500話 「マングラスの系譜 後編」


 少年は、この都市を愛していた。


 彼の行動原理の根幹にあるのは、愛だったのだ。



「なんで擬似エメラルドのことを知っているんだ? 一般人には知られていないはずだぞ。それともミャンメイは一般人じゃないのか?」


「私は一般人よ。でも、私のおばあさんが……」


「適合者だったのか?」


「おばあさんは違ったみたい。ただ、私のお母さんがそうだったみたいで……ねえ、どうしてあんなことをしたの?」


「あんなこと?」


「勝手に人の身体に石を植えたのでしょう?」


「植えた…か。そう言うこともできるのかもしれないけど、よく知っているな」


「ちゃんと答えて」


「ミャンメイ、怒っているのか?」


「ええ、怒っているわ。多くの人たちが犠牲になったって聞いたもの」


「選定基準については俺は関与していない。アレについてはセイリュウのほうが専門分野だからな。基本的にはあいつに任せてる」


「………」


「言い訳はしねーよ。責任転嫁もしない。だけど、必要だからやったことだ。俺らは都市を守らないといけないからな」


「都市を守るのって、そんなに重要なこと? 誰かを犠牲にしても?」


「もちろんだ」



 少年の言葉に迷いは一切ない。


 ただ、笑顔はもう消えている。



「でも、そっか。この感覚は、そういうことか。お前の兄がコウリュウの血に適応したのも、そういうことかもしれないな」


「そういうことって?」


「フィーリングさ。親しみを感じるってことだな。いくら俺が引き篭もりだからって、少し会っただけのやつを好きになったりしないぞ。ミャンメイも、俺に対してそういうのを感じないか?」


「そういえば…なんとなく……」



 本当はもっと怒りたい。


 マングラスのやり方は気に入らないし、ぶん殴ってやろうと思っていた。


 だが、こうして実際に少年と出会ったら、思ったより怒りが湧いてこないのだ。


 人間の感情は、独りで思考の渦の中にいる時のほうが激しくなるとはいえ、これは異常であるといえる。


 同様に少年も、ミャンメイに対して不思議な親近感を抱いていた。


 本能的に何か近しいものを感じるのだ。言葉や触れ合い以前に、会った瞬間から磁石のように引き付ける何かを感じさせる。


 アンシュラオンとはまた違った『同種』の存在に対する親しみだ。



「マングラスは『水の象徴』だ。水は力が混じり合って、みんなで一つになるために必要な存在なんだぞ。きっとミャンメイにも同じ力があるんだろう」


「そう…なのかしら?」


「自覚はないか? 融和は周囲の者たちの争いを収める力だ。性質の異なる者たちの間に入って、上手く調和させるんだぞ。俺が見たところ、あいつとお前の兄は相性が悪そうだ。どういう経緯で一緒にいるのかは知らないけど、もし今まで一緒にいたのだとしたら、ミャンメイの力が影響しているんだろうな」


「そんなことはないわ。結局…わかり合えないもの」


「それはお前の責任じゃない。互いに歩み寄る気持ちがなければ、どんなに水が間に入っても突き破られてしまうんだぞ」


「随分と大人びた言葉を使うのね」


「だから俺はガキじゃねーって。まっ、どっちでもいいけどな」



(不思議な子。少しホワイトさんに似ているかしら)



 少年なのに、その中には奥深さがある。


 それはアンシュラオンを彷彿させる。




「この地下遺跡って何なの?」


「遺跡のこと自体は俺も知らない。昔からあるものだ。【金獅子王こんじしおう】がこの場所を都市に選んだのは、ここを隠す意味でもあるんだぞ」


「金獅子王?」


「知らないか? …そっか。今の人間はもう知らないか。五英雄の一人、初代ディングラス王だ」


「ディングラスっていうと…領主のこと? そのご先祖様?」


「そうだな。先祖というほど離れてもいないけどな。俺からすれば、好き勝手やっているおっちゃんにしか思えないが、あれでも一応リーダーだ」


「会ったような口ぶりね。昔の人なのに」


「『実物』という意味じゃ、たしかに会ったことはないな」


「実物…?」


「まあ、そんなことはいいや。これとはあまり関係ないし。遺跡のことは知らない。昔の人間が造ったんだろうな。ミャンメイはグラス・ギースの歴史は知ってるか?」


「んーと、千年ちょっと前に出来たってことくらいかな」


「うん。それで間違いないな。今言った金獅子王と、他の四人のメンバーが中心となって都市を造った。ここは手付かずの自然があったからな。それを使って人が安心して住める場所を新しく作ろうと思ったんだろう」


「いいことね」


「人にとっては、だけどな。人間は罪深い生き物だ。未熟というべきかな。そのせいで、いつも何かを犠牲にしないと生きていけない。この都市が発展するためには周囲のものを奪わねばならないときもあった。主に魔獣たちとの戦いだな」


