493話 「ヤバイやつ 後編」


「ふへへ、ソウダ! そうだそうだソーダ!! 思い出したぞおおおお! がんばったよ、ぼくちゃんは!! あーーー!! ヤッターーー! ヤッタヨーーーーーーー!! やった! やったやったやったやった!!! うひゃーーーーーー! おほほーーい!」




 ドンドンドンッ バンバンバンッ


 きゅっきゅくるくる バンバンバンバンッ


 謎の擬音を発しながら、ミイラ男が飛び跳ねたり倒れこんだりする。


 最初のじっとしていた姿からは、まったく想像ができない「やんちゃぶり」だ。


 当然ながら、その変貌に戸惑うミャンメイ。



「えと…あの……」


「アリガトウ!! 君、ありがちょーーーー!!」


「あ、はい。ど、どうも」


「うれしーーーな! ちょーうれPー!!」


「うれぴーはやめろ!!!」



 調子に乗ったミイラ男をグリモフスキーが戒める。


 まったくだ。うれぴーはもう終わったんだ。終わったんだよ。もう忘れようじゃないか、皆の衆。



「なんだいなんだい、ノリが悪いねぇ。ひゃひゃっはー! いやーほんと、最高だったよ! ぼくちゃんはやり遂げたからねええええ! 楽しかったーーー! あーーー! まだまだ心が打ち震えるーー! サイコーーーー!! あっ、でも、最後はちょっと反則だったかな? いやいや、ああいうことはあるよ。それも【ゲーム】ってやつだからね」


「ゲーム…? なんですか、それ?」


「んー、ゲーム知らないの? 遊ぶことだよ」


「それはわかりますけど…こんな場所で遊んでいたんですか?」


「だって、ここは【ゲーム会場】だからね。ここのボスをぼくちゃんが倒したのさ!! 君のおかげでね!!!」


「え? 私…? 何か…しましたっけ?」


「そそ! そーなのよ!! 最後はもう『あー駄目だー』って思ったんだけど、君が来てくれたおかげで、もうサイコー!! ぶっすりうっかり勝っちった!! うっひょーーい! どんなカタチでもね、勝てればクリアなんだよ! わかる? わかる!? ワカルよね!!」


「い、いえ…全然意味がわからないんですけど……」


「いみ? 意味はね、あるよーー! すっごく意味あるよ!!」



(ゲーム? 何を言っているのかしら?)



 ミイラ男の言動がまったく理解できない。


 あの戦いを見ていないミャンメイならば、それもまた仕方がないだろう。



 しかし、たしかにあれは【ゲーム】だったのだ。



 なぜ【レイドボス】という言葉を使ったのかが、あの戦いを見ればすぐにわかる。


 レイドとは主にオンラインゲームで使われる言葉で、数人から数十人といった複数人のプレイヤーがパーティーを組んで、強大なボスに挑むことを指す。


 それぞれに役割が与えられており、防御を担当するタンクや、攻撃を担当するDPS、回復やサポートをするヒーラー等々が、【条件を満たすと特定の行動パターンに移るボス】に対処していく。


 多少のランダム性はあっても、ボスの行動はある程度予測がつくように【設定されている】。


 それに対応しながら全員が役割を果たして勝つのが、レイドというものだ。



 ミイラ男と牛神の戦いも、まさにゲームであったといえるだろう。



 残りHPに合わせて行動パターンが四段階に変化する神機に対して、ミイラ男はそれぞれの役割を持った部隊を動かすことで対処していた。


 理不尽な仕様も多々あったが、基本的にはいかにミスを犯さず、あらゆる行動を素早く行うかに重点が置かれていた。


 最初は上手くできずとも、何百何千と繰り返すことで身体に刻み込んで上達する楽しさがある。


 そうした努力の末に強大なボスを打ち倒すことこそが、レイドの醍醐味といえるだろう。


 この感動と達成感は計り知れないに違いない。ミイラ男が喜び、跳ね回るのも当然のことだ。




「そうだ。君、何か欲しいものある? お礼になんでもあげるぞおおおおおおおおおお!」


「ほ、欲しいもの? いきなり言われても…困ります」


「なんでもいーぞー。あっ、さっき拾ったこれでもいる?」


「なんですかこれ?」


「あそこにあった『玉』だね」


「え? 玉って…」


「あれあれ」



 ミイラ男が、白骨の股間を指差す。



「あれのタマタ…」


「いりません! ばしっ」


「アーーーー! 玉がーーー!」



 なにが哀しくて、ゴールデンボールを頂戴せねばならないのだろう。


 役にも立たないどころか、なぜわざわざ機体に玉を搭載したのか設計者に問いただしたい気分である。


 それを(おそらく)笑顔で差し出したミイラ男も、かなりヤバイのだが。(持っていることもヤバイが)



「何かあげないと気がスマナイぞー! ウゴゴゴゴ!」


「ど、どうしよう? 兄さん」


「お前、こいつに何かしてあげたのか?」


「記憶にはないわ。勝手にお礼って言い出したのよ」


「ううむ、困ったな。悪意や害意はないと思いたいが…訳もなくもらうのはな…」


「へっ、てめぇらはどこまで抜けてやがる。こんなやつにまともに付き合うんじゃねえよ」



 グリモフスキーがミイラ男の前に立ち、胸倉を掴む。



「おい、てめぇ」


「んん? あんた誰?」


「俺はグリモフスキーってんだ。てめぇみたいなやつに名前を覚えてもらう必要はねぇがよ、一応は名乗ってやんよ」



 名乗ってやんよ!!



「てめぇ、さっきからふざけたことばかり抜かしやがって! てめぇみたいな頭のおかしいやつに用はねぇんだよ! こっちはただでさえ忙しいんだ! かまっている暇があるか!」


「忙しいの?」


「ったりめぇだろうが! 好きでこんな場所に来るかよ! さっさと出てぇんだよ!」


「ふーん、出る…? うーん、デルデルデル」


「ちっ、いちいちムカつく野郎だな!! いいか、てめぇなんぞに付き合っている暇はねぇんだ。痛い目に遭いたくなきゃ、もう黙ってろ!」


「グリモフスキーさん! 乱暴な真似は…!」


「あぁん? このままじゃ、いつまでも話が進まねぇだろうが! こういうのはよ、さっさと―――」


「君、欲しいんだね」


「…あ?」


「なぁんだ。君、欲しいんだ。どっしよーかな。デモデモデモ、ま、いっかー。うんうん、なるほどねー」


「何言ってやがる…てめぇ! 一度ぶん殴らねぇとわからねぇのか!」



 そうグリモフスキーが、胸倉を掴む手に力を入れた時であった。



 ズルッ



 何やら聴き慣れない音がした。


 粘膜と粘膜が擦れ合うような、柔らかくも重みが加わった不思議な音だ。


 その音は聴こえなくなるどころか、ますます勢いよく鳴り響き続けた。



 ズルルルッ スルンズルンッ



 これだけを聴けば、蕎麦そばをすする音と勘違いしそうだが、当然ながら麺類を食べている者などいない。


 では、その音の発生源がどこかといえば―――



 ずるんっ ねちゃぁ




―――腕




 うで、ウデ、腕。


 ミイラ男を掴んでいたグリモフスキーの腕、その前腕部、やや中ほど。




 部位が―――離れていく




 遠ざかっていく。一つのものが二つになっていく。


 そうだ。


 この音は、グリモフスキーの腕が【切断】された音なのだ。



「―――っ!」



 グリモフスキーは、何が起こったのかまったく理解できなかった。


 相手に予備動作というものがほとんどなく、攻撃の意思さえも感じられなかったからだ。


 しかも、それなりに力を入れていた。


 戦気の放出こそなかったがノコギリでも使わない限り、彼の筋肉が付いた腕を切り離すのはかなり難しい作業であろう。


 それが一瞬で切り離されるのだから、彼が驚くのは無理もない。


 もちろん驚いたのは当人だけではない。



「ぐ、グリモフスキー…お前……なんで……」


「あっ…ああぁぁ……」



 それを見ていた二人も、あまりのことに動けなかった。


 ミャンメイはいい。彼女は一般人の女性だから、咄嗟に動けなくてもかまわない。


 が、激しい試合を数多く経験しているレイオンでさえも、一歩も動けなかったのだ。


 何が起きたのかわからなかったこともあるが、その一瞬の『場』が、なぜか非常に遠く思えたからだ。


 そこに簡単に立ち入れないような『深み』があった。『味わい』を感じた。


 レイオンほどの武人だからこそ、場に宿った特異な雰囲気を感じ取って『呑まれて』しまったのだ。


 だから今も動けない。静止した空間に取り残されている。




 そんな三人をあざ笑うかのように、時は流れ続ける。





 ―――出血





 ブシャーーー



 ドバドバドバッ ばしゃしゃ



 血が噴き出し、床を赤く染めた。




