496話 「勝者への報酬 前編」


 何かが残骸の山に落下。


 その衝撃による爆風で、腕や足やらといった人形の部品が周囲に撒き散らされる。


 もくもくと周囲に塵煙が舞う中、落下地点にうっすらと影が映った。



 それは―――人影



 頭があって四肢が見られるので、そう呼んでかまわないだろう。


 理由はまったく不明だが、突如上空から人型の何かが落ちてきたというわけだ。



「………」



 あまりの出来事と爆音に、誰もが動きを止めていた。


 まったくもって予想外のことばかり起きるものだ。心構えなど完全に無視している。



 スタ スタ スタ



 周囲の者たちが唖然と見つめる中、煙の中から人影が歩いてきて、ようやくその姿が見えた。




(小さい……?)



 最初にレイオンが抱いた印象がそれである。


 その人影は、この場にいる誰よりも小さかった。


 ミイラ男が操っていた小型の人形よりも二回りは小さい




―――【少年】




 がいたのだ。




(ホワイト? …いや、違う。やつよりも小さい。やつの妹と同じくらいの背丈だ)



 少年という単語で真っ先に思い浮かべるのが、ホワイトことアンシュラオンである。


 しかし現れた少年の身長は、サナより少し高い身長百三十センチちょっとであろうか。


 アンシュラオンは百五十センチはあるので、明らかにサイズが異なる。


 出てきた少年の髪の色は黒で、彼の白い頭髪とはまったくの別物だった。


 また、目の前の存在が少年であるとすぐにわかったことにも理由がある。



 ギロリ



 『赤い瞳』の中に宿る炎が、とても強かったからだ。


 女性だって交戦的な者はいるだろうが、彼の目に宿った『野生』が、男性的な側面を色濃く表現していたのだ。


 激しく猛る炎が、彼の中にはある。




 ズオオオオオッ




 少年の出現によって周囲の気配が劇的に変わり―――呑まれる。




(う、動けん。なんだこのプレッシャーは!! これはまるで…ホワイトのようだ…!)



 目の前に巨竜が出現したかのような強大な気配を感じさせる。


 この感覚には覚えがある。


 アンシュラオンがレイオンにかけた圧力と同類のものだ。


 あの時も自分は、戦うまでもなく敗北を認めてしまった。そして今回も、戦う前に勝ち目がないことがすぐにわかってしまう。


 完全に場に呑まれる。


 彼の圧力に屈する。


 両者の間には、それだけの実力差があるという証明であった。




 それだけの強大な存在が目の前で―――




 スタ スタ よろろ



 バターーーンッ




―――転ぶ




 凄まじいまでの圧力を発していた少年が、なぜか転んだ。


 それも将棋の駒がパタンと倒れたかのごとく、綺麗に前のめりに倒れたのだ。





「いってえぇええええええええええええええええ!!!」





 ごろごろごろごろ


 足を押さえながら右に左に転がっていく。



「ひーー、ひーーー! いてぇええ! めっちゃ痺れるぅううう! ちくしょう!! 侮った!! 高さをなめてたぜ!! いてぇええええ!」



 ごろごろごろごろ


 少年は、痛い痛いといまだに転げ回っている。



 しばらく呆然と見つめていたレイオンだが、ようやく彼が何を言っているのかわかった。



(もしかして…足が痛い…のか? こいつはどこから落ちてきたんだ? 落ちる…? 上から?)



 ふと上を見上げれば、真っ暗な空が広がっている。


 ここからでは上が見通せないほど遠くに天井があるのだ。


 レイオンは転移してきたばかりなので、周囲の地形についてはまったく理解していない。


 ただ、あの勢いで落ちてきたということは、かなりの高さから落下してきたことは想像できる。


 そもそも上を見ても高さがわからないような場所から落ちて、この程度で済んでいるほうが怖ろしいのだが。




 だが、それがわかるのもレイオンだからである。



「…ねえ、大丈夫?」



 何も考えていな…感じていないミャンメイは、無警戒に少年に近寄っていく。


 レイオンも驚きのあまり止めようとするのだが、足が思うように動かなかった。



(何をしているんだ! 役立たずめ!)



