「壊滅、ホワイト商会」

507話 「災厄を望む者」


 場は静寂を取り戻す。


 その場には、もうアンシュラオンの姿はなかった。サナもいない。


 【この男】が、遺跡の機能である『緊急跳躍』を発動させたからだ。



「ふふふ…はははははははは!! アハハハハハハハ!!」



 男は、笑う。


 何がそんなに可笑しいのか、馬鹿笑いを続ける。


 仕方ない。


 彼は今、楽しくて楽しくてしょうがないのだ。



「災厄…! 災厄の魔人だ!! アハハハハハハ!! また災厄がやってきたのだ!! 最高だ!! ハハハハハハハ!! 破壊しろ!! 壊せ!! すべてを焼き払え!! 私を楽しませてくれよぉおおおお!!」



 ひとたび災厄が起これば、それが局所的であれ国家的であれ大陸的であれ、最悪は全世界的であれ、破壊の限りが尽くされる。


 破壊。


 この男にとって、いや、人間にとっては破壊こそ最高の【娯楽】である。


 破壊とは、なぜこんなに楽しいのだろう。


 むしゃくしゃしたときに、液晶テレビに思いきりリモコンをぶつけたりすれば、それはもう最高の気分になるだろう。


 自分の物ならば修理代を考えて後悔するが、それが他人の物ならば楽しい感情だけを得ることができる。


 そう、この男にしてみれば、すべてが他人事だから楽しいのだ。


 傍観し、あるいは直接関与し、その破壊を楽しむことだけが生きる目的である。



 あれ? どこかで聞いたことがあるな。


 あれれ? 気のせいかな?



 否。


 勘違いでも気のせいでもない。


 この男は、アンシュラオンと極めて似た性質を持っているのだ。


 だから災厄を歓迎するし、災厄を待ち遠しく思っている。


 楽しい時間をもっともっと楽しみたいと願っている。



 だが、それを邪魔した者がいる。



「気分はどうですか? 初代マングラス様。いまだにこんな場所に囚われ、愛を欲するなど…ふふ……ふふふ、はははははは!! 無様だなぁ!! 滑稽ですなぁあ! だが、最高に面白い!! あなたが求めたものは、あの災厄の魔人!! あなたがあの時、その身を捧げて退けた魔人なのですからね!!」



 ズブッ ぐっちゃぐっちゃっ!!


 男は手を賢者の石、かつて初代マングラスだった女性に突き入れる。


 恍惚な表情を浮かべて破壊を楽しむ。


 そこに【憎悪】という感情があるからこそ、その行為は美しく、また娯楽となりえるのだ。



「あぁあーーたのしーー!! これまでのことを思えば、これで良かった!! だからこそ楽しい!! あなたが私を封じたからこそ、この力を手に入れることができたのですよ!! ねぇ、【姉上】!! どうですか? 気分は? アハハハハハ!!! 死ね死ね死ねえええええ!! でも、死なないんですよねぇえええええ! それがいい!! あなたはずるい! ずるいよおおお! 自分だけ楽しもうとしてさぁあ!」



 ズブズブズブズブッ


 刺す、刺す、刺す、刺す。


 だが、賢者の石はもう何も語らない。


 男に力を吸われたこともあるが、彼女自らが閉じこもったのだ。



「ふん、この期に及んでまだ抵抗しますか。いいでしょう。楽しみが増えるというものです。しかし、力の七割はもらった。あなたにはもう何もできはしないのだ。災厄を止めることもできない。まあ、そんなつまらないことはさせませんがね」



 ぎゅるるるるっ


 男の両目が翡翠色に変化し、螺旋状の輝きを帯びる。


 深いエメラルドの色合いであり、強烈な生命の波動を受けた者の証である。


 彼がその気になれば、かつて起きた災厄時と同様に都市を守ることもできるだろうが、この男がそんな無意味なことをするわけがない。




「ぐううっ…ううう!! ちくしょう!! ちくしょううううううう!!」


「…ん?」



 叫び声に男が振り向くと、グマシカが命気結晶に閉じ込められたコウリュウの前で地団太を踏んでいた。



「くそくそくそ!!! なんでだ!! なんで!!!」


「グマシカ、何をしている」


「ジジイ!! っ!! ジジイ…! なんだその姿は!!」


「今頃気付いたのか。相変わらずお前は馬鹿だな。だが、そんなところが可愛いがな」


「うるせーーー!! なにが可愛いだ! これはどういうことだ!! どうして俺が選ばれなかった!!」


「そんなこと知る…知る……ぼくちゃん、知らねぇえーーーー!」


「どうしたジジイぃぃいいー!?」



 突然男が怪しい言動を発したので、思わずつっこんでしまった。


 今までのミイラ男の外見ならば許されたが、今は若い美男子の姿になっているので違和感が半端ない。



「むっ、むぐぐぐっ。ふむ。どうやら『三秒に一度、たまに馬鹿になる病気』が残っているらしい」


「それ、ヤバイやつじゃねーか!!」


「おじいちゃんに向かって、なんだその口は。ヤバイとか言うんじゃない! もっと言え! もっと罵れ!! さあ、こい!!」


「うるせー、変態!! ちっ! くそっ!! ジジイのことなんて、どうだっていい! 説明しろ!! 何が起こった!!」


「何が起こったもなにも、見ての通りだ。災厄の魔人が現れた。それだけだ」


「そっちじゃねーよ! どうして選ばれなかった!! 俺はどうして! いいや、違う! どうしてあいつが選ばれた!」


「さてな。賢者の石が姉上の『女』としての部分を強調しすぎた結果だろう。あの人は結婚もせずに、自らを犠牲にすることを決断した。だが、結局は女だ。自己の欲求を満たせなかった未練があるのだろう。ははははは! 愚かだろう? だが、それがいい」


「初代様を笑うな!! クソジジイッ!!」



 ドギャッ


 グマシカの拳が男に炸裂。


 低出力とはいえアンシュラオンと対等に殴り合う一撃だ。


 それが本気で叩き付けられれば、顔面など簡単に吹き飛ぶ。



 されど―――無傷



 男の顔は綺麗なままだった。


 より正確に言えば、溢れ出る生命力が破壊すら許さなかった、というべきだろうか。


 現象だけ見れば『物理無効』に似ているが、まったく別物である。



 破壊という行為を―――『無効化』したのだから。



「弱いな、グマシカ。それなりに強く『造った』つもりだが、本物の魔人には及ばなかったようだな」


「くううう!!! スパイラル・エメラルドの力を得ていれば、俺がジジイの代わりになれたものを!! その腐った脳みそを分解してやったものを!!」


「ハハハハハ!!! お前は変わらないなぁあ!! ぼくちゃん、だからお前がスキイイイイイイ!!! うむ、好きだぞ」


「それ、やめろよ!!」


「仕様だ」


「そう言えば、なんでも許されるわけじゃねーからな!!!」



 まったくである。




 それから男は、命気水晶に閉じ込められたコウリュウを見る。



「これも所詮はコピー品だったか。本来の皇龍の力を引き出すには、まだまだ研究が必要だな。やはり素材が悪かったのか? だが、良質な素材はなかなか手に入らないしな…現状ではこれが精一杯か」


