490話 「いにしえの人形師 後編」


 牛神が大技の準備態勢に入る。


 これを受ければ全滅は必至。防御術式を発動させても貫通するので、防ぐ方法は回避しかないが、場所が狭いので避けきれない鬼畜仕様だ。



 ただし、これにも【対応策】がある。



 術式の構築に必要な演算処理を行っているのは、牛神が持っている『巻物』だ。


 それに加えて粒子が集まって生み出された、周囲に浮かんでいる二メートル大の『金牛球きんぎゅうだま』と呼ばれる四つの補助ブースターユニットである。


 これは術者が一般的に使う魔力ブースターと同じものだ。あらかじめ蓄えておいたエネルギーを術式の動力源として活用するのである。


 この二つを一定時間内に破壊すれば、術式が中断されて攻撃を防ぐことができる。


 それだけにとどまらず【術式連鎖】が発生し、自爆ダメージが相手に入る仕組みになっている『ボーナス付き』だ。


 強すぎる力ゆえに、しっかりと発動しないと危険であるという証拠であろうか。




―――「来た」




 彼らは最初から相手の行動と対応策を知っていたかのように、迷いなく金牛球に攻撃を開始する。


 一撃では割れない球を、タイミングよく同時に攻撃することで瞬間的に大きなダメージを与え、的確に破壊していく。


 この球を破壊する工程にも、気をつけねばならないポイントがある。


 四つの球は左右に二つずつ浮かんでいるので、左右同時に一対ずつ破壊しないと術式のバランスが大きく崩れ、周囲を巻き込んで暴発する可能性を秘めているのだ。


 これが初心者だと、焦って片方に攻撃ばかりしてしまい、この罠に陥る可能性があるので注意が必要だ。



 もちろん牛神も黙って見ているわけではないので、その対処も必要となってくる。


 棍棒や錫杖の攻撃はいまだにやんでおらず、常にこちらに襲いかかってくる危険な状況だ。


 球の対処に追われるため、分隊も完全に牛神を押さえることができない。


 牛神は鎖を引っ張り、射出機ごと振り回し、反対側にいた銃を構えた分隊に投げつける。


 銃分隊はさほど防御力が高くないため、この攻撃で完全に沈黙してしまう。


 だが、彼らの犠牲は無駄にはならない。


 その間に球の破壊が進んでおり、彼らはついに巻物への攻撃を開始していた。



 相変わらず、一糸乱れぬ動きである。


 刹那のタイミングを要求されても、即座に反応して期待に応える彼らは、なんという集団か。


 このような動きが誰にでもできるわけがない。よほどの鍛練を積み重ねたのだろう。




 そして何よりも―――【優れたリーダー】がいなけば成り立たないことである。




 あらゆる集団は、それを率いるリーダーの特性が如実に表れる。


 アンシュラオンが率いる戦罪者たちが、命も顧みずに突撃していくことも、気迫と覚悟で実力以上の力を発揮するのも、すべてはあの男の性質があってこそだ。


 プライリーラに従う者たちが、まっとうな性格で正当を愛するのは、彼女が誇り高く生きたいと願うからだ。


 ソブカに願いを託す者たちが、どんな手を使っても目的を達しようとするのは、彼という光の可能性を知っているからだ。


 では、この集団を率いている者は、いったい誰で何者なのだろうか。


 完全なる統制力を持ち、完璧なまでに集団を操っている人物は、どんな存在なのだろうか。




 牛神と戦う集団の背後に、独りだけオーラが異なる者がいる。




 精密な動きを制限しないように、身体を覆うのは最低限の布のみ。


 それもぴっちりと張り付いているので、ぱっと見はミイラ男と勘違いしそうなほどだ。


 きっと防御力は最低だろう。一撃でもくらえば彼も即死は免れないに違いない。


 だが、その鋭い眼光に怯えの色は何一つない。しっかりと戦場全体を見据え、相手の行動を注視し続けている。


 ただ見ているだけではない。彼自身も移動や跳躍を行いながら、なおかつ手だけは常時、演舞のようにせわしなく動いている。




 その姿はまるで―――【指揮者】




 タクトと見まごうばかりの手の動きと連動して、華麗に舞うその集団は、もはやオーケストラである。


 すべての者が奏でる音は、それが破壊や痛みを伴うものであれ、この壮大な交響曲を生み出すのに必須なのだ。



 そして彼らは見事巻物を破壊し、術式阻止に成功する。



 ここでほっとしてはいけない。


 まだ半分の工程が終わったにすぎない。


 交響曲の第二章が終わり、ここからは第三章に突入するのだ。




「ボォオオオオオオオっ!!」




 術式阻止によって自らにダメージが入った牛神がいななくと同時に、穴全体に粒子が撒き散らされる。


 粒子は牛神の防御機能を維持していたものでもあるので、それが離れるということは回復力を失うことを意味する。


 だが、これによって周囲には別の術式が展開されることになる。




―――回復術式の禁止




 である。


 牛神がこの行動を取った瞬間、自身を含めた全員の回復行為が封印されてしまうのだ。


 かなり強力な封印結界術式であるが、これも外ならば遠ざかればいいだけなので、あくまで限定範囲内に力を及ぼすものだと考えていいだろう。


 強い効果であればあるほど何かしらのデメリットがあるのだ。知っていれば対処は可能だ。


 が、すでに述べた通り、ここは限られた狭い空間である。


 逃げ場はない。生き残りたければ相手を倒すしかないのだ。



 ここからは激しい消耗戦が繰り広げられた。



 これまでの戦いでは、指揮者は回復も行っていた。


 損傷した者たちに『何か』を与えると、彼らの身体が修復されていったのだ。


 もっと大きな変化でいえば、ほぼ完全に戦闘不能になった者でも、欠損部分が修復されて時間経過とともに戦場に舞い戻っていた。


 これだけでもかなり驚異の現象でもあるが、目の前の神機の強さも相まって、そこまで目立ったものではなかった。


 むしろこれくらいの技は認めてもらわなければ、こんな化け物と生身で戦えるわけがないだろう。



 だが、それも禁止された。



 いくら文句を言っても仕方ない。【仕様】に逆らっても意味はない。


 ならばルールの範囲内であがくしかない。戦うしかない。


 指揮者は一撃離脱をする攻撃部隊と、犠牲になって攻撃を防ぐ防御の部隊を巧みに操り、その場を凌いでいった。


 当然、刹那のタイミングが要求される戦いだ。


 少しでも行動を誤ればバランスが崩れ、一瞬で全滅にまで追い込まれるだろう。


 彼の人間離れした統制指揮能力がなければ、到底まともに戦うことはできなかったに違いない。



 なんとその戦いは、八十四時間も続いた。



 この長時間、高い集中力を維持することだけでも驚嘆だが、指揮者は瞬き一つせずに戦いを継続していた。


 超一流の武人ならば、下手をすれば一年間くらいは戦い続ける集中力を持っているものだが、これだけ実力が拮抗した状況で、緊迫した戦いを続けるのは極めて困難だ。


 それをやってのける指揮者が異常なのである。


 彼がこの戦いに込める意気込みが感じられる一幕であった。




「ボオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」




 犠牲の甲斐があり、牛神のHPがついに一割以下になる。


 ボロボロになった牛神の装甲が剥げ落ちていく。


 すでに装甲としての役割を果たしていないので、あってもなくても変わらない。


 ただ、彼は動きやすくなるために捨てたわけではない。


 その【本体】あるいは【本性】をさらけ出すために脱ぎ捨てたのだ。



 牛神という外殻が剥がれ、骸骨戦士さんのような骨組みだけの状態となる。



 その心臓部分には、一メートル半程度の丸い球が輝いている。


 あれこそ牛神の動力源であり、彼そのもの。


 逆に言えば、あれがあれば他の部分はどうでもいいのだ。


 今脱ぎ捨てた装甲も、すぐに修復可能のボロ切れに等しい。




―――「ついにきた」




 指揮者にも感慨深い気持ちが一瞬だけ宿った。


 あと少し! もう少しだ!!


 ここまで来たら、多くの人間が勝利を確信するに違いない。


 しかし、しかし、しかし。


 その油断でどれだけの人間が失敗してきたか。詰めの甘さと勝利への慢心によって敗れてきたか。


 指揮者は、それをよく知っていた。だからけっして油断はしない。



 なぜならば、次の瞬間から「タイムリミット」が発動するからだ。



 特に説明も表記もないが、毎秒ごとに『終焉』が近づいてきているのだ。




 一定時間内に倒さねば、牛神は―――【自爆】する。




 この爆発は『牛輪金毛震ぎゅうりんきんもうしん』すら上回り、問答無用で穴の中にいる者を排除する。


 威力はおそらく、防御無視の五万の固定ダメージ。


 ゼブラエスならば十分耐えられるであろう数値だが、あれは特殊な存在なので、普通ならば即死以前に【消滅】だ。



 また、さらにいやらしいのが、このタイムリミットが「ランダム」であることだ。



 その時の牛神の残存HPに応じて、制限時間がその都度変わるのだ。


 これを思えば、時限式爆弾がいかに優しい設計かわかるだろう。わざわざ残り時間を表示してくれるのだ。親切設計にも程がある。


 一方、この牛神に親切などという言葉は存在しない。


 【挑戦者】をこれでもかと痛めつける仕様が山ほどある。


 ここまで簡単に到達したように見えるが、それは指揮者がいたからだ。彼だからこそ、いとも簡単にやっているように見えたのだ。


 だが、その彼にしても、ここに至るまで何百、何千回と失敗している。


 初めて挑んだ時は牛神に殴り殺されたし、ようやく第二章に入った時には『牛輪金毛震ぎゅうりんきんもうしん』で壊滅させられた。


 ちょっとタイミングを誤れば、いともたやすく全滅だ。


 何度何度も失敗した。慣れた今でも凡ミスをして簡単に全滅したことも珍しくはない。


 もうやっていられない。やめたい。幾度もそう思った。



 だが、彼は諦めなかった。



 継続は力なり。


 一度始めたことを続けることは難しいものだ。


 多くの者が脱落していく中でも、彼だけは諦めなかった。


 もちろん使命感はあったが、そこに楽しさを見い出していたことも事実である。


 この永遠ともいえる時間を堪能していたかったのだ。


 命を燃やし、燃焼している時間をずっと味わっていたかったのだ。


 しかし、物事はいつかは終わる。


 どんな楽しい時間も終わる。


 この戦いにも終わりが来る。




 全身全霊をもって挑む。




 今まで培ったすべてを叩きつける。


 骨組みだけになっても牛神は強かった。


 余計なものがなくなったので素早くなり、こちらの攻撃も迎撃されてしまう。


 一人、また一人と犠牲が出ていく。貴重な武器も砕けてなくなっていく。


 それでいい。そのために用意したものだ。


 この勝負に勝てば、すべて無意味になるのだから、全部使ってしまえばいい。



 ふと、負けた場合のことを考えた時もあった。


 エリクサー症候群とは、貴重なアイテムをもったいなくて使わずにクリアすることだが、けちったがゆえに負けることも多かった。


 そうだ。覚悟が足りないのだ。


 ここで終わってもいい、という覚悟がなければ永遠に勝つことはできないのだ。




―――「全部使おう」




 その気持ちになった時、指揮者は変わった。


 戦いに気迫が生まれ、次々と攻略が進んだ。


 物や道具とは、そのために存在するのだ。使うためにあるのだ。


 今もその気持ちは薄れていない。だから全部使う。



 指揮者の身体が光り輝き、エネルギーの奔流に包まれる。



 相手がすべてをもってぶつかってくるのだから、自分もそうするだけだ。


 光に包まれた彼の【軍団】は、最大の攻撃力をもって牛神に殺到した。


 砕けると同時に、相手にもダメージを与えていく。




 砕ける。ダメージを与える。


 砕ける。ダメージを与える。


 砕ける。ダメージを与える。


 砕ける。ダメージを与える。砕ける。ダメージを与える。



 砕ける。ダメージを与える。砕ける。ダメージを与える。砕ける。ダメージを与える。砕ける。ダメージを与える。



 砕ける。ダメージを与える。砕ける。ダメージを与える。砕ける。ダメージを与える。砕ける。ダメージを与える。砕ける。ダメージを与える。砕ける。ダメージを与える。砕ける。ダメージを与える。砕ける。ダメージを与える。砕ける。ダメージを与える。砕ける。ダメージを与える。砕ける。ダメージを与える。砕ける。ダメージを与える。




 防御など考える必要はない。ただひたすら攻撃を続ける。


 彼は知っていた。


 今までの経験から、残り時間はあと【十数秒】しかないことを。


 さらに感覚でいえば、十二秒といったところか。極めて短い時間だ。


 それが過ぎれば自爆され、またやり直しになる。


 再び挑む準備をするだけでも数年はかかってしまうだろう。もう嫌だ。やりたくない。でも、その時間は楽しい。


 さまざまな感情が交錯する中、残り数秒となる。



 もう誰もいない。



 いるのは自分だけ。


 たった独りの自分だけ。


 他のすべては、自分のために滅びてしまった。



 指揮者は、手を伸ばす。



 最後の一撃を入れるために、決死に手を伸ばす。





 その時だ。







―――「あっ、0.1秒足りない」







 彼だからこそ、わかってしまった。


 何度も挑んでいるからこそ、もうそんなことまでわかってしまうのだ。


 ほんの一瞬、刹那、一秒にも満たない時間が足りなかった。


 なんという残酷。冷酷、非道。


 それだけでやり直しなのだ。すべてが理不尽に無意味になるのだ。


 だが、いまさら手を引けない。伸ばし続けるだけだ。




 届け、届け、届け。



 届け、届け、届け。届け、届け、届け。


 届け、届け、届け。届け、届け、届け。

 届け、届け、届け。届け、届け、届け。

 届け、届け、届け。届け、届け、届け。




 この一撃よ、君に届け!!!




 届けえええええええええええええええええええええええ!!




 こうなったらもう気迫しかない。


 パソコンが全力で稼働している時、人間ができることは応援することしかないのだ。


 が、機械的に作用する法則の中で、それが届くことがないことも事実である。



 奇跡などは起こらない。



 それも長年の経験によって理解していた。


 半ば諦めたくなる気持ちを必死にとどめ、手を伸ばし続ける。





 牛神の中心部に、火が入る。





 間に合わない。



 自爆する。



 もう駄目だ。





 そんな極限の時だった。





 【女神】が―――舞い降りた。





 牛神の目の前に、光に包まれた女性が出現したのだ。



 牛神が一瞬、止まる。



 理由はわからないが、その女性を見た瞬間に、ほんのわずかだけ自爆の時間が延長されたのだ。




 そして指揮者の手が―――届いた。




 中核の球に手がめり込む。



 エネルギーのすべてが逆流し、凝縮し、収縮し、光は天を貫き、雨となって空間に降り注いだ。


 天の川が自身に降り注ぐ感覚。


 襲いくる全能感と、筆舌に尽くし難いほどのエクスタシー。




 この瞬間、指揮者は神の一部となったのだ。



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