492話 「ヤバイやつ 前編」


 「お前のことかーーーいっ!」と、思わずつっこみたくなる発言をした人物が目の前にいる。


 まったくもって訳がわからない。正直、関わりたくない人物である。


 がしかし、問題は場所だ。


 ここが路上ならば完全に無視だが、こんな遺跡の奥にいるとなれば話は大いに異なる。


 この人物は誰で、何の目的でここにいるのかを問いたださねばなるまい。



「それで、お前は誰なんだ?」



 まだ危険がありそうなので、レイオンが代わりに話しかける。



「だれ…誰?」


「お前のことだ」


「ぼく…だれ? だれ?」


「いや、こちらが訊いているんだが…記憶がないのか?」


「きおくって?」


「記憶は記憶だが…ええとだな、なんといえばいいのか……」


「あんた誰?」


「ん? 俺か? 俺はレイオンだ」


「…誰?」


「だから、レイオンという名前だ」


「それって誰?」


「誰と言われても…俺は俺だしな…」


「あんた誰?」


「イラッ」


「兄さん、下がって!!」



 ままならない問答に思わずキレそうになったレイオンを、ミャンメイが下がらせる。


 レイオンはあまり頭を使うのが得意ではないので、けっこう短気である。


 今までの経緯を話していたときは、すでに知っていたことを述べただけなので意外と饒舌だったが、こうして新しいコミュニケーションを形成することには不向きなのだ。




「誰、だれ、ダレ?」




 レイオンの呼びかけがきっかけになったのか、ミイラ男が自問自答モードに入ったので、ミャンメイたちは一度下がって会議を始める。



「くっ、なんだあいつは。話がまるで通じん」


「どうして通じると思ったんだ。あいつは完全にヤバイやつだろうが」


「見た目で決め付けるのはよくないですよ」


「てめぇも、さらりとひでぇこと言うもんだな」



 ミャンメイの発言は、自分もそう思っているという意思表示でもあったりする。


 たしかに見た目は危ない。


 こんな場所にいる布巻きの人間が正気であるわけがないのだ。


 事実、まったく会話が通じていない。今後通じるかも疑わしい。



「やつには関わらないほうがいいかもしれねぇな」


「どうしてですか?」


「俺にはわかるんだよ。あいつはヤバイやつだ」


「何かわかったのか?」


「いいや、何もわからねぇ」


「では、どうしてわかる?」


「んなもん、見りゃわかるだろうが」


「それはそうだが…根拠があるんだろう?」


「俺から言わせりゃ、あれをヤバイと思わないやつのほうがヤバイぜ」


「うむ…言いたいことはわかるが…」



 グリモフスキーはミイラ男に対して、初対面から激しい警戒感を抱いているようだ。


 特に根拠はないようなので感覚的なものなのだろう。


 とはいえ、彼のこの意見には百人中九十人は賛同するだろうから、一概に差別とは言いがたい。



「そういえばあの人、私たちと同じ言葉を話しているわ。ということは『古代人』ってわけじゃないのよね」


「そのようだな。さすがに一万年も生きている人間はいないだろう」


「それじゃ、いつの時代の人なのかしら? こんな場所だもの。気軽に人が来られるとは思えないわ」


「それともあいつは、ここに住んでいるのか?」


「こんな地下で? うーん、畑もあったし無理じゃないと思うけど…あっ、もしかして、あの畑を作った人たちの生き残りかしら?」



 畑があったということは、誰かが食べるために栽培していたということだ。


 だが、あの場には誰もいなかった。そのあたりがとても不自然であるし、ずっと気になっていたことだ。


 彼がその施設を利用していたというのならば、地下で生活することも不可能ではないだろう。



「どうだかな。あそこからここまでは相当な距離があるぜ。簡単にたどり着けるとは思えねぇ」


「そう…ですね。じゃあ、近くに違うものがあるのかもしれません」


「おい、勘違いするんじゃねえぞ。俺たちはべつに遺跡の生き残りを捜しに来たわけじゃねえ。それはそれですげぇ発見だがよ、役に立たないのなら意味がねえぜ」


「役に立つ…か。ううむ、今のところは難しそうだな」



 三人は、じっとミイラ男を見つめる。


 こんな場所にいる怪しい男が、ただの人間であるはずがない。


 が、当人の記憶がないのだからどうしようもない。このままでは役立つどころか、かえって足手まといになりかねない。


 自分たちに余裕がない現状では、非常に扱いに困る存在であった。




「………」



 一方ミイラ男は、じっと白骨を見つめていた。


 すると突然、何やら不可思議な動きで手を回し始めたではないか。



 しゅんしゅんしゅん



 空中で何かをこねくり回すように両手を動かす。


 何をやっているかは不明だが、その動きは非常に滑らかで優雅だった。



「あの動き…只者ではないな」


「わかるの? 兄さん」


「武芸とは違うようだが、何度も修練を積み重ねた動きだ。…いや、これはすごいぞ。あの男…男かどうかもよくわからんが、かなりの腕前だ。相当な時間を費やしたことだけはわかる」



 彼の動きは武芸とはまるで違うが、そこには洗練されたものがあった。


 一流は一流を知る。何かの道に邁進まいしんしている者は、たとえ分野が違かろうが、そこに宿った汗水を知るのだ。


 明らかに一般人の動きではない。ますます怪しさに磨きがかかる。




「時間……そう。ぼく…ぼくちゃんは……ここでずっと……あああああ、なんだったか…あああ……あーあーーー」




 レイオンたちの声が聴こえて刺激になったのか、ミイラ男の言葉が少しずつしっかりとしてきた。


 最初に出会った瞬間と比べれば、遙かにましになったといえるかもしれない。



「彼ともう一度話してみたほうがいいかもしれないわ。何か話して刺激を与えれば、もっといろいろと思い出すかも」


「なるほど。その通りだな。あの感じだと、人間と接触するのも久々のようだしな」



 人間の脳、記憶は、互いに関連付けられたもので繋がっている。


 たとえば「ご飯」ならば、「白米」「味噌汁」「朝・夜」「家族」等々、それに関連したイメージが湧き上がってくる。


 特定の人物に関してもそうだ。「Aさん」という人物に「いい人」というイメージが付いていれば、Aさんを思い出しただけで気分が良くなるだろう。


 一方、「Bさん」に「嫌なやつ」という関連付けがされていた場合は、何度思い出しても一緒に不快な感情まで再生されてしまう。


 ついには同じタイプの嫌な感情を受けた際に、Bさんを思い出すようにさえなる。


 これが記憶の負のスパイラルというもので、一度貼られたレッテルがなかなか拭えないのは、脳そのものの仕組みと関係があるわけだ。



 ミイラ男の場合、【言葉を忘れて】いた。



 重要な点は、話せないのではなく忘れていた、ということだ。


 言語を忘れるということ自体すごいことだが、それだけ誰かと接触するのが久しぶりなのだろう。


 一般人も二ヶ月くらい他人と会話せず、ひたすら作業に打ち込んでいると、いざ外に出たときに「声が出ない」という現象に陥ることがある。


 話そうと思っているのに声が出ないのだ。喉を使わなかったせいで閉じてしまっているからだ。


 何事も使わなければ退化する。


 つまりは彼はそれだけ長い時間、誰とも会っていないことを示していた。




 その彼の記憶を呼び覚まそうと、ミャンメイが再び接触する。




「あのー、お話しませんか?」


「…はなし? はな…す。ううう…おぉぉ……うごごご」



 ばごん がごんっ


 ミイラ男が口を大きく開けたり、喉を開こうとするたびに妙な音が聴こえる。


 なんとも怪しさ満載だが、ここにいる段階で怪しいので、そのあたりは無視することにした。



「ずっとここにいるんですか?」


「……ここに? ここは……いた。いた、いた、いた。何度も…いた」


「どれくらい前からいるんですか?」


「前…? 前……前? 今、いつ?」


「え? 今は…いつでしたっけ?」


「1024年だ。グラス・ギースの暦だがな」



 見かねたのか、グリモフスキーが教えてくれた。


 世界共通の言い方では「大陸暦~年」と呼ぶが、東大陸では国家そのものが確立していないことが多いため、その都市や自治区独自の暦を使うことが多い。


 今はグラス・ギースの暦で1024年。


 五英雄が都市を造り、新年と定めた日から数えた年である。



「ほぅ、そうだったのか。知らなかったな」


「特に必要でもねぇからな。知らなくても問題はねぇよ」


「お前、そういうところは案外博識だな」


「ああ? グラス・ギースに住んでいるんだ。当然だろうが。世話になってりゃ、それくらい勉強するもんだぜ」



 さすがグリモフスキー。こう見えて真面目である。



