487話 「『気に入らない』から」


「てめぇらの事情はわかったぜ。ミャンメイがそろそろ美味しく仕上がってきたから、カスの野郎を使って何かをさせようとしたんだろうな。やつらの管理下にないからこそ、クズどもを利用した。話は合うぜ」


「そうだと思う」


「そうなると医者のやつを自由にさせてることも、やつらにとっちゃ思惑通りってことだ。てめぇが闘技場で喚いているのも、負け犬の遠吠えにしか聴こえてねえってことだよな?」


「ぐっ…そうなる…な」


「皮肉なもんだな。てめぇは妹を利用しようとしたが、セイリュウにとっちゃてめぇは『妹を動かすための餌』でしかなかったってことだ。医者のやつがてめぇを助けることも想定内だったかもしれねぇぜ。てめぇが死んだら、ミャンメイは逃げちまうかもしれねぇしな」


「………」


「いや、てめぇも実験台だったか。医者のやつの行為は、てめぇにも素養があるかどうかを調べるために使えたからな。ははっ、なんてことはねぇ。全部やつらの掌の上じゃねえか。こいつは傑作だ!」


「グリモフスキーさん、言いすぎですよ」


「全部事実だろう? で、やつらに対抗する手段はあるのかよ? 俺が一番知りてぇのはそこだぜ。そんな連中がいるのは俺も気に入らねぇが、倒せないのならば意味はねぇしな。そこんところはどうなんだ?」


「…対抗する手段は、今探している」


「おいおい、そりゃねぇだろう。てめぇらは三年も地下にいるんだ。何か可能性があるから居座っているんだろうがよ」


「簡単に勝てるようならば、最初から逃げはしない。俺から言えるのは、それだけだ」


「へっ、そうかよ。じゃあ、やつらの居場所くらいは突き止めているんだろうな。どこにいるかわからないようじゃ、手の打ちようもねぇぞ」


「…それも現在、調べている最中だ」


「マジかよ、てめぇ。それで本気でやれると思ってんのかぁ? 相手はマングラスだぜ? 一番ヤバイ連中だぞ」


「やれるかどうかではない。やるしかない」


「かぁー、話にならねぇ。本気で負け犬だな。てめぇらが死ぬのはいいが、それで周りが巻き込まれたらたまったもんじゃねえぞ。そのことを考えてんのか? あ?」


「では、どうするというのだ? やつらに服従しろというのか!! ふざけるな! そんなことは認められない!」


「認めないのはかまわねぇが、死ぬぜ。いや、死ぬくらいで済むなら、まだましさ。てめぇがやつらを悪だと思ってんなら、ミャンメイがどうなるかくらい想像はできんだろう?」


「ぐっ…」


「リーダーなら、そういう決断も必要だぜ。勝てない戦いをするってこたぁ、ガキや女、老人たちも巻き込むことになるからな」


「お前にはわからんことだ。やつらの悪行を見ていないから、そう言える」


「わかってねぇのは、てめぇだ。結局は誰が上になっても、気に入らねぇやつは出てくるんだ。グラス・ギースはよ、そんなに豊かじゃねえ。ちょっと何かあれば揺らぐくらい不安定だ。より強いもんが上に立ってまとめるのは普通のことだぜ。それがわからねぇのは、てめぇが無責任だからさ」


「好き放題、言ってくれる!」


「いいぜ、殴り合ってもよ! それでてめぇがすっきりしても、現実は何も変わらねぇがな! だがそれ以前に、這いつくばるのはてめぇだぜ! 俺が床の味を教えてやるぜ!」



 二人は睨み合う。


 互いに言っていることは間違いではないだろう。


 グマシカたちのやり口は典型的な裏側のものだし、平気で他人を犠牲にするあたりも道徳心に欠ける。


 が、グリモフスキーが言うように、力のある連中だ。


 最北端の寂れた都市が、いまだにこうして持ちこたえているのは、彼らが裏から支えているからであろう。


 さまざまな情報や技術を隠匿しているから都市が発展しないのだ、と言われればそうかもしれないが、扱いきれない力を持っていても意味がないうえに、他の都市から狙われる危険性が高まるだけだ。


 それが貴重な前文明のものだとわかれば、西側の大国に目を付けられるかもしれない。


 現在のグラス・ギースの規模と戦力を考えれば、それを防ぎきることは不可能に近い。


 こうして一般論から考えても、彼らが情報を隠していることにも意味があるわけだ。




(兄さんが言うことも、グリモフスキーさんが言うことも正しいわ。どちらがいいのかしら? ああ、考えてもよくわからないわ。ただ、ただね、私は…)





「気に入らない、かな」





「え?」


「あ?」



 睨み合っていた二人の視線が、ミャンメイに注がれる。



 その視線を受けても、彼女の心はぶれなかった。







「私は―――気に入らないわ」







 そして、はっきりと述べる。


 そうしろと言われたから。


 自分の心に嘘をつくなと言われたから。


 自分がどうしたいのかをしっかり示せと言われたから。




(ああ、そうよ。そうだわ。答えなんて、もう決まっているじゃない。私は…自分が思うままに生きるのよ)




「兄さん。私はね、お母さんやおばあさんを危険に晒した、その人たちが気に入らないの。ううん、もっと言えば【許せない】。だって、そうでしょう? 私たちは普通に生活していただけなのに、それを利用しようとした人たちがいるのよ。そこにどんな理由があっても、私たちが納得してあげる必要なんてないんだわ」


「ミャンメイ…」


「グリモフスキーさんの言うことも正しいわ。リーダーなら、そういう決断を下す必要があると思うの。でも、それに従ってばかりいたら犠牲になった人たちは浮かばれないわ。それが『群れ』というものなのかもしれないけれど、人間が一緒に暮らすのって『お互いの幸せ』のためじゃないかしら。そんな基本的なことも理解していない人たちに権力を与えておくのは危険だわ」


「………」


「理屈はどうでもいいの。ただ私個人は、彼らを許せないってことだけ。そう、そうよね。そう考えると、だんだんと腹が立ってきたわ。ほんともう、一回はぶん殴ってやりたいわ! 私たちの痛みと苦しみを思い知らせてやりたいもの!! こうやって! こうして! こう!!」



 ぶんぶん しゅっしゅっ!!



 ミャンメイがシャドーボクシングをして、宙を殴る。


 もちろん武芸の嗜みなどないので、まったく基本もできていない雑な拳打だ。



 ぶんぶん しゅっしゅっ!!



 そんな拳では、同じ一般人の女性ならばともかく、成人男性に至ってはダメージを与えることも難しいに違いない。


 だが、ミャンメイは殴り続ける。



 ぶんぶん しゅっしゅっ!!



 そこに実際に相手がいることを想像して、ただただ殴り続ける。


 顔も知らない『気に入らない相手』を想像して、殴り続ける。



「はぁはぁ…!」



 だんだんと息が切れてきた。


 殴るという動作は、思った以上に疲れるものだ。宙を切るだけで、肩や腕、肘が痛くなる。


 それでもやめないし、こうして続けていると徐々に熱を帯びてくるものだ。



「これはね、おばあさんの分よ!! こっちはお母さんの分! それで、これが兄さんの分で…これが私の分!!」



 お約束通り、自分の分が一番白熱する。


 それも仕方がない。


 人間なんてものは、主観でしか生きていけない【個】なのだ。


 個と個が集まってグループを形成し、グループが集まって組織が生まれ、ひいては社会が生まれていく。


 だが、その根幹を支えるのは、いつだって【個】である。


 砂上の楼閣とはよく言ったものだ。個を犠牲にしていればいつしか土台が揺らぎ、地崩れや地盤沈下が発生し、建物ごと流されていくだろう。


 だから自分勝手と言われようが、人間はまず自分自身のことを大切にするべきであり、自分のことに集中するべきだ。


 そして、周囲にいる存在も【個】であることを認めることで、自分が自分を労わるように、他者にも優しさや愛を与えることができるようになる。




 だがしかし!!!



 やつらは、それを理解していない!!!!



 しようともしていないのだ!!!




「そんな人たちは、私がぶん殴ってやるわ!!!」




 ババンッ バンッ


 ババンッ バンッ


 ババンッ バンッ



 熱を帯びた拳が宙に叩きつけられ、音を発し始める。


 それはミャンメイの【感情】が、肉体に力を与え始めたからだ。


 怒りの意思が、強い意思が彼女を突き動かすからだ。


 この星の環境は、そうした者に祝福を与える。意思を具現化させる力を与えるのだ。





「私はね!! 絶対にぶん殴るからねええええええええ!!!」





 ブワンッ!!!




「ミャンメイ、お前…それは……」



 レイオンには一瞬だけ、ミャンメイの身体に変化が生じたように見えた。


 それは自分たちにとっては当たり前のものだが、彼女にしてみれば「ありえない変化」の一つであるといえる。




―――戦気




 戦う意思を宿した人間にだけ与えられる、あらゆるものの可能性。


 人は戦うことによってのみ、闘争によってのみ進化を遂げられるように作られている。


 それを体現した者だけに与えられる『祝福』が用意されている。


 まだまだ戦気と呼ぶにも不安定な「モヤ」だが、それでも可能性を感じさせる力の発露が見受けられたのだ。


 今まで他人に任せてばかりいた彼女にしてみれば、実に大きな変化だといえるだろう。




「はぁ、はぁはぁ……!! 疲れたあぁあ!」



 トスンッ


 ミャンメイが崩れ落ちる。


 微弱とはいえ、曲がりなりにも戦気を放出したのだ。疲れるのも無理はない。


 しかし、妙にすっきりした気分になった。


 自分の心を素直に表現することは、とても気持ちいいのだ。


 耐え忍んできたからこそ、その反動も大きい。



「ミャンメイ、お前…今、戦気を…」


「え? なに? せんき? 洗濯機の仲間?」


「ふんっ、この女が何かを考えて動いているわけがねぇ。たまたま出たにすぎねぇ。あんなもん、実戦じゃ何の役にも立ちゃしねぇよ」



 そう、こんなものが何の役に立つのか。


 意味なんて、これっぽっちもない。


 もともとが一般人のミャンメイだ。ちょっと身体が丈夫になるくらいで、銃弾を受けることさえできないだろう。


 この程度でグマシカたちに対抗できるはずがない。



 だが。



 だがしかし。



 だが―――しかし。




「気に入らねぇ…か。悪くねぇな」




 妙に心に響く言葉だ。




 「もっと大人になれ」


 「好き嫌いじゃないんだ」


 「やらないといけないんだ」


 「妥協するべきだろう」


 「社会に出たら、これがルールだ」


 「嫌ならやめたまえ、ちみぃ」


 「それで生活できるのなら、好きに生きれば?」




 気に入らない。気に入らない。気に入らない。



 そんな連中の言葉も、誰かが勝手に作ったルールも全部―――




「気に入らねぇ。それで十分だ。ははは、そうだな! そうだ。気に入らねぇんだ!! ああ、そうだった。俺も気に入らねぇ!! なんでやつらが生命の石を持ってやがる! それはな、それは…!! 親父のもんだ!! てめぇらが持つ資格なんてねぇんだよ! ああ、気に入らねぇな!」




 気がつけば、自分も気に入らなかった。


 理由もなく誰かに偉そうにされることも嫌いだし、やつらを受け入れる理由が特段見当たらない。


 正直なところ生命の石は、グリモフスキーの父親のものではないとも思うが、彼の中では「父親=生命の石」と関連付けられているので、それはそれでいいだろう。


 彼は何よりも、気に入らないのだから。



「レイオン、てめぇも、うだうだ言ってんじゃねえよ。単純にやつらが気に入らねぇんだろう? ムカつくんだろう? だったらよ、それだけでいいんだよ」


「むっ、最初にぐたぐだ言い出したのは貴様だぞ、グリモフスキー!」


「ああ? んなこたぁ、どうだっていいんだよ! 俺はあいつらが気に入らねぇんだからよ!!」


「どうだってって……ふん、どうだっていいか。そうだ、そうだな。お前の言う通りだ。俺だって気に入らない。セイリュウのやつをぶちのめすまで、俺は絶対に満足などしない!! いや、それだけでいいんだ! あいつに借りを返すまでは、この勝負を降りるわけにはいかない! 俺が戦う理由は、たったそれだけだ!」



 レイオンにあるのは、ただただ屈辱だけ。


 武人が闘いで受けた屈辱は、闘いによってしか返すことはできない。


 セイリュウを殺すまでは、彼もまた「気に入らない」のだ。



「え? ええ? 二人とも、どうしたの…? なにか急に…仲良くなってない?」


「仲良くなどなるか!!」


「だって、二人とも意気投合してたし…」


「俺はただ最初の目的を思い出しただけだ。だがグリモフスキー、お前はいいのか? いろいろなものが犠牲になるぞ」


「俺はもともと独りさ。オヤジとラングラスに対する忠義はあれど、マングラスに尽くす理由はねぇ。なによりオヤジの病気がやつらの仕業なら、それこそお礼参りが必要だろうぜ。まあ、これも後付けの理由だがな。単純にやつらが気に入らねぇんだよ。女や老人を犠牲にするやつらをグラス・ギースに置いてはおけねぇ」


「…そうか。まさかお前と意見が合うとはな」


「ああん? てめぇと共闘するとは言ってねぇ。しかしだ、普通にやっても勝ち目はねぇ。たまたまとはいえ、ここに居合わせたんだ。少し付き合ってやるだけさ」



 さすがツンデレだ。


 素敵な回答を頂戴したものである。



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