495話 「人形の手 後編」


「はははは! まったくもって滑稽だぜ! こんなに簡単に、てめぇに勝つ力を手に入れられるなんてよ!! こんな馬鹿げた話があるか? なぁ、おい」



 時間にすれば、一分未満のことだ。


 たったそれだけで実力以上の力を簡単に手に入れられるのだ。思わず笑ってしまう。


 アスリートがどんなに身体を鍛えても、銃弾一発で死んでしまう。


 百メートルを九秒ちょっとで走れても、マシンガンの銃弾の雨を避けられるはずもない。


 より強く効率的な力の前では、無力。絶望的なまでに無力。


 無駄、無意味、無力。


 無力。無力。無力。



 まったくもって無力!!



 才能のない人間がいくら努力しても、優秀な素質を持った人間にはかなわないが、一方で銃を持てば誰だって同じ土俵に立てるという矛盾。


 愚者か賢者かは問われない。


 そこにあるのは、純然たる力のみ。



「俺はてめぇをぶちのめすために努力してきた。それがよ、こんなもんで簡単に叶っちまう。へっ、つまらねぇもんだったな。だが、ここに来た価値はあったってことだ。そんなつまらねぇことでも、知らなければ意味がねぇからな」


「グリモフスキー、何を混乱している。お前が求めていたのは、そんなものではないだろう!」


「混乱? ああ、たしかに混乱してるなぁ。いきなり腕を切られてよ、こんなもん付けられてよ。混乱しねぇほうがおかしいよな」


「そうだ。お前は混乱している。だから手を下ろせ」


「…あ? なんだそりゃ、命乞いか? 天下のキング・レイオン様がよぉ、こんなもんをつけたくらいでよ、命乞いかよ。がっかりさせるなよ。なぁ?」


「ふざけるな! 誰が貴様にそんな真似をする!! そんなものが付いたからといって、お前に負けるわけがない!」


「ぁあん? そうかぁ。じゃあ、試してみるかよ」




 シュウウウウウッ ボンッ!!




「―――っ…!!」




 グリモフスキーが放った空気弾が、レイオンを掠めて背後に着弾。



 ドオオオオオオオンッ!!



 そこにあった残骸を吹き飛ばす。



「なんだ。パワーも調整できるのかよ。案外便利じゃねえか」



 今放ったものは、さきほど試し撃ちしたものより威力は下がっていた。


 その代わりに速度が上がっており、通常の弾丸よりも高速だ。


 これもグリモフスキーの意思を勝手に汲み取って調節してくれる便利設計である。



(くっ、速い…! よけられん! この身体では防御もままならないか!)



 レイオンは回避に長けた武人ではないので、これをよけることは難しい。


 威力が下がったとはいえ覇王技に匹敵するものだ。一発は防げても何度もくらえば危険である。


 特に今は、サナとの戦いのダメージが残っているので万全とは程遠く、勝ち目はかなり薄いと思ったほうがいいだろう。



 だが、それ以前の問題として―――



「ちょ、ちょっと待ってください! なんでまた戦っているんですか!? 意味がわからないですよ!!」



 ここで一番混乱しているのが、ほかならぬミャンメイである。


 グリモフスキーが腕を切られて驚いていると、今度は新しい腕が付けられて驚き、さらには再び争い始める兄とグリモフスキーに驚く。


 そこに整合性やら合理性といったものが何一つないのだ。


 いくら頭の悪い両者とはいえ、どうしてそうなるのかわからない。



「勘違いするなよ、ミャンメイ。俺らがつるんでいるのは、互いの目的を果たすためだぜ。てめぇらはやつらを倒すため。俺も俺の目的を果たすためだ」


「は、はい。そうですよ。私たちが戦う理由なんてありません。一緒に立ち向かったほうがいいに決まっています。グリモフスキーさんだって、気に入らないって言っていたじゃないですか!」


「ああ、そうだな。気に入らねぇな。やつらのことは俺も気に入らねぇ。だが、こうして力が手に入るのならよ、無理につるむ必要はねえな」


「そ、そんな…! 急にどうしちゃったんですか!?」


「俺はよ、もともとレイオンが嫌いだからな。好きでつるんでいるわけじゃねえ。こんなことでもなけりゃ、どのみちいつかは殺し合いをしていたってもんだ。なら、早いか遅いかだけの問題だろうが」


「ぜんぜん…全然意味がわかりません! 一緒になって機械人形を動かすための手がかりを見つけようって言ってたじゃないですか! もう、男の人って全然わからない!? 本当にどうしちゃったんですか!?」


「てめぇ…まだ気付いてねぇのか? ボケるのも大概にしろよ」


「…え?」


「動いているじゃねえかよ。機械人形がな。目の前でよ」



 グリモフスキーの視線が、ミイラ男に向く。


 それにつられてミャンメイの視線も、その怪しげな男に向けられる。


 ミャンメイたちは、グマシカたちに対抗するための力を求めていた。


 アンシュラオンに頼るという最終手段もあったが、まずは自力でなんとかする、という名目で一緒に動いてきた。



 その最大の『あて』が―――機械人形



 格納庫に鎮座していた戦闘用の機械人形である。


 あれを動かすことができれば対抗できるかもしれない。そんな儚い希望を抱いていた。



 そして今、見つけた。



 多少想像とは異なっていたが、実際に動いている機械人形を。




「その人、機械…なんですか?」


「あんな人間がいるかよ。そうだよな、レイオン?」


「ああ、間違いない。その男は…機械人形だ」


「えっ、じゃあ…!? その人がいろいろと知っているの? 動かし方も?」


「こんなことができるんだ。少なくとも俺たちよりは遺跡に詳しいだろうな」


「そ、そうなのね! それならば、ますます私たちが争う必要なんてないじゃないですか! 一緒にその人から話を訊けば…」


「ははは! てめぇはまだ仲良しごっこがしてぇのか? だからよ、どうしててめぇらとつるむ必要があるんだ」



 グリモフスキーの腕が、ミャンメイを捉える。



「下がれ、ミャンメイ!」



 それを庇うように前に出るレイオン。


 すでに身体には戦気が展開されており、戦闘態勢に入っていた。



「兄さん、待って! まだ話している途中なのよ!」


「こんな状況で、まだそんなことを言っているのか!」


「だ、だって、グリモフスキーさんなのよ! 何か理由が…」


「グリモフスキーだからだろうが!! ふんっ、相変わらず卑劣な真似をする!! 今度は騙し討ちか!」


「相変わらずなのは、てめぇのほうだぜ。そうやっててめぇのことしか考えてねぇからよ、相手を見下すのさ。俺が卑怯な真似をしたことは一度もねぇだろうが。勝手に卑怯者呼ばわりしてんじゃねえよ」


「ならば、どうしてこんな真似をする!」


「逆に訊くが、俺がてめぇとつるむ理由があるのか? てめぇは俺に何をしたんだ? 何かを与えたのか? 何もねぇよな。それどころか地下の治安を破壊しただけだ。てめぇの自分勝手な理由でよ」


「俺が悪いわけではないだろうが。悪いのはやつらだ!」


「それが自分勝手って言うんだろうが。てめぇのせいで俺らも危なかったんだぜ。知らねぇところで命の危険に遭っていた。それと比べりゃ俺がやっていることは、そこまで卑怯なことじゃねえだろう? べつによ、ミャンメイを人質に取ったわけじゃねえしな。こうして堂々と正面からやってんだろうが」


「くっ、だからお前はクズなんだ! 信用した俺が馬鹿だった!」


「ああ? てめぇは俺を信用なんてしてねぇだろうが。俺だって同じだ。てめぇを信用したことなんざ、一度たりともねぇよ」


「そ、そんな…。二人とも、あんなに仲良くしてたのに…」


「おいミャンメイ、てめぇはもっと人を見る目を養えや。それが本気か上辺のもんか、わかるようにならねぇと長生きなんぞできねぇぞ」



 レイオンとグリモフスキーは、表面上は仲良くしていた。


 しかしである。


 長年いがみ合っていた者たちが、そんなにすぐに意気投合できるものだろうか?


 たとえば過去の紛争や領土問題でいがみ合っている両者が、何かの拍子にいきなり愛し合うことなど絶対に不可能だ。


 殺された痛みは消えないし、殺した痛みも消えない。憎しみの連鎖は複雑に絡まっているのだ。


 仮にもっと程度を落として、そこらの住宅街の近隣トラブルにしても、互いに信頼し合うなど到底無理なことだろう。


 合わない人間とは、基本的には永遠に合わないと思ったほうがいい。



 この二人も、それと同じ。


 水と油が卵によってくっついても、油の量が多すぎればバランスが崩れ、表面張力を維持できなくなる。


 グリモフスキーは、いきなりで予想外とはいえ、こうして力を手に入れた。


 それによってパワーバランスが崩れてしまったのだ。油が溢れると同時に、今まで積もった怒りや不満も漏れ出してしまった。


 グリモフスキーは、とにかくレイオンが気に入らないのだ。



「おい、ミイラ」


「おうおう、なんだぜ! こいやおらあああああ!」


「あぁ? まったく頭のおかしいやつだ。てめぇにも訊かなきゃいけねぇことが山ほどあるぜ。まず、てめぇは何者だ?」


「あーーーんーーーー! だが、わからん!」


「へっ、そうかよ」




 シュウウウウ ボンッ


 グリモフスキーは、まったく躊躇うことなく空気弾を放つ。



 ボボボンッボンッ!



 今回の空気弾は、マシンガンのように小さく複数放射され、着弾したと同時に爆発。


 空圧なので目には見えないが、何かの力で強引に広げられたように、ミイラ男の身体が爆砕する。



「グリモフスキー! なにを!! 壊れてしまうぞ!」


「こんなもんで死ぬかよ。なぁ、ミイラ男さんよ」


「…ウゴゴゴッ!! ゴゴゴゴゴッ!!! いい…いーーーーーーいっ!! いいいいいいいいぞおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」



 ぐわっ!!


 倒れたミイラ男が無反動で立ち上がる。


 非常にキモい動きだが、このあたりも謎の力が働いているのか、地味に凄い現象である。



 そして、彼の破損した身体は―――



 ジジジジジジッ



 吹き飛んだ箇所が、少しずつ自動的に修復されていく。


 『自己修復』スキルが発動したと思われるが、それが神機以外の機械においても有効だということが証明された瞬間であった。



「いい、いーね! いーね!! 戦いが人を進化させるんだよね!! ぼくちゃんたちは、ずっと戦い続けて生きてきたんだからさぁああああああ! ウゴゴゴゴゴッ! カタカタカタカタッ!! いいいーーーーーねぇえええええ!!」


