499話 「マングラスの系譜 前編」


 少年の命令を受け、コウリュウが倒れているレイオンに近寄る。


 レイオンは、見るにも耐えない酷い有様だ。


 アゴが砕けて顔も変形しているし、左肩も破壊され、腕が落ちそうになっている。


 身体中にも戦弾や戦気掌で受けた重度の火傷があり、いくら武人であっても危険な状態といえる。



「このような人間に『龍の血』を与えるなどと、若にも困ったものだ。礼はいらぬぞ。死ぬかもしれないからな」



 スパッ


 コウリュウが、自分の手首を切り裂いた。


 ドバッ どばばばっ


 大量の血が流れる。


 その血は赤かったが、どことなく青みがかって紫のようにも見えた。


 余談だが、もともと血が赤いのは酸素を運ぶヘモグロビンが影響しているので、健康状態に異常がある場合や、他の生物では血が青かったりすることもある。




 紫色の血が―――レイオンに注がれる。




 ばしゃばしゃっ ズズズズッ



 血は意思を持っているかのように、レイオンの傷口から体内に入り込む。



 すると―――




「っ―――!!!」




 ビクンッ ビクンッ!!


 レイオンが激しく痙攣を始めた。


 身体が跳ね上がるほどの大きな痙攣を繰り返す。



「に、兄さん!!」


「大丈夫だ。そのうち馴染む」


「な、何をしたの!? 兄さんに何を…!」


「コウリュウの血を与えただけだぞ」


「血を…? でも、たしか武人同士の『輸血』って危ないって聞いたような…」


「普通の武人同士ならな。でも、コウリュウは普通じゃない。龍だからな」


「龍…? コウ…リュウ……だから?」



 たしかにコウリュウの「リュウ」は、「龍」と読むこともできる。


 この双子は大陸国からやってきたという話なので、彼の黄色い服から連想するに、「黄龍」というのが本来の名前なのかもしれない。


 だが、まったく説明になっていない。


 彼が黄龍だったらなんなんだ、と異議申し立てを行いたいが、そうしている間にもレイオンに変化が起きていく。



 びくんっ! びくんっ!!



 レイオンの痙攣が激しくなっていくと同時に―――



 ぼごんっ!!!



 突然、肩の筋肉が膨れ上がった。


 アメフトのショルダーパッドを身につけたように、肩が大きくなったのだ。


 それだけでも異常だが、もっと異常だったのは、そこが「失われた肩」だったことだ。


 コウリュウによって吹き飛ばされた肩。ズタボロだった肩が、剥き出しの生々しい筋肉で覆われたのだ。


 どくんどくん どくんどくん


 血が流れて血管が脈動していることからも、間違いなくこれはレイオン自身の筋肉である。



 ぎゅぎゅっ ぎゅうううううう!



 ただ、それでは大きすぎるので、筋肉は自然と収縮を始めて元のサイズに戻っていく。


 彼の因子情報を参照して、適度な大きさに変化していく。



 ミシミシミシィッ ズズズズッ



 驚くべきことに、その作用は骨にまで影響を与えた。


 砕けたアゴがくっつき、折れた歯が生え始める。


 その急激な作用は、アンシュラオンの命気を上回る驚異的なものだ。


 しかしだ。


 何事にもメリットがあればデメリットもあるものだ。


 このような再生現象が、何のリスクもなく発生するわけがない。



「ぐはっ!!」



 びきびきっ ぶしゃっ


 皮膚がヒビ割れ、身体中から血が流れ始めた。



 むくむくっ ぶしゃっ ぶしゃっーー!



 筋肉が膨れ、縮まるたびに血が噴出する。


 出血量はさらに増し、噴き出し方も強くなっていく。



 そしてついには―――



 ばしゃーーーーーっ!!




「ぐううっ…うおおおおおおおおおおおおお!!!」




 噴水のように血が飛び出した。



「うううっ! うううう! うおおおおおおお!!」



 これには痛みが伴うのか、さすがのレイオンも絶叫して転げ回る。


 だが、出血は一向に減らない。



(なに…これ? いったい何が…。あれ? これってどこかで…)



 兄の異様な状況に驚愕したミャンメイであったが、思った以上に冷静な自分がいることにも気付いた。


 なぜならば、これは一度見たことがある。



(サナちゃんの試合で、兄さんが復活した時と―――同じ!!)



 そうだ。


 あの時も兄は異常なほどの出血をしていたが、見事に復活した。


 武人にとって血はエネルギーそのものであり、常に生み出されては吐き出し、また生み出されては循環するものなのだ。




(…適応している? この男、何者だ?)



 コウリュウは、まさかレイオンが自分の血に【馴染む】とは思わなかったので、驚きの表情を浮かべていた。



(私の血は『龍の血』。たしかに癒しの力はあるが、人間にとっては『劇薬』だ。武人であっても馴染むことは少ないはずだが…)



 古来より、龍の血には癒しの力があるとされてきた。


 あるいは伝承では『不老不死の力』を宿すといわれることもある。


 そのために夢を追って龍を追い求める者たちが数多くいた。


 だが、極めて当たり前なのだが、種族が違えば血の質も異なる。


 霊の器である肉体は、各人専用にアレンジされた独自のものだ。人間同士でも輸血は危険を伴うものである。


 それが他の種ともなれば、遺伝子情報も肉体構造もまったく違うので、適応するほうが稀だろう。


 龍の血を飲んでも力を得ることはない。


 下手をすれば感染症にかかって死んでしまうだけのことだ。そこには夢もロマンもないのだ。



 だが、レイオンは適応しつつある。



 龍の血を受け入れ、自らの血とブレンドしようとしている。


 これは普通ではありえないことだ。



(若のお戯れと思ったが…深いお考えがあってのことだったか。さすがは若! お見事でございます!)



 少年がそんなことを考えているわけがないが、勝手にそう思い込むのが忠臣というものだ。


 当人がそれで満足するのならばいいのだろう。




 ぶしゃぶしゃっ ぶしゅううううう




 次第に出血が収まる一方、周囲に赤い霧が生まれる。


 この霧は血液が沸騰して気化したものである。それだけレイオンの体内では、燃えるような熱量が発生していたということだ。


 霧が晴れた頃には、彼の身体はすっかりと回復していた。


 失われた部位は復活し、筋肉には張りがあり、肌艶や毛艶も良い。



「ううっ…はぁはぁ…がはっ……はぁはぁ!」


「若、適合したようです」


「そーか、そーか! さすがミャンメイの兄だな!! これでもう安心だ。なら、早く報酬を受け取りにいくぞ!!」


「あっ! ま、待って…!! 何が起こったの!?」


「コウリュウの仲間入りをしただけだぞ」


「若、仲間入りなどと…! この程度で同属に扱われるのは不本意です」


「いいじゃねーか。同じ『龍人』になったことには変わりないだろう」


「私とセイリュウは、大御所様に特別の寵愛を頂戴した特別な者。そこには誇りと自負がございます。このような下賤の輩と一緒にされるなどと…」


「あー、うるさいやつだ。どっちでもいいだろうに。いいから行くぞ!」


「はっ。それで若、この者はいかがいたしますか?」


「連れていく。観客は多いほうが面白いからな!! その腕が人形のやつもな」


「かしこまりました。おい、そこの者。この男はお前に任せる」


「あぁん? 俺がか!?」


「若の寛大な御心がなければ、貴様らなど即座に処分だった。それだけでもありがたいと思うのだな」


「ちっ…」


「ヒヒヒッ!! レッツゴオオオオオオオオ!」



 網で包まれたミイラ男が叫ぶ中、不思議な一向が出来上がる。






 その集団は、牛神がいた場所の背後にあった扉に近寄る。



「ジジイ、資格は得たんだろう?」


「わが手にすべてはあり!! ぼくちゃん、すげえってばよ!」


「ほら、早く手を出せよ」


「うごおおお!! アバカーーーームッ!」




 網から出たミイラ男の手が扉に触れると―――




 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ どごんどごんどごんっ!


 どごんどごんどごん どごんどごんどごん どごんどごんどごん


 どごんどごんどごん どごんどごんどごん どごんどごんどごん

 どごんどごんどごん どごんどごんどごん どごんどごんどごん


 どごんどごんどごん どごんどごんどごん どごんどごんどごん

 どごんどごんどごん どごんどごんどごん どごんどごんどごん

 どごんどごんどごん どごんどごんどごん どごんどごんどごん



 激しい地響きが起こり、次々と扉が開いていく。



 どうやら扉は何重にも続いていたらしい。それが一気に開かれたことで、地鳴りが発生したのだ。


 それだけ厳重に守られた何かが、ここにあるということだろう。




 扉が開いた先は、再び螺旋を描いて、さらに地下へ地下へと続いていた。


 一向はさらに先に進む。



「ふんふーん♪」


「………」


「………」


「ふんふーん♪ たららりったー♪」


「………」


「………」



 少年が楽しそうに鼻歌を歌いながら歩くのに対して、周囲は気まずい雰囲気に包まれていた。


 その最大の要因が、コウリュウである。


 彼は言葉こそ発しないものの、敵意に似た感情をぶつけてくるからだ。


 その最大の被害者はグリモフスキーだった。


 レイオンはまだ意識がはっきりしない朦朧とした状態だからいいが、そうではない彼は、コウリュウの人ならざる敵意の前に縮み上がっていた。



(くそっ! とんでもねぇ日だぜ! どうしてこうなった…)



 ただエリアの見回りをしていただけなのに、気付いてみれば人生がまるっきり変わってしまうような出来事ばかりに遭遇。


 しかもついには、この戦いの『ラスボス』ともいうべき男とも遭遇を果たしている。


 アンシュラオンが狙う獲物であり、ソブカが改革のために排除すべき相手。


 この抗争のすべての目的は、そこにいるグマシカ・マングラスを倒すためにだけ存在しているのだ。


 だが、肝心のグマシカといえば―――



「コマ〇チ! ひーこらせ! 八時だぞ! 全員集合!! この馬鹿殿ガァァア! タシ〇マサシ! ゆー、いっちゃいなよ!!! ヒューヒュー!」



 発言がヤバイ。やばすぎる。


 もうフォローできないので、これ以上触れることは控えたい。


 ともかく記憶が錯乱しているのか、到底まともな状態とは思えない。



(こいつがグマシカ…? ちと信じられねぇがな。イメージと全然違うじゃねえか。だが、コウリュウがマングラスの重鎮なのは間違いねぇ。いきなり敵の大将とお目見えとは…運が悪いぜ)



 これからレベルアップして万全の準備をして挑もう、と思っていたら、いきなりボス戦が始まって即終了。


 とんだ無理ゲーである。攻略など不可能だ。


 そもそもの問題として、彼らに対抗すること自体が無謀なのかもしれない。




「ねぇ、あなたってマングラスの人なの?」



 歩いている間は手持ち無沙汰なので、ミャンメイが少年に話しかける。


 物怖じしないというか何も考えていないというか、こういうときは便利な女性である。



「そうだぞ」



 少年も少年で、特に偉ぶる様子もなく答える。



「どうしてここにいるの?」


「どうして? それは俺様の台詞だぞ。ここはマングラスの所有地だ。そこにお前たちが入ってきたんだ」


「え? ここが? どうして繋がっているのかしら?」


「お前たちはどこから来たんだ?」


「えと…言っていいのかしら? 収監砦の地下からよ」


「ん? そんな場所があるのか? 知ってるか、コウリュウ?」


「はい。あそこも遺跡の一部を利用しております。我々の管理下にはありませんが、特段の価値もないので放置しております。ですが、このような事態は極めて危険なので、原因を調査して塞いでおくつもりです」


「ふーん、そっか。そっちは任せる」


「はっ」



 少年はその問題には興味がないようで、側近のコウリュウにすべてを任せる。


 どうやら自分が楽しいと思うこと以外には執着しないタイプのようだ。


 そのあたりは若干、アンシュラオンに似ているともいえるが。



(もしかして言わないほうがよかったのかしら? でも、こうなったらもう仕方ないわよね。どうせなら全部訊いちゃおうかしら)



「あなたたちって、何が目的なの?」


「は? 目的?」


「ええ、そうよ。だって、裏でいろいろとやっているじゃない。どうしてあんな酷いことをするの?」


「酷いこと? なんだ?」


「その…いろいろな人に石を植えつけたり…しているわよね?」


「石? 【擬似エメラルド】のことか?」


「擬似エメラルド?」


「若、そのようなことまで教える必要はございません! この者は部外者ですぞ!」


「俺の嫁にすると言っただろう。いちいち口を出すな!」


「で、ですが…そうやすやすと教えてよい話では…」


「たいした話じゃないだろう。で、何が知りたいんだ?」


「な、何が目的なのかなぁ…と」


「目的…か。マングラスの存在意義は、この都市を守ることだ。それ以外にはないんだぞ」


「都市を守る? どうして?」


「自分が生まれた場所を守るのは当然だろ。ここは俺の故郷だ。好きなんだ。誰がどう言おうと、ここがいいんだ。だから守るんだ」


「…それだけ?」


「そうだ。ミャンメイはグラス・ギースの生まれか?」


「生まれはそうね。でも、私はいろいろと移転もしていたから…」


「そっか。そういうこともあるな。でも、長くいれば好きになる。好きになってほしい。そうだろ?」


「え、ええ…」



(なにこの笑顔? この子…いい子なのかしら?)



 少年は、笑っていた。


 自分が生まれ育った場所が好きだから、みんなにも好きになってもらいたいと。


 人によっては故郷に嫌な思い出がある者もいるだろうが、多くの者は愛着を抱くものだ。


 だからこそ新しい開発で土地を奪われることに必死に抵抗する。死に物狂いで戦う。


 そのすべては【愛】に起因している。


 愛情があるから執着する。物や人、土地、国、アイデンティティー、概念、思想、あらゆるものに共通する事柄だ。


 人の根幹には、必ず愛があるのだ。


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