではなく、辿ってきた道を強制送還させられるプログラムだったので、単純にそれまでいた場所に戻されただけだった。


 その後、どうやっても聖域に行くことはできなかったので、仕方なく戻ってきたのだ。


 だが、戻ってからも怒りは収まらない。さっきからずっとこの調子である。



(せっかくグマシカを殺すチャンスだったのに! 【やつ】に気を取られちまった! だが、あいつを放っておくという選択肢はなかった。あいつは…かなりヤバイ。戦闘力がどうこうじゃなくて、雰囲気がヤバイやつだ。それだけ見ればソブカに近いが…あれだけ遺跡の力を使いこなすんだ。危険度はあいつ以上だと思ったほうがいいな)



 アンシュラオンをもってして、ヤバイと言わしめる男である。


 さすがに戦闘力で負けるつもりはないが、なんというのだろう、底知れぬ怖さを持つ男であった。


 これは実際に殺せる者と殺せない者の差とでもいうべきか。


 よく「来るな、人質を殺すぞ!」と叫ぶ立て篭もり犯がいるが、彼らはまだ可愛げのある者たちである。


 目的が金にあることも要因ではあるが、できれば殺したくないという倫理的なストッパーが働いているから叫ぶのだ。


 しかし、あの男は喜々として殺すだろう。


 殺す口実が出来たのだから、たっぷりと楽しんで惨殺するに違いない。


 いや、口実がなくても殺すに違いない。そもそも人を殺すことに理由などいらない、といわんばかりに殺すはずだ。そういった怖さがある。


 アンシュラオンも倫理感がほとんどないが、かといって破壊だけを好むわけではない。


 その意味でも、あの男は相手が女や子供であろうが、まったく気にしないだろう。


 彼にとって、すべては肉の塊でしかないのだ。


 もしかしたらグマシカを見ただけの人間ならば、マングラスが悪とは言いきれない部分があったかもしれない。



 だが、あの男は―――清々しいまでに【悪】だ。



 アンシュラオンの予感は正しかったのである。


 だからこそ正義ではあの男に勝つことは不可能なのだ。



「…ふーー! ふーー!」



 ガンガンッ


 そして、怒っているのはアンシュラオンだけではない。


 サナもまた刀で壁に八つ当たりしている。


 ミャンメイと合流までしたのに、なぜか自分たちだけ移動してしまったのだ。彼女も怒り心頭であろう。




 二人は―――失敗した。




 アンシュラオンにしては珍しく完全に失敗だ。


 いや、よくよく思えば輸送船を壊したりもしていたので失敗は数多くあるが、相手に出し抜かれたという意味で敗北に近い。


 そういった悔しさもあって怒りに満ちているのだ。


 こういうとき、人は誰かに八つ当たりしたくなる。



 その点、今はちょうどいい「的」があるのだから幸いだ。





「このやろーーー!」



 ヒューーーンッ ドゴンッ



「ぎゃーーーーーーー!!」



 アンシュラオンが投げた石(自前)が、少し離れた場所でうずくまっていた男の肩に当たる。


 遠慮などしていないので、石はあっさりと肩を破壊して貫通した。



「あーーーあーーー!! 肩がーー! 肩がぁぁああああ!」



 男は激痛で転げ回り、涙を流す。


 肩が吹っ飛んだのだから泣き叫んで当然だ。


 だが、この男に同情する必要性はまったくない。



「てめぇーー!! このカスが!! お前に痛がる権利はないんだよ!! どす! ガスッ!! バキッ!!」


「おぶぶうっ! うぎいいいっ!! ぎゃっ! ひぶっ! ひでぶっ!!」



 アンシュラオンが八つ当たりで蹴っているのは、名誉あるキング・オブ・クズの称号の持ち主だ。


 こんなクズはどうなってもいいだろう。せめてサンドバッグとして役立ってもらわねば、生かしている意味がない。



「サナ、お前もやってやれ!」


「…こくり」


「ひー、ひーーー! お、おゆるし―――おぼっ!!」



 バゴンッ ぼぎんっ!!


 サナが鞘でカスオの顔面をぶっ叩く。


 戦気こそ放出していないのでまだましだが、それでも怒りに任せて殴ったので首の骨が折れる。


 彼女も肉体能力が成長しており、戦気なしでも成人男性を軽く超える腕力を持つに至っていた。折れて当然だ。


 ただ、即座に首の痣が蠢き、彼の傷を癒す。



「おぼぼぼっ…うぐぐっ! げぼっ! げほほっ!! いてーよ、いてぇーーーよっ!」



 いくら傷が治っても、その過程で生まれる痛みは変わらない。


 しかもまた回復したものだから―――



「…ぶんっ」


「ひぐっ!!」



 ボゴンッ ボキンッ


 またサナに折られるという悲劇が起こる。



 ボゴンッ ボキンッ じゅわわ(治っている音)


 ボゴンッ ボキンッ じゅわわ


 ボゴンッ ボキンッ じゅわわ



 治ってはへし折られ、また治ってはへし折られるという地獄の苦しみが続く。


 しかし、その光景を見ても誰も止めに入らない。


 この場にはマザーやニーニアもいるのだが、彼に優しさの欠片すら向ける者はいない。


 博愛主義の元カーリス信者のマザーでさえ、それを放置しているのだから、いかにキング・オブ・クズが素敵な魅力を放っているかがわかるだろう。



「おい、クズ!! なんて使えないやつだ、お前は!! お前からは何も出ないじゃないか!! 汚くてダシも出やしない!! まったくの役立たずめ!!」


「う、うひいい…あべべべっ……ゆ、ゆるぢて…くだ……ざい!!」


「お前のせいでミャンメイを失った!! ただで済むと思うなよ!!」


「ひ、ひぃいいい!」


「安心しろ。殺しはしない。だが…くくく、オレのものに手を出したんだ。たっぷりと楽しませてやるよ。なぁ、オレは言ったよな。お前に忠告したよな? 最初から信じちゃいなかったが…堂々と違反したお前には、こんなもんじゃ足りないよなぁ? 本当の生き地獄を見せてやるから覚悟しておけよ」



 アンシュラオンの目が、極めて残忍な色を帯びる。


 その中に宿る魔人の色合いを見たカスオは―――




「ひぃい!! ひぃーーーーっ!!! あああぁっぁぁぁあっ―――がくっ」




 じょーーーー


 失禁して気絶した。



 普通の人間が魔人の本性を少しでも垣間見れば、こうなって当然である。


 しかしながら、いくら怖いからといって失禁するのはやめてほしい。


 非常に不快だし、誰が掃除をすると思っているのだろうか。(あとでカスオにさせました)





「落ち着いたかしら?」


「…少しはね」



 頃合いを見計らって、マザーがアンシュラオンに話しかける。


 こうした場合は怒りが収まるまで放っておくことが正解とわかっているのだろう。賢い女性である。


 そんなマザーも、気絶したカスオを見て溜息をつく。



「結局、彼からは何も出てこなかったわね」


「あいつは使い捨ての駒だったから、だいたい予想はしていたけどね。何も知らないで加担するんだから、やっぱりクズはクズさ」



 話は少し戻るが、アンシュラオンがカスオを発見したあと、彼を治癒して尋問を開始した。


 しかし、当然ながらというべきか、彼は何も知らなかった。


 ただ指示が来たから従っただけだ、というのだ。


 そんなことで動くやつがいるのか? と問いたくなるが、昨今の日本においてさえ、その日に出会った者同士で犯罪を実行する連中もいる。


 とりあえず金になりそうだからと、事情を訊くこともなく安易な気持ちで動いてしまう者が多いのだ。


 クズという存在は頭が悪く、何も考えず、ただ欲求のためだけに動く。


 クズがクズであることに理由はいらない。


 だからこそ使う側も安心して使い捨てにできるのである。



(このクズに【接触した男】についても詳細は不明だった。簡単に正体をバラすわけもないよな。肝心のこいつの記憶力も酷いし、まったく手がかりがないのはつらいな)



 カスオに接触した者がいるのは事実だ。


 その人物から銃を渡され、具体的な指示を受けている。


 もちろん顔は見せないので誰かはわからないが、男であることはわかっているという。


 だが、わかっているのはそれだけだ。



(地下の人間か? それとも地下に出入りが可能な力を持つやつか? その配下か? 該当者が多くて絞りきれないな)



 アンシュラオンの中では、グマシカたちに加えてグリモフスキーも怪しいと思っているくらいだ。


 絞り込むのは難しい。絞り込んでも物証も確証もないのだから、どうしようもないが。


 それよりミャンメイが心配だ。



(ミャンメイが取り残された以上、クズにかまっている暇はない。傷物にされる前に、なんとしても助け出す必要があるが…そのためには『こいつ』から話を訊く必要があるな)



 アンシュラオンは、目の前にいる人物に視線を向ける。


 その初老の男性は、黙って椅子に座っていた。


 彼からは何も語らないので、こちらから話しかける。




「バイラル、やつは何者だ?」




 そこに座っていたのは、レイオンが『先生』と呼んで慕う医者であった。



「………」


「お前なら、やつについて何か知っているんじゃないのか?」


「………」


「遺跡に潜っているのも、あいつと何か関連があるからか?」


「………」


「だんまりはよせよ。もうあんたの【正体】はわかっているんだからさ」



 思いきり割愛したが、アンシュラオンが賢者の石によって聖域に飛ばされる前、実は一度転移させられていた。


 今のようにカスオに対して尋問していた時、沸々と怒りが湧いて凶暴化したアンシュラオンに対して遺跡が反応し、違う場所に転移させられたのだ。


 その際にバイラルと出会っている。



 彼がいた場所は―――【工場】



 そこはどうやらロボットの生産工場だったらしく、今現在もメンテナンスに限っては稼働している箇所もあるほど『生きている』場所だった。


 バイラルはそこでロボットの核となるジュエルを調べていたところ、アンシュラオンと遭遇したというわけである。


 しかし、レイオンと彼には決定的に違う事情があった。


 レイオンが不意に飛ばされ、まったく遺跡の知識がなかったのに対して、彼には動揺がまったくなかった、という点である。


 それは、自らの力で「いつでも帰れる」ことを知っているからこその余裕だった。


 そこでアンシュラオンは状況を確認しつつ、バイラルにも尋問しようとしていた時、賢者の石に呼ばれてしまったというわけだ。


 よって、彼への本格的な尋問はこれからである。




「あんた、ただの医者じゃないだろう。開胸技術も今のグラス・ギースの医療水準から見れば、圧倒的に高いレベルにある。スラウキンでさえ難しいと言っていたんだ。簡単にできるわけがない。オレが思うに、あんたは―――」






―――「やつらの【仲間】じゃないのか?」






「…え?」



 アンシュラオンの言葉に、ずっと話を聞いていたニーニアが驚く。


 詳細を知らされていない彼女であっても、さすがにその言葉の意味くらいはわかった。


 アンシュラオンが言う「やつ」とは、「あの男」のことだ。



 バイラルが、あの男の仲間。



 言い換えれば―――マングラスの仲間



 そう言ったのだ。



「…どうして、そう思った?」



 今まで口を開かなかったバイラルも少し興味を抱いたのか、目の前の白い少年を正視する。



「ようやくオレを見たな。ずっと目を逸らしていただろう」


「他人と目を合わせたくないだけよ」


「それもあるだろうな。地下にいるってことは、それなりにやましいことがあるってことだ。ただ、今回の場合は違うな。お前はオレを【怖れている】」


「強き者を怖れるのは、常人の性というものよ。おかしくはあるまいて」


「やれやれ。随分と偏屈な男のようだな。あんたの正体を暴くためには、一つ一つ化けの皮を剥がしていかないといけないらしい」



 アンシュラオンが、バイラルが怪しいと思った理由はいくつかある。


 これまた完全に割愛されているが、一緒に転移してきたレイオンから多少の事情を訊いていた。


 彼はまだ意識が朦朧としているので、ベッドに寝かせているところだ。


 やはり龍人の血を受けたのが悪かったのか、身体に変調をきたしているようだ。


 浄化はしてみたが、すでに混じりあった血に関してはどうしようもできなかった。


 あとはレイオンの武人としての力に託すしかないだろう。



「まず一つ、あんたは遺跡に詳しすぎる。ここに来たのも、あんたの指示によるものだって話じゃないか。その段階で怪しい」


「地下の存在は、知る者ならばさして珍しいものではない。発想としてはありふれたものよ」


「なら、マングラスが知らないわけがないだろう。矛盾しているな」


「グラス・ギース内部にいるのならば、どこにいても変らぬよ。程度の差こそあれ、やつらの目が届かぬ場所などないからな」


「そこも気になる。どうして外に逃げなかった?」


「こんな老いぼれの行く場所など、地下以外のどこにあるというのじゃ? それに外は危険であろう」


「それだけの医療技術を持っているんだ。東大陸ならば、どこに行っても重宝されるはずだ。たしかに危険は伴うが、交通ルートを使えば比較的安全に逃げることができる」


「あくまで仮定の話よ。魔獣に出会えばすぐに殺される」


「命を惜しむ必要なんてないだろう? もし惜しいのならば、やつらに投降すればいいだけだ」


「屈するつもりはない。男として癪であろう?」


「もっともらしいことを言うんだな。しかし、根本的な話をしよう。あんたは本当に『追われていた』のか?」


「なぜじゃ?」


「レイオンを半殺しにしたやつ…コウリュウの片割れのセイリュウってやつか。オレも名前は知っているよ。マングラスの双龍は有名だからな。あんたはやつに追われていたそうだな?」


「うむ。それの何が不思議なのだ?」


「やつらはあんたに危害を加えようとしなかった。レイオンはあんなにやられたのに、あんただけ無事なのはおかしい。となれば、やつらは最初からあんたを殺すつもりはなかったんだ」


「それこそ矛盾しておるな。追われる理由がなくなる」


「だから追っていなかったのさ。いや、追ってはいた。しかしそれは、逃亡を防ぐためだったんじゃないのか?」


「妙なことを言う。意味は同じであろう?」


「違うな。最初のスタート地点が違うだけで、これらはまったく別の意味を成すんだ。もしあんたが向こう側の人間だったとしたら、ってことさ。大前提が覆る」


「仮定の話にすぎん。いくら論じても無意味であろう」


「ははは、そりゃそうだな。水掛け論なんて、いくらやっても意味がない。だが、オレには一つ武器があってな。今までこれには本当に助けられた。だから今回も、はっきり言うけどさ―――」






「あんた、なんで―――『マングラス』って名前なんだ?」






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