488話 「いにしえの人形師 前編」


 ムカつくものをムカつくと言って、何が悪いのか。


 むしろ心を隠して、嘘偽りで塗り固めた言葉こそ醜いと知るべきだ。


 こうして彼らは闘う意思を固める。


 だが、敵は強大だ。



「とはいえ、このままでは勝ち目がないのも事実だ。どうすれば…」


「やつらの戦力はわかっているのかよ?」


「セイリュウは文句なしに強い。それと双子のコウリュウという男もいると聞いている。その男も『成功例』の可能性が高いから弱いとは思えん」


「てめぇの話を聞く限り、上のマングラスの人材は戦力に含まれねぇのか?」


「いざというときは盾代わりくらいにはするだろうが、戦力にはなっていないようだな。いうなればグマシカの『私兵部隊』がやつらの主力ということだ」


「てめぇのことだ。どうせ規模もわかってねぇんだろう?」


「…うむ」


「そのあたりは期待しねぇよ。筋肉馬鹿のてめぇが、諜報活動に向いているとは思えねぇしな」


「人を使うわけにはいかなかったからな。不十分だったのは自分でもわかっている」


「結果的には正解だったぜ。普通の連中じゃ、やつらの相手は務まらないからな。だが、マングラス側の落ち着き具合からすりゃ、相当な戦力を持っていると考えたほうがいいぜ。長年グラス・ギースを牛耳っているんだ。他の派閥を含めても勝ち目はねぇだろうしな」


「…無謀な戦いであることはわかっている。それでも…」


「ああ、わかっている。そこはもういい。やるしかねぇなら勝つしかねぇぜ。そのためにやれることは何でもやるしかねぇ」


「だが、何一つ当てがない。セイリュウ独りでも手に余る状況だからな…」



 正直なところ、レイオンがセイリュウに勝てる確率は0.01%もないだろう。


 あれからレイオンが強くなっていればともかく、今まで死にそうだったのだから成長しているわけもない。


 苦しみに耐えてきたことで上がったのは、肉体能力ではなく忍耐力のほうだ。


 それはそれで闘いにとっては重要な要素だが、セイリュウの強さはそれを遙かに上回っている。



 では、そんな彼らにどうやって対抗するかが問題である。



 そこが最初に気になるのが、『あの男』の動向だ。



「ホワイトさんに頼れないかしら?」


「むっ…やつか」


「兄さんもわかっていると思うけど、あの人なら、なんとかしてくれる気がするのよ。黒い狼との戦いを見たでしょう? あれはもう別次元のものだもの」


「それは…そうだが……よりにもよって、あの男か…」


「私はね、最後に頼りになるのは彼だと思うの。そんな予感がするのよ」



 ミャンメイが真っ先に思いついた人物は、当然ながらアンシュラオンだ。


 黒雷狼との戦いは素人目にはよくわからなかったが、「すごい!」ということだけはわかる。


 あれはもう次元が違うものだ。


 神話とか伝説とか、そういった類のものだということは彼女にもわかった。


 現状でもっとも勝てる可能性が高いのは、文句なしにあの男である。



「強いのはいいが、やつにそこまでの考えがあるかはわからないぞ。妹を鍛えることに熱中しているように見えるからな」


「…そうね。そもそもホワイトさんって、どうして地下に来たのかしら?」


「捕まってきたのだろう?」


「あれだけ強い人が、おとなしく捕まるかしら? 何か目的があるんじゃないかなって」


「うむ…目的か」


「ホワイトの野郎は、上で散々暴れてやがった。そのせいで今は、対ホワイトという名目で全派閥から追われている状況とは聞いているぜ」


「それは俺も情報屋から仕入れている。それだけのことをしながら、あんな悠長にしていることが信じられないがな」


「その中にはマングラスも含まれているんですか?」


「そこまではわからねぇが…ここまで荒れたんだ。何かしら動きを見せるかもしれねぇな。というか、すでに動いてはいるだろうよ。マングラスにとっても現状は勢力拡大のチャンスだしな」


「まったく、ホワイトの赴く場所には波乱しかないな。だがそうか。これでやつらにも動きが出るのか。居場所くらいは特定したいがな…」


「他人を頼っても痛い目に遭うだけだぜ。いつだっててめぇ自身で動けるようにしとかないと、人生ってやつはすごい勢いで襲いかかってくるからな。使えそうなときに使うのはいいが、頼るのは危ないぜ」


「それは俺も知っているつもりだ。しかし、対抗する手段がな…」


「んなもん簡単だろうが」


「むっ、何か案があるのか?」


「やつらに対抗する方法なんざ、すぐ近くにあるだろうが。てめぇらがこの遺跡にいることは間違いじゃねえ。ここには【使えそうなもの】がいくつもあるからな」


「グリモフスキー、それはまさか…」


「ご丁寧によ、綺麗に並べてあったじゃねえか。てめぇは見てねぇだろうが、まだ新品に近いぜ。あれを手に入れれば戦力にはなる」



 グリモフスキーが言っているのは、『機械人形』のことである。


 あの空間、おそらくは『格納庫』の一種だと思われるが、その場にあった機械人形たちに損傷はなかった。


 となれば奥に神殿があったことから、その場を守るための『番人』だったと考えるべきだろう。



「ミャンメイの話が本当に起こったことだとすりゃ、戦いはここでひとまず終わったんだろうな。その影響はあそこまで及ばなかった。だから無事だったんだろうぜ」


「しかし、もう動いてはいなかったのだろう? どうやって動かす?」


「何か呪文が必要なのか、燃料が切れているのか…今のところはわからねぇ。遺跡を調べれば動かす方法も見つかるかもしれねぇな」


「お前も言っていたが、それはもう本当に学者や研究者の領分だぞ。俺たちにやれるのか?」


「やれるかどうかじゃないんだろう? やるしかねぇんだ。てめぇがそう言っていたじゃねえか」


「う、うむ…」


「それが駄目なら、ホワイトに頭でも下げてお願いするんだな。その程度で済むなら楽なもんだぜ」


「むぐっ…それは……最終手段にしておこう」


「どのみち私たちは、ここを出ないといけないわ。そうしないとお腹が空いて死んじゃうもの。出口を探しながら、やれる範囲で探してみればいいわよ」


「…そうだな。やるしかないか」



 方針は決まった。


 なんとも心もとない状況であり、最初から勝ち目などは無いに等しい状況だ。


 だが、やれることをやるしかない。進むしかない。


 人間は歩みを止めることが許されない存在だからだ。





 三人は、広い荒れ果てた野原を進んでいく。


 本来ならば頭上には太陽に擬したジュエルがあったのだろうが、今はもう完全に効力を失っており、薄闇が広がる世界であった。


 ただ、壁自体が光る性質は変わっていないので、月明かり程度の光はある。


 その中を一番弱いミャンメイの足取りに合わせながら、ゆっくりと進んでいく。



(私が誰に、どんな理由で狙われているかはわかったけれど…まだまだわからないことは多いわよね)



 敵の存在はマングラス、より正確に述べれば『グマシカたち』と表現するべきだろうか。


 彼らの存在についてもわからないことは多く、その目的も若干不鮮明だ。


 その根幹が生命の石というものによって成り立つことは判明したが、それだけにすぎない。


 そしてこの遺跡については、もっとわからないことが多い。


 影人間の存在、機械人形の存在、守られていた人々の存在、神殿にあった人形の存在。


 考えれば考えるほど興味が湧くし、もっと知りたいと思えてくる。


 一方で、これらは知ったところで意味がないことでもある。


 今重要なことは、自分たちがどうやって生き延びるかであり、いかにして目の前の脅威を取り除くかだ。



(一番いいのは、平和的に解決することなんだろうけれど…無理なんだろうなぁ。兄さんとグリモフスキーさんは、少しは仲直りしたのにな)



 ミャンメイという存在が緩衝材となり、結果的にレイオンとグリモフスキーの関係の修復に多少ながらつながった。


 それをミャンメイ風に言えば―――



(【マヨネーズ】ね。卵を入れれば、水と油も一緒になれるのよ)



 マヨネーズは、水と油を『乳化』したものである。


 いわゆるエマルションと呼ばれる現象として知られており、相反する二つの液体を親和性のあるもので一緒にさせる効果をそう呼んでいる。


 レイオンとグリモフスキーは、やはり相容れない存在だ。


 似ていながらも微妙に異なるからこそ、お互いに反発し合う。こればかりは仕方のないことだろう。


 だが、それをミャンメイという『卵』が一緒にさせたのだ。


 二人だけならば相性が悪いが、間に共通の友達が入れば仲良く三人でやれるのと同じ仕組みだろうか。


 微妙で絶妙で危ういバランスではあるが、それで一つの存在になれれば嬉しい限りである。



 しかし、グマシカたちとは『マヨネーズ』にはなれないだろう。



 アンシュラオンの存在が唯一の解決策という予感とともに、彼らとはわかりあえないという予感もひしひしと感じている。


 わかり合うということは、実に難しいものだと痛感する。





 それから二時間くらい経過しただろうか。



 ようやく野原の終わりが見えてきた。


 そこはもはや、荒野と呼ぶべき荒れ果てた場所であった。


 一見すれば何もない。岩のようなものしか見えない。


 だが、岩をくり貫いた中に『女神像』があるのがわかった。



「おいおい、また女神様かよ!! いつまで付き合わせるつもりだぁ!」



 グリモフスキーがそう嘆くのも無理はない。


 どこに飛ばされるのか、まったくもって予想できないのだ。はっきり言って、これ以上のお付き合いは遠慮したいところである。



「文句を言うな。女神と付き合えるなんて幸運だろうが」


「俺からすりゃ、気ままでワガママな女にしか見えねぇな。この女神様はよ、俺らを弄んで楽しんでいるのさ」


「グリモフスキーさん、罰当たりなことを言わないでください。もしかしたら出口に導いてくれるかもしれないんですから」


「だといいがな…」


「しかし、女神像が移動の手段なのはいいとしても、あまりに多すぎないか? こんなに多いと不便に感じられるが…」


「荷物運びには便利じゃないかしら。私たちの持ち物も一緒に運んでくれるのよ。助かるわ」


「それだけ遺跡が広いということか。いちいち移動するのも大変そうだしな」


「………」


「ん? どうしたグリモフスキー?」



 グリモフスキーは、じっと女神像を見ていた。


 最初は不満を溜め込んでいるだけかと思ったが、何やら思案顔をしていたのでレイオンが声をかける。


 そして、彼が考えていたことは、イクターならではの発想であった。



「ずっと考えていたんだが…この移動方式はよ、『危ないもんを隔離』するためにあるんじゃねえか?」


「隔離? どういう意味だ?」


「おめえらは平和的に考えているからよ、移動が楽だとか荷物運びに便利とか思っているようだが…転移ってのは相当な技術だ。前文明の連中だって簡単に使いこなしていたわけじゃねえと思うぜ。エレベーターだってよ、高級ホテルにしかねぇよな。西側にだって一般家庭にあるわけじゃねえって聞くぜ」



 こうして当たり前に転移が起こっていると、「ああ、昔は便利だったんだなぁ」と思うかもしれないが、実際はそうではない。


 転移は、実に高度な術式を使用している。


 前文明の叡智の結晶ともいえる神機に至っても、転移できる機体は極めて限られているのだ。


 なればこそ、この遺跡にある転移も「無理をして設置した」と考えるべきだろう。



「わざわざこうして区切っているところを見るとよ、安易に移動させたくないってことじゃねえのか。部屋に常に鍵がかかっているのと同じだからな。つまりはよ、進めば進むほどヤバイもんがあるってことさ」


「…なるほどな。お前の言いたいことはわかる。だが、俺たちはここにいる。こう言ってはなんだが、けっこう簡単に来てしまったぞ」


「何かがたまたま噛み合っちまったのかもしれねぇぜ。それが良いのか悪いのかはわからねぇが…」


「ほかに当てはない。進むしかないだろう」


「ああ、だがよ、もう少し慎重でも…」


「あっ、光った」


「…え?」


「…あ?」



 二人が視線を動かすと、ミャンメイが女神像に触れていた。


 どうやらレイオンとグリモフスキーが話している間に、勝手に調べていたようである。


 祭壇では触っても何も起きなかったので、今回も何事もないと思って気楽に触ったのだろう。


 だが、ミャンメイが触れたと同時に、女神像は白い輝きを放つ。


 これはおそらく、女神像の中核として植えられたジュエルに力が残っていたことと、特段のパスコードを必要としない造りだったことが要因になっているのだろう。


 なにせここに普通の人間がやってくること自体、もはやありえないことなのだ。


 あの戦いで人々の大半は死に絶えてしまったため、この女神像を使う者が残らなかったのである。





「お、おい、何を勝手に―――」





 フォオンッ ポオンッ



 グリモフスキーが止める前に、三人は転移していた。



 どのみち道に迷っていたので転移してもらわねば困る状況であった。転移そのものはいいだろう。


 だがしかし、この先に待ち受けているのは、今までとは次元が異なる場所であるということを彼らはまだ理解していない。




 彼らが次に目覚めた時、その場所で起きていたことを端的に述べれば。





―――レイドボスとの戦い





 であった。



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