494話 「人形の手 前編」


「やめろ! おいっ! 離れろ…!! ぐうううっ! なんて重さだ!!」



 それをやめさせようとレイオンが引っ張っても、相変わらずの重さでびくともしない。


 戦気を放出して力を込めても結果は同じだった。



(ば、馬鹿な! 何者だ、こいつ!!)



 レイオンともなれば、鉄板くらいならば両手の腕力だけで簡単に引き千切れるはずだ。


 その力をもってしても、ミイラ男はまったく動かないし、傷つきもしない。


 怖ろしいまでの肉体強度だ。



―――否



 それは肉体ではない。



 バリンッ バリバリッ



 レイオンが思いきり引っ張っても身体は傷つかなかったが、その代わりに布の一部が剥ぎ取られた。


 かなり長く使っていたのだろう。乾燥した落ち葉が潰された時のような音を発し、細切れになって落ちていく。



 そこから見えた身体は―――光沢を持った硬い皮膚



 人間が持つしなやかで柔軟性があるものではなく、硬さを宿した【金属】であった。



(この感触はまさか…【機械人形】!? こいつ、人間ではないのか!)



 機械人形は神機を参考に造られているので、外側の硬い装甲の内部に人工筋肉を採用し、強固さを維持しつつ柔軟に動くことを可能にしている。


 ミイラ男があまりに軽やかに動いていたので気付かなかったが、この『外殻』は間違いなく機械人形と同じものである。


 やはり普通の人間ではなかったのだ。


 逆にこんなやつが普通の人間だったら困っていたところなので、その意味では安心するものだ。



「ぐううう!! てめえ! はな…せ!!」


「あれー? なかなかくっつかないな」


「ったりめーだろうが!! んなもんがくっつくか!! こちとら生身だぜ!」


「あっ、そっか。そかそか。規格が違うのか。じゃあ、埋めよう」


「ああん! てめぇ、なにを―――うぐっ!!」



 グリモフスキーの腕に、何かに刺されたような鋭い痛みが走った。


 だが、何も見えない。何も起こっていない。


 そうであるのに、『何か』が自分の腕の中に入って蠢いている感覚だけはあるのだから、不快でしかないだろう。



「入れるよ」



 そして、ミイラ男がそう述べた直後―――




「うがあああああああああ!!!」




 ガクガクガクッ!!


 ビクビクビクッ!!



 感電でもしたようにグリモフスキーが激しく痙攣を始める。


 ちょっと身震いしている、というレベルではない。


 身体が電気ショックで跳ねるかのごとく、がっくんがっくん揺れているのだ。


 かなり危険な状態であることは一目瞭然だ。



「グリモフスキー! くそっ、何が目的だ!! 何をしている!!」


「んー? だから言ったぞー。グリたんを強くするのだー」


「強くだと!? その前に死んでしまうぞ!!」


「人間ってさ、そんな簡単に死にゃーしないんだなー。ウゴゴゴゴッ。気にするな!!」


「な、なんなんだ、こいつは!!! 力づくでも止めるからな!!」



 ゴンゴンッ ガンガンッ


 レイオンがついには殴りかかるが、ミイラ男はまったく動じない。


 少なくともレイオンの実力では、普通の打撃ではダメージを与えられる気がしなかった。


 かといって技を使おうにも、近くにいるグリモフスキーにダメージが入りそうだし、技を出したからといって効果がどれだけあるか疑問であった。


 結局レイオンには何もできず、ただ見ていることしかできなかった。




 その後、数十秒間、グリモフスキーは激しく痙攣。




 膝をついて倒れるが、腕が引っ張られているので完全には倒れられない。


 びくびく びくびく


 白目を剥いて痙攣する姿は、明らかにショック症状だ。


 ショック症状にもいろいろな原因があるが、今回の場合は体内に『異物』が入ったことで引き起こされたものである。


 人間の身体にとって不要なものが入り、抗体が激しく抵抗した結果、このようなショック状態に陥ったのだ。



 どさっ



 ミイラ男が手を解放し、グリモフスキーが床に倒れ込む。


 その右手には、太くて短い棒のようなものが引っ付いていた。こうして倒れても離れる様子はない。


 どうやったのかは不明だが、『接合』することに成功したらしい。



(ちいいっ、止められなかったか! だが…あれは何だ!? あいつはいったい何をしたんだ!?)



 レイオンの視線は、その棒に集中する。


 持ってきた棒は切断された腕よりも少し長かったので、引っ付いた今では左右の腕の長さには明確な差が出来ていた。


 左右の長さが違うのは意外と不便だ。人間にとってバランスは重要な要素なので、生活がしにくくなるに違いない。


 もしそれが「ただの棒」ならば、まったくもって嫌がらせ以外の何物でもないが、よくよく見るとそれは―――【腕】のように見えた。


 五本指ではないようだが、尖端には手も付いているので、やはり腕と呼べるものだろうか。


 しかし人間のものとは違う、光沢があって硬質的なものだ。




 レイオンがその状況に戸惑っている間に、グリモフスキーが目を覚ます。



「ううう…ぐっ……! はぁはぁ…!!」



 上半身だけ起き上がると、虚ろな目で周囲を見回す。


 身体中に汗をびっしょり掻き、気だるそうに首を振っていた。


 まだひどい倦怠感に苛まれているようだ。意識が朦朧としている。



「グリモフスキーさん! だ、大丈夫ですか!」


「ぐうっ…ううっ……なんだ、何が起きた……?」


「う、うで…! 腕は大丈夫ですか!? 痛くないですか!?」


「腕…?」


「は、はい。う、うでが…」


「―――っ!! 俺の…うで…が…!」



 自分の腕を見ると、そこには謎の黒い棒がはまっている。


 それだけではない。


 血の跡を辿れば、切り落とされた自分の手首が落ちている。


 いくら無骨で汚い手とはいえ、何十年も一緒に育った愛すべき腕だ。


 あれは夢ではなく現実だったことを知り、軽いショックを受ける。



「ぐぐう……ううううっ!!」



 これが一般人ならば、ショックでしばらく放心していただろうが、グリモフスキーは荒事の中で揉まれてきた男だ。


 ショックは即座に、ミイラ男への怒りへと変わった。



「てめぇ…!! ゆるさねぇええ! よくも俺の腕を切り落としやがったなぁああああああああ!!」


「きゃっ!」



 ミャンメイを振りほどき、立ち上がってミイラ男に詰め寄る。



「なかなか似合うよ。いーねいーね! いっぱい感謝してもいいんだぜえええええ!」


「ふざけやがってええええ!! ぶっ殺す!!!」



 ガンガンッ!!


 グリモフスキーが無事であった左手で殴るも、ミイラ男は相変わらず、びくともしない。



「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょぉおおおおおおうっ!! なめやがってえええええ!!」



 ガンガンッ! ゴンゴンッ!


 ガンガンッ! ゴンゴンッ!


 ガンガンッ! ゴンゴンッ!



 怒りが頂点に達したグリモフスキーが、何度も何度もミイラ男を殴る。



 殴る殴る殴る殴る。


 殴る殴る殴る殴る。

 殴る殴る殴る殴る。


 殴る殴る殴る殴る。

 殴る殴る殴る殴る。

 殴る殴る殴る殴る。



 無我夢中で殴る。



 だが、どんなに殴っても相手に変化はなかった。


 だからだろう。


 もともと頭が良くない馬鹿なのだ。右手がすでに失くなっていることなど、この段階ではすっかりと忘れていた。


 何十年と誰かを殴ってきた右手の記憶のままに、黒い腕を振るう。



 ウィイインッ ギュウウッ



 はめられた黒い腕は無骨な形をしていたが、殴りかかろうとした瞬間に変化を開始。


 グリモフスキーの意思に反応するように『拳』へと変化したそれは、うっすらと周囲に粒子を展開させながらミイラ男に迫り―――



 ドゴンッ!!!



 命中。


 ミイラ男の顔面にヒットした。


 従来ならば、ここで終わっていた。何も変わらなかった。


 だがこの時、グリモフスキーの身体にも変化が起きる。



 ぐぐぐぐっ ぎゅんっ!!