「ジジイ、能書きはいいから早く助けろよ!!」


「これでいいのか? なんなら新しいのを造ってやるぞ?」


「ふざけるな!! 人の命をなんだと思っていやがる!! 玩具じゃねーんだよ!!」



 ドゴッ ドガバキッ


 再びグマシカが男に殴りかかる。


 男は避けないどころか、嬉しそうに拳を浴びる。



「あああ、いいなぁ。お前のその破壊的な欲求が、私は大好きだよ。わかったわかった。助けてやるさ」



 祖父が孫のワガママを聞いてやるかのように、男が手を命気水晶に押し当てると―――



 バリバリバリーーーンッ



 命気水晶がバラバラに破壊される。


 アンシュラオンが生み出した命気水晶である。ダイヤモンドよりも硬い素材だ。


 それをいとも簡単に壊す怖ろしさがわかるだろうか。



「この命気…素晴らしい練度だ。今までの魔人の中でも相当に優れた素材のようだな」



 男は命気を分解した。


 同じ生命の要素を持つからこそ、こうした干渉も可能なのだ。


 この男に命気は通用しない。


 それはつまり、アンシュラオンにとって極めて相性が悪い存在といえる。



 どさっ



 解放されたコウリュウが床に崩れ落ちる。



「コウリュウ! 無事か!!」


「………」


「コウリュウ!!」


「龍人ならば、その程度では死なないさ。だが、随分と痛めつけられたな」


「くそおおお! くそおおおおおお! よくもやりやがったなぁあ!! あいつは必ず俺が倒す!!」


「今のままでは無理だな。はははは」


「あんたがなんとかしろ! 俺にもっと力をよこせ!!」


「そう簡単に言うな。私がどうしてやつらを移動させたと思う。勝ち目がなかったからだぞ」


「今は力を得ただろう!」


「エメラルドは守る力だ。たしかに死なないが、それだけだ。単純な戦闘力では相手が何倍も上だ。それはお前も見ただろう? あれでも全力ではないのだぞ?」


「…ぐううう! 魔人があれほどとは…」


「ふふふ…ははははは!! だから災厄は面白いんだよ!!! 私には理解できん。なぜ姉上は災厄を否定する。これほど楽しいゲームはないというのにな!!」


「相変わらず性根が腐ったジジイだ…!! 俺こそお前が理解できないぜ!!」


「ありがとう。嬉しいよ」



 この男は、すでに狂っている。


 生まれた時から狂っていたのだから、今になって治ることはありえない。



「魔人が二人いるのはなぜだ! ジジイなら知ってんだろう!」


「グマシカ! おじいちゃんだからといっても、何でも知っているわけではないんだぞ!! ゲロゲロピーー!」


「威張って言うことか!!」


「わからん。なんもわからん。だから楽しいんじゃないか」


「ふんっ、いいさ! もうジジイには頼らねーよ!」


「そんなこと言うな。寂しいじゃないか。ナイスマッスル! よっ、キレてる!!」


「あー! ジジイと付き合っていると頭がおかしくなる! くそっ…あいつを倒すにはどうすれば……あれ?」



 グマシカが苛立っていると、その視線の先で倒れている女性を見つけた。




 それは―――ミャンメイ




「ミャンメイ!! 跳ばされなかったのか! ジジイの仕業か!?」


「んん? 知らんぞ。あんなのは知らん。私が起動したプログラムは『マングラスに関わる者以外を強制転移させる』ものだ。もともと聖域にあった排除システムだな」


「じゃあ、どうしてミャンメイが…!」


「グマシカ、ほかにもいるみたいだぞ」


「なっ…」



 さらにその奥には、グリモフスキーまでいる。


 アンシュラオンとサナだけが強制的にこちらに呼ばれ、彼らだけがまた再び跳ばされていったという構図になったらしい。(実はレイオンも跳ばされたが、気付かれなかった)


 だが、その中身はもっと複雑だ。


 マングラスに関わる者以外が跳んだ、ということは、この場に残っているのは『マングラスに関わる者』なのだ。



 その彼らに共通するのが―――




「この娘…擬似エメラルドの適合者か。ふははは、面白い。これは良い実験材料になりそうだ。おー、おー、いい反応をしておるではないか! ビンビンくるぞ! どうしてくれようか…ぐふふ」


「ミャンメイに触るな!! ドガッ」


「おじいちゃんに暴力を振るう孫なんて、大好きだからね!!!」


「うるせー!! このイカれジジイ!! こっち来るな!!」


「なんだ、グマシカ! 気に入ったのか!! そんな肉の塊が好きになったのか!! 女など、ただの肉ではないか!!」


「おい、それ以上言ったら本気で怒るぞ!」


「事実を言っただけだが…そうか。まだお前には性欲があるのか? 懐かしいものだな。まあいい。好きにしろ。私に女は必要ない」



 男は機械の身体になってから、完全に肉体的欲求を失っている。


 食欲、性欲、睡眠欲といった、人間として当たり前の欲求そのものが必要ないからだ。


 何かが欲しければ造ればいい。


 わざわざ男女といったものを介さなくても、女性の子宮を経なくても人を生み出すことができるのだ。


 だが、愛を忘れているわけではない。



「愛とは、自己完結するものだ。他者の存在は、自己を完成させるための手段にすぎない。ああ、だから破壊は美しい。そこに哀しみがあるからだ。ふふふ、あははははは!!」



 ただし、相当偏っており、相当壊れた愛情だが。





「ジジイ、これからどうするつもりだ?」


「目的は半分達した。そして、お前との勝負は私が勝った。だから楽しませてもらうさ。存分にな」


「ちっ、ならば俺も好きにやらせてもらう」


「いいのか? んん? 独りでできるのかぁ?」


「ガキ扱いするんじゃねーよ!! いいか、俺のやり方に口を出すな! ミャンメイにも手は出すなよ!」


「おじいちゃん、さびしーーー!! だが、それもまた一興だな。私もしばらくは聖域の調査と戦力の増強に時間を割くつもりだ。災厄の魔人と遊ぶには、もっと力が必要になるからな。ふふふ、楽しくなってきたぞ」



 マングラスもまだ遺跡のすべてを掌握したわけではない。


 ここには使えそうなものがゴロゴロと眠っているのだ。


 ゲームを楽しむためにも、それらの掌握は必須であろう。



「ところでジジイ、ミャンメイに手を出したのはあんたの仕業か?」


「なんの話だ? お前も知っての通り、私は三百年以上もここで戦っていたのだ。外のことはお前たちに任せていたはずだぞ」


「…違うのか。じゃあ、いったい誰が…」


「なるほどなるほど!! 面白いではないか!! 我々に敵対するものが災厄以外にいるのだ!! 存分に楽しめ!! 闘争を楽しめ!!」



 男は、とても危険な存在であった。


 快楽主義者で個人主義者かつ、人の欲求の大半を捨ててしまった男。


 彼が求めるのは闘争という『ゲーム』のみだ。






「ハハハハハハ!! いいぞ!! もう私の邪魔をする者はいない!! アハハハハハハハッ!! あの時の続きを始めよう!! なぁ、姉上。今度も私を封印してくれるのかなぁ? アハハハハハハッ!!」






 男が知る限り、【災厄は二度起きた】。



 三百年前の破壊は全世界規模だったので誰もが知っているが、その前にもグラス・タウンは一度災厄に見舞われている。


 その時に男の姉である初代マングラス(本家)は、身を犠牲にして都市を守った。


 グマシカもそんな初代マングラスに憧れ、都市を守るためにどんな手も使うと覚悟を決めている。


 しかし、この男は二人とは正反対。



 破壊を―――【災厄を望む者】なのだ。



 だから初代によって災厄とともに地下遺跡に封印された。


 それでも男は身体を機械にしてまで生き続けた。求め続けた。


 男はまったく懲りてもいないし、その欲望が衰えたりもしていない。


 むしろ長い時間を経た分だけ、凶悪的なまでに増強されているのだ。




 都市の利権をかけた本当の戦いが、ここから始まる。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー