485話 「過去との遭遇 後編」


 そんな、ゆるやかでしなやかで、かつ締まりのある力に心を委ねていると―――



「ミャンメイ! おい、ミャンメイ! どうした!!」


「…え? わ、私…何を…」


「ミャンメイ、しっかりしろ!」



 ドンッ!!



「いったぁああああああい!!」



 強烈な肩の痛みで、一気に目が覚める。


 痛みが走った場所を目で追うと、大きな手があった。



「いたーい! 兄さん、何するのよ!!」」


「な、なにって…! す、すまん! 痛かったか?」


「痛いに決まっているわよ! もう、馬鹿力なんだから…いたた」


「す、すまない。何度呼びかけても反応しなかったから…ついうっかり」


「だからって叩かないでよ…もう。肩が外れるかと思ったわ…」



 こんなプロレスラーのような大男に叩かれたら、肩など簡単に脱臼してしまうだろう。


 彼はいつだって、良くも悪くも全力でやろうとするのだ。そのあたりはまるで変わっていない。


 だが、おかげで一気に目が覚めたのも事実だ。



「私…どうしたの?」


「それはこっちが訊きたいさ。ここに入った瞬間に、いきなり立ち竦んで動かなくなったからな。驚いたものだ。まあ…これを見れば、驚くのも仕方ないかもしれないが…」


「これ…?」



 ミャンメイが改めて周囲を見回す。


 そこは部屋と呼ぶには、あまりに大きすぎる空間だった。


 まるで外の世界をそのまま切り取ったような、ダンジョン区画で見た草原のような広い野原が広がっていた。


 しかしながら、草木が生い茂るような平和的なものではない。


 足元に視線を移せば、大きく抉れて黒焦げになっている大地から、わずかに植物が芽を出して野原のように見せているだけだとわかる。


 そして、この場所の一番の特徴といえば、所々に瓦礫のように積み重なっている【残骸】だろう。



「これって…何?」


「わからんが…おそらくは…」


「レイオン、やっぱりこいつぁは、あそこにあった機械人形みたいだな。かなり破壊されていて原形をとどめてねぇが…腕の部位などは似通った面があるぜ」



 ミャンメイが茫然自失になっている間、空間の探索をしていたグリモフスキーが戻ってきた。


 その手には、機械人形の残骸と思わしき物体が握られている。



「ほらよっ」


「むっ」



 グリモフスキーが投げた物体をレイオンがキャッチ。


 その第一声は―――



「軽い…な」



 軽い。


 大きめの石くらいのサイズだが、まるで発泡スチロールくらいの軽さであった。



「ああ、見た目に反してな。だが、硬ぇぞ。俺らの知らねぇ金属で作られているみたいだな。これなら運ぶのも楽そうだ」


「お前、こんなガラクタを持って帰ってどうする?」


「兄妹そろって、ガラクタ呼ばわりするんじゃねえ! 素人にはわからねぇだろうが、こういうもんがお宝になるのさ。それで新しい技術…前文明の技術を取り戻せるかもしれねぇからな。そうなりゃ歴史が変わるほどの大発見だぜ」


「ふむ…なるほどな。そういう見方もあるか。だが…あまりに酷いな、ここは」



 見渡す限り、至る所に破壊痕が存在する。


 植物が微妙に生い茂っていることも、これが大昔に生まれたものであることを物語っていた。



(ああ、そうだわ。あれは…ここよ。私は過去の映像を見ていたのね)



 そこは白昼夢で見ていた戦場と同じ場所である。


 あの激しい戦いの末路が、これなのだ。



「グリモフスキーさん、人の骨とかって…ありました?」


「あぁ? 人の骨ぇ? 骸骨戦士さんみたいなやつか?」


「そんなに綺麗じゃないかもしれません。もっとこう…破片や欠片でもいいんですけど」


「いいや、見てねぇな。こんなに広いんだ。探せる範囲にも限りがある」


「そうですか…」


「ミャンメイ、急にどうした? 何やら物騒な話のようだが…」


「実は私―――」





 ミャンメイは、自身が見た映像のことを二人に伝える。



 馬鹿馬鹿しい夢かもしれないが、この体験を誰かに伝えておきたいと思ったのだ。


 自分の中でとどめておくには、あまりにも大きな出来事である。


 仮に幻ならば、それはそれでいい。そのほうが気が楽だろう。



 しかし、聞き終えた二人の顔は、笑ってはいなかった。



「夢だった…とは笑えねぇな」


「信じてくれるんですか?」


「実際に機械人形の残骸もある。てめぇが嘘を言うようなやつじゃねえってことは、もうわかってるからな」


「グリモフスキーさん…ありがとうございます! グリモフスキーさんなら、わかってくれると思っていました!」


「お、おい、近寄るな!」


「あれ? 意外と恥ずかしがり屋さんなんですね」


「グリモフスキー! 妹と心を通じ合わせるな!! 気色悪いだろう!」


「俺が近づいたんじゃねえよ! つーか今、ひでぇこと言いやがったな!!」


「もうっ、すぐに喧嘩するんだから。喧嘩するだけ元気なのはいいことだけど…」


「しかし、なかなかすごい内容だな。状況がまるでわからん」


「私だってよくわからないもの。説明するのも難しいわ」


「その話が本当に起きたことだとすりゃ、最低でも数千年以上は前のことだ。機械人形がいたってんなら、一万年以上前かもしれねぇな」


「人が住んでいたという事実も日記の内容と相違ない。ただ、その黒い人間というのが妙に気になるな」


「ええ、そうね。ひたすら破壊することが目的だったみたい。やっぱり…人間を狙っていたのかしら? そんなふうに感じられたわ」


「人間が人間を殺すのは珍しいことじゃねえが…こんな場所で殺し合うってのも異常だな。仲間割れか?」


「いくら広いとはいえ、このような場所では人の心も荒むだろう。ありえるが…この遺跡自体には闘争本能を抑える術式がかけられていたはずだ。それとはまるで正反対に思えるが…」


「そりゃまた何千年か後の話じゃねえのか? そういった事件があったから、ここで実験を始めた可能性もあるだろうが」


「…そうか。そうかもしれんな」


「それ以前によ、もう連中はいねぇんだ。俺たちが大昔のことを気にするこたぁねえよ。そいつは学者の仕事だ」


「それもそうですね。終わったこと…ですからね」



 すでに過去のことだ。


 どんな酷い戦いがあったとて、時間がすべてを包み込んで流してしまう。


 ここはもう誰も覚えていないような忘れられた遺跡でしかない。



「だがよ、てめぇにだけ見えたってことは気になる。俺には何も見えなかったぜ」


「俺もだ」


「…そうよね。どうしてなのかしら?」


「てめぇはこの遺跡と何か関係があるんじゃねえのか?」


「…え?」


「カスの野郎が、てめぇを連れ出したこともそうだ。何かしら遺跡に関係があると思うのが普通だぜ。なぁ、レイオンよ」


「………」


「てめぇは言ってたな。ミャンメイには、もう一つの【資質】があるってよ。その話については、うやむやのままだよなぁ? それと遺跡が何か関連があるんじゃねえのか?」



 レイオンは、ミャンメイにはもう一つの資質があると言った。


 しかし、当人もあまり触れたくなかったのか、会話の流れの中で【意図的に】置き去りされてしまった話題の一つでもある。


 そこを見逃すグリモフスキーではない。


 カスオが金をちょろまかした際にも、製造番号を調べさせるなど、細かいところにも気付ける男なのである。


 最初はうっかり言ってしまったが、後半はレイオンがこの話題を避けていたことにも気付いていたのだ。



「カスの野郎は、何かの目的のためにこいつを連れ出していた。それと資質ってやつに何かしらの関連性があるんじゃねえのか?」


「そういえばあの神殿にも、何か順位みたいなものが表示されていましたね。クズオさんも、それを見て狙う相手を決めたって言ってました。兄さん、何か知っているの?」


「うむ…」


「隠し事はしねぇんだろう? さっさと言えよ」


「………」



 ここでの戦いは過去のことだが、ミャンメイのことは現在まで続いていることだ。


 その問題を放置はできない。



 しばらくレイオンは黙っていたが、ゆっくりと重い口を開いた。


 躊躇うというよりは、適切な言葉が浮かばないので、どう話していいのかわからないといったような様子で。



「…ミャンメイの資質については、よくわかっていないことが多いんだ。俺もすべてを知っているわけではないからな。ただ、生命の石と関連があるのは間違いないだろう」


「生命の石と…? どういうことだ」


「ミャンメイの能力のことは覚えているな?」


「ああ、作った料理を食うと力が湧いてくるみたいなやつだったな。すげぇ能力ではあると思うぜ。それだけでも狙われる可能性がある。が、てめぇはそれが狙われる理由じゃないみたいなことを言っていたな」


「そうだ。問題は、その能力の【源泉】なんだ」


「前も言っていたけれど、能力の源泉ってどういう意味なの?」


「順序が逆なんだ。お前がこの能力を得たのは、生命の石の力によるものだと思われるからだ」


「…え? それって…え?」


「おいレイオン! そりゃてめぇ、こいつの身体の中に石があるってことじゃねえか!? そういう意味だろうが!」


「………」



 レイオンは、否定も肯定もしなかった。


 もし違っているのならば即座に否定したはずなので、ミャンメイが狼狽する。



「ええええ!? そ、そうなの!? たたた、大変! それじゃ私、死んじゃうのかしら!? 若返るのは嬉しいけど、筋肉が弱って死んでしまうわ…!」


「落ち着け。驚く気持ちもわかるが、これにもいろいろと事情があるんだ。というより、事情があったんだろうな」


「そ、そうなの? 兄さん、驚かさないでよ!」


「まだ説明が終わっていないんだ。仕方ないだろう。順序よく話さないと俺もわからなくなるんだ。あまり頭が良いほうではないしな」


「それもそうね。…じゃあ、続きは?」



 兄の頭が良くないことを即座に肯定する妹。



「セイリュウたちがやっているであろう実験のことも話したな。それによって奇病が発生していることもだ。では、その実験はいつから行われていると思う?」


「…あっ、ここ数年とか…じゃないわよね」


「俺たちが知っている事例だけでも、かなりの数にのぼるが、それはあくまでわかっている範囲においてだ。先生の話では、セイリュウは最低でも百年以上はグラス・ギースにいるらしい。その間にも実験を行っていたとしたら、もうずっと昔から続けていることになるだろう」


「それってすごくない? 百歳以上…ってことよね? そんなに長生きできるのかしら? まさかその人って、おじいちゃん?」


「いや、見た目は二十代だ。俺と同じか、下手をすればお前と同じくらいに見える」


「っ…まさか! やろう…!! あいつも身体の中に石があるのか!? だから若いのか!?」


「そこはまだわからない。武人の中には長寿の者もいるからな。だが、無関係であるとは思えない。もしそうならば、やつは…【実験の成功例】の可能性が高い」



 今現在判明している生命の石の能力は、【若返り能力】である。


 しかし、そのまま若返って赤子になる、といった症例は確認されていない。


 ツーバもログラスも、肉体年齢が二十代から三十代程度にまで若返ってはいたが、そこからさらに戻ることはなかった。


 となれば、セイリュウが百年以上生きているという話も、それに関連付けねばむしろおかしいというものだろう。



「兄さんがそんな話をするということは、まさか…私もそうなの? もしかして幼い時に『実験対象に選ばれた』とか?」


「ううむ…」


「兄さん、遠慮しないでいいのよ。私は真実が知りたいのだから」


「遠慮して言い淀んでいるわけじゃないんだ。実は…よくわからないんだ」


「おいおい、ここまできてわからねぇ、はないだろうが! 何か根拠があるから、そう思ってんだろうがよ。それとも推測かぁ?」


「根拠はある。祖母が実験対象に選ばれたことだ」


「ああ? それがどういう意味を持つんだ? たまたまじゃねえのか」


「最初は不特定多数の人物を無作為に選んだ可能性もあるが、先生の時代からは、ある程度の法則性が見受けられるそうなんだ。それに祖母が該当したのだろう」


「おばあさんは、選ばれたってこと?」


「そうだ。そして、選ばれたのは祖母だけではない。というよりは、最初に選ばれたのは【母さん】だ」


「え? えと…母さんって、私たちのお母さんのことよね?」


「そうだ。ほかにいたら…ちょっと問題だがな」


「でも、お母さんは普通に生きていたじゃない。今も…たぶん生きているわよね? 最近は連絡していないからわからないけど…」



 二人の両親は、死んではいない。


 祖母の様子を見るために、若いレイオンたちだけでやってきたにすぎない。


 そして、母親は病気になったことなど一度もなかった。どんなつらい環境下でも風邪一つ引かない丈夫な身体の持ち主だ。



「母さんは生きているはずだ。なにせ、やつらにとっては貴重な『成功例』の一つだからな。もしかしたら人員を派遣して、危険から守っている可能性もある」


「成功…例?」


「そうだ。母さんは、生命の石の【適合者】だ」



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