 筋肉が今まで以上に収縮し、引き絞られ、一気に解き放たれ、その勢いのまま―――振り抜く。



 ぐしゃっ!!



 ボーーーンッ ゴロゴロゴロッ




「…あ?」



 グリモフスキーは、呆然としながらその光景を見つめた。


 自分の腕が失くなったことを知っても呆然としなかった男が、今起こった現象には驚愕したのだ。


 なぜならば、ミイラ男が【吹っ飛んだ】からだ。


 左腕で叩いても何の反応もなかった男が、右手の一発でいとも簡単に吹っ飛んだのだ。



「うぐううっ…ううううう!!」


「ぐ、グリモフスキーさん、どうしました!? やっぱり痛いんじゃ…」



 殴った直後、グリモフスキーが呻いた。


 それを痛みだと勘違いしたミャンメイが、甲斐甲斐しく近寄ろうとするが、彼に起きていることは痛みとは正反対のことであった。


 彼はしゃがみ込み、右手を押さえたまま―――





(き、気持ち……いいいぃぃぃぃいいいいいい!!)





 心の中で、叫ぶ。



 なんとグリモフスキーは今、激しい快感に打ち震えていた。


 何度も言うが、男が気持ちいいと言う姿を見るのは苦痛だ。


 苦痛なのだが、事実なのだから受け入れるしかない。




 グリモフスキーは今、とっても―――キモチE!!!




 のだから。





「な、なぜ…! 何が起きた…! ぐ、グリモフスキー、今何を…」


「うにゅん。あーー、首が曲がっちゃったよ。ウゴゴゴゴッ、ガゴンッ! あっ、はまった」


「貴様、やつに何をした!!」


「なにって、腕を取り換えただけだーよ」


「取り…換えた? あれが腕だというのか!?」


「ウデウデウデウデ。腕だね、あれは。腕だよ。何の腕? あー、たしかあれ、あれの腕だねー。あれあれあれ!」



 あれあれ何を言っているのかわからないが、ミイラ男がグリモフスキーに付けたものは、彼が操っていた攻撃部隊の【機械人形】が使っていた腕である。


 そうなのだ。


 牛神に戦いを挑んでいた者たちは、全員が『人形』であった。


 ここの残骸は、彼が操っていた人形の成れの果て。あの戦いで破壊された者たちである。


 人形なので魂は宿っていない。単なる道具であり消耗品だ。だからこそ、ああやって簡単に犠牲にできる。人形はまた造ればいいからだ。



「手、広げてごらんよ」


「…あ? 俺に言ってんのか?」


「ぼくちゃんの記憶によると…それ、まだ兵装あるから」


「兵装…? 開くのか?」



 ウイーーンッ がごっ


 黒い腕は、グリモフスキーの意思に反応して再び変化した。


 今度は開いた掌の中央が、ぽっかりとあいている。



(こいつは…こうやるのか?)



 誰に教わるでもなく、掌を残骸に向ける。



 すううううう ジュウウウウウッ



 空気が漏れる音が次第に大きくなり、頂点に達した瞬間―――



 ボンッ!!



 目の前にあった残骸が、一瞬で消し飛んだ。


 より正確に描写すれば、残骸の山に何か手の平大の隙間が生まれたと思ったら、そこを中心に爆発したようにはじけ飛んだのだ。


 力は弾丸のように横回転がかかっていたようで、幸いにもこちら側に破片は飛んでこなかったが、こうなることがわかっていたら最初から教えてほしかったものである。




「…え? 何!? なんで…え?」



 ミャンメイには何も見えなかった。


 気付いたら目の前の残骸が消えていたのだ。驚くのも無理はない。


 しかし、その後ろでは驚きどころか、冷や汗を流しているレイオンがいた。



(なんだ…今のは!? あれが一瞬で消し飛ぶのか!?)



 ミャンメイには見えなかったが、武人であるレイオンには見えた。


 凄まじい力が放出され、瓦礫の山を蹂躙したのだ。


 あの瓦礫も機械人形の部品なので、その中にはかなりの強度の物質もあったはずだが、今の一撃で消し飛んでいる。



(何をしたんだ? ただ空気を圧縮して飛ばしたように見えたが…それだけにしては威力が桁外れだ)



 どうやっているかはともかく原理は簡単だ。


 掌に集めた空気を超圧縮し、一気に放出したのだろう。周囲の力を利用する分、なかなかにエコである。


 がしかし、威力があまりに桁違い。


 一撃であの残骸を吹き飛ばすともなれば、もしそこに人間がいたらと思うと恐怖しか覚えない。


 仮に戦車がそこにいても一撃で粉砕するだろうし、武人であってもただでは済まないだろう。



(風属性の覇王技の中に似たような技があると聞くが…いや、これは技ではない。『戦気の放出』が見られなかった。違う何かの力を使っているんだ)



 この攻撃のもう一つの特徴は、戦気を使っていない点である。


 機械人形は人間ではないので戦気を扱えない。彼らが武器とするものは「技術」であり「道具」だ。


 今の攻撃も技ではなく、何かしらの技術によって撃ち出されたものだと推測できる。


 これが怖ろしいのは、もし『術属性』を帯びていれば、防御を貫通するかもしれないところである。


 前にも話題に出た【対術三倍防御の法則】が適用されるとすれば、それだけで武人にとっては厄介なものだろう。




「………」



 グリモフスキーも、その異常性に気付いたのだろう。


 何度も自分の腕を見たり触ったりしている。



「気に入ったー? 気に入ったよね。ね? ね?」



 その仕草を気に入った証拠だと思ったのか、ミイラ男が近寄ってきた。



「てめぇ…なんだこりゃ?」


「それ、君が欲しかったものだぞぉおおお」


「俺がいつ、こんなもん欲しいっつったよ? ああ!?」


「君の心がね、ハートがねぇええ! 訴えていたんだよ! わかるのさ、ぼくちゃんにはねぇええええ! ほらほら、強くなっただろう? これでダルマちゃんにも勝てるね」


「…レイオン…に? 俺が…?」


「そうだぞー! ウゴゴゴゴゴッ! 君、弱いけど、それ使えば勝てるんちゃうんんんん!? ね、ねっ、そうでしょ!?」


「………」



 グリモフスキーは、じっと右手を見つめる。


 突然付けられた謎の物体ではあるが、その実用性はすでに証明済みだ。


 ただの生身の状態だったら同じことはできなかっただろう。


 所詮人間の能力には限界があるのだ。



「デメリットはねぇのか? 何発撃てる?」


「んー、どうだったかなー? 忘れた! でも、けっこう撃てるはずだぞおおおおおお!」


「…そうかよ」


「ね、ね、便利でしょう!? ウゴゴゴゴッ」


「否定はしねぇ。たしかにこいつは便利だな」


「お、おい、グリモフスキー! なにを簡単に受け入れている! お前、腕を切られたんだぞ!」


「そうだな。切られたな」


「それでいきなり変なものをつけられて…いいのか!?」


「………」



 うぃーんっ がしょんがしょんっ


 グリモフスキーの『義手』は、自分の意思に忠実に従っている。


 道具なのだから当然だ。道具に意思など存在しない。


 意思を与えるのは、心ある生物だけ。その中で人間と呼べるものだけなのだ。



 ゴンゴンッ ばきゃっ



 グリモフスキーは、近くにあった同じような腕を殴って破壊する。


 この腕は稼働状態になると何かしらの粒子を周囲に展開するらしく、それによって本来の性能を発揮するようだ。


 人形の腕は今、グリモフスキーという新しい主人を得て、再び戦いの道具としての道を歩み出したのだ。



「はははは…まったくもって…馬鹿げた話だぜ! ほんと馬鹿げてやがる!!」



 グリモフスキーは笑いながら、レイオンを見る。



「こりゃぁ、いいもんもらったぜ。なぁ、レイオン。そうだろう? すげぇ力だ。これならてめぇだってイチコロだな」


「なっ…本気で言っているのか!?」


「ああ、そうさ。てめぇはムカつくからな。いつかノシてやろうと思っていたところだ」



 グリモフスキーが、レイオンに掌を向ける。


 あれだけの一撃だ。彼とて無事では済まないだろう。


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