504話 「真なる闘争への道 前編」


 グマシカ・マングラス。



 目の前の少年こそが、この戦いにおける最後のピース。



 火のツーバ・ラングラス。


 風のプライリーラ・ジングラス。


 雷のゼイシル・ハングラス。


 そして、水のグマシカ・マングラス。



 これによって四大市民が出揃うことになったのだ。



 非常に奇妙な縁によって導かれた二人は、マングラスの聖域で落ち合う。


 二人は初対面だ。


 ならばなぜ、アンシュラオンがグマシカのことがわかったのかといえば、もちろん『情報公開』を使ったからである。


 そうでなければ、こんな子供がグマシカだとは思わないだろう。


 だからこその、あの微妙な反応だったのだ。


 驚き、疑念、確認という三つの段階を経て、ようやく確信に至ったわけだ。


 アンシュラオン側の事情はあとで語るとして、彼にとっても意外な出来事の連続であったのは間違いない。


 しかも、捜していたミャンメイまでいるではないか。ますます混沌としている。



(訳もわからずに飛ばされたと思ったら、まさかグマシカがいるとはな。それが子供とは、さらに意外だったよ。ってことは、プライリーラから聞いた爺さんは『影武者』か。よくある話ではあるがな)



 これだけ重要な人物だ。影武者を用意しないほうがおかしい。


 有名な戦国武将にも影武者説は多くあるので、暗殺の危険性があるグラス・マンサーならば当然だろう。


 また、表舞台に子供の姿で出れば、多くの混乱をもたらすことは容易に想像できる。


 彼にとって地上の人間は、何も知らずに新しい人生を歩み出した者たちなのだ。


 表には出ず、地下で本物の力を維持することが使命の一つなのだろう。




 どちらにせよ、ここで出会えたことは幸運だ。



「グマシカ、ここで死んでもらうぞ」


「アンシュラオン!! お前は俺が倒す!!」


「オレはいいが…なんでお前が敵意を向けるんだ? どうして名前を知っている?」



 アンシュラオンがグマシカを殺そうとすることには理由がある。


 それが金のため、という低俗な理由であっても、アンシュラオン側からは殺す動機があるのだ。


 しかしながら、なぜかグマシカからも敵意を向けられるのだから不思議だ。



「まあいい。どうせ結果は同じだ」



 どんっ


 アンシュラオンが戦弾を放つ。


 コウリュウに放ったものとは違い、相手を滅するための一撃だ。



 それをグマシカは―――



「うおおおお!!」



 ばんっ!!



 片手で弾き飛ばす。



 ひゅーーー ドボオオーンッ



 弾かれた戦弾は水に変化した壁に激突し、水を大量に巻き上げながら爆発。



「今の一撃を弾くか。さきほどの男といい、マングラスは粒がそろっているな。さすが最大勢力か」


「なめるなよ…! こんなもんで俺がやれるか!」


「それでやられるやつらが多いから、オレも悩んでいたんだよ」


「俺をそこらの人間と同じだと思うな!」



 グマシカがこちらに突っ込んでくる。


 まさか相手から来るとは思っていなかったので、アンシュラオンは意外そうな表情を浮かべている。


 そこに少年の拳が迫る。



 ブオンン



 小さな体格と拳にはまったく似合わない轟音が唸る。


 ただ、大振りの一撃をかわすのはたやすい。


 アンシュラオンは軽く攻撃を受け流すと、カウンターで顔面に拳を叩き込む。



 迷うことなく拳を―――振り払った。



 ドガンッ ぐらぐら



 巨石が落下したかのような鈍い地響きが起こる。


 突き抜けた衝撃が地面にまで伝わり、遺跡が揺れたのだ。


 この拳がどの程度の威力かといえば、マサゴロウでも即死の一撃だといえば、よりわかりやすいだろうか。


 HPの多い巨漢の彼とて、この一撃で死亡だ。


 アンシュラオンはグマシカを殺しに来ている。本気で殴るのは当然のことだ。



 本来ならば、顔面が跡形もなく吹き飛ぶはずだが―――




「ぐふっ…! うおおおおおお!」




 少年は一瞬意識が朦朧としたが、即座に復帰して攻撃を再開。


 思いきり足を振り上げる。


 アンシュラオンはガード―――するも、その力が強すぎて上空に押し上げられた。



「消えろ!!」



 そこに少年が技を発動。


 両手に水気の渦を発生させ、解き放つ。


 相反する流れを持つ二つの渦がアンシュラオンを呑み込み、バラバラに引き裂こうとする。



 覇王技、水覇すいは螺旋逢衝らせんほうしょう


 アル先生が使った赤覇・竜旋掌の上位版、赤覇・双竜旋掌の水覇版のような技である。


 二つの逆回転する水渦によって、相手を引き裂く因子レベル4の技だ。


 ここに人間が巻き込まれたら本当にバラバラになって魚の餌になるほどの威力が発生している。


 少年が発する水気も凄まじいため、技の威力も申し分ないものといえるだろう。



 だがしかし、相手が相手だ。



 ズバズバッ バシャーーンッ



 切り裂かれたのは渦のほうだった。


 巨大な空気の刃に切断され、あっさりと自壊する。


 そこには瑛双空斬衝えいそうくうざんしょうで技を破壊したアンシュラオンがいた。



「やれやれ、服が濡れちまったじゃないか」



 相変わらず、なんて涼しい顔をしているのだろうか。


 服は濡れたものの、まったくの無傷だ。


 アンシュラオンの反撃。


 空中で体勢を整えると、お返しとばかりに掌から水気を放出。


 巨大な濁流となった水がグマシカに襲いかかる。



(ちいいっ!! 技の発動が速い!)



 技を放ったばかりで硬直していた少年は、その濁流、水覇・硫槽波りゅうそうはの直撃を受ける。


 通常、技を放てば硬直が発生する。これはアンシュラオンも同じだ。


 しかしアンシュラオンの場合は技の練度が高いので、あとから使ったにもかかわらず、即座に二回目の攻撃を発動させている。


 つまり攻撃の速度でいえば、少年が一度攻撃する間に、相手は二回攻撃が可能だということだ。



 そして、威力も高いから困ったものだ。



 水圧で攻撃されるだけではなく、強酸となった水がグマシカの身体を溶かそうとする。


 デアンカ・ギースでさえ、あまりの痛みで地上に逃げ出すほどの酸である。


 直撃を受ければ、どんな身体であっても皮くらいは溶けるに違いない。



 が、グマシカも―――溶けない。



 身体の表面に水を放出して耐えている。



 じゅううっ ぶわわわ



 いや、正確には溶けているのだが、それと同じ速度で身体が【再生】しているのだ。



(あの水、普通の水気じゃないな。やつの『特殊能力』か)



 一瞬命気かと思ったが、似て非なるもののようだ。


 おそらくは彼が所有する能力によるものだろうと思われる。




「うおおお! アンシュラオーーーーんっ!!!」



 少年は水覇・硫槽波から強引に脱出。落下してきたアンシュラオンに向かってきた。


 今度もがむしゃらに攻撃を仕掛けてくる。


 アンシュラオンはグマシカの蹴りを空中で受け止めつつ、片手で戦気を放出して細かく体勢移動。


 相手の背後に回ると、後頭部を思いきりぶん殴る。



 ドバーンッ びよよん



 あまりの威力に、首がもげそうなほど伸びるグマシカ。



 がしかし。



 ぐぐぐぐっ



 強靭な肉体はその一撃にも耐えた。



 今度はグマシカの反撃。


 背後に向かってヘッドバッドをお見舞いする。


 アンシュラオンは突然の反撃にも対応。


 反射的にガードしつつ、相手の足を払った。


 ばしんっ



「うわわ! っ!!」



 体勢を崩したグマシカの喉元に、アンシュラオンの手刀が迫る。


 下手をすると首を切断する勢いで放ったものだ。


 だが、グマシカは首を回転させ直撃を防いだ。


 それだけではなくアンシュラオンの腕を掴むと―――力づくで引っ張る。



「おっ、おお」



 思ったより強かったので、アンシュラオンも前のめりになる。


 柔道でもそうだが「これは耐えられるな」と思っても、意外と相手が粘って最後まで技がかかってしまうことがあるだろう。


 これもそれと同じで、侮っていたアンシュラオンよりも、必死に掴んでいたグマシカのほうに分があった。



 そのまま―――床に投げつける。




 ドーーーーーーーーンッ




 ぐらぐらぐらっ



 投げつけられた衝撃で遺跡が揺れる。


 どれだけ強い力で投げつけたかが、よくわかるだろう。



「どうだ、こいつ!」


「てて…やってくれたな!!」


「効いてないのか!」


「男がオレに触るな!」



 少しはダメージを与えたかと思ったが、真下でギロリと赤い目が光った。


 アンシュラオンが倒れた体勢から、真上に蹴りを放つ。


 ドゴンッ


 蹴りをアゴに受けたグマシカの首が跳ね上がる。



「ごはっ…ぐううっ!! のやろーーー!」



 グマシカの反撃。


 倒れているアンシュラオンに向かって、拳を打ち下ろす。



「粗いんだよ!」



 その拳をかわして逆に掴むと、今度はアンシュラオンがグマシカを投げつける!!



 ドーーーーンッ



「いってーーーーーー!! くそおおお!! がぶっ!!」


「なっ! 噛み付くな! 汚いだろうが!」


「うるせーーー!!」


「男の唾液が付くと思うだけで吐き気がする!!! こいつ、離せ! ガスゴスッ!」



 腕に噛み付いたグマシカの頭を殴りつけるが、なかなか離さない。



「いてててて!! いってーな!! ゴンッ!」



 すかさずグマシカも頭突きで応戦。


 唾液に注意が向いていたアンシュラオンの顔面にヒット。


 ダメージはほとんどないが、面食らう。



「ぐっ…子供か、お前は!!」


「お前に言われる筋合いはねーよ!!」


「離せ!! 気色悪い!!」



 アンシュラオンが力づくでグマシカを離すと、渾身の蹴り。


 ボギャッ


 強烈な一撃が脇腹に命中。これはさすがに骨が砕ける。



「いってー!! ちっくしょーー!!」



 しかし、それだけだ。


 痛がって離れたものの、骨が折れた程度で済んでいる。


 ぎぎぎぎっ がごんっ じゅううう


 そして、それもまた回復。


 折れた骨がくっつき、急速に癒されていく。



 ………



 なんとも形容しがたい戦いが繰り広げられている。


 端から見ていると、少年と少年が喧嘩しているような光景だ。


 多少激しいプロレスごっこのようにも見えるだろう。


 だが、相手はあのアンシュラオンである。


 それが思うままに力を振るっているのに、グマシカは耐えているのだ。


 その力の源泉は不明だが、一つだけわかっていることがある。



 アンシュラオンはグマシカを見つめると、こう言い放った。





「お前、【身体を改造】しているな」





 アンシュラオンと殴り合っているのだ。普通であるわけがない。


 そこらの武人ならば一撃で死亡する攻撃に耐え、同じように攻撃するのだから、しっかりとした理由があってしかるべきだ。



 その一つが―――肉体改造。



 グマシカがなぜ子供の姿であるのかも、そこに要因がある。



「感覚がシャープすぎる。なんというか…天然と養殖の違いというか、微妙な違和感を感じるぞ」



 天然のもの、つまりは激しい闘争の中で育ってきた魔獣や、陽禅公やゼブラエスのような者と戦ってきたアンシュラオンには、その違和感がありありとわかる。


 どんなにそっくりに似せても【人工物】と自然のものとは違うだろう。その違いだ。



「戦い方は雑だが、それなりに熟練したものを感じる。その見た目も本物じゃないな。本当は何歳だ?」


「それがどうした! 俺はこの都市を守るためならば何でもやるぞ!! 生き延びて、どんな手を使っても生き延びて守り続けるんだ!! 禁じられた『賢人の力』を使ってもな!」


「けんじん…? なんだそれ?」


「お前にはわからねーだろうさ!! 最初から【最高傑作として造られた】お前にはな!!」


「何を言っている?」


「知らないのか!? 知らないでお前は力を使っているのか!! 『災厄の魔人』!! 俺はお前のことを知っているぞ! 死に物狂いで調べたからな!」


「またそれか。風評被害も大概にしてほしいもんだよ。何度も言うが…というか、他人に言うのは初めてだが、『災厄の魔人』は俺の姉ちゃんのほうだぞ」



 なぜグマシカが『災厄の魔人』を知っているのかはともかく、いわれなき誹謗中傷を受けるつもりはない。


 その点だけは我慢できなかったので、姉の存在を話す。


 ただそれだけだ。


 アンシュラオンにとっては、「ああ、俺には姉がいるよ」程度の話にすぎない。


 そんな話は他人同士でもよくあるはずだ。初対面の人間同士が「ご兄弟はおられるのですか?」と会話するのと同じレベルである。



 しかし、しかし、しかしながら。



 グマシカの反応は、あからさまにおかしかった。



「…は?」



 その言葉が理解できない、というような表情で固まる。


 敵意が完全に消え去るほどのショックを受けているのだ。



「だから俺は災厄の魔人なんてものじゃない。姉弟だから似通っている面はあるだろうけどさ、あんな化け物と一緒にされたくないさ」


「姉……だと? 姉が…いるのか?」


「それがどうした。姉がいることくらい珍しいことじゃないだろう?」


「馬鹿な…そんな馬鹿な……!!」


「おいおい、姉ちゃんを紹介しろって言われても嫌だぞ。俺はできれば会いたくない…」






―――「災厄の魔人は、【一人】のはずだ!!!」






 アンシュラオンの言葉を遮って、グマシカが叫んだ。



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