「1024年……? んー、んーむ」


「知ってます? この上にはグラス・ギースって都市があるんですよ」


「グラス・ギース…? ぐらす……ぐらす。ぐらす…たうん?」


「いいえ、グラス・ギースです。ぐらす・ぎーす」


「グラス…タウン?」


「いえいえ、だからグラス・ギースで…」


「待て! グラス・タウンだと? グラス・ギースの前身になった都市の名前じゃねえか。こいつ、どうしてそれを知ってやがる?」


「え? そうなんですか?」


「グラス・ギースを知らないで、グラス・タウンを知っていやがる。偶然とは思えないがな」



 グラス・タウンは、大災厄が起こる前のグラス・ギースの名前である。


 この地域でギースという言葉には〈災厄〉の意味があるので、グラス・ギースを直訳すると〈災厄に見舞われた大地〉になる。


 好き好んで不吉な名前を都市に付ける者はいない。


 わざわざこうしたのは、今後も人々が災厄への備えを忘れないためである。


 いつかまたやってくるであろう害悪のために、日々準備をしておけという戒めなのだ。



 そして、災厄という言葉が、彼に大きな刺激を与える。



「災厄…さいやく…サイヤク……最悪!? サイアアアクウウウウウウウウウウウウウウウウウ!! うごーーー! うごおおおおおおおお!!」


「ちっ、また壊れやがったか!」


「ただの発作ですよ! 温かい目で見守ってください!」


「やっぱりてめぇのほうが問題発言じゃねえのか!?」


「サイヤク…さいあく!!! さいあく、さいやく、やくさい、さくああくかううああぅううう!! うくうううう!! ―――あっ」



 かちんっ


 またもや彼の中で、何かがはまった。




 そこから―――フリーズ




 しばらく完全に動かなくなる。


 が、その内部では激しい何かが渦巻いているのがわかった。


 人間の思考と目の動きは関係しているので、彼の目が異様なほどの速度でぐるぐる回転していたことからも、それがうかがえる。



 腫れ物を触るように、もとい、じっくりと優しく見守ること三分。



 チッチッチッ チーンッ



 カップラーメンではないが、きっかりと三分後に彼は目覚めた。


 その時には、さらに彼はスタイリッシュに変貌していた。




「おーーー! おおおおー!! 思い出した!! おぼぼぼっおぼいだしたよ!! そーそーーー、そうそう!!! ずっとココで遊んでたんだ!! そーそーーー! そうなのよ!! ウゴゴゴゴゴッ!」




 ウゴゴゴゴというのは、首だけが上下に凄い速度で揺れる音を表している。


 どういう原理かわからないが、怪しげな特技を持っているものである。


 当然、そんな反応にミャンメイたちは一歩どころか、数歩下がっていた。



「な、なぜか突然、陽気になったんですけど…」


「どうやら会話できそうだな。対応してやれよ」


「わ、私がですか?」


「温かい目で見守るんだろう? 病人の介護は任せるぜ」


「うう、わ、わかりました。あ、あの…遊ぶって何をしていたんですか?」


「んー? ウゴゴッ」


「ひゃー! 首が反対側に回ったーーーー!」


「それくらいのことなら俺もできるぞ。ほら」


「兄さんは黙ってて!!」



 武人の肉体操作があれば、首を百八十度回転させるくらいは容易だ。


 だが、ミイラ男の動きは武人のそれとは多少ながら異なっていたが、奇異な様子が気になって、もはやそれどころではない。


 こいつはヤバイ。


 さらにヤバさが増した気がする。



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