「仲良くはできないの?」


「見世物小屋の猛獣と仲良くできるのは、人間が支配しているからだぞ。無理だと思うな。唯一、風のジングラスはそれを試みようとしていた。少しとはいえ、それを実現させた『おば様』には、俺も正直憧れていた」


「おば様? ジングラスの人」


「戦獣乙女だ。ジングラスは外の都市を守る存在なんだぞ。カッコイイよな! 憧れるよ! 俺もあんな馬に乗ってみたいもんだ!」



(プライリーラさんって若い女性って聞いたけど…この子からすれば、おばさんなのかしら)



 プライリーラの歳でおばさん呼ばわりとは、小さな子供は残酷である。おそろしい。


 だが、そんな子供であればあるほど、大きくなれば熟女バーに通ったりするのだから、世の中は面白いものだ。




 少年は、楽しそうにグラス・ギースの歴史を語る。



 グラス・タウンがいかに発展していったか、人々の暮らしのためにマングラスがいかに貢献したか。


 少年が英雄に憧れるように、心の底からの敬愛を込めて語っていく。


 その姿はソブカにも似ていた。彼らに共通するのが英雄への憧れなのだ。



「いろいろな揉め事もあったが、都市は発展を続けた。都市内部に関して、そういった揉め事の対処に当たっていたのがマングラスなんだぞ。みんなが喧嘩しないように仲裁したり、場合によっては鎮圧もしたけど、互いが納得できるように話し合う場を与えていたのがマングラスなんだ」



 今でもマングラスに監査権があるのは、過去から続く慣習があるからだ。


 ジングラスが外からの外敵に対処する一方、マングラスは内部で人が融和できるように尽力するのが役割だった。


 ディングラスは外交、ジングラスは都市防衛、マングラスは人の融和、ハングラスは経済、ラングラスは医療と、互いに役割を担って都市を発展させていった。



「当時は凄かったらしいぞ。東大陸では強い力をもった古い国家もあるけど、一時期はそこに追いつくくらいの勢いだったって聞いた。そうだ。俺たちは、ここに【国】を作ろうとしていたんだよ」


「国を…? すごく大きな話ね」


「無理な話じゃないぞ。ここは魔獣が支配していたから、人が使えそうな手付かずの資源が山ほど埋まっている。それでグラス・ギース…当時のグラス・タウンも発展していたんだ。本当に発展した理由は別にあるけど…今それを言っても仕方ないか」


「そう言われると気になるわ」


「俺だって簡単に言えないことはあるんだぞ。一応、マングラスにも機密ってのがあるんだ。それに、俺が知らないことだってある。ジジイなら知っているだろうけど…あれだからな」


「ウゴゴゴゴッ!! 領土奪還!! 富国強兵!」


「…そうね。いつもあんな感じなの?」


「俺もジジイと会うのは、けっこう久しぶりだけど…だいたいな。殴ったから、そのうち直るだろう」



 昔のテレビなどは、よく叩いて直したものだ。


 故障の多くは接触不良から起こるものなので、叩いて軸を合わせたりするわけだ。


 ミイラ男も身体が機械なので同じ要領なのだろう。原理はよくわからないが。



 少年が語った内容は、今まで出てきた話を統合すれば、誰でも推測が可能な展開だ。


 しかし、当事者たちしか知らないこともある。



「だが、忌まわしい『あの事件』が起きた。あれのせいで…すべては変わった」


「あの事件って、もしかして【大災厄】のこと?」


「ん? ああ、もちろんそれもあるぞ。だが、大災厄を『引き起こす要因』となったものがあったんだ」


「え? 大災厄って、勝手に起こったものではないの?」


「地震や雷だって女神の管理下で起こることなんだから、偶然で起こったりはしないんだぞ。大災厄だって、理由があったから起きたんだ。大災厄自体は世界規模で起きたことだから、それだけが原因じゃないけど、このあたりの被害が他の地域より大きかったことには理由があるんだ」



 少年の表情が、ひときわ険しいものになる。


 子供っぽさと理性的な側面を併せ持つ彼だが、その中には『怒り』の感情も眠っているのだ。



 その怒りの対象は―――




「あの男が…あいつが野心さえ持たなければ…! くそ!! すべては俺の油断だった! あいつを信じたばかりに…」




 ドガンッ!!


 少年が怒りに任せて壁を叩く。


 ここの壁は強度も今まで以上に強いらしく、それで壁が壊れることはなかった。


 壊れたのは、むしろ少年のほうだ。拳が内出血を起こしていた。



「大変! 手当てしないと!」


「べつにいいよ。たいしたことねーし」


「そうやって意地を張らないの」



 患部を軽く水で洗い流すと、ハンカチで巻く。


 その際に採集しておいた葉っぱも入れる。



「なんかスースーする」


「この葉っぱは湿布代わりにもなるのよ。食べてもハッカみたいで美味しいけれどね」


「詳しいな」


「料理は得意なのよ」


「さっきも思ったけど、ミャンメイは優しいんだな」


「そう? 普通よ」


「俺は普通じゃなくなった。あの日から俺は、もうずっと憎しみしか抱いていない。だから誰かを愛することもなくなった」


「若…おいたわしや…」


「泣くな、コウリュウ!! みじめな気持ちになるじゃねーか!!」


「ですが…うう……あまりにも不憫で…」


「ふんっ、同情なんていらねーよ」


「コウリュウさんは、いい人ね」


「お前の兄を半殺しにした男だぞ? 善人ではないと断言できるけどな」


「それでも、あなたにとってはいい人でしょう?」


「それは…そうだな」


「なら、いい人だと思うわ」


「だが、お前の兄はセイリュウを憎んでいるんだな」


「…ええ、そういうことがあったから」


「…そっか。俺はミャンメイにもコウリュウを好きになってもらいたいけど、きっと無理なんだとは思う。それが少しだけ哀しいな」


「…そう…ね」



 自分の好きなものを、好きな人にも好きになってほしい。


 だが、レイオンの憎しみと怒りはセイリュウを殺すまで消えないだろう。


 セイリュウと敵対するということは、コウリュウと敵対することを意味する。


 そうなれば少年とも敵対するのだ。両者はけっして融和しない宿命にある。


 それが哀しいのだ。




「話は戻るが、とある事件があって大災厄が起きた。あまりの激しい破壊で、人々は一時的に地下に避難した。多くの者たちは地上を這って逃げたけど、マングラスは都市を愛していたから、見捨てるという選択肢はなかったんだ」


「あっ、もしかして地下にあった農場とかって、その時のもの?」


「おお、それも見たのか! あれはもともと遺跡にあった機能を利用して、グラス・タウンの時代から研究していたものだったらしい。全部じゃないが、それを使っていたこともある。地下で人が生き残るのは大変なんだけど、備えがあったから助かったんだぞ」



 地上は酷い有様だった。天が裂け、大地が砕け、落雷や津波が襲いかかる。


 そこに大量の魔獣、四大悪獣たちが押し寄せ、都市を蹂躙していった。


 まさに地獄。あまりに悲惨。到底人が生きられる環境ではなかった。


 都市を諦められなかったマングラスは、人々を連れて地下に逃げ延びた。


 その時に外に逃げた者たちと地下に残った者たちで、情報の共有が完全に遮断されてしまった。



「ただ、マングラスが外に逃げなかったことには、もう一つの理由があるんだぞ。この遺跡を隠す必要があったし、ほとぼりが冷めて、よそからやってくる盗賊どもから都市を守るためでもあったんだ。帰る場所を誰かが守る必要があったしな」


「あれは大変でしたな…若」


「混乱期だったからな。都市の復興と防衛だけで手一杯だった。おば様も…亡くなられてしまったし、都市機能が完全にボロボロだった。何も残っていなかったからな…。だが、それは好都合でもあったんだぞ。上のみんなが新しい人生をやり直すチャンスだったんだ」


「上のみんな…? マングラスは?」


「俺たちは地下に残った。二度と過ちを犯さないために。だが、潜った甲斐はあった。ジジイがついに『宝物庫』を開いたんだからな」


「ここは…」



 話している間に、どうやら目的地に着いたようだ。



 一向がたどり着いた場所は、何かの施設だった。


 通路の両側にガラスケースのようなものが並んでおり、中にはカプセルやらジュエルやらが格納されている。



「これが…宝物庫なの?」


「ああ、宝だ。ここには絶滅した動植物の因子データが入っている。ジングラスも管理しているが、その原種たちがここにあるんだぞ」



 ジングラスの聖域である『戦獣乙女の聖森』でも、動植物の保存を行っていた。


 あれは大災厄前のものであり、種を上手く使えば当時の自然環境を復活させることも可能だ。


 しかし、ここにあるデータは、さらに昔のものである。


 すでに絶滅した魔獣のもの、かつての人間のサンプル等々、より貴重なものが眠っている。


 たとえれば、恐竜の遺伝子データが残っているようなものだ。


 某映画ではないが、これを使えば恐竜を復元することも可能だ。当然、技術が伴えば、であるが。



 しかし、少年はそこを素通りする。



 彼の目的地は、さらに奥にあるのだ。


 そこに到着するまでもなかなか興味深いものがあったが、今は割愛しよう。





 では、少年が何を欲していたのかといえば―――






「ああ、見つけた…!! ついに見つけたんだ!!」






 そこには『棺桶型カプセル』に入った、【一人の少女】がいた。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー