484話 「過去との遭遇 中編」


 その場にいた人間の数は、およそ三名。


 ミャンメイは最初、彼らが人間かどうかわからなかった。


 なぜならば、彼らの身体が【漆黒】に染まっていたからだ。


 まるで身体全部が、コールタールによって塗り固められてしまったかのように、真っ黒になっていたのだ。


 ただ、完全に黒というわけではない。


 よくよく三人を見れば、それぞれがグレーやら濡羽ぬれば色やらくり色やら、黒になりきれない黒といった様相の色合いであることがわかる。


 全身が黒の中において、赤く光る双眸だけがありありと輝いているので、まるで影絵のような不気味な印象を受けるかもしれない。



 一方の機械人形は、あの場所で見たものとほぼ同じ形状であったので、そこまで驚きはなかった。


 唯一違うところといえば、稼働状態になると各関節部位が光り輝き、背中の動力源から光が漏れて翼のように見える。


 さらに頭部にものようなものが輝いているので、あたかも地球人がイメージする天使を彷彿とさせるだろうか。


 装甲も輝いているので、その姿は実に神々しいものである。


 そして彼らは、かなりの戦力を投入しているようだった。


 六メートル級の機械人形二体を最後尾に配置し、真ん中には四メートル級の機械人形が八体、その前には二百に近いカブトムシの同型機と思われるロボットが並んでいた。


 レイオンの話から考察するに、このカブトムシがオリジナルのものだと思われる。


 ラングラスエリアに出てきたのは、それを真似たコピー品である可能性が高いだろう。


 オリジナルがコピーに負けるとは思えない。(養殖の魚のほうが美味しいことも多いが)


 コピー品のカブトムシの攻撃でさえアンシュラオンが傷ついたことを考えれば、これだけの数がいれば相当な戦力を有することになるはずだ。






 両者は対峙する。




 先に仕掛けたのは、機械人形のほうだった。


 カブトムシの軍勢が一斉に影人間に襲いかかっていく。


 まず数十体が、一人に向けてビームを放つ。


 ビームは定規で引いたような綺麗な直線を描き、対象に向かっていく。



 直撃。



 床を抉りながら激しい爆炎を生み出した。


 最大出力で撃ったのだろう。その威力はアンシュラオンに向けて撃ったものよりも強く、大きかった。


 普通の人間ならば、これを受ければ即座に消滅だ。


 仮にこれがプライリーラであっても、致命傷に近いダメージを受けるかもしれない。




 が、それだけの攻撃を受けたにもかかわらず―――無傷。




 影人間の身体にまとわりついた黒い力が、それをすべて弾き飛ばしていた。


 影人間の反撃。


 手に集まった黒い力を前方に解き放つ。


 一瞬だけ収縮して小さな弾となったそれが、カブトムシの群れの中で巨大な黒い球体となり、蹂躙。


 カブトムシの身体は、いとも簡単に半壊し、抉り取られ、爆散していった。


 それでも彼らは怯まない。数に任せて影人間に突撃を開始していく。


 破壊されても気にせず丸鋸刃まるのこを展開させ、まとわりつくようにして周囲に密集する。


 それによって動きが封じられた影人間に、今度は四メートル級の機械人形が腕を構える。


 腕の中央部分には穴があいていた。



 白い力が収束し―――発射



 カブトムシのものよりも何十倍も強いビーム砲が、影人間に襲いかかる。


 その際、仲間のカブトムシも巻き込んで吹き飛ばすが、それもまったく気にしない。



 高出力のビームが、影人間に直撃。



 激しく明滅する閃光が過ぎ去った後に残ったものは、腕を吹き飛ばされた影人間の姿。


 さすがに四メートル級の機械人形の強さは別格だったようだ。威力が桁違いである。


 だが、さらに驚愕すべきは、影人間の耐久力のほうだろう。


 これだけの出力の攻撃を受けて、たったこの程度の被害というほうが怖ろしい。



 しかもその影人間は、まだ二人いる。



 他の影人間はすでに四メートル級の機械人形にまで接近しており、その凶悪なる手を振り下ろしていた。


 機械人形は、ガード。


 ビームを放射する腕は盾の機能も兼ねているので、かなり装甲が厚いように見受けられる。


 大型魔獣の攻撃を受けても、そう簡単に破壊されることはないだろう。




 が―――爆散




 影人間の手には黒い力が宿っており、その力によってたやすく破壊されてしまう。


 この黒い力は、極めて高い攻防力をそなえた戦気に似た性質を持っていると思われる。


 機械人形には戦気を遮断する術式がかけられているが、それを貫くのだから、いかに強い力が宿っているかがわかるだろう。



 影人間たちは、四メートル級の機械人形を攻撃しながら、ロボットの軍勢を押し込んでいく。


 激しい爆発や白や赤のレーザーの放射、黒い球体による蹂躙、爆散するカブトムシや肉体を損壊させる影人間たち。




 その様相は、【戦場】と呼ぶに相応しい場所であった。




 そう、まさにここでは【戦争】が行われていたのだ。


 互いを滅ぼすための行為であり、一切の遠慮も躊躇いもない。


 ひたすら攻撃し、相手を滅することを目的とした行動を淡々とこなしている。





(これは…何なの?)



 ミャンメイは、あまりの光景に立ち竦んでいた。


 普通に遺跡を探索していただけなのに、扉を開けたらいきなり違う世界が広がっていた。


 たしかに今までのことを思えば、それに似た現象はあったかもしれない。


 カスオに連れられてやってきた場所も、自分にとっては想定外かつ異世界のような雰囲気だった。


 ただ、今彼女が見ているものは、さらに理解を超えたものだったに違いない。




 しばし彼女は、呆然と両者の戦いを眺めていた。




 するとその時、彼女の近くに着弾があった。


 機械人形が放った火球が炸裂し、数メートル大の火柱が発生したのだ。


 そのエネルギーの強さは桁違い。燃え盛るマグマが出現したかのような勢いであった。



「きゃっ!」



 ミャンメイは、思わず顔を庇った。


 このあたりは女性だ。顔に傷が付くのを無意識のうちに避けるのは当然だろう。


 その代わり、身体は無防備になる。


 もしこんな熱量が一滴でも一粉でも身体にかかったら、その部分は簡単に溶解してしまうに違いない。



(ああっ! 私の身体はきっともう滅茶苦茶だわ)



 自分の身体を見るのが怖ろしい。


 足の小指を椅子にぶつけ、強烈な痛みが走った時などは、見るのが怖くなるものだ。


 もしかして折れたんじゃないか、と思うくらい痛いからだ。


 今のミャンメイもそれと同じで、見るがとても怖かった。


 だが、現実は変えられない。起こったことはどうしようもない。


 彼女は恐る恐る、自分の身体を見つめた。



「…あれ?」



 しかし、指の隙間から見えた自分の身体は、まったくの無傷であった。


 かといって、目の前の火柱が消えたわけではない。いまだ激しく燃え盛っている。


 そこで彼女は、気付いた。



(痛みが…ないわ。熱くもない)



 その場にいるのに、その場にいない感覚。


 今になって希薄さに気付く。




 これは、現実ではない、と。




 されど両者の戦いは、間違いなく現実と思わせるほどのリアリティと迫力を宿していた。


 それだけ死に物狂いの戦いだったのだ。



 これによって、ようやく物事を考える余裕が彼女に生まれてくる。



(これはいったい何? どうして戦っているの?)



 虫や魚でもない限り、本能だけで相手を殺すことはない。


 しかも捕食対象ではないのだ。殺して食うわけではない。


 であれば、戦うことに理由が必要だ。


 気に入らない。ムカつく。危険。邪魔。不要。利用価値がある。奴隷として使役したい。


 いろいろな理由が考えられるが、そのどれもが利己的な考えが起因になっていることがわかるだろう。


 人間同士の争いの本質は、身勝手な理由によって起こることがよくわかる。



 だが、それと比べて目の前の戦いは、ある意味において―――




(【綺麗】…。どうしてそう思うのかしら。ああ、そうだわ。彼らには【邪念】がないのね。人間の欲望というものがないのよ)




 機械人形には、当然ながら欲求というものはないだろう。


 彼らは、あらかじめ定められたプログラム通りに動く。そこから逸脱することはない。だからこそ機械なのだ。


 では、影人間のほうはどうかといえば、彼らからも欲望というものが感じられないでいた。


 たしかに禍々しさや毒々しさはあるものの、その黒さは相手を支配してやろうとか、搾取してやろうといった欲望とは無縁のものであった。


 彼らにあるのは、ただただ【破壊衝動】。


 純粋なまでに相手を破壊しようとする意欲だけだ。


 だから腕が吹っ飛ぼうが身体が損壊しようが、おかまいなしなのだ。



 そこに、美を覚える。



 それが美しいと思える。


 純粋なまでの破壊行動は、美しいものだからだ。



(あれ? 私…これに似たものを見たことがあるような気がするわ。そんなに昔じゃない。もっとつい最近に…)



 ミャンメイの脳裏に、これとよく似たものが浮かぶ。


 深く考える必要はない。その記憶は鮮明に焼き付いていた。




―――黒雷狼




 サナのジュエルから生まれた、黒き力の結晶である。


 あれもまた純粋な破壊を目的とした存在であった。


 影人間から感じられる禍々しさも、人間が潜在的に感じる【淘汰される恐怖】から生み出されているように感じられた。



 それはまるで【天敵】。



 あらかじめ自然界に設定された『人間の敵』だからこそ、危機感や焦燥感を抱くのかもしれない。



 そして、それを証明するような出来事が起こった。



 影人間の一人がロボットの陣を突破して、六メートル級の機械人形に迫る。


 今度も影人間は、黒い破壊の力を使って攻撃を仕掛けようとしていた。


 それに対して六メートル級の機械人形は、背中から板状の何かを放出し、空中で固定する。


 それと同時に力場が生まれ、強固かつ巨大な防護フィールドを形成した。


 黒い力と防護フィールドが激突。


 力は拮抗し、黒い力を遮断することに成功する。


 四メートル級の機械人形すら簡単に破壊する力を防ぐだけでも、相当な出力を有していることがわかる現象だ。


 だが、ミャンメイが驚愕したのは、そこではなかった。



 今になって気付いたことだが、六メートル級の機械人形の背後には―――【人間】がいた。



 しかしその人間は、影人間のように黒くはなかった。


 着ている服は時代背景に照らし合わせたものなので当然違うものの、姿かたちは今のミャンメイたちとまったく同じ【人類】である。


 そこには老若男女、数十名が、恐怖の眼差しで影人間と機械人形の攻防を見つめていた。


 見たところ、彼らに戦闘力はなさそうだ。


 戦う意欲をまるで感じない。ただ見ているだけだが、一般人ならば仕方のないことだろう。



(もしかして…あの人たちを守っているの? じゃあ、あのロボットって…【人を守るためにある】の?)



 現状だけを見るのならば、ロボットたちは人間を守っている。


 どんなに攻撃されようが自らを盾として防いでいる。


 一方で影人間とは戦っている。


 そこに矛盾が生じるわけだが、影人間を普通の人間と呼ぶには無理があるかもしれない。


 明らかに彼らは異常だ。戦闘力もそうだし、感情というものがまったく見られない。


 怯えている人間たちのような情緒を見せず、淡々と破壊行動に勤しんでいる姿は、むしろ彼らのほうがロボットかのように見せるから不思議だ。




 その後も激しい戦いは続いた。




 現実離れしたその光景に、ミャンメイの意識が朦朧としていく。


 ここはいったいどこなのか。何が起きているのか。


 自分が誰で、何者なのかが希薄になっていく。


 ああ、これは昔の自分だ。


 何も考えないほうが楽だから、そちらを選んできた自分の思考そのものだ。


 しかし、今の自分は過去の自分ではない。





―――〈自分で自分を保て。誰かに任せるな〉





 白い力が―――輝く




 意識を放棄しそうになる中、彼女の中にあった白い力が輝き、広がっていく。


 白い輝きは身体からこぼれ出て、周囲の戦場すべてを呑み込み、一瞬にして掻き消してしまった。


 ミャンメイだけではどうしようもなかったものを、【彼】からもらった力はこうも簡単に排除できるのだ。


 なんと心地よい感覚だろう。


 自分が受けた力は、目の前で起きたすべての現象よりも、大きく強大で温かいのだ。



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