 自分で自分が嫌になる。


 疲労や怪我の影響はもちろんあるのだが、それ以上に萎縮してしまっているのだ。


 つまりは、びびって動けない。


 心は身体以上に正直だ。足が竦み上がって震え、声も満足に出ない。


 まったくもって男とは頼りにならないものだ。こういうときは女性のほうが強いと改めて感じさせる。




 ミャンメイが、少年と接触。




「ねえ、あなた。大丈夫?」


「いてぇええええ! いてーよ!!」


「足が痛いの?」


「見りゃわかるだろう!」


「見てもわからないわよ。ちゃんと教えて」


「ん? 誰だ、お前!!」



 少年は今になってミャンメイたちがいることに気付いたようで、転がり回りながらも、じっと見つめる。


 その視線は、珍妙なものでも見るような目つきで、じろじろと観察するようでもあった。



「こら、まずは自分の名前から言うのが礼儀なんだぞ。ぐりぐり」


「あー! なんだよ! ぐりぐりするなよ!!」


「悪い子はおしおきだぞ。ぐりぐり」



 ミャンメイが、転がる少年の額を指でぐりぐりする。


 痛くはないが、ぐりぐりされていることに少年がむっとする。



「やめろよ! 俺はガキじゃないぞ!」


「そんなに小さいのに何を言っているのよ。ほら、痛いんでしょう? 見せてごらん」


「痛くねーし!! 全然痛くねーし!! こんなのすぐに立てるからな!! あぐっ!!」


「あっ、もう! 無理をしちゃ駄目よ」


「触るなよ! がるるるる!!」


「はいはい、威嚇しても無駄ですからね。足が痛いのね。なら…痛いの痛いの、とんでけー。さわさわ」


「なんだそれ?」


「知らない? こうすると痛みが消えるのよ」


「そんなんで消えるわけねーだろ! バッカじゃねえの! バーカ、バーカ!」


「こら、人のことをすぐ馬鹿って言わない。ぐりぐり」


「あう! やめろよ! 気持ち悪いだろう!!」


「はいはい、痛いの痛いのとんでけー! さわさわ」


「だから触るなよ!」



(八歳くらいかしら? このくらいの歳の男の子は、生意気なくらいが可愛いのよね)



 見たところ、八歳くらいだろうか。


 トットやニーニアより年下なのは間違いない。サナも幼く見えるので、彼女と同じくらいだとミャンメイは判断する。


 普段から子供と接する機会が多い彼女だからこそ、警戒もしないし、気後れすることもなく触ることができるのだ。


 ただ、まだ多感な少年にとっては恥ずかしかったのだろう。


 彼は一気に立ち上がると、顔をぷいっと横に向ける。



「ふん、なんともねーし! 痛くなんてねーからな!」


「そうなの。偉いわね。なでなで」


「なんで頭を触るんだ!」


「いい艶をしているのね、この髪の毛。触ると気持ちいいわ」


「話を聞けよ!! なんだこいつ…! あれ? お前…『人間』か?」


「そうよ。あら、あなたも…人間よね? このお肌も機械じゃないわ」


「なんでこんなところに人間が…? って、あああーーーーーーー!!」


「わっ、びっくりした。いきなりどうしたの?」


「やっぱり【攻略】してんじゃねーか!!」


「攻略…?」


「ちくしょう!! どうせ駄目だと思ってたから見逃したぜ!! ジジイ、やりやがったな!!」


「あっ、まだ走っちゃ駄目よ!」



 少年はミャンメイを振りほどき、巨大な白骨に向かう。


 それから鼻息を荒くして夢中で触りだした。


 その姿は、新しい発見をして興奮する子供そのものである。



「俺でも勝てなかったのに…やりやがった! って、ジジイはどこだ! ジジィーー!! ジジイ!! どこだ!! いるんだろう!!」



(なんなのかしら、あの子。玩具に夢中だなんて、まだまだ子供なのね)



 ミャンメイは、少年の行動を微笑ましく見つめている。


 しかし、それが異常であることは、同じく少年を凝視しているグリモフスキーを見ればすぐにわかるだろう。


 彼もまたレイオン同様に動けなかった。


 あんな小さな身体から発せられる波動だけで、グリモフスキーを縛り付けているのだ。




「オオウ、オオウウ!! イーネ!! イーーーネ!」


「ジジイ!! いた! 見つけたぞ!! って…何してんだ!!」



 少年が、ミイラ男を発見。


 グリモフスキーの射撃のせいで周囲が開けていたせいもあって、すぐに見つけることができた。


 だが、見つけたミイラ男はボロボロ。


 自己修復が微妙に追いついておらず、半壊といった酷い様相であった。



「じ、ジジイ……なんだよ、その姿は……」



 少年は愕然とした表情でミイラ男を見る。


 この様子を見る限り、二人は知り合いなのだろう。


 気軽に「ジジイ」と呼んでいることからも、それなりに近しい間柄の可能性がある。


 ミイラ男の年齢(製造年月日?)は不明だが、歳の差を考えると祖父と孫といった可能性もある。


 そんな近しい間柄の存在が、ボロボロの姿にされている。


 孫からすればショッキングな映像だろう。



「お前か…? お前がやったのか!?」



 少年も馬鹿ではないらしい。


 腕を構えているグリモフスキーを発見し、状況を察したようだ。


 鋭い目をさらに鋭くさせてグリモフスキーを睨む。



「へっ、だったらどうだってんだ…!! 何か悪いのかよ!!!」



 思わず大声になってしまったのは、虚勢を張ったからにほかならない。


 自分よりも巨大な存在を目の当たりにした際、人が取る行動は二つ。


 レイオンのように動けなくなるか、あるいはグリモフスキーのように虚勢を張るか、である。



「…なんてことを……なんてことを……!!」



 少年は怒りに打ち震えながら、ゆっくりとグリモフスキーに近寄る。


 近しい者を攻撃されたのだから、その怒りも相当なものだろう。



 すた すた すた



 なまじゆっくり歩くものだから、それがまた強い恐怖を与える。


 一刻、また一刻と死刑執行が近づいてくるようなものだ。怖いに決まっているだろう。



(くそがっ!! やべぇ!! こいつもやべぇえ!! ふざけんなよ、このやろう!!! せっかくレイオンに勝てる力を手に入れたのに、その結末がこれかよ!! やっぱり人生なんて、ろくなもんじゃねえな!!)



 三日天下、否、一分天下とはこのことか。


 力に溺れることができたのも、まさに一瞬のことだけだった。


 レイオンに勝てるとはいえ、レイオンより強い者など、この世にはごろごろいるのだ。


 力を持てば、より強い力の前に屈することになるのが世界の道理だ。


 このイタチゴッコは永遠に終わることがないのだろう。


 だが、それを簡単に認めることができないのも、また人間という存在である。



「おおおおおおおお!!」



 グリモフスキーは、ほぼ反射的に空気弾を発射していた。


 恐怖からくる無意識のもので、彼に撃ったという自覚はまったくなかったはずだ。



 少年に空気弾が―――命中。



 ボンッ!! ボボンッ!



 見えない圧力が少年に当たり―――髪の毛が揺れた。



 ふわり ぶわわっ


 ついでに服も揺れた。



「うおっ。なんだ? 突風か? 目にゴミが入っちまったじゃねーか! くそっ!」


「………」



 揺れた、揺れたよ、お兄さん!!


 この空気砲、すごいね!


 髪の毛と服を揺らすことができるんだよ!!!


 ねえ、すごいでしょう!!!




 って、ふざけるなぁあああああああああああああ!!!




(気付いても…いねぇ!! こいつ、何も感じてねぇえええええ!!!)



 少年にとって空気弾は、まさに「空気」でしかなかった。


 ちょっとした突風に見舞われて鬱陶しい、といった程度の感情しか抱かなかったのだ。


 だから当然、撃たれたことにも気付かない。


 強い力だと思っていたものは、彼の服さえも破ることができない代物だった。


 思わず笑いが込み上げてくる。



「ははは…はは!! 滑稽じゃねえか!!! ほんとにな!! さあ、殺せよ!! それでも俺はな、誰にも屈しねえぞおおお!!」



 グリモフスキーにできることは、最期まで虚勢を張ることだけだ。張り続けることだけだ。


 いつだってそうやって生きてきた。いまさら生き方を変えることはできない。


 死ぬその瞬間まで、意地と義理を貫いてやると決めている。


 虫けらのつまらない矜持とて、自分にとっては価値あるものなのだ。


 価値があるべきものなのだ。誇るべきものなのだ。




「―――っっっ!!」




 歯を食いしばり、睨みつける。



 そうして死を受け入れようとした時―――





「お前、よくやったな!!!」





 バチンッ!!!


 凄まじい衝撃が走り、身体から力が抜けた。


 それは少年が、グリモフスキーの背中を軽く叩いたから起きた衝撃だが、一瞬お花畑が見えたくらい強烈なものだった。



 ただ、叩いた当人は―――笑っていた



 心底嬉しいといった表情でグリモフスキーを見ている。



「…あ? な、なにを…」


「だが、駄目だな。あんなんじゃ駄目だ。俺様がこれから手本を見せてやる!!」



 そう言うと少年はミイラ男に近寄り―――




「このクソジジイィイイイイイイッ!!」




 ボゴーーーーンッ! メキョっ ボンッ!!!




―――ぶん殴った



 思った通り、少年の見た目からは想像できないほどの膂力を持った一撃だ。


 殴った瞬間に、力は力として体内を貫き、その途上にあったあらゆるものを破壊し、なおかつ爆散させる。



 ボーーンッ ゴトンッ ボトボトッ がらんがらん



 拳の衝撃に耐えられなかったミイラ男が、真っ二つになって床に落ちていった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー