491話 「異文化コミュニケーション」


(どういうこと…なのかな?)



 ミャンメイが目を覚ました時、その状況をどう把握していいのかわからなかった。


 飛ばされたことは感覚で理解できたが、周囲の状況があまりに想像を超えていたからだ。



 目の前には―――残骸



 何かが強い力で叩き壊されたような『残骸』と呼ぶしかないものが散乱している。


 アメリカではよくスクラップを集めた広場があり、その中から好きなものを勝手に取って買う場所があるが、そこに迷い込んだように大量の残骸の山が広がっていた。


 ここまでボロボロになると、原形が何かがわからない。


 装甲版のような板もあれば、バネのようなものもあり、ガラスのように光る球も転がっている。


 オイルがこぼれたような強い染みもあれば、吐瀉としゃ物のようなゲル状の何かまである。



(うっ、臭いも酷いわ…鼻が曲がっちゃう)



 そんなものが周囲にあれば、気分が悪くなるのも仕方ないだろう。


 思わず鼻をつまみ、顔をしかめて首を振る。



 そんなまったく意図していない時のことだ。




 目が―――合った




「………」


「………」



 何気なく視線が合ってしまったので、ミャンメイも「ソレ」も同時に動きが止まる。



 じー


 じーー


 じーーー



 両者ともに動かない。


 そのまましばらく見つめ合う。


 先に動いたほうが負けとはよく言うが、虫の食い合いを見ていると、さっさと逃げたほうが得策な気がしないでもない。


 無駄に虚勢を張ったところで戦力差が埋まるわけではないので、立ち向かっていっても死ぬだけだ。


 しかし、人間は虫とは違う生き物である。


 彼らになくて人間にあるもの。


 それも多岐に渡るが、その最たるものといえば―――




「は、初めまして」




 【言葉】である。


 虫や動物間においても、音でコミュニケーションを図ることはあるだろう。


 近年では彼らも高度なやり取りをしていることもわかっているし、人間だけが持つ能力ではない。


 が、人間は言葉によって新しい関係を築くことができる。


 初めて会う者に対しても、言葉によって相互理解を図ることができるのだ。


 だからこそミャンメイが、自らを敵ではないと主張することに言葉を選んだのは、人間としては正しい選択であるといえる。


 ただし、それが通じる相手ならば、であるが。



「………」



 相手は、じっとミャンメイを見つめながら動きを止めている。


 死んでいるわけではない。そこに生命としての鼓動を感じる。


 紛れもなくそれは生きている…のだが、なぜか動かない。



「あ、あの…ど、どうも」



 必殺技「どうも」の出番がやってきた。


 こうなったら仕方ない。この伝説の技に頼るしかないだろう。


 某超有名漫画(ドラゴ〇ボール)でも多用されていたので、困ったときは「ど、どうも」で凌ぐのがお勧めだ。



「………」



 ただし、これまた当然なのだが、相手がそれを理解してくれなくては意味がない。


 必殺技「どうも」も、相手が空気を読めなければ真価を発揮しないのだ。


 相手は、ただただじっとミャンメイを見ていた。


 それは観察しているといった様子ではなく、きょとんとした様子で呆然と見つめているだけだ。




 動くに動けないまま気まずい時間が流れる。




(こ、この状況は……いったいどうすればいいのかしら?)



 外国人とは言葉が通じなくても、互いに交流したいという意思があれば、なんとなく付き合うことはできる。


 しかし、そもそも相手に意思疎通する気持ちがなければ、何も始まらないのだ。


 これは困った。


 ミャンメイも、ただ呆然とするしかない。




 シュワワッ ポワンッ




 こうしてミャンメイが困っていると、光に包まれて何かが出現した。



「むっ…ここはどこだ?」


「…ちっ、相変わらず頭がぐらぐらするな。意識を失わないだけましだが…イラつくぜ」



 そこに現れたのは、なぜか遅れて転移してきたレイオンとグリモフスキーだった。


 そう、理由は不明だが、ミャンメイのほうが先に転移してきたのだ。


 先に女神像に触ったからかもしれないが、およそ五分というタイムラグが発生していたのである。



「あっ、兄さん!! グリモフスキーさん!! た、助けて!」



 渡りに船とは、このことだ。


 こんな気まずい状況の中で耐え忍ぶのは、まさに地獄であろう。


 ミャンメイは、即座に二人に泣きつく。



「ミャンメイ! 無事だったか!! よかった!」


「なんだぁ、ここは? どこも滅茶苦茶じゃねえか! 何かあったのか!?」


「私は大丈夫なんですけど、あの…あそこに……」


「っ…! あれは…! す、すごく…大きいです」


「ああ!? どこ見てんだ、そっちじゃねえだろうが!!」


「いや、あれは大きいだろう。なんだあれは? 気になるぞ」


「兄さん、そっちじゃないから! 今はあっちを見て!」



 妹も妹ならば、兄も兄だ。天然ボケが炸裂である。


 とはいえ、レイオンが【それ】に興味を惹かれたのも当然だろう。


 目の前には残骸が広がっているが、その中にひときわ大きな物体が転がっているのだ。



 まるで巨大な白骨死体。



 動物のそれとはだいぶ異なるので、見た目としてはメカメカしい骨格というべきだろうか。


 大きさは十メートルを優に超えるため、恐竜の化石のようにさえ感じられる。


 ただ、ミャンメイが指差したのは大きな白骨ではなく、その上にいる【人間大の存在】である。



「む、あれは…人間…か? それともモンスターか?」


「ったく、ようやく気付いたのかよ。てめぇも抜けてんな」


「仕方ないだろう。気配がまるでないぞ…あいつ」



 レイオンも、その人間らしき存在を発見する。


 武人である彼の発見が遅れたのは、その存在が微動だにしなかったからだろうか。


 息を潜めている、というレベルを超えて、まるで置物のようにじっとしているので気配がないのだ。


 ミャンメイも視線が合わなかったら気付かなかったに違いない。



 そして【彼】は、身体中に布を巻いていた。



 所々が破れているが、顔は覆われているのでよく見えない。


 されど四肢と頭部を持つので、人間の可能性が極めて高い。



「ミイラ男なんてモンスターは聞いたことはねぇが、治療中に死んだ者もいるからな。骸骨戦士さんの中には、ああいう恰好のやつもいるにはいるが…」


「話しかけてみたんだけど反応がなくて…どうしようかしら?」


「どうしよう…と言われてもな。どうすればいいんだ?」


「訳のわからねぇ状況なら、まずは身の安全を確保したほうがいいぜ。敵か味方かわからねぇなら、先に攻撃を仕掛けるほうが安全だ」


「グリモフスキーさん、それじゃいきなりすぎますよ。まずは話し合わないと」


「てめぇが話しかけても反応しなかったんだろう? なら、敵だ」


「そんな短絡的な…。じゃあ、もう一度話しかけてみますね」


「ミャンメイ、油断するなよ」


「兄さんたちがいるから大丈夫よ」



 レイオンたちが来たので安心したのか、最初より気持ちは落ち着いていた。


 手を広げて敵意がないことを示しながら、一歩一歩相手を刺激しないように歩み寄っていく。



「………」



 【彼】は、じっと見つめている。


 特に逃げるそぶりも怖れるそぶりもなかった。



(感情がないのかしら? ううん、そんなことはないわよね。だってあの目、確実に『意思』を持っているもの)



 まだ多少距離があるのでよく見えないが、彼の目には光が宿っていた。


 そこには『意思』がある。意思があるのならば人間だ。


 人間と動物の最大の違いが、この意思の強さと大きさなのだ。



 この瞬間ミャンメイは、彼が人間であると確信した。




「あのー、私たちは敵じゃないですよ。ほらほら、何も持ってないですし」



 戦士タイプの武人ならば無手そのものが武器なのだが、その感覚がないミャンメイは無手を必死にアピールする。



 そして、およそ七メートルという微妙な距離にまで近寄った。



 このあたりの距離感は、実に難しい間合いといえるだろう。


 走り幅跳びの選手ならば一気に飛び越えられるし、武人ならば助走なしでも奇襲が可能である。


 一方で警戒をしていれば、十分に対応できる距離でもある。


 ミャンメイがこのことを意識しているわけもないが、なんとなく雰囲気で感じ取ったのだろう。


 そこから先にはあえて進まず、相手の様子をうかがう。





 それから数度呼びかけると、相手に変化があった。





「……っ………っっ……」





「え? 何か言いました?」


「……っ……」


「んん? なに? 何か…言いたいの?」


「っ………っっ………」



 彼は口をかすかに開けていた。


 だが、喉に何かが詰まったかのように何も言葉が出てこない。



「ミャンメイ、気をつけろよ」


「大丈夫よ。何か言いたいみたいだけど…どうしたのかしら?」


「そもそもよ、言葉がわかるのか?」


「あっ、その可能性もありますね。でも、何か言いたそうにしていますし…待ってみましょう」



 目の前の存在の反応からは、言葉を理解しているのかどうかも、よくわからなかった。


 かといって敵意をまったく感じないので、緊張感も緊迫感もない。




 しばし、待つ。




「っ………っ……」




 彼は口を開けながら、わずかに息のようなものを吐く動作を続けた。


 それをじっと見守るミャンメイたち。


 相手を焦らさずに、ただただじっと見守っている。


 なるほど、異文化コミュニケーションとは、こういうものなのだろう。


 極めて慎重で繊細で、根気と時間がかかる作業の繰り返しなのだ。


 今では辞書なども当たり前にあるが、それを作った方々の努力には、まったくもって頭が下がる思いである。




「っ…ぁっ……ぇ………」




(あら、徐々に出てきたかしら?)



 嗚咽が少しずつ意味を成してきたのが、数分後のことである。


 これもミャンメイがいなければ引き出すことができなかったものだろう。


 レイオンやグリモフスキーならば、下手をすれば交戦状態に入っていた可能性があるのだから、こういう場面での女性の存在はありがたいものだ。



「あぁ……えぉ………ぁあぁ」


「あぇえ?」


「ぁえぇ…ぁおおお……ぁあぁ…」


「おおお…ああ?」


「おいおい、意味なんてあるのかぁ?」


「グリモフスキーさん、しっ!」


「ああ!? なんでぇ、まったくよ…」



 ミャンメイは、注意深く相手の言葉を待った。


 すると、徐々に何かしらの意味がある『言語』を発し始めた。




「お…で……あた……ぼぐ……じぶ…しょせ……わじ……まど……」




(もしかして違う言語…? グリモフスキーさんの話だと、昔の人は言葉が違うって話だけど…。そんな昔の人が生きているわけもないし…)




「おででで…ぢが……むう…ぶうう…あぁあ………あああ、うああああ……あーーーー! あーーーーー!!」


「え? え? どうしたの?」


「あーーー! あーーーーー!! おおえええええええええええ!」


「ミャンメイ、下がれ。様子が変だぞ!」


「ちっ、やっぱり敵か!?」



 突然、彼が激しい行動に出た。


 喉を掻きむしり、首をぐわんぐわん振り回して奇声を発する。



 ストン ごんごんっ!



 仕舞いには倒れこみ、頭をゴンゴンと白骨にぶつけながら、のた打ち回る。


 奇行に奇声。これだけ見れば、まるで狂人である。



「攻撃するなら今だぜ」


「待ってください! まだ待って!」


「ありゃもう駄目だぞ! 完全にイッちまってる!」


「いいえ、まだです。まだ…何か……」





「アーーー! アーーーーーーー!! オオオオオオッ!!!」






「オオオオオオオオオオオオオオおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!」







「―――あっ」






 カチッ



 何かが「はまった」音がした。



 外部には聴こえない音だっただろうが、彼の頭の中ではがっちりとはまった音が響いた。


 まるで知恵の輪が外れた時のような、ルービックキューブがそろった時のような、ネジが穴にぎっちりはまった時のような、なんとも言いようの知れない快感を伴うものだった。



 むくり



 そして、立ち上がる。


 その表情は、最初に見た時と何かが違うように見えた。


 別人になってしまったかのように、整然と立っている彼がそこにいた。


 ミャンメイたちも、その気配に気付いたのだろう。


 若干の警戒と緊張を込めて、彼の言葉を待つ。



「……すぅううう」



 彼が、息を吸う。


 何か行動を起こすための準備段階だろう。


 万一にそなえてレイオンとグリモフスキーは、すぐにでも動ける態勢に入っていた。


 もし敵ならば、ここで一戦交えなくてはならないのだ。


 できれば交戦は避けたいが、身を守ることが最優先である。



「……れ」


「…え?」


「わ……し……」


「わし?」


「ぼ……く」


「…ぼく?」


「……あー、あー、あーーーー。ごほん」





「ぎみ、ぼぐのごと……ぢってるの?」





「…は?」


「あーーーあーーーー! うごおおお!! あおおおお!! ぢってる! ぢってる!! ぼぐはぢっでるぞおおおおおおおお!!!! あえ? ぢらない……あれ?」


「な、何を言ってるの…?」


「お、おい、マジでやべぇぞ!! こいつ、知的障害者だ!!」


「グリモフスキー、危険な発言はするな!!!」



 レイオンの言葉も、もっともである。


 これ以上、危険なことに巻き込まないでほしいものである。


 言葉を慎め、グリモフスキー!!




 が、たしかに変だ。



 これは変だ。



 間違いなく変だ。




 そのことだけは誰もが理解している。


 「もしかしてこいつは、本気でヤバイやつじゃないか?」という空気が、徐々に周囲に蔓延していくのがわかる。



 そして、その緊張感をすべて破壊するかのごとく、彼はこう言ったそうだ。




「…だれだっけ?」



「あっ、言葉が通じた! やりましたよ! えと、私たちはですね!」







「ぼく、だれだっけ?」







「「「 ええええええええええええええええええ!? 」」」







 もう、なんなの!!!


 訳がわからないよ!!!


 なにこいつ! おかしいよ!



 これが彼女たちの本音だろう。


 世の中は不思議が一杯である。



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