498話 「勝者への報酬 後編」


「っ―――!? な、なに!?」



 突然の兄の叫びに、ミャンメイは完全に戸惑っていた。


 レイオンのこんな声を今まで聴いたことがなかったからだ。


 だが、ミャンメイが驚いた瞬間には、レイオンはすでに駆けていた。



 少年などまったく視界にも入れず、ただただ狙うは―――青年。



「むっ?」



 青年もこれだけの怒気を浴びせられれば、気付かないわけがない。


 すっと立ち上がり、構える。


 その構えはアンシュラオンのように自然体で、特段の構えというものはなかった。


 ただ立っているだけで美しいとは、このことだろうか。


 単純な見た目の美だけではなく、彼の中にある絶対の自負がそう思わせるのだ。




「オオオオオオオオオオ!!」




 レイオンが真正面から突っ込み、拳を放つ。




(やろう! 速ぇ! これが全力かよ!)



 それを見ていたグリモフスキーも、今までのレイオンとは違うことがわかった。


 激怒してリミッターが外れたのか、スピードも数段上昇している。スピードが上がれば相乗的に威力も上がるものだ。



 人間と機械の差が、ここにある



 人間の本質は霊であり、肉体を操作するのは精神なのだ。


 気分が盛り上がれば仕事がはかどるように、怒りというエネルギーが彼の力を底上げしている。


 彼は、今この瞬間に死んでもかまわない、とさえ思っていることだろう。


 だからこその底力である。弱っていても馬力が出る。



 しかしながら、青年は迫ってくるレイオンの拳を冷静に見極めると―――



 カウンター ――― 一閃



 スッ



 左足が軽く前に出たと思ったら、そのまま左手も一緒に伸びる。


 鋭く伸びた拳が、レイオンの顔面にヒット。


 青年の身長もそれなりに高いが、二メートル近いレイオンとの体格差は明白で、リーチも短い。


 そうにもかかわらず、レイオンの拳よりも先に到達。



 どんっ メキョオオオオオッ




「ぶはっ!!」



 凄まじい衝撃が顔面を揺らし、脳を突き抜ける。


 なぜ青年のほうが早く届いたかといえば、拳の速度で勝っていたこともあるが、それが【直突き】だったからだ。


 いわゆる『縦拳たてけん』ともいわれるもので、日本拳法ではよく使われる基本の打ち方である。


 ボクシングや空手で使われる横拳と比べると連打には向かないが、より伸びるので先に攻撃を当てやすいというメリットがあるし、一撃の威力も高い。


 自然体でありながらも華麗な拳技を披露するところを見ると、相当な修練を積んだ武人であることがうかがえる。


 だがしかし、ここで終わるレイオンではない。



 この巨体が―――回転する



 直突きをくらった瞬間にバック宙。


 大きな身体をできるだけ小さくまとめ、ぎゅるるると回転。


 そこで溜めた力を一気に解放。蹴りを放つ。


 至近距離から放たれた蹴りを回避するのは困難だ。かわすには緊急避難するしかないだろう。


 が、青年はまったく動かないどころか―――



 がしっ



 レイオンの蹴りを受け止める。


 万全の体勢から放たれた一撃ではないとはいえ、この大きな身体である。蹴りも相当な威力だろう。


 それをいともたやすく受け止めた青年は、足を引っ張ってレイオンを大地に叩きつける。



 ドーーーーンッ!!



「がはっ!!」



 ぶんっ



 衝撃に悶える暇もない。


 青年は再び足を引っ張り、今度は空中に放り投げる。


 投げる際に手を離したことで、完全に宙で無防備になるレイオン。



 そこに青年が掌を向け―――放射



 どどどん どどどどんっ



 七発放たれた戦弾が、次々とレイオンに直撃。


 一発当たるごとに衝撃と同時に皮膚が焼け焦げ、筋肉が損壊する。


 レイオンは防御の戦気を最大出力で展開しているが、それでもダメージを防ぎきれない。


 どんどん体力を削られていく。



「この程度でえぇええええ!! オオオオオオオオ!!」



 しかし、今回のレイオンは気迫が違った。


 激しい戦気の爆発で戦弾をなんとかいなすと、空中で発気を行って地上にいる青年に向かっていく。


 気持ちが人を強くする。


 今の戦気の強さは、サナと戦った時以上であった。



「くらえっ!!」



 レイオンが炎龍掌えんろんしょうを放ち、炎が青年に襲いかかる。



「はっ!!」



 対する青年は戦気掌で応戦。炎龍掌を相殺。


 それどころか炎を貫通し、レイオンにまで到達。再度ダメージを与えていく。



 しかし、それでもレイオンは怯まない。



 発気で姿勢制御を行うと、全力で青年に立ち向かっていった。


 いくら武人が戦う生き物であるとはいえ、その戦いは『特攻』に近い。


 防御すら気にせず、ただひたすらに攻撃を続ける姿は、死に急いでいるようにさえ見える。



「いい気迫だ。だが、恐怖が混じった力では私には及ばぬ」



 向かってきたレイオンの突撃を冷静にかわすと、カウンターの蹴り。


 メキイイッ ボンッ


 青年の蹴りを受けたレイオンの肩が、弾け飛んだ。


 大きな精肉の塊を金属バットでフルスイングして、その一部を弾き飛ばした光景に近いだろうか。


 筋肉が削げ落ち、骨がぶち折れる。



(この蹴りの重さ…!! 大型の魔獣並みだ! だがだが、だがぁあああああ!! 貴様を殺すまではあぁああ!!)



 今まで負ったダメージで意識を失いそうになるが、歯を食いしばって耐える。


 かなり体勢が崩れた状態で受身を取ると、すぐに立ち向かって強引に掴みかかる。


 格闘戦では勝ち目がないので、サナにもやった投げ技を仕掛けようとしたのだ。


 彼がああした特殊な技を学んだのは、いつかこういうときが来ることを予想してだ。


 これには青年も虚をつかれたのか、左腕を取られてしまった。



 レイオンはそのまま腕を極めに入るが―――



 ぐいぐいっ ぴたっ



(う、動かん…!! パワーでも圧倒的に…負けている!!!)



 どんなに強く腕を引っ張っても、青年の腕が伸びきることはなかった。


 こうして触れてみて、つくづく思い知った。


 両者の間には大人と子供、いや、それ以上のパワーの差があるのだ。


 それゆえにレイオンが引っ張るどころか、逆に腕を取られて捻り上げられる。



 ぎりぎりぎり



 自分がやろうとしていたことを相手にしてやられる。


 これほど悔しくて恥ずかしいことはないだろう。



「ぐうううっ!!」


「若の前で頭が高い」



 ばごんっ


 関節を極められて顔が下がったところに、膝蹴り。


 拳の一撃があの威力ならば、膝蹴りともなればもっと強いに決まっている。



 アゴが―――砕ける



 バキンッ バリバリンッ ぼたたたっ!!


 骨が砕ける音とともに、大量の血を口から噴き出す。




「っ―――っっ……」




 これでレイオンの意識が、飛んだ。


 がくんと首から力が抜け、ずるずると床に倒れていく。


 命を捨てる覚悟をもった武人の意識を、こうも簡単に断ち切るほどの一撃であった。




「力不足だな。どこの誰か知らぬが、この私に戦いを挑むとは。愚か者め」




 そして倒れたレイオンに、青年がとどめを刺そうとした時―――




「兄さん!! や、やめてください!! もうやめて!! 兄さんが死んじゃう!」


「………」


「おい、やめろ」


「はっ」



 青年はミャンメイの言葉には反応しなかったが、少年が制止すると攻撃をやめ、再び跪いた。



「若、この男と知り合いでございますか?」


「知らない。だが、ミャンメイが嫌がっているから止めた」


「いきなり攻撃を仕掛けるような者です。危険かと思われます。ここで殺すべきでしょう」


「そ、そんな! 殺すって! 駄目よ!!」


「俺の命令だ。それ以上攻撃するな」


「…はっ」


「兄さん…兄さん!! しっかりして!」


「兄さん…兄か」



 倒れたレイオンに駆け寄るミャンメイを見て、少年が呟く。


 その言葉でぴんと来た。



「こいつ、さっき『セイリュウ』とか言ってなかったか?」


「そのように聴こえた気がいたします」


「ふーん。あいつの知り合いか?」


「やつにあのような知り合いがいるとは到底思えません」


「それもそうだな。あいつは俺以上に廃人だからな」


「ぐううっ…セイ……リュウ……」



 レイオンが憎き宿敵の名を叫びながら、手を伸ばす。


 しかし、そこにいるのはセイリュウではない。




「兄弟と間違われるのは不愉快だ。私の名前は【コウリュウ】。お前のような者に覚えてもらう必要はないがな」




 青年の名は―――コウリュウ




 セイリュウとは双子の関係にある『マングラスの重鎮』だ。


 セイリュウとの違いは、彼が青い武術服を着ているのに対して、コウリュウは黄色い武術服を着ていること。


 もう一つはセイリュウが髪を結わいているのに対し、コウリュウは結わいていないこと。


 逆に言えば、他人からはこの二点でしか判別できない。


 顔も声も体型もそっくりかつ、一度しか会っていないレイオンならば、間違えてもなんら不思議ではないだろう。


 しかも強さも同じレベルとくれば、もはや絶望しか感じないに違いない。




(コウリュウ…! あれが『マングラスの双龍』の片割れか! レイオンが手も足も出ねぇなんてよ…! 化け物どもめ!!)



 少し離れたところから見ていたグリモフスキーも、冷や汗が止まらない。


 話には聞いていたが、ここまで実力が開いているとは笑い話にもならない。


 ちょっとやそっとで勝てる相手でないことが、今この瞬間に証明されたのだ。


 そして、青年がコウリュウならば、彼が『若』と呼んで敬う相手は―――



(そういやグマシカには、十歳かそこらの子供か孫がいるって話を聞いたな。一度も表に出てきたことはねぇが…コウリュウがいるってことは、あいつがそうなのか?)



 グリモフスキーも噂で、マングラスには若い跡取りがいると聞いていた。


 ただ、マングラスの重鎮自体が表に出てくることはないので、その存在もまた秘匿されている。


 年齢的には十分合う。


 さきほど言っていた『ジングラスの姫君』というのも、間違いなくプライリーラのことだろう。


 これまた噂だが、プライリーラとグマシカの孫に婚約話が持ち上がったとも聞いている。


 完全に情報が合致する。



(だが、待てよ。ってことは…あのガキが『ジジイ』と呼ぶミイラ男は…まさか……あれがグマシカ・マングラスなのかぁ!?)



 グマシカ・マングラス。


 四大市民の一角にして、グラス・ギース最大勢力のトップ。


 グリモフスキー程度の人間では、絶対に会うことも視線を合わすこともできない雲の上の存在だ。


 それを空気砲でいたぶっていたのだから、人の出会いとは奇妙である。




「若、あの男も制圧いたしますか?」


「うっ!!」



 当然、コウリュウがグリモフスキーを見逃すはずがない。


 レイオンが敵対行動を取ったものだから、仲間だと思われている自分に対しても非常に冷たい視線が向けられる。


 それは人間のものとは思えないほど冷たく、強い圧力を与えてくる。



(勝てる相手じゃ…ねぇ。つーか、人間じゃねえ……こいつ)



 表向きは真面目そうに見えるコウリュウだが、内部に宿っているのは『獰猛な獣』である。


 その圧力は少年と同じくらい強く、彼より年月を重ねているせいか厚みも増した鋭いものだ。


 睨まれただけで、グリモフスキーは動けない。



「あいつはいいやつだぞ。ジジイを攻撃していた」


「大御所様を!? なんたる不敬!! 身体中を塵にしても許されぬ罪でございます!!」


「ばーか、ジジイがあんなんで死ぬか。俺だって殴ったしな」


「若ぁあああ! あれほど大御所様を殴ってはいけないと申しておりましたのに!!」


「ああでもしないと『目覚めない』だろう? どうせ最初から狂ってんだしさ。おお、そうだ! ジジイのやつ、攻略しやがったぞ!! ついにやりやがった!」


「さすが大御所様でございます。苦節三百年、よくぞ頑張られました」


「悔しいが、ジジイがすごいのは認めるぞ。じゃあ、さっそく『報酬』を受け取りに行こうぜ!! おい、ジジイ! まだ目覚めてないのかよ! コウリュウ、網だ! 網持ってこい!! 大型人形に装備されているはずだぞ」


「ただちに!」



 コウリュウが残骸の山に入って、機械人形の内部から特殊ワイヤーで造られた網を持ってくる。


 少年は無造作に網でミイラ男を包むと、ずるずると引っ張り出した。


 非常に雑だ。殴った意味もいまだにわからない。


 だが、当人は満足げなので、これが正しい対処方法らしい。




 準備が整い、少年がミャンメイに笑いかける。



「ミャンメイ、いいものを見せてやるぞ!! 一緒に来い!」


「いいもの?」


「そうだ。ボス戦のあとには報酬があるって決まっているからな!! そうでもなきゃ、誰もこんな面倒くさいことはしねーよな」


「よくわからないけど…まだ兄さんが…」


「網に入れときゃいいだろう」


「駄目よ。こんなに酷い怪我をしているのですもの…! このままじゃ危ないわ…! 兄さんを置いてなんていけない!」


「あーもう、めんどくさいな! コウリュウ! 分けてやれ」


「分けるとおっしゃいますと?」


「お前の『血』だ」


「なっ…若! ご冗談を…! 人間に分けたら死んでしまいますぞ! いえ、それ以前に、なぜこのような者に私の血を…」


「うるさい! 命令だ! さっさとやれ! それが嫌なら、今後は俺の半径百メートル以内には入ってくるなよ!!」


「そ、それはあんまりです!!」


「どちらか選べ。ほら、早く! ごー、よん、さん、にー、いち…」


「くううっ…わかりました! ですが、死んでも知りませんぞ」


「なんとかなる! ミャンメイ、安心しろ。お前の兄をすぐに『直して』やるからな」


「な、なに? 何をするつもりなの…?」



 ミャンメイが怪訝そうに、兄に近づくコウリュウを見つめる。



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