「てめぇ、何者だよ?」


「ぼくちゃん、だーれだ!? だが、わからん!! しかし、わからん! ウゴゴゴッ」


「マジで狂ってんのか、それとも嘘なのか…俺にもよくわからねぇ。そのわからねぇってこと自体がヤバイ証拠だぜ。だが、おかげでだいたいわかってきた。つながってきたぜ」


「な、何がわかったんだ?」


「レイオン、てめぇも抜けてんな。この腕、誰のもんだと思うよ?」


「誰のもの…? この男のもの…なのか?」


「だろうな。こいつの身体が機械ならよ、ここにある残骸もこいつの身体のパーツか、あるいはお仲間ってことだ。で、これは『人形の腕』だ。それでだいたいわかるだろう?」


「…人形の…腕?」



 レイオンがグリモフスキーの腕を見る。


 黒くて不思議な塊であるが、一応腕と呼んでも差し支えないものだろう。


 それが転がっていたのが、あの瓦礫の山だ。



 そこに視線を移すと―――視線が合った



 山の中腹には【顔】が埋まっており、はめられた目と視線が合ったのだ。


 すでに破壊されているので死んでいる、もとい機能を停止している『人形』の成れの果てだ。


 この人形というワードは、遺跡を調べるうえで切っても切り離せない重要なものである。


 兄はまだわかっていないようだが、これだけ情報がそろえばミャンメイだって気付く。



「あっ…クズオさん…!」


「そうだ。やつは人形の腕を見つけたと言っていたよな。それがどんなもんか知らねぇが、ここにあるものも人形の腕だ。偶然か? なあ、こいつが偶然かよ。んなわけねぇよな。あるわけがねぇ。そんなことが、たまたまあるわけがねぇんだよ」


「え、えと…それじゃ…え? 人形とクズオさんは…あれ? どういう関係?」


「それをこれから、こいつに問いただすのさ。真面目に答えるとは思えねぇから…こうするがな」




 シュウウウウッ ボンボンボンッ




「オウオウオウオウオウオウオウッ!! アオウウウウウウッ!!」




 グリモフスキーが空気弾を連射。


 それを受けて弾けるミイラ男。


 そのたびに布も散っていくので、なかなかシュールで滑稽な光景だ。


 もちろん攻撃を受けても、彼の身体は自己修復で元に戻っていく。



「力を使うってのは不思議なもんだなぁ。いざ手に入れてみれば、なんてことはねぇ。ただそれだけだった、ってことだ」


「違うぞ! それはお前が努力して手に入れたものではないから、そう思うんだ!」


「努力して手に入れても同じだ。『生命の石』も、いざ見つけちまえば同じなんだろうな…。あの感動が冷めちまうだけなのかもしれねぇ。それならいっそ…」


「グリモフスキー!! やめろ!!」



 ボンボンボンッ



 グリモフスキーは、つまらなそうに力を振るう。


 そこには誰もが経験する「虚しさ」が宿っていた。


 若い頃は、欲しくて欲しくてたまらなかった。そのために努力を続けていた。


 だが、手に入らないとわかって諦めて、そのまま自分なりの落とし所を探していた。



 そんなときに、ふと望んでいたものが手に入った。



 二十年間貯蓄に励んで節制していた人が、ある日突然、宝くじを当てて大金を得る。


 その時に感じる「今まではなんだったのか」という虚しさと儚さに近いだろうか。


 それが強制されて与えられたものだから、なおさら虚しく―――腹が立つ!!





「よくも…よくも!! てめぇは…!!! 俺の努力を踏みにじりやがったな!!! てめぇええええはあああああああああああ!!!」





 ドンドンドンッ ボシュボシュボンボンッ!!!



 こちらの了承もなく、いきなり力を与えたミイラ男に、グリモフスキーが怒りの攻撃を見舞う。


 最初は威嚇に近い攻撃だったが、だんだんと熱を帯びてきて、相手を破壊するつもりで撃ち込んでいく。


 怒り、怒り、怒り!!



 怒り!!!!



 彼は激しく怒っていた。




(グリモフスキーのやつ、殺すつもりなのか!? 完全に見境がなくなっているぞ!!)



 怒りはもっとも。その気持ちもわかる。


 だが、ミイラ男は貴重な存在なので、できればもっと情報を引き出したい思いもある。


 ただ、どちらにせよ、今のレイオンには止められない。


 ミャンメイともども見ていることしかできなかった。






 ひゅーーーーーーー





 ドッゴーーーーーーーーーーーーンッ!!!






 その時であった。



 真上から何かが落下してきた。



 ここは幅五百メートルはある穴の中央部分なので、天井はないし、内周階段から飛び降りることもできない。


 あるとすれば、およそ二千メートル真上なのだが、そこから落下したとなれば、もし生物であれば死亡確定の高さだろう。


 落ちたら骨折どころか、ミンチになる可能性もある。





 だが、レイオンの目に映ったのは―――






―――【少年】






 であった。



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