497話 「勝者への報酬 中編」


(な、なんだこいつ…! なにしてんだぁ!?)



 グリモフスキーは、ミイラ男をぶん殴った少年に呆気に取られていた。


 「ジジイ、ジジイ」と親しそうに呼んでいた男の子が、なぜか自分よりも酷いことをしたのだ。無理もない反応である。


 だが、彼の暴力はそれだけにとどまらない。



「クソジジイ!! このこのっ!! このっ!!」



 ゴンゴンッ ドゴンッ バゴンッ



「オウオウオウッ!!」



 二つに分かれたミイラ男に対し、さらに殴りかかり、踏み蹴り、破壊していく。


 そのたびにミイラ男が奇妙な声を上げるものだから、ますますシュールな光景になっている。


 されど、この劇場はまだ止まらない。



「こらー! 何してるの! おじいちゃんに暴力を振るっちゃ駄目でしょう!」



 ミャンメイが少年を止めに入る。


 これにはレイオンもグリモフスキーも、ぎょっとしたものである。


 空気砲の威力は彼女も知っているはずなのに、それを受けてもピンピンしている少年に、いとも簡単に近寄ろうとするのだ。


 まったくもって命知らずだ。


 逆にまったく効かなかったので、グリモフスキーが攻撃したことにも気付いていないのかもしれない。


 ちなみに少年がジジイと言っていたものだから、ミャンメイの中でも「ミイラ男=ジジイ」という感覚が生まれてしまったようである。



「こら、やめなさい!」


「さっきからなんなんだ、お前! 俺様に命令するなよ!」


「おじいちゃんには優しくないといけないのよ! 常識でしょう!」


「そんなの誰が決めたんだよ! いつどこで誰が、何時何分に決めたんだよ! ほら、言ってみろよ!!」



 これまた子供が言いそうなフレーズである。


 だが、それに対しての扱いも心得ているミャンメイは、すぐに切り返す。



「今私が決めたのよ! ぐりぐりっ!!」


「あぐー! ぐりぐりするな!」


「いい? お年寄りには優しくしないといけないのよ。わかった?」


「なんでだよ」


「なんでもなにも当然じゃない。誰だって痛い思いなんてしたくないもの。だから他人にも与えないのよ」


「なんで?」


「なんだって…痛いのは嫌でしょう?」


「痛いのって何だ?」


「さっきあなたが『いたーい』って言っていたことよ」


「ああ、あれか。ジジイも痛いのか?」


「あの人は…痛いの…かなぁ?」


「ウゴゴゴゴッ!! 超絶絶叫マシーン!! ウィッヒーーーン!」



 だんだん言動が怪しくなっている。


 どこかの回路が壊れたのかもしれないが、最初からああだった気もするので心配はいらないだろう。



「変わったおじいさんね」


「ジジイはジジイだ。あれ以外のジジイは知らない」


「そうね…あれが二人はいらないわね。あら? そういえば彼は『機械』…なのよね?」


「そうだ。機械の身体だぞ。変なやつだよな」


「こら、そうやってすぐ人を変って言わないの」


「なんだよ。変なやつは変だろう」


「そう思っていても言わないの」



 思う分にはいいようである。




(敵では…ないのか?)



 レイオンは今にも心臓が止まりそうだった。


 もし少年がミャンメイに危害を加えようとしたら動くつもりではいたが、どうやっても勝てないことはわかっている。


 だが、どうやら会話は可能らしい。


 しかも案外ミャンメイと普通に話しているのだから、その点ではミイラ男よりはましだろう。



(しかし、なぜこのような場所に少年がいる? 何者なんだ? …くっ、動けない以上、ミャンメイに任せるしかないのか…)



 ミャンメイは単に、自分が思ったことを素直に問うているだけなのだが、それが奏功したのか相手は素直に返してくれている。


 今は彼女に任せるしかないので、じっと息を殺して待つことにした。




「ええと、どこから訊けばいいのかしら? あのおじいさんは…あなたの肉親なの?」


「にくしん?」


「血の繋がったおじいさんなの?」


「そうだぞ。俺のジジイだ」


「ということは…前は人間だったのかしら?」


「知らない。ずっと前からあれだぞ」


「ずっと前って、いつ頃から?」


「俺が誕生する前から、あれだったぞ」


「そうなの。大変だったわね…」


「何がだ?」


「何か原因があったのでしょう? 事故とか…かしら? 好きであんな身体にならないわよね」


「知らない。そこまで興味があるわけじゃねーし」


「あなたのおじいさんでしょう?」


「ジジイはジジイだからしょうがない」



 やはり子供である。話が進まない点では同じだった。


 ミャンメイもそこには気付いたらしく、単刀直入に訊く。



「あなたは誰なの?」


「まずはお前が名乗れよ。そう言ったろ」


「あら、そうね。私はミャンメイよ。ファン・ミャンメイ」


「ふーん、ミャンメイ…か」



 少年は、じろじろとミャンメイを見る。



「どうしたの? そんなに珍しそうに見て」


「お前…女か?」


「え? ええ、そうよ」


「そっか。女か。ふーん」


「女性なんて珍しくないでしょう? お母さんがいるでしょう?」


「お母さん? そんなのいないぞ」


「あっ…ごめんなさい」


「なんで謝るんだ?」


「だってその…ごめんね」


「むぐっ…なんだ?」



(かわいそうに。この子もお母さんがいないのね)



 ミャンメイが少年を抱きしめる。


 地下では貧困街から連れてこられた孤児もいるので、その子らと重なったのかもしれない。


 彼女の『母性』が、反射的にそうした子らへの愛情を生み出して、思わず抱きしめてしまったというわけだ。


 彼らはこうすると落ち着くのである。


 人は誰しも【愛】を求めるものだ。愛されたいと思うものだ。



 それを示す象徴的な行為が『ハグ』である。



 人間というものは、言葉だけではわかり合えないことがある。


 特に感受性の強い子供には、こうして肌と肌の触れ合いが効果的なことも多いのだ。(現代ストレス社会においては大人でも重要だが)



「………」



 少年もこれには驚いたようで、完全に無抵抗の状態で抱きつかれている。


 さきほどのように振りほどくということをしないのが、その証拠だ。



「お前、柔らかいな」


「そうね。こう見えても女の子ですものね」


「ここが一番やわらかいな。ぐにぐに」


「あはっ、くすぐったいわよ」


「うーむ、これが女か。あまり深く考えたことはなかったな…」



 少年は、無造作にミャンメイの乳を揉む。


 一瞬アンシュラオンかと思ってしまう行動だが、そこに「他意」がないので、彼女も女性として反応したりはしない。


 あくまで『母性』という立ち回りで接している。


 それがよかったのかもしれない。



 少年は自分の意思でミャンメイに抱きつくと―――





「気に入った!! 俺のものにする!!」





 そう宣言した。



「なっ…! そいつ、何を…」


「兄さん、子供の言うことよ。いいじゃない」


「む、むぅ…それはそうだが……なんだかな」



 これにはレイオンも思わず反応するが、所詮は子供の言葉だ。


 幼少時代は、近くにいる異性に対して淡い恋心を抱きやすいものである。


 歳が離れていても、いや、離れているからこそ憧れてしまう。


 少年からすればミャンメイは、「綺麗なお姉さん」といったところだろうか。




 なぜか突然、殺伐としていた空気が柔らかくなった。



 グリモフスキーも完全に空気にされている。


 今この場を支配しているのは、ミイラ男以上に、この少年であった。


 それだけの存在感が彼にはあるのだ。




 しかし、この少年は誰なのか?




 という疑問がまだ残っている。



 それはこの直後、明らかになるだろう。






 ひゅーーーーーーんっ!!




 ドーーーーンッ!!!





 再び頭上から何かが降ってきた。


 二度目となると驚きは少ないので、周囲は「え? また?」といった程度の反応だが、今度は落ちてきた者にいろいろと問題があった。


 もくもくと煙が晴れ、姿を見せたのは一人の【青年】だ。


 黄色い武術服に身を包んでおり、長く黒い髪の毛が風に舞っている。



 その青年は、床に降り立つと同時に叫んだ。





わかぁあああああああああああ!!」





 少年のように足が痛いと転げ回ることはないが、叫ぶところは同じである。


 落ちてくると叫ばずにはいられないのだろうか。極めて謎である。


 ただ、少年とは違って落下ダメージをまったく受けていないところに、底知れぬものを感じてしまうが。




「若!! どこでございますか!! 若ぁあああああああ!!」


「ちっ、うるさいやつが来た! ミャンメイ、隠れるぞ!」


「え? 隠れるって? 若ってもしかして、君のこと?」


「あいつはうるさいんだ。逃げないと面倒なことになる! 早く!」


「わ、わかったわ…!」



 その青年は少年と知り合いだったようだ。


 ただ、声を聴いた瞬間に逃げようとするあたり、ミイラ男とはまた違う関係らしい。



 しかし、である。



 黄色い服の青年は塵煙が舞う中、なぜか少年を的確に捕捉する。



「若ぁああ! そこでございましたか!!」


「くそっ! 目のいいやつめ!!」



 ドンッ!! ズザザザッ


 少年とミャンメイは逃げようとするのだが、青年が一瞬で回り込む。


 五十メートルは離れていたのに、こうも簡単に接近するとは凄まじい脚力である。


 青年は少年の前にやってくると、跪いた。



「若、どうして私に何も言わずに行かれるのですか! 毎度捜すのに苦労いたしますぞ!」


「捜してくれなんて言ってねーし! つーか、邪魔だし! ついてくんな!」


「そのようなわけにはまいりません。若の身に何かあっては困ります」


「ガキ扱いするなよ! 俺だって強いんだ! べつにお前の力なんていらねーからな!」


「それは油断でございます。何が起こるかわからないのが世というもの。常に万全の状態でいなければ、万一というものが…」


「心配性なんだよ! いいから帰れ! 俺にかまうなよ!」


「ですが…」


「こらっ。ぐりぐり」


「うぐっ、なんだよ。ぐりぐりすんなよ!」


「せっかく心配してくれる人がいるのに、そういう口の利き方はいけないんですよ」


「だって、うざいんだよ、こいつ! ずっと付きまとうしさ!」


「それを『心配』というのよ。なでなで」


「ううっ!」



 ミャンメイが少年の頭を、ぐりぐりなでなでする。


 最初は嫌がっていたようだが、まんざらでもないのか、頭を預けるようにしてくるから可愛い。


 その仕草には、ミャンメイも少しだけぞくっとしてしまう。彼女の母性が疼くのだろう。



(なんだ。家族もいるし、こうして付き添ってくれる人もいるのね。思ったより深刻じゃないみたい。よかったわ)



「若、そちらのご婦人は?」


「ミャンメイだ。俺の【嫁】にする」


「…は? いえ、その…なんと?」


「ミャンメイだ。俺の【嫁】にする」


「…は? あのもう一度…」


「ミャンメイだ。俺の【嫁】にする」



 おいこら! このネタは二度目だぞ!!!


 と怒ってはいけない。


 青年にとっては簡単に認識できないほど重大なことだったのだ。


 だから三回訊いたのだが、答えは同じだった。


 しかも今度は『嫁』という具体的なワードが出てきたので、ステップアップしているような気がしないでもない。



 ようやく状況を理解した青年が、驚愕の眼差しで少年を見つめる。



「わ、若…どうやらこのご婦人は…普通の人間のように見受けられますが…」


「そうだな。ジジイが造った人形じゃないみたいだし、弱そうだよな。でも、それがいいんだ」


「あの…素性は…」


「細かいことは気にするな!!」


「いえいえいえいえ、気になります!! 激しく気になります!! とても大事なことでございます! なにせ人間にまったく興味を示さなかった若が、今になってこのような…!」


「俺を廃人みたいに言うな! 人間に興味くらいあるってーの!」


「し、失礼いたしました。しかしその、今になってというのは…どういった心境の変化があったのですか?」


「面白そうだったからだ!!」


「な、なるほど」



 徐々に皆の「なるほど率」が増えてきたが、実に便利な言葉なので仕方ない。



「しかしですね若、あなた様は特別な存在です。簡単に嫁というのも…。あっ、そうでございます。それならばまだ、ジングラスの姫君のほうが…」


「お前! 俺様に意見するのか! 俺が決めたことだぞ!」


「けっしてそのようなことは!! しかしですね…」


「しかしもカカシもあるか!!! 俺は決めたぞ!! これは俺の嫁にする!!」



 ぎゅっ


 少年がミャンメイに抱きつく。



「きゃっ。ふふ、私、君のお嫁さんにされちゃうのかな?」


「そうだぞ。名誉なことだ!」



 ここで「スレイブになれ」とは言わないのだから、この少年はなかなかまともである。


 少なくともアンシュラオンよりは立派だ。偉い。普通だ。


 ただミャンメイも、所詮は子供の言うことだとまともに取り合っていない。


 これもまたスキンシップの一つである。




「ねえ、兄さん。どうしようかしら?」



 と、ミャンメイは半ば楽しそうに兄に視線を向けるのだが―――



「………」



 レイオンが、こちらを凝視していた。


 それも凍り付いたような顔で、じっと見つめているではないか。



「に、兄さん、どうしたの? 子供の言うことじゃない。そんな顔しなくても…」


「………」


「兄さん?」



 レイオンに反応がない。


 彼の目はこちらに向いていなかった。自分や少年を見ていない。



 彼が見ていたのは―――青年



 この青年は改めて見ると、怖ろしいまでの美青年である。


 多少過保護なところはあるが性格も真面目そうだし、女性にも好かれそうなタイプだ。


 兄にトットと同じ性癖はないと信じたいが、これくらいの完成度ならば、男性だって見惚れてしまう可能性だってあるかもしれない。


 それならば仕方ないか。そういうときもあるだろう。



 などと思っていた自分が、あまりに恥ずかしい。




「うううっ…ううううううう!!!」




 ボオオオオオオオオオオオオ!!!!


 猛る。猛る。猛る。


 レイオンから激しい戦気が噴き出す。


 怖れる自分を叱咤するように、奮い立たせるように、全身全霊の力を込めて






―――叫ぶ







「セイイイイイイイイイイイリュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!!!!」







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