「ちいいっ!! てめぇえ!! 俺の…俺の腕をよくもっ!!」



 それで目が覚めたのか、グリモフスキーが切られた腕を押さえて叫ぶ。


 彼も肉体操作ができるが、そこまで優れた武人ではないので中途半端だ。こうして押さえておかねば出血が止められない。


 しかしながら意外なことに、このことに一番驚いたのが当のミイラ男だった。



「あえ? なにそれ?」


「あああ!? 何言ってんだ!!」


「その赤いの、なに?」


「血に決まってんだろうがぁあああ! てめぇが俺の腕を切ったんだ!!」


「血? あれ? 血があるんだ。なんで?」


「ああ!? このやろう!! 死ねや!!」



 ドンッ!!


 激怒したグリモフスキーが、ミイラ男に前蹴りをかます。


 攻撃されたのだから本気の一撃だ。足に戦気をまとい、胸を陥没させるくらいの意気込みで放つ。


 これが普通の人間だったならば、そうなっていただろう。胸骨骨折および心臓破裂の可能性もあった。



 が―――ぴたり




(な、なんだ…!! う、動かねぇえ!!)



 思いきり蹴ったはずなのに、ミイラ男に反応はなかった。


 常人が壁を蹴ったようにびくともしない。



(こいつ…重ぇ!! くそ重いぞ!! いったい何キロありやがる!)



 胸倉を掴んだ時は興奮していて気付かなかったが、このミイラ男は異様に重い。


 人間大のサイズであるものの、重さは何十トンもあるかもしれないと思わせるほどだ。


 そうでいながら軽々と動いているのだ。自由落下速度は重さにかかわらず同じであるとはいえ、重量をまったく感じさせない動きをしていたからわからなかった。



「へー、へー。血があるんだ。血って…なんだっけ?」



 そのせいかミイラ男は、蹴られたことにさえ気づいていなかった。


 表情にも変化はないし、感情にもまったく変化は見られない。


 彼にとってこの程度のことは、なんてことはないのだろう。


 思えば、あんな化け物と戦っていたのだから当たり前だ。



(くそがっ…! やべぇ! 逃げねぇと…)




「うーん、ちょっと待っててね」



 グリモフスキーの警戒が最大になったのとは反対に、ミイラ男は軽い声を発して周囲の残骸を漁り始めた。


 ごそごそごそ がちゃんがちゃん



「おー、これなんてどーかな?」



 そして、何やら太く短い棒のようなものを持ってきた。



「て、てめぇ! それ以上近づくんじゃねえ!!」


「んー、どしたの? せっかく【君の願い】を叶えてあげようとしているのに」


「ああん!? 俺の願いだと!!」


「うん。だって君、強くなりたいんでしょ?」


「あ?」


「ぼくちゃんにはわかるんだなー。そこのダルマちゃんより強くなりたいって、顔に書いてあるよ」


「ダルマ…ちゃん? レイオンのことか?」


「そそ、そうそう! でも君、弱いからね。普通にやってたら勝てないよ」


「大きなお世話だ、この野郎!!」


「だったら取り替えればいいんだぞおおおおおおおお!」


「あ? とり…かえる?」


「はい、手を出して」


「誰がてめぇの言うことなんざ……んだこりゃ!? なんで勝手に…! くそっ! どうして勝手に動く…!!」



 ぎちぎちぎちっ


 グリモフスキーは必死に抵抗しているのだが、腕が勝手に引っ張られて伸びていく。


 傷口を相手側に見せるように腕は伸ばされた。何かの力によって強制的に。



「ぐ、グリモフスキー! ちっ、今助けるぞ!」



 ここでようやくレイオンが動き出すが、ミイラ男の動きはもっと速かった。



 ぐちゃっ!!



 持ってきた太く短い棒を―――傷口に押し当てる。




「ぐおおおっ!!」



 グリモフスキーが痛みと違和感で叫ぶ。


 切断された傷口に棒を押し付けられたら誰だって痛いに決まっている。


 だが、ミイラ男の力はますます強くなっていく。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー