501話 「ケンジャノイシ」


 それは施設の最奥かつ、最上部にあった。


 下から上に螺旋階段が続いており、周囲には色とりどりの花々がいまだにツタを絡ませ、生き続け、輝いている。


 造花ではない。生花そのものだ。



(ここ…神殿に似ているわ。でも、もっと強い力を感じる)



 ミャンメイも、この場所の特異性を感じていた。


 見た目は神殿に酷似しているが、溢れ出る生命力があまりに違いすぎる。


 映画で見る映像も素晴らしいが、実際に見る映像はもっと素敵だろう。


 肉眼で見るものも素晴らしいが、心で感じるものはもっと素敵だろう。


 それと同じように、生命の輝きがダイレクトに染み渡ってくるのだ。



 ここには生命が溢れている。



 床に浸された水も、穢れなく清らかだ。


 カスオに連れられていった部屋のものよりも、何倍も何十倍も美しい。


 だが、この光景にもっとも感動しているのは、ほかならぬ少年であった。



 ぱしゃぱしゃ



 水の上を歩きながら、ゆっくりと最上部に【祀られているソレ】に近づく。




「あった…!! 本当にあったぞ!!」


「わ、若! では、これが…!」


「ああ、そうだ。これこそ【マングラスの秘宝】!! 初代様より託された意思だ! くううっ! やったぞ…! ついに…見つけた!」



 少年は感動のあまり涙する。


 それも当然だろう。


 なにせこれはマングラスの秘宝の中でも最上位にあるものだ。


 いや、五英雄が守り続けてきたものの中でも、とりわけ重要な秘宝の一つである。


 マングラスがずっと地下に潜っていたのも、すべてはこれを手に入れるためなのだ。



「人が…いるわ。あの人は…生きているの?」



 ミャンメイは、カプセルの中に入った【少女】を見つめる。


 このカプセルを見て、誰もが最初に彼女に目がいくだろう。


 なぜこんなものに少女が入っているのか?


 あれは生きているのか?


 そう思うに違いない。



 しかし、考え方そのものが違うのだ。




「かつては人だった。だが、これはもう人じゃないんだぞ。これは―――」






―――「【生命の石】だ」






「え? 生命の石? あの人の中に石があるの?」


「違う、違う。あれ全部が生命の石なんだ。手も足も唇さえもだ」


「い、言ってる意味がわからないわ!? だって、あれは人でしょう!? 石じゃないもの」


「ミャンメイ、俺らとお前たちの間には、けっこうな知識の開きがあるな。お前たちは生命の石について何も知らないんだな。生命の石っていうのは、べつに決まった形があるものじゃないんだぞ」


「じゃ、じゃあ、兄さんが使っていた石ってなんなの!?」


「お前の話を聞いている限り、それは擬似エメラルドのことだな。あれは紛い物なんだぞ。あれの正体を教えてやろうか。あれの主成分は―――『龍の体液』だ」


「龍…? それってさっき言ってた…コウリュウさんの血のこと?」


「似ているが違うものだ。あれはセイリュウの『能力』によって生み出される液体をベースにして造られるものだからな。あいつは癒しの力に特化した『龍人』なんだ。擬似エメラルドを任せているのも、それが理由なんだぞ」


「そ、それじゃぁ…兄さんが今まで生きていられたのって…兄さんを殺した人の力のおかげなの!?」


「そうなる」


「そうなるって…そんな……簡単に…」


「今ならばわかるぞ。お前の兄がコウリュウの血を受け入れられたのは、セイリュウの力を受けたことがあるからだ。拒絶反応が出ないわけだ」



 まったくもって皮肉なことだが、レイオンが今まで生き延びられたのは、セイリュウが生み出した生命の石である擬似エメラルドがあったからだ。


 知らないこととはいえ、自分を殺した憎むべき相手の力によって、かろうじて生きてきたのだ。


 これを知ったらレイオンはどうするだろうか。何を思うだろうか。さらに憎しみを強めるだろうか。滑稽だと笑うだろうか。




「何が起きているのか…私にはわからないわ! 何もわからない!」


「ミャンメイ、落ち着け。俺たちはお前の敵じゃないんだぞ」


「嘘よ! だってだって、いろんなことがあって、ありすぎて! 兄さんが死んだのだって、石を植えられたのだって、私たちが望んだことじゃないもの!」


「そのあたりの事情は知らない。ミャンメイにもいろいろとあったんだろうな。だが、生命ってのは、そんな小さなことじゃないんだぞ。ここにある生命の輝きに比べたら、すべては些細なことなんだ」


「さ、些細って…! わ、私たちをなんだと…! その女の人だって利用されて……あっ」



 ここでミャンメイが、とあることに気付く。


 少年が生命の石と呼んでいるこの少女のことも気になるが、それ以上に気になったのは『カプセル』だ。



「これって…クズオさんが私を入れようとしたものに…似ているわ」


「知っているのか?」


「え、ええ…細部は違うけど、これに似たものを見たわ。私も入れられそうになって…」


「これは生命の石を保存して熟成させる装置だ。二つあるとは聞いたことがないが…コウリュウ、知っているか?」


「いいえ、偉大なるマングラスの秘宝です。同じ秘宝があるとは思えません」


「うーん、この秘宝自体はマングラスが造ったものじゃないから、ほかにもあるのかもしれないが…少なくともオリジナルはこちらのはずだぞ。どこで見たんだ?」


「収監砦の地下だと思うわ。私を連れ出したのは、あなたたちの仕業じゃないの?」


「俺がミャンメイと出会って間もないせいもあるだろうが、どうにも話が食い違うな。情報の共有ができてないぞ。ミャンメイは何に怒っているんだ?」


「だって、私を何かに利用しようとしたんじゃないの!? あなたたちがクズオさんを雇って、私を強引に…」


「小娘…! 若の前だからと黙っていれば、随分とマングラスを愚弄してくれるな!! なぜ偉大なるマングラスが、お前などに執着せねばならぬ!!!」


「コウリュウ、黙れ!!」


「ですが、若!! このような無礼な発言を許すわけにはまいりません! 若や大御所様がいかにご自分を犠牲にされて、この都市を守ってきたか!! 私は言いたいのです! 声を大にして言いたい!!」


「気持ちは嬉しい。でも、やめておけ。誰かに褒められるためにやっているわけじゃないんだぞ。俺は俺の大切なものを守りたいだけだ。その大切なものが、たまたま都市の人々ってだけのことだ。全部自己満足でやっていることだからな。誰かに求めるものじゃないだろう」


「わ、若…!! ううう…! ご立派に…なられて…ううう!」


「だから、すぐ泣くな! いつまでもガキ扱いするんじゃねーよ!」



(なにこのやり取り? 違う…の? この子たちじゃ…ないの?)



 少年とコウリュウの言葉は、嘘だとは思えなかった。


 少年の愛が強いがゆえに、都市を守るためならば何でもするのは間違いないだろう。


 セイリュウが四大会議で言ったように、鎮圧や粛清といった強い態度に出ることも十分にありえる。


 だが、その中にミャンメイを利用する、といった肝心の事柄が含まれていないのだ。


 擬似エメラルドの実験が何を目的にしていたかは不明ではあるものの、少なくともカスオの一件に彼らは関与していない。


 それがますますミャンメイにショックと混乱を与える。



「なんだか…わからない」


「お前の話は、あとでゆっくりと聞かせてくれ。それより今は、この偉大なる秘宝を持ち帰ることが重要なんだぞ」


「これは…何? 生命の石って…何なの?」


「俺やお前が『生命の石』と呼ぶものは【総称】にすぎないんだ。弱い効果のものならば、セイリュウが造るものだってそれに該当する。でも、本当の生命の石の名は―――【賢者の石】っていうんだ」


「賢者…? 賢しい者?」


「一般には知られていないけど、【賢人けんじん】という存在がかつていた。いや、今もいるんだけど、それは言葉で言い表せないものなんだ。この言葉も正しく意味を理解しないと、まったく意味がないものなんだぞ」


「何を…言っているの?」


「いいんだ、理解できなくても。ただ、この石を造ったのは普通の人間じゃない。この世でもっとも優れた叡智を持った存在なんだ」





―――賢人けんじん




 一般では賢しい人のことを指すが、この世界においては【禁句タブー】の一つとされる言葉だ。


 これを人前で言ってはいけない。


 知らずに言うのならば問題はないが、知っている人間が意図して発してはいけない言葉である。


 なぜならば、実質的に世界を支配しているのは【賢人】だからだ。


 昔も今も、世界を安定に導いているのは彼らなのだ。




「グラス・ギースが災厄を生き残れたのは、この遺跡…『賢人の遺産』があったからなんだぞ。いや、かつて賢人の遺産を手に入れた人間が、この遺跡を築いたんだ。俺たちはそれを見つけて管理しているにすぎない。いわば代理人といったところか。言っちまえば、イクターとなんら変わらないな」




 五英雄の秘宝の大半は、もともとこの遺跡にあったものであり、それらは賢人の遺産を使って、またはその技術を流用して生み出された模倣品である。


 その意味において五英雄とは『遺跡発掘者』であり、イクターであるといっても過言ではないだろう。


 彼らはその力を利用して都市を建造し、国を作ろうとしたのだ。


 その夢は途中までは順調だった。


 しかし、人の愚かさが夢を砕いた。



「それを使って…何をするの?」


「言っただろう。マングラスは都市を守るためにいる。これらの力は【災厄】からみんなを守るために使われるんだぞ」


「災厄…? また起こるの?」


「そうだぞ。災厄とは『人によって起こされるもの』だからな」


「っ! 自然災害…じゃないの?」


「そういうふうに誤解されちゃうけど、違うんだぞ。【災厄の魔人】が、人に罰を与えるんだ」


「災厄の…魔人」



 その言葉に聞き覚えはまったくないが、なぜかふとアンシュラオンの顔が浮かんだ。


 ただ、あの美しい顔が【漆黒】に包まれており、よく見えない。



(なんでこんなイメージが浮かぶの? ホワイトさんが…白じゃなくなったら…どうなるの? それって…怖いことなの?)



 白き力が反転したら、黒になるのだろうか。


 白が人を勇気付け、力を与えるものだとすれば、黒はどんな力なのだろうか。


 黒、くろ、クロ。


 漆黒の狼のように破壊を象徴する力に、アンシュラオンが包まれたら。


 【サナ程度】でさえ、あれだけの力になったのだ。


 本物の魔人である彼が黒の力を使ったら―――




「さ、災厄会うあ会う会う会う会う会う会ううあううあうあうあううあ!!!!!! 再亜あああああああああああくうううううって!!!」




 その言葉を聞いたミイラ男が、網の中でじたばたと暴れる。


 自己修復で身体はつながったようだが、ミミズのようにのたうち回る。



「ちっ、ジジイの発作か!! ジジイ、気をしっかり持て!!」


「サイアアアアアクウウウウウノオオオオオ!!!! マジン!!!!」


「コウリュウ、ジジイを―――」




 その時であった。



 カプセルに伸びる『手』があった。



 その手は人のものではなく、黒い光沢を帯びたもの。




「生命の石…!! 俺のものだ!!」




 手を伸ばしたのは―――グリモフスキー



 ミイラ男が暴れた一瞬の隙をついて飛び出したのだ。



「貴様!! 触れるな!!」



 だが、グリモフスキーの手が完全に触れる前に、コウリュウが動いた。


 彼はまったく油断をしていなかったので、即座に対応ができたのだ。


 素早く背後に詰めると―――



 ズブブウウウウッ



「がはっ…!!」



 背後から手刀で、いともたやすくグリモフスキーの心臓を貫いた。


 レイオンに攻撃していた時とは、スピードもパワーも違う。


 あの時はミャンメイのこともあったので、かなり手加減をしていたことがうかがえる。


 だが、グリモフスキーに加減をする理由はない。即座に致命的な一撃を与える。



「貴様など、『マングラスの聖域』に入る資格はないのだ!」



 そう、このような重要なものがある場所である。


 あの牛神にしても、宝物庫と呼ばれるこの場所にしても、この賢者の石にしても、マングラスの直系に関わる者しか入ることが許されない領域だ。


 ならば、聖域。


 ここはジングラスの『戦獣乙女の聖森』と同じ、マングラスだけの『聖域』である。


 その意味においてミャンメイはもちろん、グリモフスキーは異物でしかない。




「グリモフスキーさん!! ああ、なんで…こんな…」


「ぐううっ…ごほっ! 生命の石は…おれの……ものだ!!」



 心臓を貫かれても、グリモフスキーの目はカプセルの少女を見つめていた。


 彼の生命の石に対する執着は相当なものであった。


 まだ手を伸ばし続ける。



「戯言を!! その首を切り落としてくれる!!」


「待て、コウリュウ」


「若!! さすがにこれ以上は認めるわけにはまいりませんぞ!」


「そうだな。お前の言う通りだ。だが、賢者の石というのは、そういうものなんだぞ。人を魅了してやまないんだ。だからあいつも…間違えた」


「あの男は、もうおりません! 若が心を痛める必要はないのです!」


「そうだと…いいけどな。しかし、俺たちがどんなに戒めても螺旋の流れは止まらない」



 少年は大人びた表情を浮かべながら、グリモフスキーに近寄る。



「生命の……石は…ごぼおっ……俺の…すべて……だ!!! ぐううっ」


「そこまで求めるのか。それで、お前は何を望むんだ? これを使って何をしたいんだ?」


「俺が…俺であるために……必要な…だけだ! てめぇには…ごぼっっ…関係……ねぇ」


「お前、哀れだな」


「んだ…と!?」


「お前もあいつも虚無に支配されているだけだなんだぞ。結局、これには何の意味もないんだ。その中に『愛』がなければ、力は力でしかないんだ」


「うるせぇ…!!! 俺は…俺は……力を…得るんだよ!!」


「なぜ求めるんだ? お前の中にはもう生命の石があるだろう」


「…あ?」


「気付いてないんだな。その手、ジジイが組み込んだものだろう? その結合に何を使ったと思う? 生身の身体に機械の手が簡単にくっ付くわけがない。だが、機械は変わらないんだぞ。機械は機械だ。なら、お前自身を『組み換える』しかないだろう」



 グリモフスキーは、ミイラ男に何かを注入された。


 それは人形の腕と彼を結合させるために必要な『水』であった。


 水は融和の象徴。異なるものを組み合わせる力。




 しかしながら、その力は―――




「良かったな、グリモフスキー。お前も『適合者』だぞ」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー