489話 「いにしえの人形師 中編」


 そこは幅五百メートル、高さ二千メートルはある、巨大な【穴】だった。


 完璧な計算のもとに円柱状に切り抜かれた穴の底は、普段ならば穴のふちからではまったく見ることができないほど深かったに違いない。


 まさに『深淵』という言葉が似合う、不気味な地獄への入り口のようにさえ見えるだろう。


 だが今は、上からでも下がかすかに見える。


 赤や黄色、緑といった色とりどりの閃光が瞬くたびに、深淵へとつながる巨大な穴の底が煌くのだ。


 ちなみに穴の内周には、小さな――それでも三メートルくらいの幅はある――階段が螺旋状に設けられていた。


 その階段の設置から察するに、穴がけっして侵入を拒んでいないことがうかがえる。



 しかし、またもや螺旋だ。



 こうしてみると、この遺跡は「螺旋」というものをテーマにしていることがわかる。



 螺旋とは、エネルギーの通り道である。


 あらゆるエネルギーが循環する世界を示すには、古くから「環」がもちいられてきた。


 しかし、環では同じ場所をぐるぐる回るだけにすぎない。そこに進化はない。


 生命が尊く美しく気高いのは、回転しながらも同時に上昇するからだ。


 同じ縦軸に戻ってきたとしても、横から見れば上に進んでいるのだ。


 螺旋とは力そのものであり、力を求める者の通り道であり、【願い】である。



 この穴は、下に下に続いていた。



 螺旋を描きながら力を溜め、全身全霊をもって挑めと言っているのだ。



 力ある者よ、ここに至れ。


 求めし者よ、資格を示せ。



 格好良く言えばこうなるが、実際は「奪えるものならば奪ってみろ」の一言で片付く話だ。


 仮に何者かがこの遺跡を遊び半分で造ったとしても、そこまでの過程は十分に【彼】を楽しませたことだろう。


 彼はこの深淵の穴に挑むために、とてもとても長い時間を費やしてきた。


 その集大成が、今ここに実るのだ。





 巨大な【何か】がいる。




 全高十五メートルを超える巨大な体躯は、この穴の中においてはたいした大きさではないが、やはり大きい。


 人間が真下から見上げれば、その威圧感はビルを眺めるに等しいに違いない。



 その『何か』の見た目は、『翼の生えた二足歩行の牛』といった様相だろうか。



 身体は人型の四肢を持ちながら、頭部は牛のような形状をしている。


 よく伝承で見かける牛頭人身のミノタウロスに若干似ているかもしれない。


 頭部にはツノが三本生えており、背に大きな翼を広げていることも特徴的だ。


 このことから「悪魔」らしい姿を想像するかもしれないが、実際の姿は【神々しい】の一言だ。




「ボオオオオオオオオオッ!!!」




 ひとたびいななけば、黒光りした身体は黄金の輝きを見せる。

 

 頭、胸、腕、足、翼、すべてに粒子がまとわりつき、太陽が生まれたかのように周囲を明るく照らし出す。


 四本ある手の一つには、修験者しゅげんじゃが持ち歩くような錫杖しゃくじょうを持ち、もう片方には巨大な棍棒を持っている。



 これが何か、よくわからない。



 その存在を一言でいうなれば、もはや『神』と呼ぶしかないだろう。


 顔は牛に近いので、ひとまず『牛神うしがみ』とでもいっておこうか。


 古来より日本人は、自分たちが理解できない強大な存在をすべて『神』と称してきた。


 だからこそ神という言葉が至る所に散見されるわけだが、この存在を見ると神と呼ぶのが一番適切なのかもしれない。



 ただし、その神の身体は―――【機械】だった。



 皮膚のように見える体表も、近づいて触ってみれば『硬い』だろう。人間のものとは根本が異なっている。


 誰が何の目的でこれを造ったのかはわからない。


 だが、その『人工機械神』は確実に存在することを誰もが知っている。




 人はこれを―――【神機しんき】と呼ぶのだから。




 闘技場の前にも神機を模した石像が立っていることから、ここに神機が存在しても不思議ではないだろう。


 神機自体はこの時代においても、それなりの数が確認されている。


 これだけの技術を擁した遺跡ならば、一体くらいはいても問題はない。



 問題は、その【神機と戦っている者】がいたことだ。



 まあまあまあ。


 百歩譲ってそれはいいだろう。


 野良神機が暴れた際は、軍隊や騎士団が総出で対処することも珍しくはない。


 その際は自国にある最新鋭の戦艦や戦車を持ち出し、可能ならば自身も神機を使って対抗すべきだろう。


 剣には剣、銃には銃。神機に対抗できるのは神機だけだ。


 人に従う神機は貴重なので、仮に持っていなくても最低でもレプリカである『魔人機まじんき』は用意するべきだ。


 各国にはWG《ウルフ・ガーディアン》という世界的な組織から、パワーバランスを保つために優れた機体が与えられている。


 小国でも一機くらいはなんとか用意できるはずだ。それを使えば被害は最小限にとどめられるかもしれない。


 そう、それでも最小限にできれば幸いである。


 嵐が過ぎ去るのを待つ動物のように、基本的には防衛の姿勢を貫くのが一般的な対処方法だ。




 だが。



 そうなのだが。



 本来ならばそうなのだが。




 ここがどこか、よく考えてみてほしい。




 遺跡の内部に、そんな兵器を持ち込めるわけがない。


 これだけのセキュリティが施された場所に軍隊がやってこられるわけがない。


 であれば、どうするのか。




 生身なまみで。




 生味なまみで。




 生実なまみで。






 たたかあああああああああああああああああああああああああ!!!





 ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーい!!!!





 おいおいおいおい、馬鹿を言ってもらっちゃ困るよ。


 神機を相手に生身で戦えなんて、どんな冗談だ。


 まったくもって正気の沙汰じゃないぜ。


 俺たちは、どこぞの山に篭って修行しているハゲの覇王じゃないんだぜ?


 無理に決まっているじゃないか。ありえないって。


 そんなことを考えるなんて頭がおかしいやつだ。



 ごもっとも。正論。無難。当然。常識。



 だがしかし、そんなあまっちょろい考えを、この崇高な闘争の場に持ち込む馬鹿者は―――誰だぁあああ!!!



 誰だ! 誰だ! 誰だ!!!!



 お前か! お前か! お前かあああ!!!






 あいつ、あいつ、あいつだああああああああああああ!!!






 その牛神の目の前には、五十人くらいの【人】がいた。


 そう、やはり対峙しているのは人間だった。


 四肢があり、頭部があることまでは神機と同じだが、サイズは明らかに小さい。


 大きめのサイズでも三メートルあるかどうかだ。マサゴロウを思えば、これくらいのサイズの人間もそれなりにいるものである。


 一方、小さいものは一メートル半程度くらいしかない。どちらもこの世界における人間の一般的なサイズといえる。



 シャラーーーンッ



 牛神が錫杖を大地に叩きつける。


 振動が大地を伝って、全方位に衝撃波として襲いかかった。


 それと同時に全員が跳躍。一糸乱れぬ動きで空中に跳ぶ。


 衝撃波は穴の端まで到達し、それでも収まりきらなかった衝撃が壁を伝って穴の中腹にまで及ぶ。


 凄まじい威力と攻撃範囲である。これと比べるとJB・ゴーンが使った技が陳腐に見えて仕方がない。


 そもそも神機の攻撃と人間の攻撃を同じと考えるほうがおかしいので、これは仕方がないことだ。



 この攻撃は回避した。


 もし一瞬でもタイミングが合わねば、次の瞬間には身体が粉々に砕け散っていただろう。



 しかし、次なる一手がすぐに迫る。



 跳躍して無防備になった彼らに、牛神が一気に間合いを詰めて襲いかかってきたのだ。


 その巨大な身体に匹敵するくらいの巨大な棍棒を、横に一閃。


 怪獣が建物を引っこ抜いて、大きく振り回してくるような絶望的な攻撃が迫る。


 しかも回避したばかりだ。


 さすがに空中では避けられない。



 と思いきや、彼らは空中でさらに二度目の跳躍を行い、その攻撃を回避した。



 原理はわからない。なぜか突然、加速したのだ。


 戦気の放出もなかったため、かなり謎の動きといえる。



 ただ、牛神もそれで終わらない。


 返す刀、もとい返す棍棒で再び横薙ぎの一撃。


 今度は彼らも避けきれないが、ひときわ大きな者が三名ばかり、自ら棍棒に当たりにいった。


 案の定、三名は吹き飛ばされるが、それによって衝撃がかなり分散したのか、その後に弾き飛ばされた者たちのダメージは軽微だったようだ。



 そして、それは彼らの作戦でもあった。



 こうして牛神を引き付けている間に、左右に分かれた彼らの分隊が一斉に攻撃を開始したのだ。


 右側の分隊は銃のような武器で断続的に攻撃を開始。


 一撃一撃はたいしたことはないが、攻撃し続けることによって相手の注意を引き付ける役割も果たすことができる。


 左側の分隊は、設置した機械を使って巨大な杭を射出。


 凄まじい速度で飛んでいった杭は、牛神の脇腹に突き刺さった。


 杭には鎖が仕込まれており、突き刺さったことを確認すると、機械と自身らの力を使って引っ張り出した。


 それによって棍棒を振る力が弱まり、前方の脅威が減ることにつながる。



 牛神の動きが鈍る。



 その隙を彼らが逃すはずもない。


 正面から剣や槍を持った者たちが攻めかかっていく。


 剣が装甲を切り裂く。槍が貫く。


 サイズが違うので一撃で致命的なダメージは与えられないが、攻撃が通るだけでもすごいことである。


 神機にも用途別に多様なタイプが存在するものの、その身体はやはり機械である。


 銃弾はもちろん戦車の砲撃でさえ、傷一つ付けることは難しいに違いない。


 しかもたいていが『自己修復』機能を持っているので、放っておけば時間経過で修復が始まってしまう。



 だが、その点も抜かりない。



 彼らが攻撃した箇所に限っては、自然に修復されることはなかった。


 これは彼らが使っている武器に特徴がある。


 青白い剣が凍るように輝いている。赤い槍が燃えるように輝いている。


 普通の武器ではない。ソブカが持っているようなBランクの準魔剣、あるいは中にはAランクに匹敵する武具があるかもしれない。


 これらすべては術具であり、自己修復を破壊する能力を宿しているのだ。



 当然ながら一対一では渡り合うことはできない。


 陽禅公やアンシュラオンのように、生身でこんな化け物と戦うなんてありえないことだ。


 強力な武器と集団による絶妙なコンビネーションをもって、多数で一体の牛神と渡り合っていくしかない。


 大きい者も小さい者も、あるいは異形の者においても、すべての存在には役割があり、無駄なものは何一つない。


 彼ら一人ひとりが歯車となり、大きな目的のために動いている姿は、なんと美しいものだろうか。


 ちょっとした移動も緻密な計算によって導き出された行動であり、次の瞬間には相手の強烈な一撃がかすめていく。


 一撃でも直撃すればそこで終わり、という緊迫した状況が何時間も続く。




 その時である。




 一つの【変化】が起きた。




 人側が優勢になったかと思いきや、突如として牛神の様相が変わっていく。


 輝きが強まり、周囲を覆う粒子が増えていく。


 粒子が身体の損傷箇所に入り込み、『補修』していく。


 修復ではなく『補修』だ。


 修復は妨害できているので、あくまで代替物として粒子を利用しているにすぎない。


 だが、重要な点はそこではない。



 牛神自体の行動にも変化があったのだ。



 武器を持っていない空いていた手に、いつの間にか巻物のようなものが握られている。


 巻物が開かれ、術式が展開される。


 光輝く粒子が空中に術式――我々が思い浮かべる高度な数式のようなもの――を描き出すと、凄まじい速度で演算が行われていく。


 だが、すぐには発動しない。


 この世界で術式とは、自然現象を引き起こすために法則を書き換えることを意味する。


 自然法則自体は変わらないのだが、その中の順番や配列をいじることで、目的に見合った現象を引き起こすことができるのだ。


 当然ながら発生する現象の規模や威力が大きければ大きいほど、複雑で長い術式の構築が必要となる。



 これは牛神が【大技】の準備に入ったことを意味していた。



 『牛輪金毛震ぎゅうりんきんもうしん』と呼ばれる神機の専用術式で、一定範囲内に防御無視の極大ダメージを与えるという強烈な技である。


 最低でもHPが一万はなければ、問答無用で即死という危険なものだ。


 アンシュラオンでも特別な防御行動を行わなければ、致命的なダメージを負ってしまうほどの怖ろしいものである。


 また、これのいやらしいところは、ここが狭い穴であるということだ。


 外ならば全力で離脱すれば、回避はそこまで難しい技ではないだろう。


 しかし、大きいとはいえ半分閉ざされた空間では、範囲外に逃げることは不可能だ。


 術式が発動すれば、底から天井の吹き抜けにかけて、すべてを蹂躙することになるだろう。



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